老いは皮膚によく現れる
若いころには潤いがあった肌が加齢と共に変化していく。皮膚は乾燥し、皺が出来て、何よりも痒いという症状が現れる。乾燥する冬場に特に痒みがひどくなる。目がさめてみると、体中に引っかき傷が出来ている。顕微鏡で皮膚を調べてみると、皮脂腺や汗腺の萎縮がみられ、分泌機能の衰えが起こっている。つまり、適度な皮脂が失われ、乾燥し、鱗屑(りんせつ)、亀裂が生じ痒みが生じるわけである。皮膚はカサカサと乾燥する上に、毛髪の艶も失われ、爪ももろくなる。
西洋医学の皮膚科を受診すれば「老人性皮膚掻痒症」だと、診断され、高ヒスタミン剤が入った保湿軟膏を処方されるだけである。
皮膚の外側からのケアだけでは十分ではない。内側からの漢方ケアが皮膚の老化を遅らせる。
私は、「四物湯(しもつとう)」を基本にしている。
四物湯は養血の基本処方とされる。組成は 当帰 熟地黄 白芍 川芎の4生薬である。中国医学には養陰潤膚という考え方がある。陰を養い、肌を潤すという意味である。血は重要な「陰」なのである。さらに、皮膚病変のうち、皮膚潰瘍、褥瘡などの肉芽の増殖が悪く、治りにくい病変でも、治癒が促進される。
さまざまな四物湯加減
① 桃紅四物湯(とうこうしもつとう)
(桃仁 紅花+当帰尾、熟地黄、赤芍、川芎)瘀血一般に対して用いられる
② 黄芩黄連四物湯(おうごんおうれんしもつとう)
四物湯に黄芩と黄連を加えたもので 血熱が原因の瘀血に用いられる
③ 桂枝干姜四物湯(けいしがんきょうしもつとう)
寒凝が原因の瘀血症に用いられる
④ 膠艾四物湯(きょうがいしもつとう)
(阿膠 艾叶 甘草+四物湯):補血止血 調経安胎に作用し、婦人科領域で使用される。
その他に補気薬である黄耆と当帰の比率を5:1にした
⑤当帰補血湯(とうきほけつとう)がある。「気能生血」の中国医学理論から補気薬である黄耆を加え、補血、養血作用を強めたものである。
また、脳卒中後遺症に用いられる
⑥補陽還五湯(ほようかんごとう)も四物湯加減といえる、組成は桃紅四物湯(去地黄加地竜)に生黄耆を加えたものである。
老人性皮膚掻痒症の決定打ともいえる当帰飲子(とうきいんし)
例によって、温薬を赤、涼薬をブルー、平薬をグリーンで表現すると、
⑦当帰飲子の組成は:当帰 白芍 川芎 生地黄 白蒺藜 防風 ?芥穂 何首烏 黄耆 炙甘草である。
効能は滋陰養血 祛風止痒といい、いわゆる痒み止めに相当する白蒺藜、防風、?芥といった祛風剤が配合されている。
中国医学には「血虚生風」という概念があり、平たく言えば、陰=血が虚すれば痒みのような「風」に属する症状がでるという考え方である。当帰飲子は、当帰 生地黄(熟地黄より肌を潤す効力が強い) 白芍 川芎 の四物湯に「気能生血」の中国医学理論から補気薬である黄耆を加え、さらに養血作用の強い何首烏と祛風剤を配合した、いわば、原因に対する治療と痒みに対する対症療法を合わせた方剤であるといえる。
実際に臨床で使用してみると、よく効く印象がある。例外的に肌が赤い場合や、舌が赤い場合は合わない場合もある。そのような場合は清熱解毒薬である黄芩 や黄連、黄柏、知母などや養陰清熱剤である玄参を加味する場合もある。大半はその必要は無い。中国では白きくらげが老人性皮膚掻痒症に有効だとする民間の習慣もある。
そもそも、
⑧温清飲(うんせいいん)という方剤がある。これも四物湯加減である。四物湯と黄連解毒湯の組み合わせで、三焦血熱に血虚を伴う場合の皮膚病変や血熱による月経不順に用いる。組成は
当帰 熟地黄 白芍 川芎 黄? 黄芩 黄柏 山梔子 を等分に配合したものである。皮膚が赤い場合の方剤であり、清熱解毒 養血祛風を目的にする。ほとんどの老人性皮膚掻痒症の場合は適応がない。
皮膚の老化による痒みは、夏季には発汗や皮脂の分泌が多いので症状が軽いが、
秋以降は空気の乾燥や気温低下によって、発汗・皮脂の分泌が衰えて症状が強くなる。冬季だけの初期症状が次第に通年となれば皮膚の老化が進んできた証拠だ。入浴すると、一時的には皮膚が潤うので痒みが軽くなるが、次第に入浴による皮脂の減少のためにかゆみが強くなってくるのも進行している証拠だ。
生薬のうち、当帰 熟地黄 生地黄 何首烏 胡麻仁 山茱萸などは、皮膚の老化を防ぎ萎縮を予防し、皮脂の分泌を高め、皮膚の乾燥を改善する。
黄耆は独自で皮膚の機能を高め調整する作用と共に、当帰の養血作用を強める。
痒みがひどくて眠れない場合には、
安神作用のある真珠粉、釣藤鈎 夜交藤 合歓皮、酸棗仁などを配合するとよい場合がある。
要約
要約すれば、血虚の主方(しゅほう)であるのが四物湯であり、西洋医学的な貧血の枠を超えて、自律神経系、内分泌系の失調による諸症、特に婦人の月経異常、生理痛、無月経、過多月経、妊娠中の出血、機能的性器出血、切迫流産、皮膚病などに広く用いることが出来るのである。
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熟地黄
熟地黄は手で触れると特有の粘りがあり、指が黒くなる。それは、地黄の根を乾燥し、酒につけて蒸してつくるという加工方法にある。熟地黄に加工すると、生地黄にある、養陰清熱(消炎解熱)作用が消失し、補血作用が強くなる。
新鮮地黄は清熱涼血作用が強い。生地黄の清熱瀉火 滋陰潤燥の作用は知母の作用と類似している。しかし、知母より清熱作用は弱い。熱邪に対しては必ず生地黄を入れたほうがいいとする中国漢方の伝統がある。
熟地黄を配合して煎じると、ともかく煎じ液が黒くなり、粘りが生じるのが難点である。いわゆる「もたれ」である胃障害をひき起こすことがある。特に長期服用すると食欲低下やもたれ感が生じる。こういった胃腸障害を「滋?(じに)」と中国語で呼ぶが、これを予防するには砂仁や木香を加えるのが一般的な中国漢方である。熟地黄の「不動」の性質が滋?の原因であるとされる。日本では黄柏や呉茱萸を併用する向きもある。熟地黄が配合されているもっとも有名な方剤は六味地黄丸である。熟地黄は補血補腎虚の要薬と呼ばれる。
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