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幕末の日本の何に驚いたのか

2014年02月06日 | 侵略を免れた日本
◆『逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

この本は一度、「子どもの楽園(1)」、「子どもの楽園(2)」という記事で取り上げたことがある。江戸末期から明治初期の日本を、そのころ来日した外国人がどう見ていたのか、膨大な資料を駆使しながら克明におっていく。そこから浮かび上がるのは、封建的な圧政のもとに苦しむ農民や町民といったイメージとは程遠い姿だ。貧しいながらも、この頃の日本は、こんなにも豊かで人間味に満ちた面影をもっていたのかと、かつての自分たちの国の本当に姿に深い感慨を感じずにはいられない。今回は、この本の第7章「自由と身分」を取り上げるが、例によってこのブログの柱になっている「日本文化のユニークさ8項目」と関連づけながら見ていきたい。今回、関連を見たいのは、第4項目めである。

(4)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず、そのため縄文・弥生時代以来、一貫した言語や文化の継続があった。

幕末から明治い初期の日本に滞在した多くの欧米人の驚きの中で最大のものは、日本人民衆が生活にすっかり満足しているということだったという。まず1820年から29年まで、出島オランダ商館に勤務したというフィッセルの次の言葉をみてみよう。「日本人は完全な専制主義の下に生活しており、したがって何の幸福も満足も享受していないと普通想像される。ところが私は彼ら日本人と交際してみて、まったく反対の現象を経験した。専制主義はこの国では、ただ名目だけであって実際には存在しない」。「自分たちの義務を遂行する日本人たちは、完全に自由であり独立的である。奴隷制という言葉はまだ知られておらず、封建的奉仕という関係さえ報酬なしには行われない。勤勉な職人は高い尊敬を受けており、下層階のものもほぼ満足している」。「日本には、食べ物にこと欠くほどの貧乏人は存在しない。また上級者と下級者との間の関係は丁寧で温和であり、それを見れば、一般に満足と信頼が行きわたっていることを知ることができよう」。

このような観察は特殊なものではない。イギリスの外交官で初代駐日総領事だったオールコックも、民主的制度を持っていると言われる国よりも「日本の町や田舎の労働者は多くの自由をもち、個人的に不法な仕打ちをうけることもなく、この国の主権をにぎる人々によってことごとに干渉する立法を押付けられることもすくないのかもしれない」と語る。オールコックはさらに、下層階級の日本人が身をかがめて主人の言いつけを聞いている姿にさえ、奴隷的というより、「穏やかさと人の心をとらえずにはおかぬ鄭重さ」を感じ取った。

日本で海洋技術を指導したオランダ海軍軍人・カッテンディーケもまた言う、「日本下層階級は、私の見るところをもってすれば、むしろ世界の何れの国のものよりも大きな個人的自由を享有している。そうして彼らの権利は驚くばかり尊重せられていると思う」。これ以外にも多くの人々によって類似の発言が見られ、欧米人たちが江戸期の日本に、思いがけない平等な社会と自立的な個人を見出していたのがわかる。

デンマーク海軍の軍人で幕末の日本に滞在したスエンソンは言う、「日本の上層階級は下層の人々を大変大事に扱う」、「主人と召使の間には通常、友好的で親密な関係が成り立っており、これは西洋自由諸国にあってはまず未知の関係といってよい」と。さらに明治中期に日本に滞在したアメリカ人女性教育者であったアリス・ベーコンも「自分たちの主人には丁寧な態度をとるわりには、アメリカとくらべると使用人と雇い主との関係はずっと親密で友好的です。しかも彼らの態度や振る舞いのなかから奴隷的な要素だけが除かれ、本当の意味での独立心を残しているのは驚くべきことだと思います。私が判断するかぎり、アメリカよりも日本では家の使用人という仕事は、職業のなかでもよい地位を占めているように思います」。

これらの言葉を読んで私がとくに印象に残るのは、奴隷制、奴隷的などの言葉である。フィッセルが日本では「奴隷制という言葉がまだ知られていない」と言うのは、日本に奴隷制はなく、欧米人がアフリカや南北アメリカで展開した奴隷制についても日本人がほとんど知らなかったということだろう。オールコックも、日本の主人と召使との間に奴隷的なものを感じさせるものがなく、人と人との間の鄭重さを感じて心打たれた様子である。逆に言えば、欧米では主人と召使の関係が奴隷制に端を発する何かしら主人と奴隷の関係を匂わせるものだったということである。スエンソンも、主人と召使との間の、欧米にはない友好的で親密な関係に感銘を受けた様子がうかがえる。また南北戦争が終わっってそれほど経っていない時期に日本にやってきたアリス・ベーコンが日本の主従関係に奴隷的な要素がないことに強い印象を持つのは、アメリカの奴隷制のことを考えれば当然なのかもしれない。

幕末の頃、つまり19世紀末、欧米の列強は世界中に植民地をもち、そこの住民を奴隷的に扱っていた。しかしそれだけでなく、欧米諸国の内部にもかなり強い階級差があり、上層階級と下層階級との間には、日本の上級者と下級者との間に見られるような「丁寧で温和」、「友好的で親密」な関係はなかった。そこにはどこか主人と奴隷の関係に似た冷徹なものがあった。だからこそ、日本にはそれがないことに強い印象を受けるのである。

ではなぜ日本の主従関係に、奴隷性的な匂いが感じられず、むしろ温かい人間的なものが通っているのかといえば、それが最初にあげた日本文化のユニークさのひとつ、「異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず」、征服民が被征服民を奴隷的な隷属状態に置くような支配関係が歴史上ほとんどなかったことに関係するのではないか。

異民族に制圧されなかったことが、日本を相対的に平等な国にした。もし征服されていれば、日本人が奴隷となりやがて社会の下層階級を形成し、強固が階級社会が出来上がっていたかも知れない。異民族との闘争のない平和で安定した社会は、長期的な人間関係が生活の基盤となる。相互信頼に基づく長期的な人間関係の場を大切に育てることが、日本人のもっとも基本的な価値感となり、そういう信頼を前提とした庶民文化が江戸時代に花開いたのだ。江戸末期に日本を訪れた欧米人が残した多くの記録に、そうい日本に接した驚きが見事に表現されているのである。

「逝きし世の面影」は、現代の日本の社会から完全に消えてしまったわけではない。むしろ私たちの日常の人間関係の中にも、東北大震災のような危機的状況でのいたわり合いの関係のなかにも歴然と生きている。私たちは、ユニークな日本の歴史の中で受け継いできた私たちの長所をはっきりと自覚し、それを守り、後の時代に引継いでいくべきだろう。


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日本文化のユニークさ11:平和で安定した社会の結果
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《関連図書》
☆『ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
☆『日本の「復元力」―歴史を学ぶことは未来をつくること』)
☆『日本の曖昧力 (PHP新書)
☆『日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)
☆『世界に誇れる日本人 (PHP文庫)
☆『日本とは何か (講談社文庫)

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2 コメント

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お役に立ったのであれば (cooljapan)
2014-02-07 19:48:14
少しでもお役にたったのであれば、たいへんうれしく思います。
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Unknown (Unknown)
2014-02-07 10:29:28
大変勉強になりました。ありがとうございました^^
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