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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇ピリスのバッハ:ピアノ協奏曲第1番/第4番/第5番

2012-05-15 10:45:38 | 古楽

バッハ:ピアノ協奏曲第1番/第4番/第5番

ピアノ:マリア・ジョアン・ピリス

指揮:ミシェル・コルボ

管弦楽:リスボン・グルベンキアン室内管弦楽団

CD:ワーナーミュージック・ジャパン WPCS22161

 このCDは、名ピアニスト否、今では巨匠(女性ピアニストにはしっくり来ないが)ピリス(正しい発音はピレッシュ)が弾いたバッハのピアノ協奏曲の3曲が収められている。「バッハのピアノ協奏曲?」と一瞬違和感を感じてしまうが、一般にはドイツ語でチェンバロ協奏曲(仏語でクラヴサン協奏曲、英語でハープシコード協奏曲)と呼ばれている一連のクラヴィーア協奏曲(鍵盤楽器による協奏曲)のことを指すわけであり、現代においては鍵盤楽器の王者はピアノであるので、バッハのピアノ協奏曲と言っても別に不思議はないわけである。当時、バッハはライプチヒでコレギウム・ムジクム(音楽の集いといった意味)の指導者としての仕事に就任した(1729年)。コレギウム・ムジクムで演奏するのは音楽学生(といってもセミプロ級の腕を持っていた)であり、バッハは、ここで演奏する曲を作曲する必要に迫られたのである。

 そのために作曲された作品の一つが一連のチェンバロ協奏曲なのである。演奏場所はコーヒー店やコーヒー庭園で、聴衆はコーヒーを飲みながら学生たちが演奏する曲を聴いていたようで、いわばドリンク付きコンサートであり、今日のコンサートのはしりみたいものだったようだ。バッハは、チェンバロ協奏曲を1台用8曲、2台用3曲、3台用2曲、4台用1曲の合計14曲を1729年~1739年の10年間に書いたという。これらは、コレギウム・ムジクムの教材用ということからか、バッハの過去の作品の焼き直しか、編曲としての作品も含まれており、全てがバッハの作品ではないようなのだ。ただ、一旦バッハの手を経ると、全くの新しい作品のような輝きを持ちはじめるから、あまりそのことに拘ることもないのかもしれない。例え、バッハの作品と断定できなくても、バッハの響きがすればそれはそれでいいではないかと。

 このCDでピアノを弾いているのが、ポルトガル出身のピアニストのマリア・ジョアン・ピリスである。ピリスは、若い時から来日して名演を日本の聴衆に聴かせてきたが、最近も来日し、かつての若々しいピアニズムに加え、円熟の境地に入った名人芸を披露している。ピリスのピアノ演奏は、実にすっきりとメリハリの効いた味わいなのだが、少しも無機質なところがなく、聴き終わった感じは、気品のあるしっとりとした情感に包まれたものとなっているところが、他のピアニストが到底真似できない名人芸なのである。自然な営みの中にピアノ演奏が伸びやかに繰り広げられるといった感じであり、このことが日本人の好みにピタリと合うのかもしれない。ピリスもそのことが分っているからこそ、何回も来日しているのではなかろうか。そんなピリスは、バッハのピアノ協奏曲を弾いたらどうなるだろうか。聴く前から期待に胸が膨らむ。結果は予想通り、バッハとピリスの相性はピタリと合っている。ピリスの透明感のある音色はバッハによく馴染んでおり、とりわけ現代的なセンスが散りばめられているところが、実に聴き易い。ピリスのピアノは、バッハを現代に見事に再現して見せている。録音は1974年6月。スイス出身の指揮者ミッシェル・コルボ(1934年生まれ)との相性もいい。

 第1番は、バッハのニ短調のヴァイオリン協奏曲の編曲と言われているが、確証はないそうである。そんな成り立ちの曲ではあるが、バッハのチェンバロ協奏曲の中では最も知られた曲で、一度聴けば耳に残る印象深い曲なのだ。第1楽章は、何かモーツァルトのピアノ協奏曲のような雰囲気があるし、第2楽章などはベートーヴェンの初期のピアノ協奏曲を連想させるような曲でもある。第3楽章になると、ようやくバロック時代の曲だと我に返るが、これもピリスの現代感覚によって、現在の我々が聴いても少しの違和感も感じられない。第4番も原曲が何であったかはっきりとしないが、オーボエ・ダモーレ協奏曲イ長調ではないかと言われているのだそうだ。この曲は、全曲にわたり、実に伸び伸びとした雰囲気を持った曲で第1番に劣らず人気がある曲だ。全体の印象はバロックの曲に相違ないのであるが、それを超えて愛らしい様相を持っているところがチャーミングな曲だ。第5番も原曲がバッハの曲かどうか確証はない。しかし、この第1楽章の出だしを聴けばそんなことはどうでもいいと思ってしまうほど、現代の我々の耳に馴染む。第2楽章の甘美なラルゴを聴けば誰でも天空へ遊ぶ気持ちにさせられる。ピリスの絶妙なピアノ演奏には脱帽させられる。そして第3楽章を聴くと、ただただ音楽の楽しさにだけに浸ることができるのだ。(蔵 志津久)


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