★ 私のクラシック音楽館 (MCM) ★ 蔵 志津久

クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

●クラシック音楽●NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー~ターニャ・テツラフと仲間たちの室内楽演奏会~

2024-01-30 09:35:17 | NHK-FM「ベストオブクラシック」番組予定表



<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>




~シュヴェチンゲン音楽祭におけるターニャ・テツラフと仲間たちの室内楽演奏会~



ニルセン:甲斐なきセレナード FS58

      (クラリネット、ファゴット、ホルン、チェロ、コントラバス)

モーツァルト:ファゴットとチェロのためのソナタ 変ロ長調 K.292
 
      (ファゴット、チェロ)

フランセ:弦楽三重奏曲

      (ヴァイオリン、ビオラ、チェロ)

ベートーベン:七重奏曲 変ホ長調 作品20

      (クラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス)

演奏:セバスティアン・マンツ(クラリネット)
   ダーグ・イェンセン(ファゴット)
   フェリックス・クリーザー(ホルン)
   フランツィスカ・ヘルシャー(ヴァイオリン)
   ウェンシャオ・ツェン(ビオラ)
   ターニャ・テツラフ(チェロ) 
   ドミニク・ワーグナー(コントラバス) 

収録:2023年5月17日、ドイツ、シュヴェチンゲン、モーツァルト・ザール

放送:2024年1月11日 午後7:30~午後9:10

 今夜のNHK-FM「ベストオブクラシック」は、2023年5月17日、ドイツ、シュヴェチンゲンのモーツァルト・ザールで行われたシュヴェチンゲン音楽祭におけるターニャ・テツラフと仲間たちの演奏会の放送である。

 シュヴェツィンゲン音楽祭(正式名称はSWRシュヴェツィンゲン音楽祭)は、ドイツのシュヴェツィンゲンで毎年4月から6月に開催される音楽祭。音楽祭のメイン会場は、シュヴェツィンゲン城内のロココ劇場。シュヴェツィンゲン城はプファルツ選帝侯カール・テオドールの夏の離宮として建設され、ロココ劇場は1753年にニコラ・ド・ピガージュの設計で建設された。1937年にロココ劇場の修復がなされ、ここを舞台に1952年に南西ドイツ放送の主催で音楽祭が創設された。ロココ劇場では2種類のオペラ公演が行われる。1つは新作オペラの初演で、もう1つはバロック時代・古典派時代の埋もれたオペラの復活上演である。他に管弦楽曲や室内楽曲のコンサートも行われる。

 チェロのターニャ・テツラフ(1973年生まれ)は、ドイツ出身。ハンブルクにてベルンハルト·グメリンに、ザルツブルグ·モーツァルテウム音楽院にてハインリヒ·シフに師事。1994年「ARDミュンヘン国際音楽コンクール」チェロ部門で優勝。ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団のソロチェリストを務める。1994年より、兄のクリスティアン・テツラフ、ハンナ·ヴァインマイスター、エリーザベト·クッフェラートと共に「テツラフ·カルテット」のメンバーとしても活動。2021年ワイマール市からグレン・グールド・バッハ・フェローシップを授与された。2022年より、ハンブルク音楽大学の教授を務める。彼女の演奏の特徴は、独特の繊細さと同時に、力強さとニュアンスにある。パワフルでニュアンスに富んだ音は、常に培われた音楽性を伴っている。特にクラシックの枠を超えて、他の芸術形式を取り入れたり、現代社会のニーズに応えることに力を入れており、自然保護や気候変動の問題をコンサートホールに持ち込むことに特別な関心を寄せている。これらの取り組みにより、ドイツのオーケストラ協会から終身大使に任命されている。


 ニルセン:甲斐なきセレナード(Serenata in vano)のin vanoは、イタリア語で「むなしく」という意味を持つ。有名な交響曲第4番「不滅(消しがたきもの)」は、このセレナードが書かれた1914年から1916年にかけて作曲されている。当時のニルセンの状況は、夫婦の問題や王立劇場の指揮者としての契約など難しい問題を抱えていた。この曲の編成は、クラリネット、ファゴット、ホルン、チェロ、コントラバスで、退廃的なワルツを思わせる冒頭からニルセン独特の和声とリズムが並ぶ。ニルセンは、この曲について「結局、最後には諦めて、みな自分の楽しみのために演奏して終わる軽いジョークだ」と言い残している。

 今夜のニルセン:甲斐なきセレナードの演奏は、いかにもニルセンの曲らしくキビキビとした音の流れを巧みに表現して、リスナーを楽しませた。通常、ニルセンの曲は、その曲の頂点に向かって力強く、一途の思いに乗って一気に駆け上がって行くものだが、この甲斐なきセレナードだけは、少々趣が異なり、何かユーモラスであり、自分を外から眺めているような、余裕が感じられる曲だ。今夜の演奏は、そんな、あまりニルセンらしくない曲を十分に心得たように、ユーモラスに弾き進むところがなんとも味わい深いものに仕上がった。まあ、この曲は、ニルセン自身が言っているように「軽いジョークだ」と思って聴くのがなによりだし、今夜の演奏もそれを良く表現していた。


 モーツァルト:ファゴットとチェロのためのソナタ 変ロ長調 K.292は、ファゴットとチェロのための二重奏曲で、1775年の初め頃、または1777年にミュンヘンで作曲されたと考えられている。自筆譜は現存せず、モーツァルト自身がこの作品について言及した資料なども発見されていない。モーツァルトは1774年12月から翌年の3月まで、オペラ「にせの女庭師」の上演のためにミュンヘンに滞在し、その折に同地のアマチュア音楽家でチェロ愛好家(ファゴットの名手だったとも言われる)の宮廷侍従タデウス・フォン・デュルニッツ男爵のために書き下ろした作品。出版されたのは死後14年が経った1805年。全3楽章の構成で、演奏時間は約9分。フランス風ギャラント様式の協奏曲と思わせ、ファゴットが独奏楽器として活躍し、チェロはあくまで伴奏的役割に終始する。

 今夜のモーツァルト:ファゴットとチェロのためのソナタの演奏は、この曲の持つフランス風のギャラント様式の協奏曲様式の雰囲気を存分に発揮させ、モーツァルトらしさを前面に押し出した演奏に終始した。ファゴットを演奏するダーグ・イェンセンが、しっとりとした雰囲気のファゴットの音色を思う存分に披露してくれたお陰で、フランス風の曲想を持つこの曲の神髄を味わわせてくれた。よく、モーツァルトのフランス風ギャラント様式の曲というと思いっきりきらびやかな演奏内容となるものだが、今夜の演奏は、これとは無縁で、あくまでしっとりとしたファゴットの音色を堪能できた。これは、ドイツの音楽祭での演奏ということがその理由だったからであろうか?


 フランセ:弦楽三重奏曲の作曲者のジャン・ルネ・デジレ・フランセ(1912年―1997年)は、フランスの新古典主義音楽の作曲家、ピアニスト、編曲家。多作家で、生気あふれる作風で知られる。没後の翌年から、フランス国内でフランセを讃えた「ジャン・フランセ国際音楽コンクール」が開催されている。フランセは若い頃から洗練されたピアニストで、パリ音楽院ピアノ科では首席で卒業。ピアニストとしてソリストや伴奏者としての道を模索したこともあった。しかし、やはり、フランセの主要な業績といえば、作曲活動である。作曲様式は、生涯を通じてほとんど変わらず、軽快さと機智にある。ストラヴィンスキーやラヴェル、プーランクらに影響されたが、つくられた作品は、自分自身の確たる美学へとまとめ上げている。初期の1933年に書かれた弦楽三重奏曲(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)は、彼の軽妙洒脱な持ち味が生かされている。全体は4つの短い楽章からなる。

 今夜のフランセ:弦楽三重奏曲の演奏は、この軽妙洒脱な曲を、がっちりとした構成力をベースに、三人の演奏者の高い演奏技術力を見事に結集させたものになった。この曲は、第1楽章(アレグレット・ヴィーヴォ)、第2楽章(スケルツォ、ヴィーヴォ)、第3楽章(アンダンテ)、第4楽章(ロンド、ヴィーヴォ)の性格の異なる4つの楽章からなり、各楽章とも弦楽器の綾なす、万華鏡のような世界を克明に描き出している。ドラマティックな展開があるわけでもなし、かといってフォーレやドビュッシーの曲のような甘美なメロディーがあるわけでもない。どちらかと言えばそっけない曲で、現代音楽風の臭いがする。今夜の演奏は、3つの弦の巧みな結び付きが克明に表現され、弦楽器の持つ表現力の奥深さを改めて感じさせてくれた演奏になったようだ。


 ベートーベン:七重奏曲 変ホ長調 作品20は、7つの楽器による室内楽曲で、作曲者によるピアノ三重奏への編曲版も存在する(ピアノ三重奏曲第8番 変ホ長調 作品38)。同曲は、ベートーヴェン初期の傑作で、明るい旋律と堂々としたリズムをもち、作品が公開された当初から広く親しまれた。作曲されたのは1799年から1800年にかけてで、同時期に作曲されたものに交響曲第1番などがある。ベートーヴェンの作曲人生の中では、古典派音楽の勉強と自らの独自性を模索する時期の作品。モーツァルトのディヴェルティメントのように、娯楽的でサロン向けの音楽として書かれているが、旋律やリズム、構成の面などでその後のベートーヴェンらしい作品の登場を予感させる部分も随所に見られる。全第5楽章からなる。シューベルトはこの作品に影響されて八重奏曲を書いたといわれる。

 今夜のベートーベン:七重奏曲は、テンポは中庸を保ち、正統派の演奏スタイルに基づいた安定したものであった。この曲は、演奏者の接し方で曲の雰囲気が大きく変わることがあるため、親しみやすい反面、演奏する方もリスナーも曲の本質を捉えるのはなかなか難しい。今夜の演奏は、正統派と書いたが、一人ひとりの奏者は、自由にのびのびと演奏していることが聴きとれ、少しも堅苦しい感じさせなかったのは、奏者一人一人の技能の高さからくるものだろう。ベートーヴェン自身は、この曲の人気ぶりに辟易としたらしいが、私はベートーヴェンをやたらに神格化せず、身近に感じられ、さらに将来の飛躍も同時に感じ取れるこの曲の存在は貴重だと思う。そうした見方からすると、今夜の演奏は、決して奇を衒わず、さりとて重々し過ぎることもなく、この曲の理想的な演奏内容に仕上がっていたと思う。


 以上の4曲を聴き終えて、いかにもドイツの音楽祭らしく堅実な演奏内容が強く印象に残った今夜の室内楽演奏会ではあった。(蔵 志津久)
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●クラシック音楽●<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>~エドガー・モローとクリスティアン・マチェラル指揮フランス国立管弦楽団の共演~

2023-11-28 09:44:56 | NHK-FM「ベストオブクラシック」番組予定表



<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>



~エドガー・モローとクリスティアン・マチェラル指揮フランス国立管弦楽団の共演~



エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調
バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009からサラバンド<アンコール>
メシアン:忘れられた捧げもの
ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」<1919年版>

チェロ:エドガー・モロー

指揮:クリスティアン・マチェラル(フランス国立管弦楽団音楽監督)

管弦楽:フランス国立管弦楽団

収録:2023年7月26日、フランス、モンペリエ、ベルリオーズ歌劇場(モンペリエ音楽祭2023)

放送:2023年11月6日 午後7:30~午後9:10

 今夜のNHK-FM「ベストオブクラシック」は、2023年7月26日に、フランス、モンペリエのベルリオーズ歌劇場で行われた、クリスティアン・マチェラル指揮フランス国立管弦楽団の演奏会である。指揮のクリスティアン・マチェラルは、エマニュエル・クリヴィヌに代わり、2020年からフランス国立管弦楽団の音楽監督を務めている俊英。独奏者には、進境著しいフランスのチェロ奏者のエドガー・モローを迎えた。


 チェロのエドガー・モロー(1994年生まれ)は、フランス、パリ出身。4歳でチェロを始め、11歳でオーケストラとの共演を始める。幼い頃からその才能を認められ、マリオ・ブルネロ、アンナー・ビルスマ、ミクローシュ・ペレーニ、ダヴィド・ゲリンガスなど錚々たるチェリストのマスタークラスに参加。2009年「ロストロポーヴィチ国際チェロ・コンクール」において「最も将来性のある若手奏者」賞受賞、2011年「チャイコフスキー国際コンクール」第2位、2014年「ヤング・コンサート・アーティスツ国際オーディション」第1位。さらにフランス版グラミー賞ともいえる「ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュジク」で2013年と2015年にそれぞれ新人賞と最優秀ソリスト賞を受賞。2014年ニューヨークで開催された若手演奏家の登竜門「ヤング・コンサート・アーティスツ国際オーディション」第1位。2016年ドイツの「エコー賞」クラシック部門では新人賞を受賞した。一方、室内楽の活動にも積極的に取り組み、ルノー・カピュソンらとともにエクサン・プロヴァンス・イースター音楽祭などに出演。2012年に初来日。

 指揮のクリスティアン・マチェラル(1980年生まれ)は、ルーマニア出身。アメリカのインターローヘン・アーツ・アカデミーで音楽を学ぶ。2003年にマイアミ大学を卒業。卒業後、マイアミ交響楽団のヴァイオリン奏者を務め、同楽団史上最年少のコンサートマスターに就任。その後、ライス大学で音楽の勉強を続けたが、そこで指揮に興味を持つ。そして、ヒューストンユースオーケストラを指揮すると同時に、ヒューストン交響楽団ではヴァイオリン奏者を務めた。タングルウッド音楽祭やアスペン音楽祭では、デヴィッド・ジンマン、ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス、オリバー・クヌッセン、ステファン・アズベリーなどの指揮のマスタークラスを受講。ショルティ財団より、2012年「新進指揮者賞」、2014年「ショルティ指揮賞」を受賞。2011年フィラデルフィア管弦楽団副指揮者に就任し、2014年まで同職を務めた。2017年からカブリロ現代音楽祭の音楽監督を務めている。2019年ケルンWDR交響楽団首席指揮者に就任。2020年フランス国立管弦楽団の音楽監督に就任。

 フランス国立管弦楽団は、パリ管弦楽団などと並ぶフランスの代表的なオーケストラの一つ。定期演奏会はパリのシャンゼリゼ劇場で行われている。1934年フランス国立放送専属のオーケストラとして創立。当初の名称は、「フランス国立放送管弦楽団」。デジレ=エミール・アンゲルブレシュトを初代首席指揮者に迎えてスタートした。1966年、シャルル・ミュンシュとジョルジュ・セバスティアンを指揮者として初来日。1975年現在の「フランス国立管弦楽団」に改称。チェリビダッケを初の音楽監督に迎え注目されたが、その後は常任を置かずにレナード・バーンスタインやロリン・マゼールが指揮を務め、1977年にロリン・マゼールが音楽監督に就任した。放送局の運営するオーケストラということもあり、現代作品の演奏にも積極的でレパートリーも広く録音も豊富である。2020年からはエマニュエル・クリヴィヌに代わり、クリスティアン・マチェラルが音楽監督を務めている。


 エルガー:チェロ協奏曲ホ短調作品85は、1918年に作曲された。そのころエルガーは病床にあって、その状況下で書かれた。手術後の経過や第一次世界大戦などで精神的な打撃を受け、しばらくの間作曲から遠のいた。同年5月にサセックスの山荘で再び筆が執られたものの、先にヴァイオリンソナタ、弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲の作曲およびそれらの初演が優先され、チェロ協奏曲はより念入りに構想が温められた。本格的に作曲が再開されたのは同年6月からで、8月には完成した。初演は翌年10月27日に、ロンドンのクィーンズ・ホールにおいてサルモンドを独奏者に迎え、エルガー自身の指揮するロンドン交響楽団によって行われたが、評価は低かった。しかし、今日では20世紀を代表するチェロ協奏曲の一つとして広く知られている。これには、夭折した天才女流チェロ奏者ジャクリーヌ・デュ・プレ(1945年―1987年)が、この曲を盛んに演奏し、レコーディングも行ったことが大きく寄与した。

 今夜のエドガー・モローのチェロ独奏、クリスティアン・マチェラル指揮フランス国立管弦楽団によるエルガー:チェロ協奏曲ホ短調の演奏は、この曲特有のチェロの響きが朗々と奏でられ、同時に一瞬のすきもないような緊張感溢れる演奏内容に強く引き付けられた。このチェロ協奏曲は、聴き込めば聴き込むほど本来の持ち味がじわじわととリスナーに伝わってくる曲である。エドガー・モローのチェロ独奏は、技術的に完璧なばかりでなく、その豊かなチェロの響きが会場いっぱいに広がる様子を十二分に聴きとることができた。エドガー・モローの演奏の魅力は、安定感のある演奏技術に加え、常に歌心を忘れないところにあるのではなかろうか。そのような特徴がこの曲ではいかんなく発揮されていたように思う。この曲は、華やかさというよりは、どちらかというと内省的な性格を持ったチェロ協奏曲である。そんな曲をエドガー・モローは、エルガーの心に寄り添い、真摯な態度で演奏した、チェロの持つ奥深さを再認識できた演奏ではあった。クリスティアン・マチェラル指揮フランス国立管弦楽団の演奏は、力強く、メリハリのある演奏で、チェロのクリスティアン・マチェラルの演奏をサポートしていた。


 メシアン:「忘れられた捧げもの」は、1930年に作曲された管弦楽曲で、「管弦楽のための交響的瞑想」という副題が付けられ、同年にピアノ用に編曲された。また、3つのセッションには、それぞれ「十字架」、「罪」、「聖体」というタイトルが付けられている。タイトルにある「捧げもの」は人類のために血を流したイエスの十字架を意味し、それを忘れて罪に走る人類、そして聖体の秘跡が描かれている。この作品によって彼の才能が世に示された出世作でもあった。初演は1931年2月19日にパリのシャンゼリゼ劇場でヴァルター・ストララム指揮ストララム管弦楽団によって行なわれた。

 今夜のクリスティアン・マチェラル指揮フランス国立管弦楽団のメシアン:「忘れられた捧げもの」は、如何にもフランスのオーケストラらしく、「十字架」と「聖体」のセッションで、深みのある美しい演奏を披露した。フランス国立管弦楽団といえば名指揮者の誉高かったエマニュエル・クリヴィヌを思い浮かべる。2020年からはエマニュエル・クリヴィヌに代わり、クリスティアン・マチェラルが音楽監督を務めている。果たして、そのことによる変化はどう出てくるか。結論をいうとクリスティアン・マチェラルは、フランスの伝統的な音づくりを継承しようとしているようだ。今夜の放送では、伝統的なフランスのオーケストラの音色が、クリスティアン・マチェラル指揮下のフランス国立管弦楽団から聴くことができた。メシアン:「忘れられた捧げもの」は、メシアンの信仰心の証となる作品だが、この時期に取り上げられた意義は大きい。世界の戦禍が未だに収まらない今だからこそ、この曲を聴く意義が存在するのだ。特にこの曲の人間の「罪」のセッションでのクリスティアン・マチェラルの極限のパワーを込めた指揮は、十分に堪能できる演奏内容となった。


 ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」は、ロシアの民話に基づく1幕2場のバレエ音楽。オリジナルのバレエ音楽のほか3種類の組曲があり、それぞれオーケストレーションが大幅に異なる。ロシアの伝説的な興行師セルゲイ・ディアギレフは、1910年のシーズン向けの新作として、「火の鳥」を題材にしたバレエの上演を思いつき、最終的に若手作曲家のストラヴィンスキーに作曲を依頼し、半年余りで作品が完成した。台本は、ミハイル・フォーキンが担当し、ロシアの2つの民話を組み合わせ完成させた。そのひとつは「イワン王子と火の鳥と灰色狼」で、ツァーリの庭に生える黄金のリンゴの木の実を食べに来る火の鳥をイワン王子が捕まえようとする冒険譚。もうひとつは「ひとりでに鳴るグースリ」で、不死身のカスチェイにさらわれた王女のもとに王子が訪れ、王女がカスチェイをだまして魂が卵の中にあることを聞き出す話。本来は子供向けの話だが、大人の鑑賞にたえるように大幅に手が加えられた。

 今夜のクリスティアン・マチェラル指揮フランス国立管弦楽団のストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」は、如何にもフランスのオーケストラらしい絢爛豪華できらびやか音色に彩られた演奏を聴かせてくれた。この辺は、ドイツ・オーストリア系のオーケストラにはどう踏ん張っても出せない音色であり、フランスのオーケストラの真骨頂発揮といったところだ。クリスティアン・マチェラルの指揮は、メリハリを存分に効かせ、一点のあいまいさもなく、淀みなく曲を進めていく。特にドラマチックに曲が展開する場面になるとその持てる力を存分に発揮し、迫力十分な盛り上げ方は、なかなか堂に入ったもの。クリスティアン・マチェラルは、アメリカでのヴァイオリン奏者および指揮者生活が長く、2011年から2014年までフィラデルフィア管弦楽団の副指揮者を務めた経歴を持つ。今夜の演奏を聴くと、何となくそのような経歴が分かるような雰囲気を漂わせていた。フランスのオーケストラ文化の上にアメリカの音楽文化をいかに解け合わせていくのか、クリスティアン・マチェラルとフランス国立管弦楽団のコンビが、それをどう成果に結びつけていくかが今後興味深いところだ。(蔵 志津久)
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