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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇ヒラリー・ハーンのバッハ:ヴァイオリン協奏曲集

2011-10-04 10:38:59 | 古楽

~ヒラリー・ハーンのバッハ:ヴァイオリン協奏曲集~

バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番
    2つのヴァイオリン協奏曲
    ヴァイオリン協奏曲第1番
    オーボエとヴァイオリンのための協奏曲

ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
       マーガレット・バーチャー(2つのヴァイオリン協奏曲)

オーボエ:アラン・ヴォーゲル(オーボエとヴァイオリンのための協奏曲)

指揮:ジェフリー・カヘイン

管弦楽:ロサンゼルス室内管弦楽団

CD:ユニバーサル ミュージック UCCG‐50058

 よく“三大B”と言われるが、正直な話、私はこれまでこの“三大B”のうち、ベートーヴェンとブラームスについては、あらゆるジャンルの曲を耳にタコができるほど聴いてきたし、多分これからも聴き続けるであろうと思う。それに対し、これまで大バッハの音楽については、世間で言うほど、それほど特別な関心もなかったし、一部の有名な曲に限って聴いてきたというのが正直なところである。ところがである。最近、やたらとバッハの曲に惹かれるようになってきた。これまでは、バッハの曲を聴くと、バロック音楽という枠組みの中でしか曲を捉えられなかったが、最近は、そんな枠組みが取り外され、バッハの音楽がストレートに心に響くようになってきたようなのだ。つまり昔は古い音楽という思いが強かったが、今は、むしろ現代人の心にピタリと寄り添うような感覚をバッハの曲の中に見い出すことも少なからずある。ベートーヴェンの曲は、“苦難を克服して歓喜に至る”という、至極明快なベートーヴェンの独自の主張に酔わされるわけであるが、バッハの曲は、そんな人生の応援歌みたいな要素は皆無なのである。バッハの音楽は、リスナーにそっと寄り添い、時としては慰めみたいな言葉もかけてくれる。今の私にとっては、バッハは現代の作曲家以上に、身近に感じられる作曲家なのだ。

 そんな時に、ヒラリー・ハーンが、バッハのヴァイオリン協奏曲を4曲弾いたアルバムが目にとまった。これまで私は、バッハのヴァイオリン協奏曲を収めたCDは、オイストラフの盤を唯一の名盤として聴き続けてきたが、最近の若いヴァイオリニストは、どのようにバッハを弾きこなすのだろうという好奇心が湧き起こり、ハーンのこのCDを聴いてみようという気になったのだ。結論から言うと、ハーンの現代的な感覚に裏打ちされた新しいバッハ像がはっきりと打ち出されており、その熱演に聴き惚れてしまった。バッハの音楽に正面から向き合い、同時にその音から現代にも通じる感覚を見つけ出そうとする、真摯な演奏態度に心底から共感が湧き起こってきたのだった。ヒラリー・ハーンは、米国バージニア州生まれ(1979年)のドイツ系アメリカ人のヴァイオリニスト。フィラデルフィアのカーティス音楽学校に学ぶ。2003年、グラミー賞を受賞しているが、著名な音楽コンクールで優勝経験をせず、しかも現在の名声を勝ち得ているところをみると、真に実力派のヴァイオリニストであることが見て取れる。度々来日しているので彼女の生の演奏をお聴きになった方も少なくはないであろう。このCDのライナーノートでハーンは「このアルバムを聴きながら、みなさんもゆっくりとした楽章では旋律を口ずさみ、早い楽章では爪先で床を鳴らし、曲に合わせて踊っていただけたら、(もちろん自分の家で、ですが)幸いです。どうぞ、私たちとご一緒に!きっとバッハも喜ぶと思います」と書いている。ハーンのヴァイオリン演奏をそのまま現したようなこの文章から、その人柄が自然に浮かんできそうだ。

 早速、このアルバムの録音順に順に「バッハ:ヴァイオリン協奏曲集」を聴いて行くことにしよう。まず、最も有名なヴァイオリン協奏曲第1番から。第1楽章を聴いただけでこのアルバムの性格が分るような演奏だ。力強く、リズム感が極めて良く、メリハリが利いたその演奏は、新しいバッハ像を見る思いがする。その演奏は決して誰かの真似などではなく、ハーンが現在感じているバッハの音楽を、そのままストーレートに弾いたということが直に伝わってくる。カヘイン指揮ロサンゼルス室内管弦楽団の演奏も、感覚的にハーンと共同歩調を取り合うように伴奏していることも好感が持てる。第2楽章は、第1楽章とがらりとと変わり、ゆっくりとしたテンポで、実にしっとりとしたバッハを聴かせてくれる。私はこんなに優美で深遠な第2楽章の演奏を聴くのは初めての経験だ。バッハの音楽が本来持つ奥深さと親しみやすさを同時に再現したことには、言う言葉もないほど。第3楽章は、第1楽章のような快活なテンポで一気に弾き進む。これぞ現代に生きるバッハであるということを実感させてくれる演奏となっている。2つのヴァイオリン協奏曲は、ヒラリー・ハーンとマーガレット・バーチャーの2人のヴァイオリン演奏の意気がピタリと合い、バッハの音楽が持つ、筋がピーンと張ったような古典美が伝わってくる。第2楽章のゆっくりしたテンポも伸び伸びとした表現が実に心地良い。

 ヴァイオリン協奏曲第1番は、第2番の陰に隠れ、比較的目立たないヴァイオリン協奏曲ではあるが、一度その魅力に嵌ると、第1番を凌ぐようなバッハならではの音の魔術の虜になってしまう。ハーンの演奏も、そんな曲の性格を意識したように、第2番に比べ一層緻密で重厚な演奏に終始し、その聴き応えは、腹の奥底へと響くような充実感あるものになっている。しかも、ハーン独特のしなやかで華のある弓使いが随所に見られ、思わず「これは凄いヴァイオリニストだ」という思いに駆られる。第2楽章の静かで、朗々とした旋律を聴くと、もう時間が一瞬停止して、音そのものだけが光り輝いている・・・そんな感じがひしひしと迫って来るようだ。オーボエとヴァイオリンのための協奏曲の第1楽章は、誰でも聴いたことのあるメロディーが流れ出し、ハーンではないが「ゆっくりとした楽章では旋律を口ずさみ」たくなるようだ。第2楽章は、オーボエとヴァイオリンとが絡み合うように演奏して行くが、2人の演奏家の絶妙のコンビネーションを心の奥まで堪能することができる演奏内容となっている。この楽章だけとっても、この録音のレベルの高さが裏づけされるし、現代に生きているバッハを実感できる。第3楽章は、オーボエとヴァイオリンが、技術の粋を込めた演奏を披露する。そこにあるのは純粋な音の悦びだけである。
(蔵 志津久)


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