
ブラームス:交響曲第1~4番
悲劇的序曲/ハイドンの主題による変奏曲
指揮:ルドルフ・ケンペ
管弦楽:ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
CD:TESTAMENT(EMI Records) SBT 3054
ドイツ人の指揮者のルドルフ・ケンペ(1910年6月14日ー1976年5月12日)のこのCDは、最初はあまり印象に残ることはないが、何回も聴くうちにその真価がじわじわと心に沁みてきて、最後にはケンペの虜になってしまうという、独特の魅力が込められた隠れたる名盤なのである。通常指揮者はその指揮ぶりが、フルトヴェングラーみたいだとか(あまりいないが)、ワルターに似ているだとか、まるでトスカニーニみたいなど、と過去の巨匠たちの指揮に似ているといった捉え方をされることが多い。ところがケンペはどの巨匠とも異なり、独自の世界を展開する。そこが新鮮に映るし、魅力ともなっている。強いて挙げればシューリヒトに近いのかもしれない。しかしよく聴くと、シューリヒトは楽団員と一体化して自分の世界に引きずり込むという感じがするのに対し、ケンペはあくまで楽団員の自発性に期待し、団員各自の能力を最大限に発揮させるようにもっていく。
そこにケンペの魅力の根源がある。曲の最初から自分の個性をぶつけるのではなく、最初はごく普通に淡々と演奏を進めていく。そしてその曲のクライマックスの部分に合わせ、それまで溜めてきたエネルギーをすべて放出するかのごとく、一挙に爆発させる。その爆発も指揮者の爆発でなく、オーケストラ全員の自発的爆発のような感じだ。このためケンペの演奏は何か人間賛歌のような肯定的な明るさを持っている。ブラームスの交響曲は多くの場合、おどろおどろしい感じで、鬱積された感情が内に篭ったような感じの指揮をする指揮者が多いが、ケンペのブラームスの交響曲に対する指揮ぶりはこれと異なり、あたかも、ベートーベンの交響曲の延長線上にあるかのような、健康的で颯爽としたブラームス像を描いてみせる。ケンペはやはり、誰かに似た指揮者でなく、独自の世界を開拓した名指揮者ではなかったのではなかろうか。
ケンペは一般にはそう有名な指揮者とはいえないので、ざっとその経歴をWikipediaで見てみると・・・。ドレスデン音楽大学でオーボエを学び、ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団のオーボエ奏者となる。1950年ドレスデン国立歌劇場の音楽監督、1952年バイエルン国立歌劇場の音楽監督を歴任。1954年渡米してニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の指揮者の就任した。1960年ー1963年バイロイト音楽祭で「ニーベルングの指輪」を指揮する。以後、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の各首席指揮者を務める。この経歴を見ると、なかなか玄人ごのみの実力指揮者であったことがうかがえるのだ。
今回紹介したCDはブラームスの交響曲全集なのであるが、悲劇的序曲とハイドンの主題による変奏曲の2つの管弦楽曲が付録のように収められている。ところがこの付録の悲劇的序曲が交響曲をも凌ぐ超名演なのである。いつもはスロースターターのケンペも、この曲ばかりは、出だしからド迫力で、最後までこの緊張が持続する。ベルリンフィルもこのときばかりは、ケンペの迫力に押されっぱなし、といった感じの必死の演奏が盤面を通じて感じられる。ブラームスの悲劇的序曲を聴くならこのケンペ盤だと聴きながら私は思ったのである。(蔵 志津久)
金が無い為 廉価版ばっかりだった。書いてられる通りセラルフィルムだった。時間が経ってミュンヘンフィルのを 聞いて 気が抜けたコーラみたいと思った。今 聞き直しているが ベルリンフィルの音が好きだったんだと気がついた。 昔の敵討ちの様に現在 CD2万枚 俺は馬鹿だなぁと つくづく思う。私のブラームス好きの原点。この6年位 年30回〜40回位 コンサート行っています。ブラームス1では シュタイン バンベルクが良かった。アルゲリッチのシューマンコンチェルトの後だった。もう10年位前だったか? わからなくなってきています。