<NHN‐FM 「ベスト・オブ・クラシック」 レビュー>
―ギドン・クレーメル 室内楽演奏会―
フランク:ピアノ三重奏曲作品1第1から「第1楽章」
バイオリン:ギドン・クレーメル
チェロ:ギードレ・ディルヴァナウスカイテ
ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ
フランク:バイオリン・ソナタ
バイオリン:ギドン・クレーメル
ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ
チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」
バイオリン:ギドン・クレーメル
チェロ:ギードレ・ディルヴァナウスカイテ
ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ
収録:2012年11月4日、東京・サントリーホール
放送:2013年4月2日(火) 午後7:30~午後9:10
ギドン・クレーメル(1947年生まれ)は、ラトビア出身のヴァイオリニスト。16歳で国内の音楽コンクールで優勝。モスクワ音楽院で学び、ダヴィッド・オイストラフに8年間師事。この間、1967年、エリザベート王妃国際音楽コンクールにて3位に入賞。1969年、パガニーニ国際コンクールで優勝。1970年、チャイコフスキー国際コンクールで優勝など、輝かしい受賞歴を誇っている。1975年にドイツ、さらに1977年にニューヨークへ進出し西側へ鮮烈なデビューを飾る。以後、ドイツを拠点に活動し、高い評価を得ている。そのギドン・クレーメルが若手のチェリストのギードレ・ディルヴァナウスカイテ、そしてピアニストのカティア・ブニアティシヴィリ引き連れて来日し、室内楽の醍醐味を思う存分に披露したコンサートを収録したのが、今回の放送内容である。ギドン・クレーメルは著名なヴァイオリニストなので、多くのリスナーが知っているが、若手の演奏家と室内楽を演奏するとどのような展開となるのか、私にとっては興味深い放送となった。
最初のフランク:ピアノ三重奏曲作品1第1は、演奏会でもあまり取り上げられない曲なので、曲自体に対しても、注目が高まる。出だしから、フランクらしからぬ浪々とした力強さに、一瞬あっという思いに捉われた。しかし、直ぐにフランク独特の情緒溢れるメロディーが一面を覆い、奥行きの深い室内楽の世界に誘われることになる。ギドン・クレーメルのヴァイオリンの存在感は、流石であるが、チェロのギードレ・ディルヴァナウスカイテ、ピアノのカティア・ブニアティシヴィリが、ギドン・クレーメルに臆することなく、伸び伸びと演奏していることに少々驚きをおぼえた。普通、巨匠クラスと演奏する若手演奏家は、どうも萎縮する傾向が出てしまう。ところが、この二人の若手演奏家には、このことが当て嵌まらないようであり、演奏家の名前を聴かないで聴いたなら、3人の息の合った同世代の演奏家達と思うかもしれないほど。この曲は、普段ほとんど聴かれないが、内容の濃い優れた室内楽である。コンサートでは全楽章が演奏されたのであろうか。残念ながら放送では第1楽章しか聴かれなかったのが惜しい。
次のフランク:バイオリン・ソナタは、円熟の境にある、充実したギドン・クレーメルのヴァイオリン演奏がたっぷりと味わえ、至福の一時を持つことができた。伸びやかな弓使いから紡ぎ出される、豊かな音質と深みのある表現力は、現役のヴァイオリニストの最高峰に位置する一人であることを裏付ける。見事な完成度の演奏だ。演奏自体は中庸なものであるが、曲をドラマティックに演出しながら演奏する。しかし、リスナーにはそれが少しも嫌味に聴こえない。これは、本物の演奏家にしか表現できない至芸なのであろう。ピアノの伴奏のカティア・ブニアティシヴィリの演奏にも、いたく感じ入った。堂々とピアノが自己主張するのだが、伴奏者であることの一線は決して越えてはいない。そして、ピアノの音そのものが美しいし、響きがギドン・クレーメルのヴァイオリンにうまく結びつき、絶妙な伴奏を披露してくれた。今後、ピアノ独奏者としてのカティア・ブニアティシヴィリの活躍に要注意だ。そして、この日の最後の曲目であるチャイコフスキー:ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」の演奏が始まった。ここでもカティア・ブニアティシヴィリのピアノ演奏が、その存在感を十二分に発揮して、この曲を一層スケールの大きなものにすることに成功したようだ。クレーメルのヴァイオリンも、リーダーシップがしっかりと取れており、ギードレ・ディルヴァナウスカイテのチェロの響きも、朗々としており、室内楽の楽しさを充分に伝えてくれた。
ところで、私にとっては謎の演奏家である、今回の若き2人はどのような演奏家なのであろうか。チェロのギードレ・ディルヴァナウスカイテは、リトアニア音楽アカデミーで学ぶ。ロッケンハウス音楽祭に招かれ、主宰者であるクレーメルはもとよりゲリンガスやペルガメンシコフなどとアンサンブルを行う。その後リトアニア国立交響楽団、クレメラータ・バルティカなどでソリストとして活躍した後、クレメラータ・バルティカに入団し現在に至っている。また、クレーメル主宰の四重奏団であるクレメラティーニ弦楽四重奏団のメンバーでもある。一方、ピアノのカティア・ブニアティシヴィリは、グルジアのトビリシ国立音楽院で学ぶ。2003年ホロヴィッツ国際コンクールで特別賞受賞。2008年アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第3位ならびに最優秀ショパン演奏賞、聴衆賞を受賞。なるほど、カティア・ブニアティシヴィリは、今注目のピアニストだということが分る。そう言えば、クレーメルは、若手の育成には特別力を入れており、1981年には、ロッケンハウス音楽祭を自ら創設し、毎夏オーストリアにおいて室内楽の音楽フェスティバルを開催し、積極的に無名に近い演奏家やアンサンブルを出演させている。また、1997年には、バルト三国の若い演奏家20数名を集め、クレメラータ・バルティカを結成している。今回の室内楽演奏会は、長年に渡るこれらの若手演奏家の育成の成果発表会でもあったのだ。若手育成に力を入れるギドン・クレーメルに、ますます親しみが増してきた。(蔵 志津久)