~山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団&河村尚子 演奏会~
ベートーヴェン:劇付随音楽「エグモント」序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
ベートーヴェン:交響曲第7番
ウォルトン:弦楽のための2つの小品「ヘンリー五世」から、「彼女のやわらかな唇に触れ、別れよ」(アンコール)
ピアノ:河村尚子
指揮:山田和樹
管弦楽:バーミンガム市交響楽団
会場:サントリーホール
日時:2016年6月28日
放送:2016年8月25日(木) 午後7:30~午後9:10
今夜の「NHK‐FMベストオブクラシック」は、山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団、それにピアノの河村尚子による演奏会の録音である。指揮の山田和樹(1979年生まれ)は、神奈川県秦野市の出身。2001年東京芸術大学音楽学部指揮科を卒業したが、在学中に芸大生有志オーケストラ「TOMATOフィルハーモニー管弦楽団」(2006年より「横浜シンフォニエッタ」に改称)を結成し、音楽監督に就任。2009年若手指揮者の登竜門の「ブザンソン国際指揮者コンクール」で優勝。2010年~2012年NHK交響楽団副指揮者を務めた。2012年スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団ミュージックパートナーにそれぞれ就任。2014年東京混声合唱団音楽監督、2016年同合唱団理事長に就任。そして2016年9月にはモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督兼芸術監督に就任するなど、日本の若手指揮者の中でも一際その存在感を増している。 2011年「出光音楽賞」受賞、2012年「渡邉暁雄音楽基金音楽賞」、2012年「齋藤秀雄メモリアル基金賞」、2012年「文化庁芸術祭賞新人賞(音楽部門)」などを受賞。現在、ドイツベルリン在住。
山田和樹は、奇を衒わず、至極まっとうで正統的な指揮をする指揮者である。そして、そこには常に歌心が宿っているので、演奏するオーケストラにしても、その持てる能力を存分に発揮できることを窺わせる。聴衆の方も、山田和樹の指揮の意図が明確に理解することができるので、聴きやすいという印象を強く受ける。このことは、長年にわたり東京混声合唱団の指揮者を務めてきたことと無縁ではあるまい。バーミンガム市交響楽団(CBSO)は、イギリスのバーミンガムを拠点とするオーケストラ。1920年にバーミンガム市管弦楽団として設立され、1948年に現在の名称に改名された。1980年にサイモン・ラトルが同楽団の首席指揮者・音楽監督に就任してから徐々に名声を得るようになり、特にロマン派音楽や現代音楽では、ヨーロッパ随一の合奏能力を持つとまでの高い評価を得るようになる。ラトルの後は、サカリ・オラモ(1998年―2008年)、アンドリス・ネルソンス(2008年―2015年)、そして2016年からはミルガ・グラジニーテ=ティーラが首席指揮者・音楽監督を務めている。現在の演奏の本拠地は、バーミンガム市国際コンベンション・センター内部のシンフォニー・ホール。
最初の曲、ベートーヴェン:劇付随音楽「エグモント」序曲を聴いてみよう。この曲は、ゲーテの同名の戯曲のための劇付随音楽で、現在では序曲のみが単独で演奏されることがほとんど。作曲は、1809年10月から1810年6月までに行われ、1810年5月にブルク劇場でベートーヴェン自身の指揮で初演された。この物語は、圧政に対して反旗を翻し、その結果死刑に処せられた男の英雄的な生涯についてのもので、如何にもベートーヴェンが好みそうな内容となっている。結果は初演の時から大変好評であったようである。ここでの山田和樹の指揮ぶりは、正に王道を行くがごとく、堂々と正統的なものに仕上げた。全体にゆっくりとしたテンポで緻密な音づくりが印象的だ。バーミンガム市交響楽団は、いぶし銀の如く深みのある音色を披露する。山田和樹の丁寧な音づくりには好感が持てる。そして、徐々に高揚感を高めていくところは、山田和樹の十八番とも言えるもので、オーケストラと会場の聴衆とが一体化したような雰囲気づくりは、山田和樹が既に熟達した指揮者であることを十分に示すものとなっていた。そして、何よりも若々しい指揮ぶりがいい。
次のラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番は、有名な第2番の影に隠れて目立たないが、その濃厚な情緒は、ある面では第2番をも凌駕するほど。1909年の夏に作曲され、同年11月にニューヨークで初演された。今夜のピアノ独奏は河村尚子。河村尚子は、兵庫県西宮市出身。5歳で渡独し、ハノーファー音楽演劇大学で学ぶ。2009年「出光音楽賞」、「新日鉄音楽賞」フレッシュアーティスト賞、「日本ショパン協会賞」、2012年「芸術選奨新人賞」、2013年「ホテルオークラ音楽賞」などを受賞。現在、日本を代表する中堅ピアニストとして活躍している。今夜の河村尚子の演奏は、如何にもラフマニノフらしいロシアの土俗の色彩感をたっぷりと味あわせる演奏内容となっていた。ピアノの音色自体に温かみのあり、何よりもその安定感のあるピアニズムは、強い説得力を持ったものであった。歳と共にさらに成長を遂げるであろう河村尚子に今後多いに期待できそうだ。最後の曲、ベートーヴェン:交響曲第7番は、ワーグナーが「舞踏の聖化」と絶賛したことで知られており、現在のコンサートでも最も人気が高い曲の一つ。ここでの山田和樹の指揮は、非常に手堅く曲をまとめていた。地に足が付いた演奏とでも言ったらいいいのであろうか、少しの浮ついたところがない。それでいて曲の起伏は十分に聴き取れるものとなった。徐々にオーケストラを高揚感を持った演奏へと高める指揮者としての手腕は十二分に聴き取れた(蔵 志津久)。