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★ 私のクラシック音楽館 (MCM) ★ 蔵 志津久

クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

●クラシック音楽●新譜CD情報

2023-11-03 09:50:10 | 歌曲(女声)



<新譜CD情報>




~世界で活躍するソプラノ歌手 田中彩子4年ぶりのアルバム~



モーツァルト:コンサート・アリア「私の感謝をお受けください、慈悲の人よ」
       コンサート・アリア「ああ、やさしい星よ、もし天に」
バッハ:「あなたがそばにいたら」(伝G.H. シュテルツェル作)
     アリア「ああ、なんて美味しいの、コーヒーは!」
ヘンデル:「私を泣かせてください」(涙の流れるままに)
プライズマン:「アヴェ・マリア」
プレヴィン:ソプラノ、チェロとピアノのためのヴォカリーズ
ピアソラ:「タンティ・アンニ・プリマ」(アヴェ・マリア)
ニールセン:「幸せなのに」
渋谷慶一郎:「BLUE」
ミヒャエル・プブリク:「アー・ユー・シリアス?」
チック・コリア:「クリスタル・サイレンス」
        「ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ」

ソプラノ:田中彩子

ピアノ:佐藤卓史

チェロ:植木昭雄

編曲:ミヒャエル・プブリク
 
 このCDは、日本が世界に誇るコロラトゥーラ・ソプラノ歌手 田中彩子の4年ぶりのアルバム。今回のアルバムは、プレイ<遊び>と<祈り>がテーマで、モーツァルト、バッハ、ヘンデルからプレヴィン、ピアソラ、チックコリアまでバロックから現代の曲を収録。
 
 ソプラノの田中彩子(1984年生まれ)は、京都府舞鶴市出身。18歳で単身ウィーンに留学。22歳のときスイス・ベルン州立歌劇場にて同劇場最年少でソリスト・デビューを飾り、6ヶ月というロングラン公演を代役なしでやり遂げる。翌年、「国際ベルヴェデーレオペラ・オペレッタコンクール」ではオーストリア代表として本選出場を果たす。ウィーン・フォルクスオーパーとオッフェンバック「ホフマン物語」のオランピア役のカバーを務めたことを皮切りに、オーストリア政府公認スポンサーの「魔笛」公演では、夜の女王役として2012年から3年に渡って出演。その後、コンサート・ソリストとしてヨーロッパ、南米各地のオーケストラ公演に出演など、世界で活躍。日本でもコンサートのみならずメディア出演も多い。2018年「アルゼンチン最優秀初演賞」受賞。 2019年 「Newsweek日本版」の「世界が尊敬する日本人100人」に選出。2020年発売CD「Esteban Benzecry」は、イギリスBBCクラシック専門音楽誌にて5つ星に評された。音楽や芸術を通じた教育・国際交流活動を行う「Japan Association for Music Education Program」を設立し代表理事を務める。舞鶴市文化親善大使、京丹後市文化国際交流アドバイザー、宮津市文化芸術ブランドアンバサダーにも就任。ウィーン在住。
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◇クラシック音楽CD◇メゾ・ソプラノ:藤村実穂子のシューマン/マーラー/ブラームスの歌の世界

2013-02-19 10:32:26 | 歌曲(女声)

シューマン:リーダークライス(異郷にて/間奏曲/森の対話/静寂/月夜/美しき異郷/城砦にて/
                   異郷にて/哀しみ/たそがれ/森で)

マーラー:春の朝/夏の交代(子供の魔法の角笛より)/美しい喇叭の鳴るところ(同)/つらなる想い

ブラームス:ジプシーの歌 (さあ、ジプシーよ/高く波立つリマの流れ/彼女が一番きれいな時は/
                                 神様、あなたは知っている/日焼けした青年が/三つのバラが/時々思
                 い出す/赤い夕焼け雲が )
       :甲斐なきセレナーデ/セレナーデ/日曜日

メゾ・ソプラノ:藤村実穂子

ピアノ:ヴォルフラム・リーガー

CD:フォンテック FOCD 9575

 このCDは、欧米で「最高のメゾソプラノの一人」と呼ばれ、現在、世界を舞台にフリーで活躍している藤村実穂子が、2010年11月7日(所沢市民文化センター ミューズ マーキーホール)、2010年11年11日(紀尾井ホール)に行ったリサイタルのライヴ録音盤である。藤村実穂子の歌声は、メゾ・ソプラノという特徴が持つ奥深さに加え、さらに、より深遠な雰囲気を湛えた、例えようのないようなその質感に、聴いていて圧倒される思いがする。しかし、そこには重々しい雰囲気と言うよりは、抒情味を含んだ懐かしさがふんだんに込められているので、とても聴きやすい。このCDには、シューマン、マーラーそれにブラームスのお馴染みのリートが収録されており、藤村実穂子が醸し出す深遠な、そして懐かしくも楽しい歌の世界を存分に楽しめる。一曲、一曲が決して表面的な表現に終わることなく、微妙なニュアンスを巧みに表現しており、その味わい深さが、聴き進むうちに、徐々にリスナーの体全体に沁み渡ってくる。

 このCDにはシューマン、マーラーそれにブラームスの、我々にもお馴染みのリートが収録されている。この選曲は、多分、藤村実穂子が日本の聴衆が楽しめる曲目を選び、リサイタルを聴きに来た聴衆に楽しんでもらおうとする姿勢が垣間見えて、誠に好ましいものだ。シューマン:リーダークライスの第1曲「異郷にて」で、既にリスナーは、藤村実穂子の歌の世界に釘付けとなる。実にしみじみとしたシューマン独特の世界がそこには広がる。「間奏曲」「森の対話」で一層その思いが深まり、そして第4曲の「静寂」では、それが頂点に達する。奥行きの深い透明感のある藤村実穂子の世界が遺憾なく披露され、シューマンの歌曲が持つロマンの香りが辺りに立ち込める。冒頭で「現在、欧米で『最高のメゾソプラノの一人』と呼ばれ」と書いたことが、決して誇張でないことがこの1曲だけでも証明できそうだ。マーラーの歌曲において、藤村実穂子はまた別の一面を見せてくれる。シューマンがロマンの世界の発露なら、マーラーの歌声はドラマの世界の発露だ。このマーラーの歌曲では、藤村実穂子の歌劇での実績が遺憾なく発揮されているようであり、その伸び伸びとしたドラマティックな歌の展開に聴き惚れる。さらにブラームス:ジプシーの歌に入ると、その上に力強さも加わり、メゾ・ソプラノの本領発揮と言ったところ。そしてコケティッシュな一面も聴かせてくれており、ブラームスの歌の世界を充分に楽しめることができる。

 藤村実穂子は、東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業し、同大学院修了後、ミュンヘン音楽大学大学院に留学する。在楽中にワーグナー・コンクール(バイロイト)で事実上の優勝を果たし、さらにマリア・カナルス・コンクール優勝など、数々の国際コンクールに入賞。その後、オーストリア、グラーツ歌劇場の専属歌手となる。2000年以降はフリーの歌手として、世界中で活躍している。2002年、バイロイト音楽祭の「ニーベルングの指環」において、日本人として初めてフリッカ役(「ラインの黄金」「ワルキューレ」)という大役に抜擢され、一躍注目を浴びる。その後も同音楽祭に毎年主役で出演し、9年連続出演という日本人新記録を立てる。日本での受賞歴は、第12回出光音楽賞(2002年)、第54回芸術選奨新人賞(2003年)、第37回エクソンモービル音楽賞洋楽部門奨励賞(2007年)受賞など。

  今回、藤村実穂子のCDを聴いてみて、「日本人が西洋音楽を歌っている」という範疇を、藤村実穂子はとうに超えて、既に「シューマンを、マーラーを、そしてブラームスをどう表現するのか」というレベルに達していることが聴き取れる。これは、決して無国籍のレベルになるということではなく、より一段高い見地で、日本人歌手として、どのように表現すべきなのか、ということを意味するのだと思う。ドイツ人が作曲した作品を、フランス人演奏家がフランス人として巧みに演奏するように、日本人演奏家の立場で演奏できるはずだ。藤村実穂子は、その先駆けの一人なのだと私には思われてならない。なお、ピアノ伴奏のヴォルフラム・リーガーはドイツ出身のピアニスト。1998年にベルリンのハンス・アイスラー音楽大学の教授に就任。現在、ヨーロッパと日本で定期的にマスタークラスを行っている。ここでのピアノ伴奏は、藤村実穂子との息も合い、藤村実穂子のリートの世界を巧みに演出することに成功している。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇エリー・アメリンクのモーツァルト&シューベルト歌曲集

2012-03-20 10:32:39 | 歌曲(女声)

~モーツァルト&シューベルト歌曲集~

<モーツァルト曲>
静けさがほほえみながらK.152
鳥よ,年ごとにK.307 
寂しい森の中でK.308 
すみれK.476 
魔法使いK.472 
別離の歌K.519 
ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時K.520 
夢のすがたK.530 
可愛い糸紡ぎK.531 
夕べの想いK.523 
クローエにK.524 
春へのあこがれK.596 

<シューベルト曲> 
糸を紡ぐグレートヒェンD.118 
歌の中の慰めD.546 
音楽に寄すD.547 
ガニメードD.544 
春のおもいD.686 
恋はいたるところにD.239―6 
笑いと涙D.777 
セレナーデ~きけ,きけ,ひばりD.889 
ズライカI:吹きかようものの気配はD.720 
ズライカII:ああ、湿っぽいお前の羽ばたきがD.717 
エレンの歌III:アヴェ・マリアD.839

ソプラノ:エリー・アメリンク

ピアノ:イエルク・デムス

CD:東芝EMI OC30‐9018

 オランダ生まれのリリック・ソプラノ、エリー・アメリンク(1933年生まれ)の歌声は、明るく澄んでおり、一点の曇りもない青い空を眺めているような、清々しさに加え可憐さも感じる。ドイツのソプラノのエリーザベト・シュヴァルツコップ(1915年―2006年)の声も美しいのではあるが、格調が高く、近寄りがたい気品に満ちている。それに対してエリー・アメリンクの歌声は、大変親しみやすく、気軽に聴くことができる。気軽に聴くことができる、とは言っても曲の捉え方は、実に正統的なものであり、少しも乱れはないのだが、歌声自体に温もりがあり、聴いていて何か心安らぐ雰囲気を辺りに醸し出すのだ。そのエリー・アメリンクがモーツァルトとシューベルトのリートの名曲を録音したのがこのCDである。既にアメリンクは、引退しているので、その意味でも貴重な録音には違いない。

 エリー・アメリンクは、当初からリート歌手に専念して、オペラ歌手とは一線を引いていた。ヨーロッパの歌手のほとんどは、オペラ歌手の傍らリート歌手もしますよ、というケースがほとんどであり、この意味からエリー・アメリンクの存在は特筆される。日本においては、オペラはそうしょっちゅう聴けるものではないが、リートのリサイタルの数は比較的多い。フィッシャー・ディースカウが来日の折「ドイツにいるとリートは死んだと思っていたがたが、日本で生きていた」と言った程である。この点でもエリー・アメリンクは、リート好きの日本人に特に愛されたソプラノ歌手であったろうと思う。エリー・アメリンクは、1958年にジュネーブの国際コンクールで優勝し、以後歌手としての道を歩んだ。歌い方は、大変丁寧で緻密なもので、この点からも日本での評価は高いものがあった。このことを本人も認識していたのか、山田耕筰や中田喜直などの歌曲を日本語で歌ったほどで、引退後も公開講座のために来日するなど、日本との関係は深い歌手であった。

 このCDは、そんな歌声にぴったりのモーツァルトとシューベルトの有名なリートが納められており、類稀な彼女の美しい歌声を思う存分堪能することができる。このCDの第1曲目に収められた、モーツァルトの「静けさがほほえみながら」を聴いてみよう。モーツァルトの翳りのない美しいメロディーに乗ってエリー・アメリンクの、それはそれは美しい歌声がリスニングルーム一面に広がる。エリー・アメリンクの顔は見られないものの、題名にあるように、彼女がほほえみながら歌っているに違いないとさえ思わせる歌声なのだ。現在でも、歌のうまいソプラノは沢山いるだろうが、こんなに聴いていてリスナーの心を和ませてくれる歌手は、あまりいない。というよりは、ほとんどいないと言った方が正確であろう。モーツァルトの最後の曲「春へのあこがれ」も、こんなに情感が篭った歌い方をした例を、これまで私は聴いたことがないほどだ。

 シューベルトの第1曲「糸を紡ぐグレートヒェン」も、如何にもエリー・アメリンク独特の歌い方に思わず聴き惚れてしまう。通常、この曲は暗く思わせぶりに歌うもであるが、エリー・アメリンクは自己の美学を決して捨てようとしない。あくまで、彼女の美意識に立ったシューベルトなのである。そして、最後の「アヴェ・マリア」は、彼女の歌の特質と曲とが完全に一体化して、この世のものとも思われないような、崇高な美しさに溢れかえった世界が目の前に出現する。こんな歌い方ができるソプラノは、もう出てこないのではないか、とさえ感じさせる完成度の高い、同時に暖かみに満ちた歌声なのである。なお、ここでのピアノ伴奏は、オーストリア出身のイエルク・デムス(1928年生まれ)である。先頃来日したパウル・バドゥラ=スコダ(1927年生まれ)およびフリードリヒ・グルダ(1930年―2000年)とともに昔「ウィーンの三羽烏」と呼ばれたピアニストで、ここではエリー・アメリンクとぴたりと息のあった伴奏を聴かせている。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇鮫島有美子の日本叙情歌集

2011-06-24 10:36:30 | 歌曲(女声)

~ゴンドラの唄 鮫島有美子 日本叙情歌集~

あざみの歌                作詞:横井 弘/作曲:八洲秀章

さすらひの唄               作詞:北原白秋/作曲:中山晋平

すみれの花咲く頃             作詞:白井鐡造/作曲:デーレ
 
待ちましょう                 作詞:矢野 亮/作曲:渡久地政信

琵琶湖周航の歌              作詞:小口太郎/作曲:吉田千秋

鎌倉                     作詞:芳賀矢一/作曲:不詳

カチューシャの唄              作詞:島村抱月、相馬御風/作曲:中山晋平

ゴンドラの唄                 作詞:吉井 勇/作曲:中山晋平
 
七里ヶ浜の哀歌(真白き富士の根)     作詞:三角/作曲:ガードン

もずが枯木で                 作詞:サトウ ハチロー/作曲: 徳富 繁

春の唄                    作詞:喜志邦三/作曲:内田元
 
山小舎の灯                  作詞:米山正夫/作曲: 米山正夫
 
上海帰りのリル                作詞:東條寿三郎/作曲:渡久地政信
 
君の名は                    作詞:菊田一夫/作曲:古関裕而

惜別の唄                    作詞:島崎藤村/作曲:藤江英輔

銀座カンカン娘                作詞:佐伯孝夫/作曲:服部良一

リンゴの歌                   作詞:サトウ ハチロー/作曲: 万城目 正


ソプラノ:鮫島有美子


編曲・指揮・ピアノ:青島広志

副指揮:富沢裕

ヴァイオリン:桑野 聖

ハープ:篠崎史子

ピアノ:佐藤允彦  他 


 私は「日本の歌」というジャンルがあると確信している。しかし、それでは「日本の歌」の定義を言ってみろ、と言われると一瞬「うーん」と唸ってしまう。日本の歌曲とは違うことは、割とはっきりとしている。つまり、日本の歌曲といわれる曲はというと、難しい音楽理論に基づいて、格調高く歌うものであり、芸術作品と言われているものを指すからである。やはり「日本の歌」とは違う。童謡や小学唱歌とも違う。もう少し大人の味わいも含んでなくてはならないからだ。それでは、流行歌や歌謡曲とは違うのか。流行歌や歌謡曲にはかなり近いと思うが、もう少し重さというか、歴史の流れに飲み込まれずに生き残る信念みたいものがほしいのだ。然らば演歌とはどうか。演歌になると情念みたいな主観的感覚が強すぎて、もう少し客観性がなくてはならない。ポピュラーソングとの違いを訊かれるとやはり、日本人固有の精神の濃密さがほしい、ということになろう。そんなわけで、「日本の歌」というジャンルがあることは確信しても、定義することは意外に容易ではない。そんな日本の歌を“叙情歌・愛唱歌”というジャンルで歌い続けているソプラノの鮫島有美子が、1989年(平成元年)11月19―20日に日本コロムビア第1スタジオで録音した1枚が今回のCDである(この年に生まれた人はもう22歳になっているのですね・・・)。

 このCDのライナーノートに「主な出来事」という簡単な年表が載っているので、ちょっと見てみることにしよう。大正3年(1914年)から始まり、昭和29年(1954年)で終わっている。これらは若い人から見れば歴史上の事件の単なる羅列であっても、私たちの年代にとっては、後半はリアルな事件の思い出だ。今でこそ日本人がノーベル賞を受賞することは珍しくなくなったが、昭和24年(1949年)に湯川秀樹博士がノーベル物理学賞を日本人で初めて受賞したことは、敗戦で打ちひしがれた当時の日本人に自信を取り戻させたことを改めて思い出させる。昭和25年(1950年)には朝鮮戦争が勃発している。現在の北朝鮮問題は、正にこのとき始まったのだ。そして、現在、福島第一原発で放射線漏れの問題が日本を揺るがしているが、昭和29年(1954年)には、第五福竜丸の水爆実験での被爆という大問題が発生し、日本中を震撼させたことを思い出す。このライナーノートには演出家の久世光彦(1935年―2006年)が次のようなことを書いているのが目にとまったので、そのほんの一部を紹介しよう。「(日本は)新しいものへの興味ばかりで、古いものへ愛情も矜持ももたないのである。だから鮫島有美子の『ゴンドラの唄』を聴いて嬉しくなってしまった。この中には“日本の心”が暖かく流れている。“日本の風景”が煙るように浮かんでいる」。

 ソプラノの鮫島有美子は、東京芸術大学音楽学部、同大学院へと進み、二期会研究生となる。1975年に二期会の歌劇「オテロ」に出演、デスデモーナ役に抜擢され、オペラ歌手としての第一歩を踏み出す。そして、1976年、ドイツ政府奨学生として、ベルリン音楽大学に留学する。1979年にベルリン音楽大学を卒業し、ヨーロッパ各国の音楽祭やリサイタル、ラジオ出演などの活動を行った。そして、旧西独のウルムの歌劇場専属歌手となり、1986年までさまざまなオペラの大役をこなしたのである。さらにその後、ヨーロッパと日本の間を駆け巡っての活躍は、各方面から絶賛を受けている。こんなクラシック音楽のいわば本流を歩む鮫島有美子が、日本の歌でのCDデビュー25周年を迎えたといのだから、日本の歌へのこだわりはかなり固いのであろう。西洋音楽のことを極めれば極めるほど、逆に自分のルーツである日本の音楽のことも極めたい、そんな欲求があったからこそ、鮫島有美子は片手間でなく、長きにわたり日本の歌を歌い続けてきたのではなかろうか。

 このCDでは全部で17曲の日本の歌が収録されている。すべて鮫島有美子の完璧な歌唱力で曲の真髄を堪能できる。本格的クラシック音楽のソプラノ歌手が全精力を傾けて、日本の歌を歌っていることに大きな感動を受けるのだ。作詞、作曲、歌唱すべて甲乙つけがたい内容となっているが、ここでは、その中から幾つかを紹介してみよう。「待ちましょう」(一口に流行歌といえぬような格調高い仕上がりになり、切々とした哀愁と相俟って根強いファンも多かった)、「琵琶湖周航の歌」(昭和34年、歌声喫茶ではやり出し、いちはやくボニージャックスがとりあげてレコード化し一般に知られるきっかけをつくった)、「ゴンドラの唱」(昭和27年の年度最優秀に選ばれた黒沢昭演出・監督の東宝映画「生きる」のテーマ音楽に、この曲が使われて再び注目された)、「上海帰りのリル」(作曲の渡久地政信がこの曲を作った昭和26年頃は、赤貧いもを洗うがごとき生活だった。夜更けに作曲していると、すきま風がビューと音をたて、“とうちゃん寒いよ”と毛布を被って寝ていた娘がすり寄ってきた。そのとき、「ファ・ミ・ミ」と歌いあげる「リール、リール」のメロディが浮かんだ)、「銀座カンカン娘」(山本嘉次郎原作、灰田勝彦、高峰秀子、笠置シズ子主演の昭和24年8月封切りの新東宝映画『銀座カンカン娘』の主題歌でブギウギのリズムを使った服部良一の曲の一つ。当時、“一体、カンカン娘とは何ぞや”という議論がなされたが、誰に聞いても“知りません”という返事しかなかったという、おおらかな時代に生まれた、今聴いても名曲だと感じられる曲)。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇バーバラ・ヘンドリックスのドビュッシー:歌曲集「忘れられたアリエッタ」 他

2011-04-22 11:26:19 | 歌曲(女声)

ドビュッシー:歌曲集「忘れられたアリエッタ」
        歌曲集「艶なる宴~第1集~」
        歌曲集「シャルル・ボードレールの5篇の詩」

ソプラノ:バーバラ・ヘンドリックス

ピアノ:ミッシェル・ベロフ

CD:東芝EMI CC33‐3449

 ドイツリートに比べフランスの歌曲は、我々にとって馴染み深いとは言いがたい。これは、日本のクラシック音楽界が、これまでドイツ・オーストリア系の音楽を範としてきたことと無縁ではなかろう。シューベルトやシューマンの歌曲に愛着を持っている日本のリスナーのどの位が、フランス歌曲を聴き馴染んでいるのだろうか。私にとっても、フランス歌曲は身近なものにはなっていない。そこで今回は、フランス歌曲に挑戦してみることにした。それには、ドビュッシーの歌曲がいい。ドビュッシーの曲は、管弦楽などでは、幻想的な雰囲気が横溢しており、我々日本人にとっても相性がいいからだ。曲目は、ドビュッシーの初期の歌曲の傑作と言われるポール・ヴェルレーヌの詩によった「忘れられたアリエッタ」と「シャルル・ボードレールの5篇の詩」、それにヴェルレーヌ詩の「艶なる宴」~第1集~の3曲。ソプラノは我々にも馴染み深バーバラ・ヘンドリックス(2011年6月来日予定)と、ピアノ伴奏は、これも我々に御馴染みのミッシェル・ベロフ。録音は、1985年5月と6月にパリで行われている。2人とも当時の若々しくも瑞々しい演奏を聴かせてくれるはずだ。

 バーバラ・ヘンドリックス(1948年生まれ)は、米国出身のソプラノで、その透明感ある歌声は真珠にも例えられるほど美しい。このCDでは37歳と、若々しくも脂の乗り切ったソプラノの見事な歌唱を披露している。1972年に開催されたパリ国際声楽コンクールで優勝した後、1974年にサンフランシスコでオペラ歌手としてデヴューを果たす。さらに、ザルツブルク音楽祭、グラインドボーン音楽祭などの出演し、米国で著名なオーケストラとの共演やリサイタルを行い、ウィーン国立歌劇場などヨーロッパへも進出し絶賛を得る。黒人のソプラノという珍しい存在を超えて、その軽妙で澄んだ歌声は、多くのリスナーの支持を得るに至った。さらにジャズや黒人霊歌の方面でも著名という、クラシック音楽の歌手としては珍しい存在でもある。1994年にはモントルー・ジャズ・フェスティバルにデビューしたのを皮切りに、世界各地の主要なジャズ・フェスティバルに参加しているという。20歳でネブラスカ大学で数学ならびに化学を学んだというから、最初は音楽家志望ではなかったのかもしれない。その後ニューヨークのジュリアード音楽学校に入学している。1998年には、「平和と和解のためのバーバラ・ヘンドリックス基金」を設立し、平和運動にも熱心であり、単なるソプラノ歌手としての活動を上回る仕事にも取り組んでいることが、長い歌手生命の源泉力となっているのかもしれない。

 ところで、このCDに収められた3曲の歌曲の歌詞はどのような内容であるか、ライナーノーツからほんのちょっとだけ紹介してみたい(窪田般彌訳)。ポール・ベルレーヌ詩「忘れられたアリエッタ」・・・「やるせなく夢見る思い、ぐったりと恋の疲れ、そよ風の抱擁に おののきふるえる森のすべて、そしてまた、灰色の梢のかげの ささやかな声の合唱」・・・。ポール・ベルレーヌ詩「艶なる宴~第1集~」・・・「高い梢につつまれた 薄明かりのなかで静かに、この深い沈黙をとっぷりと 二人の恋に滲みこませましょう。 二人の魂と心、陶酔した われらの感覚を溶けこまそう、松の木や山桃の 漠としたもの憂さのなかに。」・・・。「シャルル・ボードレールの5篇の詩」・・・「数ある思い出の母、恋人のなかの恋人よ、 おお、お前よ、わが喜びのすべて! 思い出しておくれ、愛撫の素晴らしさを、 暖炉の心地よさと、夕暮れの美しさを、 数ある思い出の母、恋人の中の恋人よ!」・・・。これらの詩を読むと、ドビュッシーがどうして、このような歌曲を作曲したのかが、ほんの少しばかり分るような気もする。要するに、これらの詩は、日本の万葉集のように、大らかな自然を背景に愛を詠った詩であり、そこには論理を越えた、より深い情緒を込めた音楽を必要としたのではないだろうか。

 このCDで3曲を聴いてみると、なるほど、ドイツ・オーストリア系音楽とは一線を画した、情緒を目いっぱい前面に押し出した、甘美な世界を歌曲で表現したことが聴いて取れる。ドイツ・オーストリア系音楽音楽にあまりに浸りきった耳には、最初は違和感を感ずるが、2回、3回と聴いていくうちに、その違和感がだんだんと薄れ、優美な夢の中に彷徨い込んだような雰囲気に、心地よい思いが自然と湧いてくる。むしろ、ドヴュッシーの歌曲の世界は、日本の古来からある邦楽にも似て、論理性を越えたところにある、ある一種の美的感覚に行き着くようでもある。今回、このドビュッシーの歌曲集を聴いてみて、我々日本人がクラシック音楽に取り組み、さらに日本独自の発展を図る際に非常に重要となるヒントが隠されているようにも思う。武満徹は、このことにいち早く気づき、独自の世界を切り開き、そして世界で認められる作品を次々と生み出していった。そんなことをこのCDを聴きながら思った。バーバラ・ヘンドリックスの美声と、ミッシェル・ベロフの詩的なピアノ伴奏が何と絶妙な調和を見せていることか。時間に余裕がある休日の昼間などに、一度フランス歌曲を心ゆくまで楽しんではいかがですか・・・。きっとこれまで聴いたことのないような、新しい世界が広がって来るでしょう。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇~麗しのウィンナー・リート集~

2010-11-04 13:14:23 | 歌曲(女声)

                   

~麗しのウィンナー・リート集~

ワルツが私の愛の歌(シュトルツ)
ウィーンわ力'夢のまち(ジーツィンスキー)
辻馬車の歌(ピック)
プラーターの木々また花咲いて(シュトルツ)
それがウィーンのお家芸(ツィルナー)
愛こそは地上の天(レハール)
きょうだい、やさしく(ドレヒスラー)
幸福は小鳥のように(クラッツル)
時計の最期(グルーバー)
母さんはウィーンの女だった(グルーバー)
かんなの歌(クロイツァー)
プラーターの日曜日(ツィルナー)
ヘレーネンタールの小径(シュタインブレッヒャー)
風の灯、グラスにワイン(プルクナー)
ジーヴェリングの向うではもうリラの花が咲いたって(シュトラウスⅡ世)
私の心の皇帝になって(シュトルツ)
君の愛さえあるならば[恋はやさし野辺の花よ](スッペ)
ウィーンわが夢のまち(ジーツィンスキー)
変奏曲K la(モーツァルト)

ソプラノ:ゲリンデ・イェリネンク
バリトン:フリンツレーマン

ビーダーマイヤーハープ:フーベルト・イェリネック

ウィーン・ビーダーマイヤー・ゾリステン
ウィーン・オペレッタアンサンブル

CD:カメラータ・トウキョウ 32CM‐306

 ウィーンと聞くと誰もが“音楽の都”を思い描くだろう。モーツァルト、ベートーヴェンなどが活躍した街であるし、現在も世界最高のオーケストラの一つ“ウィーン・フィル”などの本拠地でもあるので当然といえば当然だ。しかし、ウィーンが“音楽の都”と呼ばれ始めたのは、19世紀後半からであり、それ以前の“音楽の都”といえばベネチュアであったのである。「ウィーンは街興しのために、人為的に音楽の街となったに過ぎない」と言う人がいるほど。ウィーンは、もともとケルト人の居住する小村に、ローマ帝国の北の拠点が建設されたのがはじまりで、ヨーロッパからみてアジアへの入り口にもあたり、多彩な民族(ゲルマン系、スラヴ系、マジャール系、ラテン系)が集まった都市として栄え、現在はオーストリアの首都であると同時に、国際機関の本部などが数多く置かれるなど、グローバル都市であることに今も変わりはない。

 そんな現在の“音楽の都”ウィーンには、ウィーンの香りをふんだんに持った“ウィーン・リート”とも呼べる一連の歌が歌い継がれている。今回は、そんな小粋な“ウィーン・リート”がたっぷりと聴けるCDである。“ウィーン・リート”は聴いていて心が浮き立つというか、何か自然に踊り出したくなるような軽快さがその身上であろう。“ウィーン・リート”には、深刻さとか重厚さは似合わない。明るく、社交的で華やかな雰囲気に満ち満ちている。毎年元日の夜、ウィーンから生中継で“ニューイヤー・コンサート”が送られて来るが、このCDは、この“ニューイヤー・コンサート”の雰囲気が凝縮されていると思っていただければ自ずから分ってもらえると思う。やはり、イメージづくりでウィーンは随分得をしているなぁといった感じがする。

 このCDの1曲で多分皆さんも一度は聴いたことのあるジーツィンスキー作曲の「ウィーンわが夢のまち」の歌詞の冒頭の一節を見てみると・・・「私の心も、感覚も、いつもウィーンを憧れる 泣き、また笑う、あのウィーンを そこは私のまち、私のふるさと 昼も、そして夜もなおさら― 老いも若きも心は燃える、 ウィーンを本当に知っている人ならば この美しいまちを去ることになったなら、 私の憧れは限りなく広がろう― そうすると遠くから、一つの歌が聴こえてくるだろう。 それは響き、歌い、魅惑的に誘うだろう―」(前田昭雄訳)と続く。この詩だけ読んでも特にどうということもないが、このCDでソプラノのゲリンデ・イェリネックがこの曲を歌い出だすと俄然辺りの雰囲気がウィーン一色に染まるから不思議だ。それにウィーン・ビーダーマイヤー・ゾリステンの演奏が、いかにも昔風の楽団といった趣を醸し出し、“古き良きウィーン”を再現していて、聴いていて楽しいことこの上ない。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇エヴァ・リンドが歌う“ウィーン愛唱歌集”

2010-09-16 09:39:17 | 歌曲(女声)

ウィーン愛唱歌集

ヨハン・シュトラウス2世:春の声/愛の歌/尼僧たちの合唱(オペレッタ「カサノヴァ」より)/レモンの花咲くころ/シーヴェリングのリラの花/皇帝円舞曲

ヨゼフ・シュトラウス:オーストリアの村つばめ

アルディーティ:話して!

ソプラノ:エヴァ・リンド

指揮:フランツ・バウアー=トイスル

管弦楽:ウィーン・フォルクスオーバー管弦楽団

合唱:ウィーン・フォルクスオーバー合唱団

CD:日本フォノグラフ(西独PHILIPS) 35CD-598

 ウィーンと聞くと誰もが“音楽の都”というイメージを思い浮かべる。モーツァルトをはじめ大作曲家たちが活躍したのだから当たり前なのであろうが、東洋人である日本人にとっても何かしら郷愁を呼ぶのだから不思議と言えば不思議なことではある。これは、シュトラウス・ファミリーの作曲家たちが書いたオペレッタや小品が、日本人の感性と相性がいいといことも少なからず影響しているであろう。昔、ウィーンの市長が飛行機の中で渥美清演じる寅さんの映画を見て、たちまち大ファンになったというから、何がしか気脈が通じるものがあるのかもしれない。今回のCDの最初の曲、ヨハン・シュトラウス2世作曲の「春の声」を聴いて多くの日本人が「いいな~」と感じると思う。昔から日本人は短歌や俳句などの“短い芸術”を得意としてきたが、ウィーンのオペレッタや歌も、長大というよりピリッとした小品としての切れ味が光るのである。

 こんなウィーンの愛唱歌を1枚のCDに収めたのが今回のCDである。歌うはソプラノのエヴァ・リンド。エヴァ・リンドは、1966年、オーストリアのインスブルック生まれ。このCDが録音されたのが1986年10月20日―25日、ウィーンなのでエヴァ・リンドが20歳のときということになる。第1曲目のヨハン・シュトラウス2世作曲の「春の声」を聴いただけで、彼女の“汚れを知らぬげの初々しい声”と清楚な姿に、誰もがうっとりと聴き惚れてしまうのに違いない。若さとというものが持つ無限の力を感ぜざるを得ない。特別声量が大きいというわけでもないし、飛び抜けての美声というわけではないのだが、その透き通る若々しい声を聴くと、ウィーンの雰囲気がわっと押し寄せて来るみたいで、何か幸福な気持ちに誘われるのだ。要は、毎年正月にウィーンから実況放映される“ニューイヤーコンサート”そのものといったところであり、歌がうまいとかへただとかの、つまらぬ理屈などを持ち出すのは野暮と言うものだ。今や中堅のソプラノとなったエヴァ・リンドは、今年来日して歌っていたようですね。
 
 ところで、ヨハン・シュトラウスは、多くの日本人が知っている作曲家の名前ではあるのだが、2世、3世さらにヨゼフ・シュトラウスとなると、「はて一体どいう関係なのか」とこれまた多くの人が、こんがらかってしまうのではなかろうか。そこでいい機会なので整理してみることにしよう。ヨハン・シュトラウス1世(1804年―1849年)は、 ウィンナー・ワルツの基礎を確立したことから「ワルツの父」と呼ばれており、要するにファミリーのドンだ。 ヨハン・シュトラウス2世(1825年―1899年)は、1世の長男であり「ワルツ王」と呼ばれる。

 単に「ヨハン・シュトラウス」と呼ぶ場合、通常はこの長男の2世を指すから話がややこしくなる。親父を超えて長男が有名になりすぎたためであり、親としては嬉しいのか悲しいのかという関係である。 ヨゼフ・シュトラウス(1827年―1870年)は、1世の次男でこの人も作曲家。 エドゥアルト・シュトラウス(1835年―1916年)は、1世の三男で同じく作曲家。このほかにもシュトラウス・ファミリーの一員で作曲家となった者もおり、正に作曲家ファミリーである。このようなことは、洋の東西を通してあまり例のないことではなかろうか。このCDは、ヨハン・シュトラウス2世の「皇帝円舞曲」で締めくくられているが、これまで管弦楽でしか聴いてこなかった曲が、ウィーン・フォルクオーバー管弦楽団を背景に、エヴァ・リンドのソプラノ、それにウィーン・フォルクスオーバー合唱団によって歌われると、また一味違った「皇帝円舞曲」が目の前に出現し、なかなか楽しいものだ。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽◇エリー・アメリンクの歌曲名曲集

2008-12-04 11:29:55 | 歌曲(女声)

メンデルスゾーン:歌の翼に
ベートーベン:君を愛す
R・シュトラウス:セレナード
マスネ:エレジー
シューベルト:野ばら

ソプラノ:エリー・アメリンク

ピアノ:ルドルフ・ヤンセン

 エリー・アメリンクは、我々の世代にとってはクラシック音楽のアイドル的存在であった。気品のある例えようもない美しい歌声を聴くと“クラシック音楽ってほんとにいいですね”という思いが自然に沸き起こってきてしまうほどだ。ここに収められている曲は、みな寛いで聴くことができる名小品ばかりで、理屈なく楽しめる。音楽はある意味で数学的な理屈の芸術かもしれないが、それを超えた自然な感情を思い起こしてくれるのがこのCDである。アメリンクはこれらの有名な小品を完璧なほどの歌唱力で歌いきっているが、リスナーにとってはそれが押し付けに聴こえず、何か安らぎを醸してくれるところに、このCDの不滅の存在価値がある。「もうこれ以上の歌い方ってあるのかな」という思いもするほどの素晴らしい出来栄えだ。

 このCDの終わりの方に、山田耕作の「からたちの花」が収められている。それもアメリンクがピアノ伴奏なしで、しかも日本語で(!)で歌っている。聴いてみるとこれもなかなかいい。我々日本人が子供のころから聴いてきたあの「からたちの花」そのままなのである。よく考えてみると山田耕作は“洋行帰り”の最初の日本人で、100%日本の土壌から生み出された曲とはいえないので、アメリンクが「からたちの花」をアカペラで歌ったからといって格段驚くことではないかもしれない。ただもっと考えてみたいのが、この西洋音楽の小品歌曲の傑作が収められているCDの中で、山田耕作の「からたちの花」は決して他の曲に比べ劣っていないし、肩を並べていることだ。クラシック音楽というと、日本の演奏家や作曲家は“亜流”と見られがちであるが、もうこの考え方は捨てた方がいい。

 このCDのライナーノートをみていたら、石井宏氏が次のようなことを書いていた。「たとえば“赤とんぼ”のメロディであるが、あれはシューマンの“序曲とアレグロ”の中の一節から取っている。だが、多くの日本人にとって“赤とんぼ”は決してドイツ・ロマン派の音楽には聞こえず、むしろ子供の時代への郷愁をそそる音楽として聞こえるはずである」と。あの「赤とんぼ」がシューマン原曲とはつゆ知らなかったが、もともと、芸術にしろ技術にしろまったくのオリジナルなどというのは、実のところほとんどない。子供は学校で模倣することで知識を得る。それが大人になったからといって、がらりと変わるはずがない。数年前ある日本の画家が、外人の画家の絵を模写したということで槍玉に挙げられたが、私には少々かわいそうに思えた。なにしろゴッホも広重の絵をモチーフにして作品を描き、今では世界的名画として通っているほどだから(実はその広重も模写をして有名になったのだ)。

 もうこの辺で、日本も“日本発クラシック音楽”を世界に向けて堂々と発信した方がいい。例えば、日本の合唱界では有名な「落葉松」(野上彰作詞、小林秀雄作曲)などは、世界の著名な歌手に歌ってもらえば、世界中で高く評価してもらえるはずだ。ただ、受身で待っていては誰からも評価されない。積極的に世界に紹介する努力をしないと。今年9月に日本人として初めてフランス国立リヨン歌劇場首席指揮者に就任した大野和士は、以前から自ら演歌好きといっており(私もそうであるが)、この前テレビで「矢切の渡しがあるオペラの一節とそっくりなことを発見した。これはノーベル賞ものですよ」と言っていたが、将来、演歌が世界中で歌われることだってあるかも・・・。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽◇世界的名プリマドンナ・松本美和子・日本の名曲を歌う

2008-10-28 14:39:53 | 歌曲(女声)

野薔薇/城ヶ島の雨~松本美和子・日本の名歌を歌う

ソプラノ:松本美和子

ピアノ:椎野伸一

CD:ビクターエンタテインメント VICC-176

 あるコンサート会場で、手渡されたたくさんのチラシを見ていたら「美しい日本のうた~歌でつづる秋の調べ~」(ソプラノ 松本美和子)という1枚に目が引き付けられた。松本美和子という名前が随分懐かしかったのと、“日本のうた”というところが面白い組み合わせだなと感じたからである(そのときは不覚にも、松本美和子が既に2枚の日本のうたのCDをリリースしていたことを私は知らなかったのである)。わが国を代表する国際的な名プリマドンナで、ローマに在住し、06年には紫綬褒章も受章した松本美和子は、私の頭にはオペラ歌手という文字が焼きついており、そのときは「なんで松本美和子が日本の歌?」という疑問が沸き起こったのだ。とりあえず聴いてみようということで府中の森芸術劇場ウィーンホールに出かけることにした。この劇場の大ホールは高橋真梨子のコンサートで数回行ったことはあるが、ウィーンホールは初めて経験。結論からいうと音の響きが素晴らしく良く聴こえるホールだなと感じた。指揮者・音楽評論家の宇野功芳氏はある雑誌の中で、このウィーンホールを日本の音楽ホールの中で第1位に挙げている(ちなみに第2位は埼玉県の川口総合文化センター・リリア音楽ホール、第3位は大阪のいずみホール)。同氏は「ここは舞台の上の響きが良い。素晴らしいです。客席も後方まで残響がしっかり響きますね」と書いている。

 久邇之宜のピアノ伴奏で松本美和子の“美しい日本のうた”コンサートが開始された。曲目は誰でも知っている「赤とんぼ」「かやの木山の」「里の秋」からスタートして、会場は通常のクラシック音楽では味わえない親しみに満ちた空気が流れっていった。普通、クラシック音楽の歌手が日本の歌を歌うと、何か淡々として、学校の音楽教室で聴いているような雰囲気になってしまうか、バタ臭い日本の歌が出来上がってしまうことが多い。ところが松本美和子は違う。一曲一曲をゆっくりと丁寧に、その曲の持つ生命力みたいなものを引き出して、それを聴衆に話しかけるように歌う。多分、松本美和子はイタリア語は堪能であろうが、彼女の日本語はまことに美しく、そしてはっきりと、いささかの曖昧さもみられない。実は日本の歌は、曲と同じレベルで日本語が美しく歌われるかが求められる。さすが世界のプリマドンナ・松本美和子は、日本人の歌手の中でもっとも美しく日本語を表現できる歌手といえる。

 声の質は世界で折り紙が付けられただけあって美しく、高音になればなる程音量が増し、さすがオペラ歌手だなと聴くものは感動をうける。それでいて、我々が昔から知っている曲の懐かしさが少しも失われていないから堪らない。彼女の歌に引き寄せられた会場の雰囲気は、前半の最後の曲の有名な、私の大好きな曲「落葉松」(野上彰作詞、小林秀雄作曲)で最高潮に達した。この曲はCDにも収録されているが、この日の松本美和子の心を込めた、ドラマチックな表現はその場にいなければ味わえない程の高みに達していた。盤鬼・西条卓夫氏ではないが「生きていてよかった」とさえ感じた。

 松本美和子の歌う日本の歌のCDは、一枚は1978年に録音された①この道 /浜辺の歌~松本美和子 日本の名歌を歌う(荒城の月/この道/中国地方の子守唄/浜辺の歌/早春賦/雪の降る町を/夏の思い出/花のまちなど22曲)。もう一枚は1994年に録音された②野薔薇/城ヶ島の雨~松本美和子 日本の名歌を歌う(からたちの花/城ヶ島の雨/落葉松(からまつ)/時計台の鐘/水色のワルツ/野薔薇/砂山/砂山など20曲)―である。これらは日本の叙情歌集として何人もの歌手により1枚のCDに収録されたものが多いが、松本美和子は一人で42曲を歌い分けているところにも大きな存在価値がある。複数の歌手によるものは、それはそれで面白いのだが、一人の歌手により日本の抒情歌を聴くと、そこに一つのメッセージが生まれる。それは昔の日本人は自然に対する豊かな感情を、おおらかな、そして控えめながら限りなく愛情に満ちた表現を一曲一曲に込め、作詞、作曲してきたことが手にとるように分かる。

 昔の日本は貧しかったが、心は豊かであったからこそこれらの名曲が生まれたのだと思う。今の日本は生活は豊かになったが、心は貧しくなってしまった。これらのCDで松本美和子は、実演と同じように美しい日本語で、艶やかな音質の声で、一曲一曲を丁寧にゆっくりと歌いこんでいる。これらの曲に松本美和子は生命力を吹きかけ、聴くものに新鮮な感情を呼び覚ます。生まれてこの方もう何回聴いたか分からない曲が、生き生きと聴こえてくるのだ。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽◇ヘンドリックスのシューベルト:歌曲集

2008-09-19 11:38:48 | 歌曲(女声)

シューベルト歌曲集
  夜と夢/ガニメート/ます/糸を紡ぐグレートヒェン/シルヴィアに/他

ソプラノ:バーバラ・ヘンドリックス

ピアノ:ラドゥ・ルプー

CD:東芝EMI CE33‐5083

 シューベルトのリートほど人の心を引き付ける音楽はあまりない。シューベルトとベートーベン、この二人は音楽そのものに加え、それ以前のクラシック音楽が神や王といった権威者のための音楽だったものを、一人の人間としての感情や生き方、そして主張や正義といった、今の我々が当たり前に感じる感情を音楽に吹き込むことをやってのけた天才だ。以後現在に至るまでベートーベンとシューベルトを超えるほどの精神を持った作曲家は出現していない。二人の時代がクラシック音楽のピークであり、現在まで徐々に下り坂の道を辿っている。この辺でクラシック音楽界にベートーベンやシューベルトに匹敵する新しい天才が登場するのか、あるいはこのまま、我々は大昔の曲を最高のものとして聴き続けるのか、いずれなのであろうか。

 いずれにしてもシューベルトのリートは、人間が人間として生きる上でどうしてもぶち当たる感情や意思といったものを、巧みに表現している。これらの歌をヘンドリックスは実に美しく、生き生きと歌い挙げる。声の奇麗なソプラノは沢山いるし、これからも出てこよう。ヘンドリックスの声は単に美しいだけではなく、生き生きと感情を込めて歌い挙げるところに大きな魅力が秘められている。有名な「ます」などを聴くと、聴くだけで何かうきうきしてきてしまう。

 シューベルトのリートの中でも「夜と夢」は、歌手のレベルを推し量る試金石ともいえる曲だが、ヘンドリックスは実にうまく歌いこなしており、感心する。ライナーノートで佐川吉男氏は次のように書いている。「何とみごとに抑制された平均して美しい弱音で、魅力と緊張を持続していくことか!これには脱帽した。アメリングだって脱帽しないわけにはいくまい」と。ピアノ伴奏は例のラドゥ・ルプーだが、これがまたうまく伴奏して、ヘンドリックスの歌声を最大限にサポートすると同時にシューベルトのリートのピアノパートの素晴らしさも味合わせてもらえる。(蔵 志津久)

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