<クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)> ・・・・・・・・・・・・・・・・クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇ペーター・マークの十八番 メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」/交響曲第3番「スコットランド」

2017-06-19 10:31:54 | 交響曲

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」
                 交響曲第3番「スコットランド」
           
指揮:ペーター・マーク

管弦楽:ロンドン交響楽団

発売:1980年

LP:キングレコード K15C‐8056

 1829年4月、メンデルスゾーンは、ロンドン・フィルハーモニック協会から招待を受け、ロンドンでの演奏旅行の後、スコットランドの旅を楽しんだが、このときの印象を基に作曲したのが、序曲「フィンガルの洞窟」と交響曲第3番「スコットランド」なのである。ロンドンに招かれたときにメンデルスゾーンは20歳であり、その才能は若いときから人々を魅了していたことがこのことからも分る。イギリス旅行から帰った4年後に「フィンガルの洞窟」、8年後に交響曲第3番「スコットランド」が作曲されている。2曲とも大自然が巧みなオーケストレーションによって描き込まれた作品であり、ワーグナーが「メンデルスゾーンこそは無類の音楽による風景画家」と絶賛したほどだ。しかし、2曲とも単純な表面的風景描写で終わっておらず、一旦メンデルスゾーンの心のフィルターを通して、爽やかな音楽へと昇華されているところが、現在でも人気がある真の理由であろう。このレコードで指揮しているのはスイス出身の指揮者のペーター・マーク(1919年―2001年)である。当時、ペーター・マークは“モーツァルトとメンデルスゾーンのスペシャリスト”として名高かった。そんなペーター・マークがロンドン交響楽団を指揮し、十八番のメンデルスゾーンを録音したのがこのレコード。2曲とも何のけれんみもなく、清々しく演奏している。あたかも真っ直ぐに伸び切った美しい花のような指揮ぶりだ。これによってペーター・マークは、メンデルスゾーンの曲の特徴を、くっきりと浮かび上がらせることに成功している。現在、指揮者はどんな曲でも指揮できなければまっとうに評価されないが、ペーター・マークが“モーツァルトとメンデルスゾーンのスペシャリスト”として評価されていたのは、その時代が古き良き時代であったからかもしれない。ペーター・マークは、スイス東北部のザンクトガレンの出身。バーゼル大学とチューリッヒ大学で哲学と神学を修め、ピアノをアルフレッド・コルトーに、また指揮をエルネスト・アンセルメとウィルヘルム・フルトヴェングラーに師事。1945年からチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団やスイス・ロマンド管弦楽団などを指揮して活躍。1947年スイス・ビールゾロトゥルン歌劇場音楽監督、1952年デュッセルドルフ市立歌劇場第1指揮者、1955年ボン市音楽監督、1964年ウィーン・フォルクスオーパー音楽監督、1984年ベルン交響楽団専任指揮者などを務めた。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇ドイツの名ピアニスト ウィルヘルム・ケンプのバッハ名演集

2017-06-12 10:14:45 | 器楽曲(ピアノ)

バッハ(ケンプ編):半音階的幻想曲とフーガ BWM.903
            コラール前奏曲:来たれ異教徒の救い主よ~18のコラール集 BWM.659より
            コラール:主よ、人の望みの喜びよ~教会カンタータ第147番より
            コラール前奏曲:わが心からの望み BWM.727
                       もろ人声あげ BWM.751
                       喜べ、愛する信者よ BMW.734a
            シチリアーノ:フルート・ソナタ第2番 BWV.1031
            コラール:目をさませと呼ぶ声が聞こえ~教会カンタータ第140番より
  
ピアノ:ウィルヘルム・ケンプ

録音:1953年3月

発売:1976年

LP:キングレコード SOL 5030

 ウィルヘルム・ケンプ(1895年―1991年)は、ドイツの伝統的ピアニストの最後の巨匠と呼ぶに相応しい存在であった。そのピアノ演奏は、誠実さに溢れたものであり、決して表面的な演奏に終わらず、作曲家が楽譜と格闘しながら書き綴った音符達の隠された深い思索を、ピアノの鍵盤を通してリスナーに伝えてくれる数少ないピアニストの一人であった。その演奏を聴くと、あたかも聖職者が敬虔な祈りを捧げているようにも感じられるほどだ。ケンプの弾くベートーヴェン、シューベルトそしてバッハは、その精神的な高みから見て、現在ケンプに匹敵するピアニストは、現れていないとさえ思われるほどである。ケンプは日本を愛していた。これは生涯に10回も来日していることから分る。日本の聴衆も、その誠実な人柄からケンプが大好きであった。昔、私もケンプの実演を聴いたことがあるが、演奏が終わって聴衆がホールから出て家路に戻る時の満足し切った雰囲気を肌で感じとることができた。そんなコンサートにはなかなか出会えないものだ。また、来日コンサートを収録したベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会がテレビで連続放映されたことがあるが、その演奏は深い精神性に満ち溢れたものであり、テレビを通してさえ深い感銘を受けたことを、つい昨日のことのように思い出す。現在、ベートーヴェンのピアノソナタ全曲を演奏するピアニストは数多くいるが、果たしてうちの何人が聴衆に深い感銘を与えられるのであろうか。このLPレコードは、そんなケンプが自ら編曲したバッハの作品を録音したものだ。その演奏内容は、バッハの音楽が現代の我々に直接語りかけてくるようにも思えるほどの名演奏となっている。ケンプのピアノ演奏が、バッハを現代に蘇らせたと言っても過言ではない。ケンプは、ドイツ・ブランデンブルク州の出身。ベルリン音楽大学で作曲とピアノを学ぶ。当初はオペラ作曲家として知られており、ピアノは副業であったようである。しかし、1930年代のベートーヴェンのピアノソナタ全曲録音以降、徐々にドイツ音楽の権威ある伝統的なピアニストとしての名声を得るようになる。得意のレパートリーは、バッハからブラームスに至るドイツ古典派、ロマン派の作品であった。1954年には広島平和記念聖堂でのオルガン除幕式において演奏を行い、被爆者のために売り上げを全額寄付するなど、親日家として知られていた。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇キリル・コンドラシンのショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

2017-06-05 10:19:25 | 交響曲

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

指揮:キリル・コンドラシン

管弦楽:モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1964年、モスクワ・コンセルヴァトワール大ホール

LP:ビクター音楽産業 VIC‐5168

 旧ソ連の大作曲家ショスタコーヴィチ(1906年―1975年)は、生涯で15曲の交響曲を作曲した。この第5番は「革命」の名で親しまれており、現在でもコンサートにおける人気作品の一つに挙げられる。ショスタコーヴィチは幼少から才能を開花させた人だったらしく、恩師のグラズーノフから「我らがモーツァルト」という名称を付けられていたことからも、若い頃からその才気を存分に発揮させていたことを窺わせる。そのまま有り余る才能を、何の抵抗もなしに発揮し続けていれば、現在の我々は、今あるショスタコーヴィチの作品群とは違う別の作品群を聴いていたことであろう。つまり、ショスタコーヴィチは、ことあるごとに、時の共産党政権から「作品内容が社会主義リアリズム路線に沿っていない」と批判を浴び続けていたのだ。その批判に応えて作曲したのがこの「革命」交響曲だ。もっとも「革命」という副題は、ショスタコーヴィチが付けたものではなく、日本で付けられたもの。全4楽章を通して、ベートーヴェンの「運命」交響曲にも似て、“人生の苦悩を克服して歓喜を得る”といった曲想が分りやすく表現されており、聴くものを感動させずにおかない。ただ、この交響曲の最後でショスタコーヴィチは、時の旧ソ連政府へ対するある隠された抵抗精神をさりげなく挿入していると指摘する向きもある。このLPレコードでは旧ソ連の名指揮者であったキリル・コンドラシン(1914年―1981年)が指揮している。キリル・コンドラシンは、モスクワで生まれる。1943年ボリショイ劇場常任指揮者、1960年モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督にそれぞれ就任。1967年にはモスクワ・フィルとともに初来日し、マーラーの交響曲第9番を日本初演している。モスクワ・フィル在任中には、ショスタコーヴィチの交響曲第4番、交響曲第13番を初演している。また、モスクワ・フィルを指揮して、世界で初めてショスタコーヴィチの交響曲全集を録音を完成させた。1978年、オランダへ渡り、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団常任客演指揮者に就任。このLPレコードにおいてキリル・コンドラシンは、いたずらに感情的に走らず、曲の持つスケールの大きな音楽空間を巧みに描き切っており、心底からこの曲の真髄に触れることができる名指揮ぶりを聴かせてくれている。第4楽章の最後のティンパニーの深みのある響きなどは、LPレコード以外では絶対聴くことはできまい。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ポール・パレー指揮デトロイト交響楽団のラヴェル:クープランの墓/道化師の朝の歌/亡き王女のためのパヴァーヌ/マ・メール・ロア

2017-05-29 10:37:53 | 管弦楽曲

ラヴェル:クープランの墓(プレリュード/フォラーヌ/メヌエット/リゴードン)
      道化師の朝の歌
      亡き王女のためのパヴァーヌ
      マ・メール・ロア(眠りの森の美女のパヴァーヌ/一寸法師/パゴダの女王レドロネット/
                美女と野獣の対話/妖精の園)

指揮:ポール・パレー

管弦楽:デトロイト交響楽団

発売:1979年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 13PC‐76

 このLPレコードは、「在りし日の名指揮者ポール・パレー&デトロイト交響楽団による名演」「原曲が全てピアノ曲の管弦楽曲版」「マーキュリーによる優れた録音技術」―の3点を特徴に持つ録音。ポール・パレー(1886年―1979年)は、フランス・ノルマンディーの出身の作曲家兼指揮者。パリ音楽院で学び、1911年には自作のカンタータでローマ大賞を受賞したというから作曲家としても一流の腕を持っていたことになる。第二次世界大戦後は、コンセール・ラムルー、コンセール・コロンヌやモンテカルロ・フィルなどを指揮すると同時に、自作のバレエ音楽「不安なアルテミス」、ルーアン大聖堂によって委嘱された作品「ジャンヌ・ダルク帰天500周年記念のミサ曲」、交響曲第1番、交響曲第2番をそれぞれ作曲。これらはコンセール・コロンヌ管弦楽団によって初演されたというから、当時作曲家として評価が高かったようだ。1939年米国デビューを果たした後、1952年にデトロイト交響楽団の音楽監督に就任。1963年に退任するまでの11年間で同楽団を世界有数のオーケストラに育て上げたことで知られる。その間、数々の録音も遺した。指揮者としてモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮(1928年―1933年)、コンセール・コロンヌ音楽監督(1932年―1956年)、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督(1949年―1951年)、そしてデトロイト交響楽団音楽監督・首席指揮者(1951年―1962年)を歴任。このLPレコードは、手塩に掛けたデトロイト交響楽団を率いて、お得意のフランスものであるラヴェルの作品を指揮している。ここでは、ポール・パレーの実に優美で繊細な優れた指揮ぶりを堪能することができると同時に、フランス音楽の真髄にも触れることができる。このレコードに収められている4曲はいずれも原曲はピアノ曲であるが、「なき王女のためのパヴァーヌ」などは、ピアノ曲よりはこの管弦楽曲の方が広く知られている。この曲をポール・パレーは実に雰囲気たっぷりと優雅に演奏する。一方、「クープランの墓」は管弦楽で聴くより、ピアノ曲で聴く方が何となくしっくりとするように感じる。「マ・メール・ロア」については、管弦楽曲版によってこの曲の新しい側面が見えてくるようでもあり、楽しめる。そして、これらの演奏を支えるマーキュリーの録音の音質が、レコードを聴く上で最高の環境を提供してくれていることが、何よりも嬉しいことだ。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇ゲヴァントハウス弦楽四重奏団のハイドン:弦楽四重奏曲「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(弦楽四重奏曲版)

2017-05-22 10:27:06 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

ハイドン:十字架上のキリストの最後の七つの言葉(弦楽四重奏曲版) op.51

序奏      

ソナタⅠ 「父よ、彼らをお許しください。なぜなら彼らは何をしているかを自分でも分かっていない
       からです」(ルカの福音書23章34節)
ソナタⅡ 「アーメン、私はあなたに言う。今日、あなたは、私とともに天国にいるであろう」
       (ルカの福音書23章43節)  
ソナタⅢ 「女よ、これがあなたの子です。弟子よ、これがあなたの母です」
       (ヨハネの福音書19章26節-27節) 
ソナタⅣ 「わが神よ、わが神よ、何ゆえ私を見捨て給うたのか」(マルコの福音書15章34節) 
ソナタⅤ 「私は渇いている」(ヨハネの福音書19章28節)  
ソナタⅥ 「これで終わった」(ヨハネの福音書19章30節)  
ソナタⅦ 「父よ、御手に私の霊をゆだねます」(ルカの福音書23章46節) 
          
地震      

弦楽四重奏:ゲヴァントハウス弦楽四重奏団

           第1ヴァイオリン:カール・ズスケ
           第2ヴァイオリン:ギョルギオ・クレーナー 
           ヴィオラ:ディートマー・ハルマン
           チェロ:ユルンヤーコブ・ティム

録音:1980年1月30日~2月1日、11月14日~16日、ドレスデン・ルカ教会

LP:徳間音楽工業(ドイツシャルプラッテンレコード) ET‐5133

 ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」の原曲は、1785年に作曲された管弦楽曲版であるが、1787年にハイドン自ら弦楽四重奏曲用に編曲して、これが当時大ヒットしたらしい。管弦楽曲であるとそうしょっちゅう演奏できるものではないが、弦楽四重奏曲なら手軽にどこでも演奏できるからだろう。当時はCDもないしラジオ放送もない時代なので、弦楽四重奏版は信仰心の厚い人々にとってはこの上ない演奏形式であったに違いない。ちなみに、この管弦楽曲版と弦楽四重奏曲版のほかに、出版社が用意したチェンバロあるいはピアノ版用の編曲もハイドンが監修したという。このほか合唱用のカンタータ版もあるというから、当時のこの曲に対する人気のほどがうかがえる。そもそもハイドンがこの曲を作曲したきっかけは、教会の祈祷会において、キリストの最後の七つの言葉が説教される際に奏でられる音楽を、教会からの依頼があってのことである。この教会とは、カディスのサント・ロザリオ教区教会ことで、毎年四旬節の間に信者たちがあつまり、キリストの受難とその最後の言葉を黙想する音楽付きの祈祷会が行われていた。礼拝式の後、司祭は十字架上におけるキリストの最後の七つの言葉の一つを唱え、それに基づく説教を行う。そして司祭は祭壇の前でぬかずき、信者と共にキリストの受難について黙想する。その時の音楽をハイドンが受けたというわけである。「序奏」と最後の「地震」を挟み、キリストの最後の七つの言葉を一曲一曲ごとに噛み砕いたような形式で進行する。最後の曲の「地震」とは、マグダラのマリアがキリストの墓にやってきたとき大地震が起こり、墓を封印した石をわきにころばし、天使がその上にすわった。つまり、この「地震」とは、キリストは墓から出て復活した故事に基づく描写的な音楽なのである。このようなことから、この曲は通常の弦楽四重奏の曲の構成とは全く異なる。ここではそんな宗教曲を、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のメンバーがその構成員となっているゲヴァントハウス弦楽四重奏団が、実に丁寧にしっとりと弾いている。このLPレコードが録音された時の第1ヴァイオリンは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターであったあの有名なカール・ズスケである。聴き終わった後は清々しい気分に浸ることができる演奏内容に仕上がっている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ギレリス&ヨッフム指揮ベルリン・フィルのブラームス:ピアノ協奏曲第1番

2017-05-15 10:19:34 | 協奏曲(ピアノ)

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

ピアノ:エミール・ギレリス

指揮:オイゲン・ヨッフム

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1972年6月12日―13日、ベルリン、イエスキリスト協会

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) MGX7065

 ブラームスのピアノ協奏曲第1番を初めて聴いた時、私は第1楽章のおどろおどろしい出だしに、緊張感で思わず見まがえたことを思い出す。それほどこのピアノ協奏曲は、通常のピアノ協奏曲と異なり、何か交響曲を聴いているようにも思えてくる。最初にこの曲を聴いた聴衆も、大分驚いたらしく、不評だったという(拍手は2、3人?しかなかったと、このレコードのライナーノートで浅里公三氏は書いている)。しかし、その後徐々にこの曲の真価が認められ、今ではピアノ協奏曲の代表的な一つに数えられる程の名曲と評価されるまでに至っている。私の方もその後この曲を何回も聴くうちに、徐々に耳に慣れてきて、その雄大で男性的な構想に引かれ、今では私の愛聴曲の一つになっている。このレコードでのギレリス(1916年―1985年)の演奏は、こけおどしなピアノ演奏を狙うというよりも、この曲の持つロマン的な香りを強く前面に打ち出しており、これが逆に功を奏して、名演を聴かせてくれるのだ。しかし、要所要所はギレリス本来の、鋼鉄にも似たピアニズムが如何なく発揮され、この曲の名演奏録音の一つに挙げられるほどの出来栄えになっている。この成功は、オイゲン・ヨッフム(1902年―1987年)指揮ベルリン・フィルの名伴奏による所も大きい。ヨッフムもいたずらにオケを鳴らすことはせず、優雅に、しかしスケールの大きな伴奏を聴かせ、聴くものを釘付けにする。エミール・ギレリスは、旧ソ連(ウクライナ・オデッサ)出身の20世紀を代表する世界的ピアニストの一人であった。オデッサ音楽院で学び、1933年(17歳)「全ソ連ピアノコンクール」優勝。1935年にオデッサ音楽院を卒業し、モスクワに転居、以後1937年までゲンリフ・ネイガウスに師事。1938年(22歳)「イザイ国際コンクール」優勝。その後、ヨーロッパでの演奏旅行を開始し、さらにアメリカでのデビューを果たす。1946年「スターリン賞」、1961年と1966年「レーニン勲章」、1962年「レーニン賞」をそれぞれ受賞している。往年には、その“鋼鉄のタッチ”と称される完璧なテクニックに加えて、格調高い演奏内容が高い評価を受けた。指揮のオイゲン・ヨッフムはドイツ・バイエルン州出身。ハンブルク国立歌劇場音楽総監督、バイエルン放送交響楽団首席指揮者、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団首席指揮者、バンベルク交響楽団首席指揮者などを歴任した大指揮者。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇往年の名コロラトゥラ・ソプラノ リタ・シュトライヒ 愛唱歌集

2017-05-08 10:08:55 | 歌曲(女声)

ヨハン・シュトラウスⅡ世:円舞曲「春の声」
サン=サーンス:「うぐいすとばら」
ヴェルディ:「煙突掃除夫」(歌曲集「6つのロマンス」の第4曲)
ゴダール:「ジョスランの子守歌」(歌劇「ジョスラン」から)
アルディーティ:「パルラ(語りたまえ)」
ヨハン・シュトラウスⅡ世:「侯爵さま」(喜歌劇「こうもり」op.56から)
ヨハン・シュトラウスⅡ世:田舎娘の役ならば(喜歌劇「こうもり」op.56から)
ヨハン・シュトラウスⅡ世:円舞曲「ウィーンの森の物語」
スッペ:愛はやさし(喜歌劇「ボッカチオ」から)
ドヴォルザーク:月に寄せる歌(歌劇「ルサルカ」から)
マイアベーア:影の歌(歌劇「ディノーラ」から)

ソプラノ:リタ・シュトライヒ

合唱:RIAS室内合唱団

指揮:クルト・ゲーベル

管弦楽:ベルリン放送交響楽団

録音:1958年5月19日―23日/28日―30日、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール(ドイツ・グラモフォン) MGW 5250

 これは、往年の名ソプラノ リタ・シュトライヒ(1920年―1987年)の名唱を、寛ぎながら聴ける、誠にもって楽しくもあり、懐かしい香りがするLPレコードである。シュトライヒは、旧ソ連ウラル地方パルナウルで、ドイ人の父、ロシア人の母のもとに生まれた。幼時に両親ともどもドイツへ戻り、声楽の勉学に励む。1943年にデビューし、1945年ベルリン国立歌劇場の舞台を踏んだのだが、その時に注目を浴びることになる。透き通るような美しいコロラトゥラの声と知的でチャーミングな容姿は、たちまちにして聴衆の心を掴んだのだ。彼女の絶頂期は、1950年代から1960年代にかけてであり、この録音はその真っ只中に行われたもの。このため、このLPレコードでは全盛期の彼女の美声を心置きなく堪能することができる。ここで取り上げられている曲の多くがお馴染みの曲であり、古き良き時代の雰囲気に溢れ返っている。昔は、こんな楽しい曲がしょっちゅうラジオから流れていた。私などはリタ・シュトライヒという名を聞いただけで、昔のことが走馬灯のように浮かんできてしまう。そのリタ・シュトライヒの清々しい歌声が、LPレコード独特の柔らかい音質で今でも鑑賞できることは何とも幸せなことだ。最初の曲のヨハン・シュトラウスⅡ世:円舞曲「春の声」はヨハン・シュトラウスⅡ世の後期の代表作でもともとは声楽付きの円舞曲。サン=サーンス:「うぐいすとばら」はヴォカリーズ形式による歌詞なしの曲。ヴェルディ:「煙突掃除夫」は歌曲集「6つのロマンス」の中から第4曲目の曲。ゴダール:「ジョスランの子守歌」(歌劇「ジョスラン」から)は甘美な旋律で親しまれている曲。アルディーティ:「パルラ(語りたまえ)」はワルツで書かれている軽やかな愛の歌。ヨハン・シュトラウスⅡ世:「侯爵さま」(喜歌劇「こうもり」から)は小間使いアデーレ役を十八番としたシュトライヒがチャーミングに歌う。同じくヨハン・シュトラウスⅡ世:田舎娘の役ならば(喜歌劇「こうもり」から)は、小間使いアデーレ役をシュトライヒが洒脱に歌う。ヨハン・シュトラウスⅡ世:円舞曲「ウィーンの森の物語」は1868年に作曲されたウィンナワルツの名品。スッペ:愛はやさし(喜歌劇「ボッカチオ」から)はわが国では昔からお馴染の曲。ドヴォルザーク:月に寄せる歌(歌劇「ルサルカ」から)は抒情的で清らかなアリア。マイアベーア:影の歌(歌劇「ディノーラ」から)はコロラトゥラ・ソプラノの名アリアをリタ・シュトライヒが清らかに歌い上げる。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇ギトリスのパガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番/第2番「ラ・カンパネラ」

2017-05-01 10:25:19 | 協奏曲(ヴァイオリン)

パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番/第2番「ラ・カンパネラ」

ヴァイオリン:イヴリー・ギトリス

指揮:スタニスラフ・ヴィスロツキ

管弦楽:ワルシャワ国立フィルハーモニー交響楽団

発売:1980年

LP:日本フォノグラフ(フィリップスレコード) 13PC‐282

 イタリアの名ヴァイオリニストであったパガニーニは、同時に作曲家でもあり、生涯で6曲のヴァイオリン協奏曲を作曲している。その中で、現在しばしば演奏されるのが、このレコードに収録されている第1番と第2番で、このほか第4番も演奏されることがある。パガニーニのヴァイオリン協奏曲、とりわけ第1番は、私がクラシック音楽ファンの切っ掛けとなった曲の一つであり、思い出深い曲なのである。昔は、この第1番の協奏曲は、ラジオを付ければ必ずといっていいほど流れていた曲で、いわばクラシック音楽放送の定番ともいえる曲だった。第2番は、第1番を卒業したリスナーが聴くとその良さがじっくりと分ってくるような曲だ。演奏しているのが、日本でもお馴染みの1922年生まれのヴァイオリニストのイヴリー・ギトリス。かつて一世を風靡したヴァイオリニストだけあって、十八番とするパガニーニのヴァイオリン協奏曲のジプシー的感覚を存分に盛り込んだ名演奏を、このレコードで披露している。何よりも華麗な演奏スタイルが、パガニーニのヴァイオリン協奏曲には打って付けだ。イヴリー・ギトリスはイスラエルのハイファ出身。当時の大ヴァイオリニストであったブロニスラフ・フーベルマンの前で演奏した時、フーベルマンからヨーロッパ留学を勧められ、13歳の時にパリ音楽院に入学。入学試験の成績は1等であったが、学校生活に馴染めず、しばらくして学校を去ることになる。その後、ジョルジュ・エネスコのもとに通い始め、さらにカール・フレッシュやジャック・ティボーなど、名ヴァイオリニスト・名教師に師事。第2次大戦が始り、ロンドンに移住したギトリスは、講演旅行とさらなる研鑽に日々を過ごした。本格的な活動を開始したのは、1951年の「ロン=ティボー・コンクール」に参加してからのこと。結果は5位であったが、その時の聴衆から圧倒的な支持を受け、コンクール終了の数週間後に本格的なデビュー・リサイタルを開催。その後は、世界中でコンサート活動を展開し、次第に名声を得ていく。演奏内容は、超絶技巧によるヴィルトゥオーゾ風の個性あるもので、一部に熱狂的なファンを持つ。95歳になった現在でも第一線の活動を続けている世界最高齢のヴァイオリニスト。東日本大震災の後、来日を控える演奏家が多い中、ギトリスだけは来日を続けたように親日家としても知られ、今でも毎年のように日本を訪れている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ハリーナ・チェルニー=ステファンスカのショパン名曲集

2017-04-24 10:22:45 | 器楽曲(ピアノ)

ショパン:ポロネーズ第3番「軍隊」
      夜想曲第2番/第5番
      ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」/第3番「華麗なる円舞曲」/第6番「子犬のワルツ」
      マズルカ第5番/第17番
      即興曲第4番「幻想即興曲」
      プレリュード第15番「雨だれ」
      練習曲第3番「別れの曲」/第12番「革命」

ピアノ:ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ

録音:1963年5月30日、東京・日本グラモフォン青山スタジオ

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) MGW 5268

 20世紀を代表する女流ピアニストのハリーナ・チェルニー=ステファンスカ(1922年―2001年)は、ポーランドのクラクフ出身。ベートーヴェンの弟子で教則本でも有名なチェルニーの血を引いているという。ポーランドの文化使節として日本にも何度も訪れ、コンサートだけでなく、マスタークラスや教育活動に熱心に取り組んだ。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカは、クラクフ音楽院の教授でもあったピアニストの父スタニスラフに学んだ後、パリのエコール・ノルマルでコルトーに師事する。1949年の第4回「ショパン国際ピアノコンクール」で第1位および最優秀マズルカ演奏賞を受賞したのを機に世界でショパンを中心とした演奏会活動を活発に展開し、当時、ショパン弾きの第一人者としての名声を得た。このLPレコードは、日本での演奏会活動の折、録音したもの。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカのピアノ演奏は、一音一音のピアノタッチに曖昧さは全くなく、宝石を鍵盤の上で撒き散らしたような、繊細で透明感のある、それはもう本当に光り輝く宝石を間近で眺めているかのような錯覚に陥るほどの演奏内容なのである。いつも決して則を越えず、かといって少しも萎縮することなく、伸び伸びと、きりりと引き締まった弾きこなしは、ピアニストの鏡といっても過言でないような完成度の高い演奏をいつも聴かせてくれていたのである。このLPレコードでステファンスカは、十八番のショパンを、いつもの透明感のある、しかも情に溺れず、リズム感のいいピアノ演奏を存分にリスナー味あわせてくれる。優美さと同時に完成度の高い演奏を聴かせてくれるステファンスカのようなピアニストに、今後出会うことは果たしてあるのだろうかとさえ考えてしまうほど類稀な、良き時代の名ピアニストであった。レパートリーはロマン派のショパンを中心とし、バッハから現代曲までと幅広かった。ヨーロッパ各地、アメリカ、カナダ、日本など世界各国で演奏会を開催し、高い評価を得た。ニューヨークの国連、カーネギーホールなどでも演奏を行い、室内楽奏者としても知られ、ポーランド文化功労賞や多数の勲章を受賞した。また、ルービンシュタイン国際コンクールなどのコンクールの審査員も数多く務めた。録音は、ドイツグラモフォン、テレフンケンデッカ、HMV、RCAなどに多数残したが、全集としては、ショパンのマズルカ全集、ノクターン全集の録音なども完成させている。(LPC)  

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◇クラシック音楽LP◇ブルーノー・ワルター指揮コロンビア交響楽団のブラームス:交響曲第4番/悲劇的序曲

2017-04-17 11:31:55 | 交響曲(ブラームス)

ブラームス:交響曲第4番
        悲劇的序曲

指揮:ブルーノー・ワルター

管弦楽:コロンビア交響楽団

録音:1959年2月2、4、6、9、12日(ブラームス:交響曲第4番)
     1960年1月23日(ブラームス:悲劇的序曲)

発売:1979年

LP:CBSソニー 23AC 553

 コロンビア交響楽団とは、名指揮者ブルーノー・ワルターが引退したことに対して、是非ともステレオ録音を残してほしいという要望に対して、臨時に結成されたオーケストラの名前である。このような例は、歴史上例がなく、如何にワルターが当時愛された指揮者であったかを裏付けるものである。その一連のワルター指揮コロンビア交響楽団の録音の中でも、特筆されのが今回のレコードである。ブラームス:交響曲第4番の録音は、実にゆっくりとしたテンポで演奏される。何かワルターが自らの心の奥にある思いを吐露したような深遠さがある。この歴史的名録音を聴いていると、ワルターがこれまで自分が辿ってきた指揮者人生を振り返えり、そして最後に辿りついた結論がそこにあるような、誠に含蓄に富んだ演奏内容になっている。こう書くと何か単に後ろ向きの演奏内容に思われるが、ワルターの指揮は曲の持つ無限の可能性をオーケストラから引き出そうとし、その結果、一段と高い精神性を持った演奏内容となっている。このレコードのライナーノートで門馬直美氏は「ワルターの音楽の世界―つねに微笑を忘れず」というタイトルの文章を寄せているが、氏はその中でワルターの演奏には「柔和な微笑の感じがいつも秘められている」と書いている。文字通り、このレコードでワルターは、“柔和な微笑”の指揮ぶりを、我々リスナーに存分に聴かせてくれる。ブルーノ・ワルター(1876年―1962年)は、ドイツ出身の20世紀を代表する指揮者の1人。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後、ピアニストとしてデビューしたが、その後、指揮者に転向。1896年ハンブルク歌劇場で、当時音楽監督の地位にあったグスタフ・マーラーに認められる。その後マーラーとともにウィーンへ転任。ウィーン宮廷歌劇場(ウィーン国立歌劇場)楽長、ミュンヘン宮廷歌劇場(バイエルン国立歌劇場)音楽監督、ベルリン市立歌劇場(ベルリン・ドイツ・オペラ)音楽監督、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長などを歴任。第二次世界大戦後はヨーロッパの楽壇に復帰すると同時に、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽顧問を務めるなど、欧米で活躍した。1960年に引退したが、CBSレコードが、ワルターの演奏をステレオで収録するために、ロスアンジェルス付近の音楽家によるコロンビア交響楽団を特別に結成し、一連の録音が行われた。(LPC)

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