<クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)> ・・・・・・・・・・・・・・・・クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇カール・リヒターのバッハ:「クリスマス・オラトリオ」BWV248(抜粋)

2018-02-22 09:37:24 | 宗教曲

バッハ:「クリスマス・オラトリオ」BWV248(抜粋)

        「歓呼の声を放て、喜び踊れ!」(第1曲、合唱)
        「大いなる主、おお強き王」(第8曲、バス・アリア)
        「ああ、わが心より尊びまつる嬰児イエスよ」(第9曲、コラール)
        「シンフォニア」(第10曲)「さし出でよ、おお美わしき朝の光よ」(第12曲、コラール)
        「喜べる羊飼いらよ、急げ」(第15曲、テノール・アリア)
        「眠りたまえ、わが愛しまつるもの」(第19曲、アルト・アリア)
        「いと高きところには栄光、神にあれ」(第21曲、合唱)
        「ひれ伏せ、感謝もて」(36曲、合唱)
        「インマヌエル,おお甘きことばよ!」(第38曲、バス・レスタティーヴォとソプラノ・コラール)
        「答えたまえ、わが救いよ」(第39曲、ソプラノ・アリア)
        「いまや汝らの神の報復は」(第64曲、コラール)

指揮:カール・リヒター

管弦楽:ミュンヘン・バッハ管弦楽団

独唱:グンドゥラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ)
    クリスタ・ルートヴィッヒ(アルト)
    フリッツ・ヴンダーリッヒ(テノール)
    フランス・クラス(バス)

合唱:ミュンヘン・バッハ合唱団

録音:1965年2月6~15日、2月25日~3月4日、6月8~9日、6月14~15日、ミュンヘン、ヘルクレスザール

LP:ポリドール(グラモフォンレコード) MGX7095

 キリスト教会においては、12月25日のクリスマスから1月6日の主顕節まで間は、聖節として降誕を祝う期間に当る。つまり多くの日本人が、12日25日のクリスマスの後は日本の伝統行事の年末、そして新年の松の内を迎える、といった感覚とは大いに異なる。バッハは、これらの祝日に向けたカンタータを何曲も作曲しているが、その中で、1734年の暮れに、カンタータの連作として作曲したのが、この全64曲からなる「クリスマス・オラトリオ」なのである。このため個々の曲は独立した曲として完結している。同じくバッハの大曲「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」がストーリーを持ったドラマだとすると、この「クリスマス・オラトリオ」は、散文詩とでも言ったらよいのであろうか。短い曲から成っているために、キリスト教信者でなくても、純音楽的に気楽に聴くことができるというところがうれしい。さらに、このLPレコードは、バッハ音楽の権威者のカール・リヒターの指揮で、ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団が演奏しており、信仰への熱い思いとバッハへ対する深い畏敬の念とが滲み出た、最上の演奏を聴かせてくれている。ちなみにこのバッハ:「クリスマス・オラトリオ」BWV248の第1曲 合唱の歌詞を紹介してみよう。「歓呼しなさい。喜び躍れ、さあ、この日々をほめ讃えなさい。いと高きところにいますかたが、今日なしてくださったことを讃えなさい。ためらいを捨てなさい、嘆きを追い出しなさい。輝かしい合唱をもっていと高きところにいます方につかえなさい、さあ、みんな世を統べ治すかたの名をあがめよう」。このLPレコードで指揮をしているカール・リヒター(1926年―1981年)は、ドイツ出身の指揮者でオルガン・チェンバロ奏者。11歳のときドレスデン聖十字架教会付属学校に入り、同聖歌隊のメンバーになる。ここで最初の音楽教育を受け、バッハやシュッツの合唱曲に親しむ。1951年聖マルコ教会(ミュンヘン)のオルガニストに就任。第二次世界大戦後は、新たに設立されたハインリヒ・シュッツ合唱団の指揮を任され、主にバッハのカンタータを演奏したが、これを後にミュンヘン・バッハ合唱団と改称し、さらに1953年にはミュンヘン・バッハ管弦楽団を設立。1958年にバッハの「マタイ受難曲」を録音したが、これは現在でも同曲を代表する名盤として知られている。1969年にはミュンヘン・バッハ管弦楽団および同合唱団を率いて来日した。
(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇若き日のピリス、東京での録音 モーツァルト:ピアノソナタ第11番/幻想曲ニ短調/ピアノソナタ第16番/ロンドイ短調

2018-02-19 10:57:28 | 器楽曲(ピアノ)


モーツァルト:ピアノソナタ第11番「トルコ行進曲つき」K.331
         幻想曲ニ短調K.397
         ピアノソナタ第16番K.545
         ロンドイ短調K.511

ピアノ:マリオ・ジョアオ・ピリス

録音:1974年1月~2月、東京、イイノホール(スタインウエイ使用)

LP:日本コロムビア OX‐7010‐N

 ある時、今はもう世界のピアニストの頂点の一人となったピリス(正しくはピレッシュ)のコンサートを聴く機会得た。その演奏は、力強く、説得力を持った、そして何よりも年輪を感じさせるそのピアノ演奏に接し、何とも懐かしさが込み上げてきてしょうがなかった。このLPレコードもその一つであるのであるが、私は、ピリスの録音したレコード、CDを聴いて初めて、ピアノ演奏の美しさに触れることができたんだと思う。今から40年以上前、東京で録音されたこのLPレコードのピリスの演奏は、若々しく、一貫して優美さに貫かれたものになっており、同時に、一つのタッチも曖昧さがなく、明快さそのものなのだ。でも機械的な雰囲気は微塵も感じられない。そして、何か物悲しく、憂いを含んだような表現は、ピリスしか表現することが不可能とさえ言ってもいいのではないか。マリア・ジョアン・ピリスは、1944年にポルトガルのリスボンで生まれる。7歳でモーツァルトの協奏曲を公開演奏したという。1953年から1960年までリスボン大学、その後、西ドイツにのミュンヘン音楽アカデミーで学ぶ。1970年ブリュッセルで開かれたベートーヴェン生誕200周年記念コンクールで優勝。1970年代には、デンオンと契約してモーツァルトのピアノソナタ全集を録音している。室内楽演奏にも積極的で、1989年よりフランス人ヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイと組んで演奏会や録音を現在に至るまで続ける。1989年ドイツ・グラモフォンの専属アーティストとしてモーツァルトのピアノソナタ集の録音を行い、1990年「国際ディスク・グランプリ大賞」CD部門を受賞する。現在、世界各地でマスタークラスを主宰しており、後進の指導にも大いに力を入れている。日本へは1970年以来度々訪れており、親日家でファンも多い。このLPレコードのピアノソナタ第11番「トルコ行進曲つき」の演奏は、快活で歯切れの良さに特に引き付けられる。幻想曲ニ短調は、一転して、ほの暗い曲の持つ特徴を最大限に表現し切ったピリスしか弾けない名演だ。間の取り方の何と絶妙なことか。ピアノソナタ第16番の演奏は、何とも爽快で、その胸のすくような爽やかさに、身も心も天国に居るような錯覚に捉われてしまうほどである。最後のロンドイ短調は、ゆっくりと過去のことを思い出すかのように、ピリスは無心に弾き続ける。あたかも曲の終わりがないかのように・・・。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フリッツ・ライナーのブラームス:ハンガリー舞曲集/ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集

2018-02-15 07:50:01 | 管弦楽曲

ブラームス:ハンガリー舞曲集(第5/6/7/12/13/19/21/1番)

ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集(第1/3/8/2/1番)

指揮:フリッツ・ライナー

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

発売:1975年

LP:キングレコード GT 9038

 このLPレコードには、ブラームスが大衆的な人気を得た作品であるハンガリー舞曲集と、ブラームスがその才能を高く評価し、何かと支援を続けたドヴォルザークのスラヴ舞曲集が収められている。そして、そのメリハリのある指揮ぶりで一世を風靡した名指揮者フリッツ・ライナー(1888年―1963年)が、名門ウィーン・フィルを指揮したという、ある意味では贅沢極まりない録音なのである。ブラームスの作風は、その多くが大衆的な人気とは遠く離れたところにあるわけであるが、このハンガリー舞曲集だけは別で、発表すると同時に人気が急上昇しブラームス自身も思わぬ反響に喜んだようだ。ただ、民謡を素材とした曲だけに、著作権問題が発生するという予期せぬトラブルにも巻き込まれたが、もともと著作権が曖昧な分野だけに最終的には一件落着となったようだ。最初は4手のためのピアノ曲として発表し(当時はこの形式がごく普通)、後にドヴォルザークも加わり管弦楽用に編曲され、今日我々が聴くハンガリー舞曲集が完成した。一方、ドヴォルザークのスラヴ舞曲集は、ブラームスの強い勧めで作曲されたもので、最初は4手のためのピアノ曲として作曲され、途中からは管弦楽用として作曲された。ブラームス:ハンガリー舞曲集に似て軽快で親しみやすい作品に仕上がっており、現在でもしばしば演奏される。この2つの舞曲集を、名指揮者フリッツ・ライナーが華麗に、しかも優美さも失わず指揮している。フリッツ・ライナーは、オーケストラを思うがままに引っ張ってゆく豪腕で知られた指揮者であったが、今聴いてみると、実にリズム感溢れた颯爽とした指揮なのだが、同時に全体がゆったりとした豊かな情感に包まれた演奏であることにに気付かされる。フリッツ・ライナーは、ハンガリー、ブタペスト出身。リスト音楽院でバルトーク、コダーイに師事。1910年ライバッハ歌劇場でビゼーのオペラ「カルメン」で指揮者デビューを果たす。1914年ドレスデン国立歌劇場指揮者、1922年渡米してシンシナティ交響楽団音楽監督、1938年ピッツバーグ交響楽団音楽監督、1948年メトロポリタン歌劇場指揮者をそれぞれ歴任。そして1953年シカゴ交響楽団の音楽監督に就任するが、死去までの10年間に同楽団の黄金時代を築き上げる。1963年11月15日、メトロポリタン歌劇場でのワーグナーの楽劇「神々の黄昏」の公演準備中にニューヨークで帰らぬ人となる。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇デ・ロス・アンヘルス、珠玉の歌曲小品集を歌う

2018-02-12 11:02:50 | 歌曲(女声)

~デ・ロス・アンヘルス 歌の世界~

メンデルスゾーン:歌の翼
グリーク:汝を愛す
ブラームス:子守歌
ドヴォルザーク:わが母の教え給いし歌(「ジプシーの歌」より)
マルティーニ:愛の歓び
アーン:恋する乙女
ドリーブ:カディスの娘
古謡:アイルランドの子守歌
サデロ:シチリアの子守歌
イラディエール:ラ・パロマ
オヴァーレ:青い鳥
ルーナ:スペインからやってきた娘(サルスエラ「ユダヤの若者」より)
チャピ:カルセレラス(サルスエラ「セベテの娘」より)

ソプラノ:ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘルス

指揮:ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス

管弦楽:シンフォニア・オブ・ロンドン

LP:東芝EMI EAC‐30187

 ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘルス(1923年―2005年)は、スペイン・バルセロナ出身の名ソプラノ歌手。1947年のジュネーヴ国際音楽コンクールで優勝して一躍脚光を浴びる。その後、ザルツブルク音楽祭、メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場など国際舞台で活躍し、名声を得る。1992年、バルセロナオリンピックの閉会式ではカタルーニャ民謡「鳥の歌」を歌った。その歌声は、透明感があり、美しく気品に溢れ、その上暖かさを持った表現は実に見事なものである。このレコードの第1面は、歌曲の珠玉の小品を収めてあるが、そんな彼女の歌声の特質が存分に発揮されている。例えば、第1曲のメンデルスゾーン:歌の翼を聴くと、その伸びやかで気品のある歌声にうっとりと聴き惚れてしまい、暫し時の経つのも忘れてしまいそう。第2面は、民謡をベースとした歌が多く集められているが、やはりスペインものになると、その説得力は一層輝きを増すようである。伴奏オーケストラの指揮は、同じくスペイン出身のラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス(1933年―2014年)。ウィーン交響楽団およびモントリオール交響楽団の音楽監督のほか、スペイン国立管弦楽団の音楽監督も長く務めた。2004年からはドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者を務め、さらにベルリン・ドイツ・オペラ音楽監督、ベルリン放送交響楽団首席指揮者などを歴任。2012年からは、デンマーク国立交響楽団の首席指揮者を務めていたが、病気のため引退することになる。ここでのラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの指揮は、伴奏という枠を越えて、デ・ロス・アンヘルスとの共感に溢れた演奏を聴かせている。特にスペインものの歌曲では、2人の呼吸はピタリと合い、極上の香りがする音楽を送り届けてくれる。このLPレコードのB面には、「ラ・パロマ」のほかは、普段あまり聴くことのない曲が収められている。「アイルランドの子守歌」はチャールズ・スタンフォードがアイルランドの民謡を採譜・編曲した曲。「シチリアの子守歌」は、ジェニ・サデロがシチリア民謡から採譜・作曲した曲。「青い鳥」は、ハイメ・オヴァーレがハンディラの詩に作曲したブラジルの民謡風の曲。「スペインからやってきた娘」は、パブロ・ルーナのサルスエラ(スペイン独特の軽歌劇)「ユダヤの若者 EI Nino Judio」のヒロインが歌う歌。「カルセレラス」は、ルペルト・チャピのサルスエラ「セベデの娘」の中で歌われるアリア。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇バックハウスとカンテルリ共演のベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番(ライヴ録音)

2018-02-08 07:55:38 | 協奏曲(ピアノ)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番

ピアノ:ヴィルヘルム・バックハウス

指揮:グィード・カンテルリ

管弦楽:ニューヨーク・フィルハーモニック

録音:1956年3月18日、ニューヨーク(ライヴ録音)

発売:1980年

LP:キングレコード(Cetra) SLM5012

 ヴィルヘルム・バックハウス(1884年―1969年)は、ドイツ生まれの大ピアニスト。ニックネームは“鍵盤の獅子王”。この名の通り卓越した演奏技法と堂々としたスケールの大きなピアノ演奏は、当時一世を風靡した。ベートーヴェンなどドイツ・オーストリア系の作曲家の作品では、圧倒的名演を聴かせる反面、武骨ともいえるその演奏スタイルが功を奏しない曲もあった。指揮のグィード・カンテルリ(1920年―1956年)は、36歳で飛行機事故で亡くなったイタリア出身の天才指揮者。あのトスカニーニをして「自分と同じような指揮をする」と評さしめたことは有名な話。その類まれなる才気活発な指揮ぶりは、このLPレコードからも聴き取れる。これは、そんな2人が共演したベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番をライヴ録音したLPレコードである。この曲は、ベートーヴェンの協奏曲には珍しく、優雅で、内省的な曲想が特徴で、逆にそれがために根強い人気を誇る作品。バックハウスは、この曲の特徴を最大限に発揮させており、内面から滲み出るような力強いピアノ演奏を聴かせてくれる。宇野功芳氏はこのLPレコードのライナーノートに「彼(ヴィルヘルム・バックハウス)は、ステレオとモノーラルに、それぞれハンス・シュミット=イッセルシュテット、クレメンス・クラウスと組んで同曲をスタジオ録音しているが、今回はライヴだけに、力強い緊迫感や覇気、大ぶりな感情表現や雄々しい羽ばたきといったものが聴かれ、やはり実演は良いなと思う。少なくともぼくはスタジオ録音の2枚よりも、この方を好む」と書いている。ピアノのヴィルヘルム・バックハウスは、ドイツ、ライプツィヒの出身。ライプツィヒ音楽院で学ぶ。1905年「ルビンシュタイン音楽コンクール」ピアノ部門で優勝。1930年スイスのルガーノに移住する。第二次世界大戦後の1954年にアメリカそして日本での演奏会を開催した。指揮者のグィード・カンテルリは、イタリア、ミラノ近郊の町ノヴァーの出身。ミラノ音楽院で学び、23歳で地元ノヴァラの歌劇場の芸術監督に任命される。第二次世界大戦後の1945年、スカラ座で指揮するなど活躍、当時の指揮界の長老トスカニーニの後継者と目されていた。しかし、1956年11月24日、パリのオルリー空港からニューヨーク行きの航空機が離陸に失敗、カンテルリは帰らぬ人となった。カンテルリは、「グィード・カンテルリ国際指揮者コンクール」として今にその名を残す。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇名バリトン ハンス・ホッターのシューベルト:歌曲集「白鳥の歌」

2018-02-05 11:14:03 | 歌曲(男声)

シューベルト:歌曲集「白鳥の歌」
          
           愛の便り
               兵士の予感
              春のあこがれ
           セレナード
           わが宿
           遠い国で
           別れ
           アトラス
           彼女の姿
           漁師の娘
           まち
           浜辺にて
           影法師
           鳩の使い


バリトン:ハンス・ホッター

ピアノ:ジェラルド・ムーア

発売:1967年

LP:東芝音楽工業 AB‐8009

 シューベルトの歌曲集「白鳥の歌」は、1828年、つまりシューベルトの死の年に作曲された個々のリート作品を集め、死の翌年に発刊されたもので、「美しき水車屋の娘」や「冬の旅」のように最初からまとまりを持った物語の連作詩に作曲されたものとは異なる。白鳥は死の前に美しい鳴き声で一声鳴くと言われていることから「白鳥の歌」と名付けられたもの。「白鳥の歌」は、「美しき水車屋の娘」と「冬の旅」と並び、シューベルトの三大歌曲集として昔から多くのリスナーから愛されているが、この有名な「白鳥の歌」をこのLPレコードでは、ドイツの名バリトンであったハンス・ホッター(1909年―2003年)が歌っている。ハンス・ホッターの歌声は、あくまで重厚で奥行きが深く、聴けば聴くほど味わいが出てくる。このため、その音質に合ったオペラ(例えばワーグナーの楽劇など)や内容の深いリートの曲に出会った場合は、どんな歌手もその足元にも及ばない優れた歌唱を聴かせてくれる。このためシューベルトの三部作「美しき水車屋の娘」「冬の旅」それに「白鳥の歌」の3つの歌曲集を考えた場合、ハンス・ホッターによる録音としては、どうしても「冬の旅」と「白鳥の歌」の2つに限られてしまうようだ。ここでのハンス・ホッターは、お得意の深く、重い感じの曲は言うに及ばず、抒情味を含んだ曲でも、その曲の情感を巧みに表現することに成功しており、「白鳥の歌」を論ずる時には欠かせない優れた録音となっている。これにはジェラルド・ムーアの絶妙なピアノ伴奏があってこそ実現できたことを、付け加えておかねばならないであろう。ハンス・ホッターは、ドイツのオッフェンバッハ・アム・マインの生まれ。ミュンヘン音楽大学で学び、1930年オペラ・デビューを果たす。1937年バイエルン国立歌劇場の専属歌手となる。1952年にはバイロイト音楽祭に出演。以後15年にわたり主要なヴァーグナー作品に出演。とりわけ「ニーベルングの指環」のヴォータン、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のハンス・ザックス、「パルジファル」のグルネマンツ、オランダ人などホッターは、偉大なヴァーグナー歌いとして広く認められた。同時にホッターは、ドイツ・リートの歌い手としても定評があった。シューベルト、R.シューマンやヴォルフなど、その洞察力に富んだ解釈で聴衆に深い感動を与えた。1962年以来、たびたび来日し、日本でもリサイタルを行い、多くの聴衆から愛いされた。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇カザドシュ親子三人によるモーツァルト:3台のピアノのための協奏曲/バッハ:3台のピアノのための協奏曲ほか

2018-02-01 07:45:35 | 協奏曲(ピアノ)

モーツァルト:3台のピアノのための協奏曲
バッハ:3台のピアノのための協奏曲
     イタリア協奏曲

ピアノ:ロベール・カザドシュ(バッハ:イタリア協奏曲)
     ギャビー・カザドシュ
     ジャン・カザドシュ

指揮:ユージン・オーマンディ

管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団

LP:CBS/SONY 13AC1065

 親子共演の録音はそう珍しくはないが、両親と息子の3人の共演ともなると、あまり聞いたことがない。そのあまりないことがこの録音では、実現しているのである。ロベール、ギャビーカザドシュ夫妻とその息子のジャン・カザドシュがピアノの共演を行っている。モーツァルト:3台のピアノのための協奏曲は、「ハフナー・セレナード」が書かれた年に作曲された曲で、伯爵夫人と2人の令嬢のために書かれたものである。つまり、素人のために書かれた曲であるので、特に深い内容があるわけではないのであるが、聴いていて思わず微笑ましさを感じるような曲に仕上がっている。そんな曲であるので、親子3人が仲良く弾くにはこれ以上の曲は考えられない。実際、3人は家庭内で互いに親密な会話を交わしているような雰囲気で演奏をしており、親密感が滲み出た演奏内容となっている。バッハ:3台のピアノのための協奏曲は、チェンバロ用に書かれた曲を3人のピアノ演奏で聴くことができるのだが、3人の達者なピアノ演奏が何とも心地良い空間をつくり上げている。ここでも親子という関係が十二分に発揮された、親しげな演奏内容となっている。しかし、演奏の質はそれを上回り、奥行きの深い、説得力のあるものに仕上がっている。一方、バッハ:イタリア協奏曲は、名手ロベール・カサドシュの名演に酔いしれる。ロベール・カサドシュ(1899年―1972年)は、パリ出身でパリ音楽院で学ぶ。世界を代表するピアニストとして各国で演奏旅行を行う。作曲家としては7曲の交響曲、3曲のピアノ協奏曲、多数の室内楽曲などがある。初来日は1963年。その時の印象を菅野浩和氏は「音楽性のエッセンスのような、実に風格に満ちた、味わいの尽きない名演奏を聞かせてくれた」とこのLPレコードのライナーノートに書いている。そして、1968年の二度目の来日は、ロベール・カザドシュの独奏に加え、呼び物は、このLPレコードと同じように、夫人と息子を加えた、いわゆる“カサドシュ一家”による3台のピアノによる演奏会であった。そんな、幸福の絶頂にあった“カサドシュ一家”に突如不幸が襲い掛かる。3人で来日した4年後に息子のジャン・カザドシュが交通事故のため不慮の死を遂げる。さらにその8か月後、父親のロベール・カサドシュが亡くなってしまう。このLPレコードの幸福そうな“カサドシュ一家”の写真をを見ていると、この世の儚さが胸に去来する。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇室内楽の隠れた名曲 フォーレ:ピアノ五重奏曲第1番/第2番

2018-01-29 13:23:38 | 室内楽曲

フォーレ:ピアノ五重奏曲第1番/第2番

ピアノ:ジャン・ユボー

弦楽四重奏:ヴィア・ノヴァ四重奏団

               ヴァイオリン:ジャン・ムイエール
             ヴァイオリン:エルヴェ・ル・フロク
             ヴィオラ:ジェラール・コセ
             チェロ:ルネ・ベネデッティ

発売:1976年
 
LP:RCV(ΣRATO) ERX‐2220

 フォーレの音楽は、わが国においては、どちらかというと、いわゆる“通”と言われる人々にファンが多いように思う。フォーレの「レクイエム」の熱烈な愛好家はいるが、数的にそう多いわけではない。その理由は、同世代のワーグナーなどが強い個性で人気を集めているのに対し、フォーレの音楽は、強く自己を押し出すことはせず、音楽的にも無調音楽など革新な試みとは一線を引き、伝統的、古典的な立場を取り続けたからだろう。しかし、その一方で、高貴さ、崇高さという点では、他の作曲家を遥かに凌駕していることは明らかである。それも、単に上品でサロン的であること以上に、緻密な構成力に裏づけされた和声の扱いの巧みさと、優雅に、しかも滑らかに流れるような音楽は、独特の魅力を発散して聴くものを感動させずにおかない。そんなフォーレの音楽の典型ともいえる室内楽作品が、2曲のピアノ五重奏曲である。2曲のピアノ四重奏曲と比べて地味な存在ながら、2曲とも緻密で流れるようなフォーレの音楽の特徴を最大限に発揮した充実した室内楽曲であることは一度聴いてみればたちどころに納得させられる。ピアノ五重奏曲第1番は、全体が明るく楽しげで、瑞々しい旋律に溢れ、フォーレらしい優雅さに満ちた曲に仕上がっている。1906年にフォーレとイザイ弦楽四重奏団により初演された。イザイとは、無伴奏ヴァイオリンソナタで名高いウジェーヌ=オーギュスト・イザイのこと。全体は、モルト・モデラート、アダージョ、アレグレット・モデラートの3つの楽章からなっている。一方、ピアノ五重奏曲第2番は、1921年に完成した。第1番の時とは異なり、高齢のため初演でフォーレはピアノを弾くことができなかったという。全体は4つの楽章からなっている。全体的に緻密でがっちりした構成力が印象に残り、あくまでも深く充実した内容の曲となっており、フォーレの室内楽曲の傑作の一つと言っても過言ない。2曲とも晩秋から冬の日の昼下がりに聴くとその情感が一層くっきりと浮かび上がって聴こえてくる。ジャン・ユボーのピアノ、ヴィア・ノヴァ四重奏団の演奏は、そんなフォーレの音楽のしっとりとした情感を余す所なく伝えてくれている。ジャン・ユボー(1917年―1992年)は、フランスの名ピアニスト・作曲家で、ヴェルサイユ音楽院院長、パリ音楽院室内楽科教授を務めたフランス楽界の重鎮であった。ヴィア・ノヴァ四重奏団は、パリ音楽院の出身者によって1968年に結成されたカルテット。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇ユージン・オーマンディ指揮フィアデルフィア管弦楽団の“ヨハン・シュトラウス2世 ワルツ・コンサート”

2018-01-25 07:37:16 | 管弦楽曲

ヨハン・シュトラウス2世:ウィーンの森の物語
                美しく青きドナウ
                南国のバラ
                春の声
                皇帝円舞曲
                ウィーンかたぎ
                酒・女・唄

指揮:ユージン・オーマンディ

管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団

LP:CBS/SONY SOCL 1067

 これは、ヨハン・シュトラウス2世の作曲したワルツの名曲を選りすぐったもので、かつて一世を風靡したユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏しているLPレコードである。ヨハン・シュトラウス2世の父、ヨハン・シュトラウス1世は、ランナーとともに独力でワルツを普及させた先駆者の一人として、今にその名を残している。父親は苦労して音楽家として生計を営んでいたためか、息子が音楽家になることを快く思っていなかったようだ。そんな中、母親はヨハン・シュトラウス2世の音楽的才能を見抜き、こっそりと息子に期待を掛けていた。最後は、父親も息子が音楽家として人気を得ている姿を見て、息子と一緒に積極的に音楽活動を行うようになっていった。そして、父親を凌いで“ワルツ王”と言えばヨハン・シュトラウス2世のことを指すようにまでなっていったのだ。指揮のユージン・オーマンディ(1899年―1985年)は、ハンガリー出身の指揮者。フィラデルフィア管弦楽団首席指揮者・音楽監督(1938年―1980年)を長らく務め、同楽団を米国の一流オーケストラにまで高めたことで知られる。ここでのユージン・オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団の名コンビは、ヨハン・シュトラウス2世のワルツのを、演奏会風の詩情豊かな名曲として演奏しており、実に堂々としていると同時に、ウィーンの小粋な雰囲気も併せ持っている、類稀な名演奏を聴かせてくれている。何と気品に富んで、ゆったりと奥行きの深い演奏であることよ。また、録音がLPレコード特有の暖かみがこもったものに仕上がっており、良い雰囲気に心も踊る。ユージン・オーマンディは、ハンガリー、ブタペスト出身。ブダペスト王立音楽院で学ぶ。1921年ニューヨーク・キャピトル劇場オーケストラのヴァイオリン奏者となり、コンサートマスターに就任。1924年指揮者デビュー。以後、指揮者に転向し、1926年キャピトル劇場準指揮者となり、1927年にはアメリカ国籍を取得。1931年フィラデルフィア管弦楽団定期公演を指揮。同年、ミネアポリス交響楽団(現・ミネソタ管弦楽団)の常任指揮者に就任。そして1936年レオポルド・ストコフスキーと共にフィラデルフィア管弦楽団の共同指揮者となり、1938年ストコフスキーの辞任により後任としてフィラデルフィア管弦楽団音楽監督に就任。以後、1980年に勇退するまで42年の長期にわたって音楽監督として務めた。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇メンデルスゾーン/ブラームス:無伴奏合唱名曲集

2018-01-22 11:14:17 | 合唱曲

~メンデルスゾーン/ブラームス:無伴奏合唱名曲集~

メンデルスゾーン:春の祭り(ウーラント詩)
            霜がおりて(ハイネ詩)
            おとめの墓の上に(ハイネ詩)
            五月の歌(ヘルティ詩)
            春のきざし(ウーラント詩)
            さくら草(レナウ詩)
            秋の歌(レナウ詩)
            いこいの谷(ウーラント詩)
            追憶(作者不詳)
            春をたたえて(ウーラント詩)
            春の歌(作者不詳)

ブラームス:夜の見張りⅠ(リュケルト詩)
        夜の見張りⅡ(リュッケルト詩)
        最後の幸福(カルベック詩)
        ロスマリン(「子供の不思議な角笛」より)
        セレナード(ブレンターノ詩)
        風が吹く(ハイゼ詩)
        わたしの心の思い出のすべて(ハイゼ詩)
        ダルトゥラの墓場の歌(ヘルダー詩)
        やさしい恋人(ハイゼ詩)
        背の曲がったヴァイオリン弾き(ライン地方の民謡)

指揮:ウォルフガング・フロンメ

合唱:ケルン・コレギウム合唱団

     指揮:ウォルフガング・フロンメ
      
     ソプラノ:ミヒャエラ・クレーマー
     ソプラノ:ガビー・ローデンス
     メゾ・ソプラノ:ヘルガ・ハム=アルブレヒト
     テノール:ヘルムート・クレメンス
     バス:ハンス=アルデリッヒ・ピリヒ

録音:1977年12月13日、16日、アーヘン

LP:東芝EMI EAC‐40134

 メンデルスゾーンは、10歳にも満たない頃、ゲーテの親友であったカール・フリードリッヒ・ツェルターに付いて作曲の勉強を開始したが、このツェルターこそがドイツの合唱の中興の祖とでも言える人物であった。また、ツェルターは、バッハの作品の草稿を多く保管しており、メンデルスゾーンは、この中から「マタイ受難曲」の手稿を発見し、有名な蘇演を実現させたのであった。このような背景を基に、メンデルスゾーンの一連の合唱曲は作曲されたわけである。メンデルスゾーンの合唱曲は、演奏されることがそう多いとは言えないが、内容的にはメンデルスゾーンの作曲の原点とも言える充実した作品群となっている。このLPレコードではその中から11曲が収められている。いずれの曲も親しみやすい曲想となっており、思わず口ずさみたくなるような、愛すべき小品群なのである。このLPレコードのライナーノートに福永陽一郎氏はメンデルスゾーンの合唱曲について次のように書いている。「流麗なメロディー、巧みな声部の扱い、変化に富むハーモニー、活気に満ちたリズムを持っており、合唱音楽の基本型というものの規範が示されている。近来、日本の合唱団などに、メンデルスゾーンなどは卒業したいと考える向きが多いが、こうした合唱曲こそが合唱の魅力の原点であり、決っして“卒業”などできる種類の底の浅い音楽ではない」。一方、ブラームスもいくつも合唱曲を作曲している。「ドイツレクイエム」をはじめ「運命の歌」「アルト・ラプソディ」などのほか、有名な四重唱曲として「愛の歌」「新愛の歌」など多くの作品がある。ブラームスの無伴奏合唱曲は全部で26曲遺されているが、このLPレコードには、そのうち10曲収録されている。いずれの曲もいかにもブラームスらしく、重厚なハーモニーが印象に残る合唱曲である。ケルン・コレギウム合唱団の歌声は、対象的な2人の作曲家の作品を巧みに歌い分けており、その透明感ある歌声に知らず知らずのうちに引き込まれてしまう。ケルン・コレギウム合唱団は、合唱団とは名乗ってはいても大編成の合唱団ではなく、各声部一人ずつの重唱による合唱グループ。ケルンを中心に活躍していた6人の歌手たちで結成された。この合唱団の指揮者でもあるウォルフガング・フロンメを中心に、ソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バスの6人からなる合唱団であった。(LPC)

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