<クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)> ・・・・・・・・・・・・・・・・クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇ハリーナ・チェルニー=ステファンスカのショパン名曲集

2017-04-24 10:22:45 | 器楽曲(ピアノ)

ショパン:ポロネーズ第3番「軍隊」
      夜想曲第2番/第5番
      ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」/第3番「華麗なる円舞曲」/第6番「子犬のワルツ」
      マズルカ第5番/第17番
      即興曲第4番「幻想即興曲」
      プレリュード第15番「雨だれ」
      練習曲第3番「別れの曲」/第12番「革命」

ピアノ:ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ

録音:1963年5月30日、東京・日本グラモフォン青山スタジオ

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) MGW 5268

 20世紀を代表する女流ピアニストのハリーナ・チェルニー=ステファンスカ(1922年―2001年)は、ポーランドのクラクフ出身。ベートーヴェンの弟子で教則本でも有名なチェルニーの血を引いているという。ポーランドの文化使節として日本にも何度も訪れ、コンサートだけでなく、マスタークラスや教育活動に熱心に取り組んだ。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカは、クラクフ音楽院の教授でもあったピアニストの父スタニスラフに学んだ後、パリのエコール・ノルマルでコルトーに師事する。1949年の第4回「ショパン国際ピアノコンクール」で第1位および最優秀マズルカ演奏賞を受賞したのを機に世界でショパンを中心とした演奏会活動を活発に展開し、当時、ショパン弾きの第一人者としての名声を得た。このLPレコードは、日本での演奏会活動の折、録音したもの。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカのピアノ演奏は、一音一音のピアノタッチに曖昧さは全くなく、宝石を鍵盤の上で撒き散らしたような、繊細で透明感のある、それはもう本当に光り輝く宝石を間近で眺めているかのような錯覚に陥るほどの演奏内容なのである。いつも決して則を越えず、かといって少しも萎縮することなく、伸び伸びと、きりりと引き締まった弾きこなしは、ピアニストの鏡といっても過言でないような完成度の高い演奏をいつも聴かせてくれていたのである。このLPレコードでステファンスカは、十八番のショパンを、いつもの透明感のある、しかも情に溺れず、リズム感のいいピアノ演奏を存分にリスナー味あわせてくれる。優美さと同時に完成度の高い演奏を聴かせてくれるステファンスカのようなピアニストに、今後出会うことは果たしてあるのだろうかとさえ考えてしまうほど類稀な、良き時代の名ピアニストであった。レパートリーはロマン派のショパンを中心とし、バッハから現代曲までと幅広かった。ヨーロッパ各地、アメリカ、カナダ、日本など世界各国で演奏会を開催し、高い評価を得た。ニューヨークの国連、カーネギーホールなどでも演奏を行い、室内楽奏者としても知られ、ポーランド文化功労賞や多数の勲章を受賞した。また、ルービンシュタイン国際コンクールなどのコンクールの審査員も数多く務めた。録音は、ドイツグラモフォン、テレフンケンデッカ、HMV、RCAなどに多数残したが、全集としては、ショパンのマズルカ全集、ノクターン全集の録音なども完成させている。(LPC)  

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◇クラシック音楽LP◇ブルーノー・ワルター指揮コロンビア交響楽団のブラームス:交響曲第4番/悲劇的序曲

2017-04-17 11:31:55 | 交響曲(ブラームス)

ブラームス:交響曲第4番
        悲劇的序曲

指揮:ブルーノー・ワルター

管弦楽:コロンビア交響楽団

録音:1959年2月2、4、6、9、12日(ブラームス:交響曲第4番)
     1960年1月23日(ブラームス:悲劇的序曲)

発売:1979年

LP:CBSソニー 23AC 553

 コロンビア交響楽団とは、名指揮者ブルーノー・ワルターが引退したことに対して、是非ともステレオ録音を残してほしいという要望に対して、臨時に結成されたオーケストラの名前である。このような例は、歴史上例がなく、如何にワルターが当時愛された指揮者であったかを裏付けるものである。その一連のワルター指揮コロンビア交響楽団の録音の中でも、特筆されのが今回のレコードである。ブラームス:交響曲第4番の録音は、実にゆっくりとしたテンポで演奏される。何かワルターが自らの心の奥にある思いを吐露したような深遠さがある。この歴史的名録音を聴いていると、ワルターがこれまで自分が辿ってきた指揮者人生を振り返えり、そして最後に辿りついた結論がそこにあるような、誠に含蓄に富んだ演奏内容になっている。こう書くと何か単に後ろ向きの演奏内容に思われるが、ワルターの指揮は曲の持つ無限の可能性をオーケストラから引き出そうとし、その結果、一段と高い精神性を持った演奏内容となっている。このレコードのライナーノートで門馬直美氏は「ワルターの音楽の世界―つねに微笑を忘れず」というタイトルの文章を寄せているが、氏はその中でワルターの演奏には「柔和な微笑の感じがいつも秘められている」と書いている。文字通り、このレコードでワルターは、“柔和な微笑”の指揮ぶりを、我々リスナーに存分に聴かせてくれる。ブルーノ・ワルター(1876年―1962年)は、ドイツ出身の20世紀を代表する指揮者の1人。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後、ピアニストとしてデビューしたが、その後、指揮者に転向。1896年ハンブルク歌劇場で、当時音楽監督の地位にあったグスタフ・マーラーに認められる。その後マーラーとともにウィーンへ転任。ウィーン宮廷歌劇場(ウィーン国立歌劇場)楽長、ミュンヘン宮廷歌劇場(バイエルン国立歌劇場)音楽監督、ベルリン市立歌劇場(ベルリン・ドイツ・オペラ)音楽監督、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長などを歴任。第二次世界大戦後はヨーロッパの楽壇に復帰すると同時に、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽顧問を務めるなど、欧米で活躍した。1960年に引退したが、CBSレコードが、ワルターの演奏をステレオで収録するために、ロスアンジェルス付近の音楽家によるコロンビア交響楽団を特別に結成し、一連の録音が行われた。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇名ソプラノ歌手ネタニア・ダヴラツが歌うカントルーブ:歌曲集「オーヴェルニュの歌」

2017-04-10 10:27:10 | 歌曲(女声)

カントルーブ:歌曲集「オーヴェルニュの歌」

<Part1> 

第1集

  野原の羊飼いのおとめ
  バイレロ
  三つのブーレ(泉の水/どこへ羊を放そうか/あちらのリムーザンへ)

第2集(その1)

  羊飼いのおとめ
  アントゥエノ
  羊飼いのおとめと馬に乗った男
  捨てられた女

第2集(その2)

  二つのブーレ(わたしには恋人がいない/うずら)

第3集

  紡ぎ女
  牧場を通っておいで
  せむし
  こもり歌
  女房持ちはかわいそう

第4集(その1)

  ミラベルの橋の上
  おおい
  こどものために

ソプラノ:ネタニア・ダヴラツ

指揮:ピエール・ド・ラ・ローシュ

管弦楽団:ピエール・ド・ラ・ローシュ指揮の管弦楽団

発売:1977年

LP:キングレコード SLA 6223

 このLPレコードは、フランスの作曲のジョセフ・カントルーブが作曲した歌曲集「オーヴェルニュの歌」を、一躍世界的に有名にした記念すべき一枚である。当時の米国の「アメリカン・レコード・ガイド」誌は、「LP以後でもっともすぐれた歌曲レコードのひとつ」と絶賛したほど。日本においても、このLPレコードの発売によって、「オーヴェルニュの歌」が広く知れ渡ることになった。もともとこの歌曲集はピアノ伴奏用であったが、このLPレコードではオーケストラの伴奏に編曲されものが収録されており、結果的にこれがヒットした一つの要因となったようだ。ジョセフ・カントルーブ(1879年―1957年)の恩師は、フランスの作曲家として名高いヴァンサン・ダンディ。カントルーブはフランス民謡、特に生まれ故郷であるオーヴェルニュ地方の民謡に基づいた曲を数多く作曲したことで知られている。オーヴェルニュとは、フランスの中南部、中央山塊に位置する地方のことであり、豊かな山岳、肥沃な土地に湖や牧草地帯が広がっており、良質な地下水を産出することでも有名。オーヴェルニュ地方の民謡は、純粋に歌だけの「グランド」と踊りを伴う「ブレー」とがある。「ブレー」は、バッハの組曲にも取り入られるなど、17世紀~18世紀にヨーロッパで広く親しまれた舞曲。歌曲集「オーヴェルニュの歌」は、完成までに30年以上を費やしたという労作である。初演の1924年に最初の2巻(8曲)、1924年に第3巻(5曲)、1930年に第4巻(6曲)、そしてカントルーブの死の2年前の1955年に第5巻(8曲)が出版され、全27曲がまとめられた。カントルーブはこの「オーヴェルニュの歌」によって、豊かな自然を、一連の滋味豊かな歌曲集に込めたのである。このLPレコードは、「オーヴェルニュの歌」の世界初の全曲録音としても話題となった。このLPレコードでは、イスラエル出身のソプラノのネタニア・ダヴラツが、それは見事に歌い上げている。まるで聴いてるだけでオーヴェルニュ地方のそよ風が直接肌で感じられるようだ。このニュアンスは、LPレコードでなければまずは出せまい。ネタニア・ダヴラツ(1931年―1987年)は、ロシアのポーランド国境に近い寒村の生まれ。第二次世界大戦後、父親の故郷のイスラエルに渡り、声楽を学ぶ。イスラエル劇場でデビューを果たし、ヨーロッパへ進出。さらに、1962年に渡米し、ストコフスキーやバーンスタインの指揮で歌って絶賛を博し、以後米国を中心に活躍した。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ネヴィル・マリナーのモーツァルト:「戴冠式ミサ」/リタニア「聖母マリアのための」

2017-04-03 10:32:53 | 宗教曲

モーツァルト:ミサ曲「戴冠式ミサ」ハ長調 K.317
         リタニア(拝礼曲)「聖母マリアのための」ニ長調 K.195

指揮:ネヴィル・マリナー

管弦楽:アカデミー室内管弦楽団

独唱:イレアナ・コトルバス(ソプラノ)
        ヘレン・ワッツ(コントラルト)
        ジョン・シャーリー・カーク(バリトン)
        ロバート・ティーア(テノール)
      
合唱:スコラ・カントルム

発売:1972年

LP:キングレコード(英ARGO) K18C‐9218

 このLPレコードには、ネヴィル・マリナー(1924年―2016年)の指揮で、ミサ曲「戴冠式ミサ」ハ長調K.317およびリタニア「聖母マリアのための」ニ長調K.195という2曲のモーツァルトの宗教曲が収められている。モーツアルトの宗教曲というと「レクイエム」が突出して有名で、現在、コンサートで度々取り上げられている人気作品として誰もが知っている。しかし、モーツァルトの「レクイエム」は、どこまでがモーツァルトの直筆なのか判然としないところもあり、しかも、全曲を通して聴くと何かモーツァルトの作品にしては、異様な激しさが出過ぎているようにも感じられる。そんなわけで私などは、いつも聴くたびに「レクイエム」については、“モーツァルトらしくないモーツァルト作品”といったことをつい考えてしまう。その点、このLPレコードに収められた2曲の宗教曲は、いずれも典型的なモーツァルトらしさが全曲に漲っていて、聴いていて好感が持てる。そして今回のLPレコードの聴きどころはというと、独唱陣の声の美しさが何よりも素晴らしいという点だ。しかも、独唱者同士の阿吽の呼吸がぴたりと合い、文字通り、天上の音楽そのものの雰囲気を醸し出しているところが素晴らしい。2曲を通して聴き終えると、私は「戴冠式ミサ」よりもリタニア「聖母マリアのための」の方が、より強い印象を受けた。モーツァルトには、リタニアという名のつく拝礼の曲が4曲あるが、いずれもザルツブルグ時代の作品である。リタニアには、「ロレートのリタニア」(イタリアのロレートのカーサ・サンタの聖マリア礼拝堂の壁にそのテキストが刻まれていることに由来)と「聖餐式のためのリタニア」(楽章の数が多く、より本格的)の2種類がある。モーツァルトは、これら2種類のリタニアをそれぞれ2曲ずつ書いている。「ロレートのリタニア」は、そのテキストの由来から「『聖母マリアのための』リタニア」と呼ばれている。これら2つのリタニアは、18世紀のドイツでは、毎年5月になると演奏されていたという。一方、ミサ曲「戴冠式ミサ」ハ長調K.317は、1779年3月に完成した作品。この曲は、ザルツブルクの音楽の伝統の上に立ってつくられ、当時の大司教が短めの曲が好みであったため、独唱部は控えめに書かれている。「戴冠式」の名の由来は、ザルツブルクにほど近い、マリア・プライン教会の聖処女像の戴冠を記念するために、毎年行われていたミサのために作曲されたと考えられている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ミッシェル・ベロフのメシアン:ピアノ組曲「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」

2017-03-27 10:29:51 | 器楽曲(ピアノ)

メシアン:ピアノ組曲「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」

ピアノ:ミッシェル・ベロフ

LP:東芝EMI EAC‐70092

 オリヴィエ・メシアン(1908年―1992年)は、フランスの作曲家であり、同時にオルガン奏者、ピアニスト、さらには音楽教育者として数多くの著作も残している。武満徹などもメシアンの影響を強く受けたといわれている。このLPレコードの「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」を聴くと、成る程何となく武満徹の曲に似ている(実は武満徹がメシアンに似ているのだが)。メシアンの曲は、いずれもリズムの微妙な変化がその基調となっており、我々が慣れ親しんできたドイツ・オーストリア系音楽とは大分異なる世界がそこには展開する。メシアンは鳥類学者としての顔も持っており、世界各地で鳥の鳴き声を録音して歩いたという。全部で20曲のピアノ独奏曲からなる、この「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」は、メシアンの初期の傑作であり、メシアンの特徴が凝縮されている。これらのピアノ曲を聴くと何か異次元の世界に紛れ込んだかのような印象すら受ける。その異次元の世界はというと、ピアノの純粋な美しさに溢れ返っており、一度嵌るとその世界から容易には抜け出せないような気分に陥る。この曲は、1944年3月から9月にかけて作曲された。ドン・コルビア・マルミオンの「神秘のなかのキリスト」とモリス・トエニカの「12のまなざし」に着想を得て、メシアン特有の“カトリック神秘主義的音色”によって作曲された。演奏しているのが、フランスの名ピアニストのミシェル・ベロフ(1950年生まれ)である。10歳の時にメシアンの前でこの「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」を弾いて、メシアンを驚かせたというほどの早熟なピアニストである。ミシェル・ベロフは、パリ音楽院で学ぶ。1966年に同楽院首席となり、翌1967年にパリで初めてリサイタルを開く。1967年第1回「オリヴィエ・メシアン国際コンクール」で優勝。1970年にパリで行ったメシアンの「幼な児イエズスに注ぐ20のまなざし」の全曲演奏は、イヴォンヌ・ロリオによる初演以後25年振りの全曲演奏として大きな注目を集めた。一時、右手を負傷したが、1990年代には再び両手で演奏できる状態に回復。2000年には東京・大阪でメシアンの「幼な児イエズスに注ぐ20のまなざし」の全曲演奏を行うなど、日本へ度々訪れている。このレコードでの演奏は、“メシアン弾き”ベロフの真骨頂が遺憾なく発揮されている。それに加え、レコードの音質が惚れ惚れするほど美しいのが大きな特徴だ。(LPC)

 

 

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◇クラシック音楽LP◇イ・ムジチ合奏団のレスピーギ:リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲ほか

2017-03-20 09:51:36 | 室内楽曲

レスピーギ:リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲
バーバー:弦楽のためのアダージョ
バルトーク:ルーマニア民族舞曲
ブリテン:シンプル・シンフォニー

弦楽合奏:イ・ムジチ合奏団

ソロ・ヴァイオリン:ロベルト・ミケルッチ(バルトーク:ルーマニア民族舞曲)

録音:1961年7月

発売:1979年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード)

  イタリアの室内楽団のイ・ムジチ合奏団(「イ・ムジチ」とはイタリア語で「音楽家達」を意味する)は、1952年にローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミアの卒業生12名が集まって結成された。指揮者を置かず、ヴァイオリン6挺、ヴィオラ2挺、チェロ2挺、コントラバス1挺、チェンバロ1台という編成。バロック音楽における最も名高い楽団のひとつであり、特に、イ・ムジチ合奏団が演奏するヴィヴァルディの「四季」はバロック音楽ブームの火付け役となったことでも知られる。このイ・ムジチ合奏団は、設立当初はイタリアン・バロック音楽を主要なレパートリーとしていた。これは、ローマのサンタ・チェチーリア音楽学校の卒業生によって結成されたためであり、当然のことと言える。しかし、その後徐々に、バッハやモーツァルトなど我々にもお馴染みの作曲家の作品を演奏し始め、このことがイ・ムジチ合奏団の存在を、広く世界に広めるという結果となったわけである。そのエッセンスがぎっしりと収録されているのがこのLPレコードなのである。このLPレコードに収録された4曲は、いずれも短い作品ながら、クラシック音楽の中でも弦楽器の持つな伸びやかな美しさを最大限に引き出した名品ばかりで、聴いていて実に楽しい。「レスピーギ:リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲」は、レスピーギが音楽院の図書館で古いイタリアのリュートの作品を基に3つのオーケストラの作品を作曲した第3番目の作品で、懐かしさに溢れたお馴染みの名曲。楽器編成は弦5部だけで、管は使われていない。「バーバー:弦楽のためのアダージョ」は、米国の作曲家バーバーが作曲した弦楽四重奏曲第1番の第2楽章を自らオーケストラ用に編曲したもので、静寂な雰囲気の弦楽合奏が胸を打つ。今では編曲の方が有名になり、バーバーの代表作となっている。「バルトーク:ルーマニア民族舞曲」は、はじめピアノ曲として1915年に作曲された。民俗音楽を基にしたこのピアノ曲を、バルトーク自らオーケストラ用に編曲した曲。民族色豊かなリズムとメロディーを、イ・ムジチ合奏団がものの見事に表現している。最後の「ブリテン:シンプル・シンフォニー」は、英国の作曲者ブリテンが10歳~13歳の時に作曲した曲を基に、20歳の時に自らオーケストラ用に作曲した作品。実にシックで、こじんまりとまとまった愛すべきシンフォニーをイ・ムジチ合奏団が好演している。
(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇カール・ベーム&ウィーン・フィルのモーツァルト:レクイエム

2017-03-13 10:45:27 | 宗教曲

モーツァルト:レクイエム

指揮:カール・ベーム

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

独唱:エディット・マティス(ソプラノ)
        ユリア・ハマリ(アルト)
     ヴィエスワフ・オフマン(テノール)
     カール・リーダーブッシュ(バス)

合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ

合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団

オルガン:ハンス・ハーゼルベッダ

録音:1971年4月14日、ウィーン、ムジークフェライン大ホール

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) MG 2299

 このLPレコードでモーツァルト:レクイエムを指揮しているカール・ベーム(1894年―1981年)は、オーストリア生まれ。グラーツ大学で法律を学んだという、指揮者としては珍しい経歴を持っている。1934年~43年ドレスデン国立歌劇場総監督、そして1943年~45年と54年~56年ウィーン国立歌劇場の音楽監督を務め、文字通り世界の指揮界の頂点を極めた指揮者の一人である。その後は、自由の立場で世界各地の歌劇場や管弦楽団を指揮し、日本へも1963年、75年、77年、80年に来日していることもあり、日本においてのカール・ベームの人気には当時絶大なものがあった。モーツァルトは、この「レクイエム」を自らの筆で完成させることができず、弟子のフランツ・サヴァー・ジュスマイヤーの補完によって、現在演奏される形を整えたことは、よく知られていることである。つまりモーツァルトの直筆は「ラクリモーサ」までなのである。だからといって、この作品の価値は少しも損なわれることはない。その理由は、ジュスマイヤーが病床のモーツァルトから作品の完成について指示を受けてい事実が挙げられる。そして、ジュスマイヤーがモーツァルトからスケッチを手渡されたという話も伝わっている。実際に完成した「レクイエム」を聴いてみると、どこまでがモーツァルトの直筆で、どこからが弟子のジュスマイヤーの作品なのかは判然としない。逆に言えば、それだけモーツァルトの指示が、完成した作品に十二分に反映されているということを意味するわけである。このLPにおいてベームは、このモーツァルト:レクイエムを、単に激情に溺れることなく、ゆっくりと一つ一つの音を確かめるかのように丁寧に指揮する。あくまで客観的に、しかも、大きなスケールの演奏を聴かせる。その結果、モーツァルト:レクイエムの持つ優美さと厳粛な側面を、リスナーに強烈に印象づけることにものの見事に成功している。独唱陣と合唱陣も、そんなベームの指揮に歩調を合わせるかのように、清楚できりりと締まった雰囲気を醸し出している。ソプラノのエディット・マティスをはじめとした独唱陣と合唱団の美しい声の調和も聴きどころだ。このLPレコードは、私がこれまで聴いたモーツァルト:レクイエムの中で一番心に沁みる演奏であり、こんなにも美しいモーツァルト:レクイエムの演奏の録音は、正に空前絶後のことではなかろうか。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ムラヴィンスキーのチャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

2017-03-06 10:16:09 | 交響曲(チャイコフスキー)

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

指揮:エフゲニー・ムラヴィンスキー

管弦楽:レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1960年11月7日~9日、ウィーン、ムジークフェライン・ザール

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) 2535 237

 指揮者のエフゲニー・ムラヴィンスキー(1903年―1988年)は、1924年レニングラード音楽院に入り、作曲と指揮を学ぶ。1931年レニングラード音楽院を卒業し、マリインスキー劇場(当時の名称はレニングラード・バレエ・アカデミー・オペラ劇場)で指揮者デビューを果たし、以後1938年までこの職にとどまる。1934年からレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団で定期的に客演指揮活動を開始する。1937年ショスタコーヴィチの第5交響曲を初演。1938年「全ソ指揮者コンクール」に優勝した後、すぐにレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任。以後、50年間にわたりレニングラード・フィルに君臨し、その名声を世界に轟かすことになる。スターリン賞(1946年)、人民芸術家(1954年)、レーニン賞(1961年)、社会主義労働英雄(1973年)と、その受賞歴を見れば旧ソ連の英雄であったことが自ずと分る。日本へも4回来ている。そのムラヴィンスキーとレニングラード・フィルが、全盛時代にオーストリアに渡り、ウィーン楽友協会ホールで録音したのが、歴史的録音として名高い、このLPレコードなのだ。チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」は、19世紀後半の代表的交響曲の一つとして高く評価され、現在でも最も人気のある交響曲の一つに数えられている。チャイコフスキー自身も「この曲は、私の全ての作品の中で最高の出来栄えだ」と語るほどの自信作だった。しかし、「悲愴」の初演のわずか9日後、チャイコフスキーはコレラ及び肺水腫が原因で急死し、この曲は彼の最後の大作となった。このLPレコードでのムラヴィンスキーの指揮ぶりは、厳格な上にも厳格を極めていると言ってもいいくらい禁欲的な精神に貫かれている。ムラヴィンスキーの顔つきは、正に演奏そのものの反映と言ってもいいほど。このレコードは、そんなムラヴィンスキーが、自身の特徴を遺憾なく発揮した白眉の1枚なのだ。そこには、甘い感傷などの入り込む余地など微塵もない。壮大な建築物を一部の隙もなくつくり上げるような、雄大な構成力が厳然として存在している。気楽な気持ちで「悲愴交響曲」を聴こうとすると、ムラヴィンスキーから拒否されかねないのがこの録音なのである。かといってコチコチのチャイコフスキーとは異なり、あたかも一遍の小説を読むような、ドラマチックな展開がその背後には確かに存在している。(LPC)  

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◇クラシック音楽LP◇ハインツ・ホリガーのモーツァルト&R.シュトラウス:オーボエ協奏曲

2017-02-27 10:55:30 | 協奏曲

モーツァルト:オーボエ協奏曲
R.シュトラウス:オーボエ協奏曲

オーボエ:ハインツ・ホリガー

指揮:エド・デ・ワールト

管弦楽:ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

発売:1979年

LP:日本フォノグラフ(フィリップスレコード) 18PC-12(6500 174)

 オーボエは、人の声に最も近い楽器とも言われ、その高音域の音の調べが、例えようもないほどの甘美さを備えている木管楽器である。哀愁のあるその牧歌的な音色を聴いていると、とても人間くさい楽器であることを思い知らされる。そんなこともあってか日本では、演歌などでも使われることも少なくないようだ。しかし、演奏するにはなかなか難しい楽器であるということもあってか、フルートやトランペットなどに比べて、何となくマイナーな楽器の座に甘んじることが多いようだ。そんな魅力的ではあるが地味な存在の楽器に、一躍主役を演じさせるのがオーボエ協奏曲の存在なのである。このLPレコードは、かつてオーボエ奏者として一世を風靡した、スイス出身のハインツ・ホリガー(1939年生れ)が、全盛時代にモーツァルトとR.シュトラウスのオーボエ協奏曲を録音したもの。ハインツ・ホリガーは、オーボエ奏者のほか指揮者、さらには現代音楽の作曲家としても活躍。ベルン音楽院とバーゼル音楽院、さらにパリ音楽院で学び、オーボエは名オーボエ奏者のピエール・ピエルロに師事したという。オーボエのソリストとしては、1959年「ジュネーヴ国際音楽コンクール」や1961年「ミュンヘン国際音楽コンクール」で第1位を獲得し、国際的に名声を得ることになる。ホリガー木管アンサンブルを自ら主宰して、主にバロック音楽を録音。また指揮者としては、ヨーロッパ室内管弦楽団を指揮してシェーンベルク作品集の録音も残している。作曲家としては、初期の作品はブーレーズからの直接の影響を受けた「魔法の踊り手」や「七つの歌」のような1960年代の前衛音楽の秀作から、16年の歳月をかけて作曲した代表作「スカルダネッリ・ツィクルス(ヘルダーリンの詩による、ソロ・フルートと小管弦楽、混声合唱とテープのための)」などの作品がある。このLPレコードに収められているモーツァルト:オーボエ協奏曲とR.シュトラウス:オーボエ協奏曲の2曲のオーボエ協奏曲の演奏とも、ホリガーのオーボエの演奏は、完璧な演奏技法に裏づけされたものだけに、リスナーは思う存分その曲の持ち味を味わうことができる。モーツァルトの典雅さの極みともいえる雰囲気のオーボエ協奏曲、さらにはR.シュトラウスが音楽人生の後半生に行き着いた、安定した曲づくりが心地よい新古典派的なオーボエ協奏曲の真髄を、それぞれ存分に楽しむことができる貴重なLPレコードとなっている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇カラヤン指揮ベルリン・フィルのヘンデル:合奏協奏曲op.6

2017-02-20 10:12:21 | 古楽

ヘンデル:合奏協奏曲op.6

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1968年8月21日~22日、スイス・サンモリッツ、ヴィクトリア・ザール

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) SE8008(全4枚)

 ヘンデルの12曲からなる「合奏協奏曲op.6」は、いつ聴いても音楽が泉の如く湧き出してくるような、無限の力のようなものを感ずる。普通なら、全12曲というような長い曲集を聴き通そうとすると、相当な忍耐力を必要とするが、ヘンデルの「合奏協奏曲op.6」だけは例外である。聴いていて実に楽しいし、不思議なことに飽きが来ない。正にヘンデルの天才のなせる業とでも言ったらよいのであろうか。作曲したのがヘンデル55歳の時で、たった1カ月で12曲を書き上げたというから凄いの一言に尽きる。ビヴァルディの急ー緩ー急の形式を踏襲しつつ、コレルリの作品に範を求めて完成させたと言われている。1740年4月に出版された時のタイトルは、「4つのヴァイオリン、テノール(ビオラ)、チェロ、チェンバロの通奏低音の7声部からなる12曲の大協奏曲集」となっており、初演は、1739年から1740年3月にかけて、ヘンデル自身の指揮で行われたらしい。もともとドイツ人であったヘンデルだが、1711年以降はロンドンで主にオペラを中心に活躍した。作曲のほか、指揮者、演出家、さらには興行主としてもエネルギッシュに活動したわけであるが、それらはヘンデルを保護する国王派に反目する貴族たちがヘンデルの仕事を妨害するのに抗しての活動であった。1737年にヘンデルは病に倒れてしまう。それにも屈せずヘンデルは不屈の闘志で立ち上がるが、貴族たちの妨害は相変わらず止まなかった。そんな厳しい環境下に生まれたのが「合奏協奏曲op.6」なのである。このヘンデルの名作を、巨匠カラヤンがベルリン・フィルを指揮してLPレコード4枚に収録した。この演奏内容は、カラヤンが録音した中でベスワンに挙げたいほど、完成度が高く仕上がっている。バロック・アンサンブルではなく、近代のオーケストラによるこの演奏は、その厚みのある弦の響きで聴くものを圧倒する。カラヤンの指揮は、巧みにしっとりとした情感をベルリン・フィルから引き出す。やや押さえ気味の指揮ぶりが、かえってヘンデルのこの名作の真の姿をくっきりと浮かび上がらせるのだ。恰幅の良い演奏と言ったらよいのであろうか、カラヤンの見事な統率力に脱帽せざるを得ない。どんなアンチ・カラヤン派でもこの演奏だけは、カラヤンの力を認めざる得ないと思う。LPレコード特有のあふれんばかりの奥行きの深い伸びやかな音質を聴いて、はじめてカラヤンの真の名指揮ぶりを聴き取ることができる。(LPC)

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