~キーシンとエマニュエル・クリヴィヌ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の共演~
リスト:交響詩「レ・プレリュード」
ピアノ協奏曲第1番
<アンコール>キーシン:12音技法のタンゴ/ブラームス:ワルツ 変イ長調 作品39
ツェムリンスキー: 交響詩「人魚姫」
ピアノ:エフゲーニ・キーシン
指揮:エマニュエル・クリヴィヌ
管弦楽:スイス・ロマンド管弦楽団
収録:2019年1月9日、スイス、ジュネーブ、ヴィクトリア・ホール
提供:スイス放送協会
放送:2019年5月27日(月) 午後7:30~午後9:10
今夜のNHK‐FM「ベストオブクラシック」は、「100年の歴史を誇るオーケストラ」と題されたシリーズの第1回目の放送である。100年の歴史を誇るオーケストラの一つスイス・ロマンド管弦楽団は、1918年に指揮者のエルネスト・アンセルメ(1883年―1969年)によって創設された。本拠地はスイスのジュネーヴ。1938年にはローザンヌにあったスイス・ロマンド放送のオーケストラと合併。創設から関わった指揮者エルネスト・アンセルメが約半世紀にわたって率いたことで知られる。また、2012年から2017年まで山田和樹が首席客演指揮者を務めた。2014年から東京交響楽団の音楽監督を務めているジョナサン・ノットが、2016年に音楽監督に就任し現在に至る。
指揮のエマニュエル・クリヴィヌ(1947年生まれ)は、フランス、グルノーブル出身。13歳でパリ音楽院に入学し、16歳でプルミエ・プリを獲得。ベルギーのエリザベート王妃音楽院出でも学び、「パガニーニ国際コンクール」をはじめとする数々のコンクールに入賞するなどヴァイオリニストとして活躍。そして1965年にザルツブルクでカール・ベームと出会ったことで指揮者としての道も同時に歩み始める。1976年から1983年までフランス放送新フィルハーモニー管弦楽団(現フランス放送フィルハーモニー管弦楽団)の首席客演指揮者を務めた。ヴァイオリニストと指揮者とを兼業していたが、1981年に交通事故でヴァイオリニストとしての活動は断念する。1981年から1983年までロレーヌ・フィルハーモニー管弦楽団(現ロレーヌ国立管弦楽団)の音楽監督を務めた後、1983年リヨン国立管弦楽団の首席客演指揮者を経て、1987年同楽団音楽監督に就任。また、2004年には古楽器オーケストラである「ラ・シャンブル・フィラルモニーク」を創設。2006年から2015年まではルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めた。そして2017年から、フランス人としては実に43年ぶりとなるフランス国立管弦楽団の音楽監督に就任し、現在に至っている。
ピアノのエフゲーニ・キーシン(1971年生れ)は、ロシア、モスクワ出身。モスクワ市立グネーシン記念音楽専門学校で学ぶ。10歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番を弾いてデビュー、11歳で初リサイタルを開くなど、早くから神童ぶりを発揮。これまでコンクール入賞歴はほとんどないものの、国際的ピアニストとして世界が認めるピアニストであり、コンクール万能時代において、これはかなり珍しいことでもある。1986年初来日した後、1990年カーネギー・ホールにおいてアメリカ・デビューを果たす。旧ソ連生まれだが、2002年英国籍、2013年イスラエル国籍も取得している。レパートリーはショパン、リスト、チャイコフスキー、ラフマニノフ、ベートーヴェンなど幅広い。
まず、最初の曲は、リスト:交響詩「レ・プレリュード(前奏曲)」。1854年に作曲され、13曲あるリストの交響詩の代表作。アルフォンス・ド・ラマルティーヌの詩による「人生は死への前奏曲」という考えに基づき、リストの人生観が描かれている作品。ここでのクリヴィヌの指揮は、スイス・ロマンド管弦楽団の持てる力を盛り上げることに注力するかのように悠然とスタートする。あくまで客観的な指揮内容ではあるのだが、聴き進むうちに徐々にクリヴィヌのペースに持って行くところは、さすがに確かな腕を持った指揮者だなと感じ入る。一遍の絵画を見ているかのように、色彩感覚に富んだ演奏に仕上がった。フランスで絶大な人気を誇るクリヴィヌの実力を堪能できた中身の濃い指揮ぶりであった。
次の曲は、エフゲーニ・キーシンによる同じくリスト:ピアノ協奏曲第1番である。この曲は、リストが1830年に着想し、1835年に初稿が完成。しかし、1846年、1853年と改訂し、初演後の1856年に更なる推敲がされたという。この曲でのキーシンは、詩情に富んだピアノ演奏を披露した。この曲は、時としてピアノのテクニックの披露演奏会のようなことになるのだが、今夜のキーシンの演奏は、このこととは無縁のように、ロマンの香りたっぷりの演奏に終始して、聴き応えのある内容となった。全体にテンポはゆっくりとしたものに終始していたので、ゆったりと落ち着いた中でこの曲を聴き最後まで通すことができたのは幸せなことであった。若い時から技能を発揮してきたキーシンだが、今後はさらなる深みのある演奏を聴かせてくれる予告のような演奏内容となった。
今夜最後の曲は、ツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」。ウィーン出身の作曲家アレクサンダー・ツェムリンスキー(1871年―1942年)がアンデルセンの童話「人魚姫」を基に、1902年から1903年にかけて作曲した3楽章からなる交響詩。演奏時間が45分を超える大作だ。ツェムリンスキーの指揮で初演されたが、ツェムリンスキー没後、長い間、楽譜が失われ演奏が行われなかったが、80年以上経った1984年に発見され再演されると一躍脚光を浴びることとなった。最初、この作品をもとに一つの楽章を加え交響曲をつくる計画であったが果たせなかった。このため交響詩というより交響曲のような純音楽的な展開が特徴の曲に仕上がっている。何となく、シベリウスの交響詩、あるいはラフマニノフの交響曲を思い起こさせるような、愛すべき作品だ。クリヴィヌ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の演奏は、色彩感覚に富むと同時に、物語を説き聞かせるような説得力のある演奏内容を聴かせてくれた。このため45分を超える大作であるのだが長さは気にならない。クリヴィヌの柔軟な棒捌きに、吸い寄せられるようにして聴き終えることができた。名指揮者クリヴィヌに加えツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」も、日本での評価がもっと高まってもいいと思わせられた、楽しくも充実した演奏内容ではあった。(蔵 志津久)