~わが国クラシック音楽界の至宝 深沢亮子 ピアノ・リサイタル~
助川敏弥:26のやさしいピアノ小曲集「ちいさな四季」から
<春>そこまで春が
アクロバットのマツモムシ
春だ春だ春だ
<夏>だれか呼んでるどこからなの
森は呼んでる
ちいさな泉
<秋>October(オクトーバー)
秋の谷川
もうすぐ冬だよ
<冬>森の泉はなぜかれた
きょうはたのしいクリスマス
ハサミムシのこもりうた
暮れる谷川
助川敏弥:花の舞
松雪草
山水図
リパッティ:夜想曲 嬰ヘ短調 作品6
モーツァルト:ピアノ・ソナタ ハ長調 K.330
メンデルスゾーン:厳格な変奏曲 ニ短調 作品54
無言歌 から 五月のそよかぜ 作品62第1/春の歌 作品62第6(アンコール)
ピアノ連弾:深沢亮子/東浦亜希子
助川敏弥:やさしいピアノ小曲集“ちいさな四季”から(アンコール)
糸かけ糸かけ糸かがり
ピアノ:深沢亮子
収録:2017年5月17日、浜離宮朝日ホール
放送:2017年7月19日(水) 午後7:30~午後9:10
今夜のNHK‐FM「ベストオブクラシック」は、“深沢亮子 ピアノ・リサイタル”の放送である。深沢亮子は、今やわが国クラシック音楽界の至宝とも言うべき存在の国際的ピアニストだ。特に、モーツァルトを弾かせれば、わが国に匹敵するピアニストは見当たらないばかりか、現在、世界を見渡しても、これほどまで正統的で美しいモーツァルトを弾けるピアニストは、ほとんどいないと言っても過言ではない。深沢亮子は、千葉県東金市出身。15歳のとき第22回「日本音楽コンクール」優勝。17歳でウィーン国立音楽大学に留学し、在学中にガスタイン賞を受賞。1959年同校を首席で卒業し、ウィーン楽友協会のブラームス・ザールにおいてデビューリサイタルを開く。1961年「ジュネーブ国際音楽コンクール」1位なしの2位入賞を果たす。その後、ヨーロッパ諸都市やブラジル、韓国、台湾で演奏し、日本の現代作品も積極的に紹介。また、室内楽の分野でも意欲的な活動を行ってきた。2005年「東金市政特別功労者」受賞、英国ケンブリッジ国際伝記センター(IBC)により「最も優秀な100人の音楽家」の1人に選ばれる。現在、日本音楽舞踊会議代表理事。
今夜の演奏曲目は、ベテランピアニストらしい作品が並ぶ。まず目に付くのが作曲家・助川敏弥(1930年―2015年)の名前である。助川 敏弥は札幌市出身。1952年東京芸術大学音楽学部作曲科入学。1954年「日本音楽コンクール」作曲部門において第1位と特賞を受賞。1957年に同学を卒業し、林光、間宮芳生、外山雄三の結成した作曲家同人「山羊の会」に参加する。1960年に「オーケストラのためのパルティータ」で文部省芸術祭奨励賞を受賞するなど数々の賞を受賞。NHK等の放送番組の音楽も数多く担当。2005年日本現代音楽協会代表理事に就任。主な作品として、26のやさしいピアノ曲集「ちいさな四季」Op.28(1971年)、混声合唱のための組曲「白い世界」Op.27(1971年)、Tapestry for Piano Op.34(1972年)、独奏十七絃による三章Op43(1974年)、ピアノのためのソナチネ「青の詩(し)」Op.45(1975年)、山水図Op.58 (1978年)、被爆ピアノと録音による「おわりのない朝」Op.68(1983年)、「ちいさき いのちの ために」(2000年)、さくらまじ(2002年)、「Prelude, Passacaglia Fugue」(2004年)など。
今夜の最初の曲は、助川敏弥:26のやさしいピアノ小曲集「ちいさな四季」からの13曲が演奏された。シンプルな曲想のピアノ曲集であり、愛すべき小品集である。メンデルスゾーンの無言歌あるいはグリーグの抒情小曲集を思わせるような、とてもメロディが美しいのが特に印象的。日本人の感性に強く訴えかけるような曲想が何よりも好ましく聴こえる。深沢亮子は、これらの小品を丁寧に抒情味たっぷりに弾き進む。この曲集を1回でも聴けば、日本人なら誰でもが心に深くその印象が残るであろう。メンデルスゾーンの無言歌あるいはグリーグの抒情小曲集は、日本人のピアニストがしばしばコンサートで取り上げるが、助川敏弥の「ちいさな四季」を取り上げることは多くない。今回、深沢亮子が敢えて助川敏弥の「ちいさな四季」を最初に取り上げた理由は、「どうして皆さん、日本人が作曲したこんな愛らしい作品があるのに演奏しないの」という深沢亮子の訴えかけがあるように私には思えた。日本人の作曲した優れた作品を後世に伝えることは、演奏家それにリスナーの大切な役割であることを思い知らされた。「ちいさな四季」の後に演奏された、助川敏弥の花をテーマにしたピアノ独奏曲「花の舞」と「松雪草」は深沢亮子が初演しただけに、緻密な演奏であり、色彩感溢れた如何にも深沢亮子らしいふくよかな感覚が好ましい。「山水図」は、助川が日本画を見た印象をピアノ独奏曲としたもので、日本画の筆のタッチがピアノで表現されている。ここでの深沢亮子のピアノ演奏は、きりりと引き締まり、奥行きのある音響空間を十二分に表現仕切って見事な出来栄え。
次の深沢亮子の曲目選びもきらりと光る。リパッティの作曲した夜想曲である。ディヌ・リパッティ(1917年―1950年)は、ルーマニア出身の伝説の大ピアニストであるが作曲もした。2017年はリパッティ生誕100年に当たる。深沢亮子はこの夜想曲の楽譜を長らく所有していたが、リパッティ生誕100年の今年、演奏することを決意したという。ここでの深沢亮子の演奏は、33年の短い生涯のリパッティに思いを馳せるような、深い情愛のこもったものとなった。次のモーツァルト:ピアノ・ソナタK.330は、ウィーンに馴染の深い深沢亮子の十八番ともいえる曲。深沢亮子は、出だしからもう演奏したくてしょうがないという雰囲気を会場全体に響かせる。何と生き生きしたモーツァルトであろうか。一音一音が澄んでいて、躍動感が素晴らしい。深沢亮子のモーツァルトには温かみが滲む。今ではあまり聴かれなくなったような懐かしい音楽がスピーカーから流れ続ける。次は、メンデルスゾーン:厳格な変奏曲。この曲は、若き日の深沢亮子が勉強した思い出深い曲だそうで、構成力のある力のこもった熱演を聴かせた。アンコールは、メンデルスゾーン:無言歌から「五月のそよかぜ」「春の歌」。ここでは、愛弟子の東浦亜希子とのピアノ連弾となった。今、深沢亮子は、後進の指導に力を注いでいるようで、若い演奏家と共演することも少なくない。やがて、これらの若き演奏家の中から、これからのわが国のクラシック音楽界をしょって立つ人材が生まれ出るであろう。(蔵 志津久)