<NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー>
~ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団とセルゲイ・ハチャトゥリヤンの共演~

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
バッハ:無伴奏バイオリン・ソナタ 第1番 BWV1001から“アダージョ”(アンコール)
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
ヴァイオリン:セルゲイ・ハチャトゥリヤン
指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:スイス・ロマンド管弦楽団
収録:2017年6月1日、スイス、ジュネーブ、ヴィクトリア・ホール
提供:スイス放送協会
放送:2017年10月3日(火) 午後7:30~午後9:10
今夜のNHK‐FM「ベストオブクラシック」は、ヴァイオリンのセルゲイ・ハチャトゥリヤンとジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団の共演で、ブラームス:ヴァイオリン協奏曲とストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」のスイスでのコンサートの放送である。ヴァイオリンのセルゲイ・ハチャトゥリアン(1985年生れ)はアルメニア出身。2000年第8回「シベリウス国際ヴァイオリン・コンクール」において、コンクール史上最年少で優勝を果たした。さらに、2005年「エリザベート王妃国際音楽コンクール」において第1位を獲得し、世界的注目を浴びる。そして2006年にはニューヨーク・デビューを果たす。現在、ピアニストである姉のルジーン・ハチャトリャンとともに、世界各地でリサイタルを行っている。2003年にシベリウスのヴァイオリン協奏曲のCDをリリースしたのに続き、クルト・マズア指揮のフランス国立管とショスタコーヴィッチ:ヴァイオリン協奏曲第1番/第2番を2007年に、ブラームスのヴァイオリンソナタ第1番~第3番を姉のルジーン・ハチャトリャンと2013年にそれぞれリリースし、いずれも好評を得ている。
指揮のジョナサン・ノット(1962年生れ)はイギリス出身。ケンブリッジ大学で学んだ後、ロイヤル・ノーザン音楽大学で声楽とフルートを学ぶ。その後、指揮者に転向。フランクフルト歌劇場などでカペルマイスターを務めた後、ルツェルン交響楽団音楽監督の就任(1997年―2001年)。さらにバンベルク交響楽団首席指揮者に就任(2000年―2016年)。そして、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団など欧州の主要オーケストラにも客演する。バンベルク交響楽団とはたびたび来日し、2009年にはブラームス・チクルスを展開。2010年バンベルク響とのCD「マーラー交響曲第9番」で、世界的権威のフランスのMidem音楽賞の最優秀交響曲・管弦楽作品部門賞を受賞する。古典から現代曲まで幅広いレパートリーと抜群のプログラミングセンスを持つノットは、その多岐にわたる活躍が評価され、2009年バイエルン文化賞が贈られたほか、2016年にバンベルク大聖堂にて開催された同響とのラストコンサートでは、大司教より功労勲章が授与された。また、NHK交響楽団ともたびたび共演。2014年東京交響楽団の第3代音楽監督に就任。そして、2017年スイス・ロマンド管弦楽団音楽監督に就任した。
スイス・ロマンド管弦楽団は、1918年に指揮者エルネスト・アンセルメによって創設された、スイスのジュネーヴを本拠とするオーケストラ。1938年にローザンヌにあったスイス・ロマンド放送のオーケストラを合併し、ラジオ放送のための演奏を行うと同時に、デッカと契約し数多くの録音を行う。創設から関わった指揮者エルネスト・アンセルメが約半世紀にわたって同楽団を率いて数多くの録音して残している。1967年にアンセルメは、後継者にポーランド出身でスイス国籍を取得したパウル・クレツキを指名。クレツキは3年間務め、後をヴォルフガング・サヴァリッシュが引き継いだ。続いてホルスト・シュタインが5年間率いた後、1985年スイス人指揮者アルミン・ジョルダンが音楽監督に就任。その後、ファビオ・ルイージが就任。さらに、ピンカス・スタインバーグ、マレク・ヤノフスキ、そして、ネーメ・ヤルヴィと後を継ぎ、2017年からジョナサン・ノットが音楽監督に就任し、現在に至っている。また、2012年からは山田和樹が首席客演指揮者を務めている。
今夜の最初の曲はブラームス:ヴァイオリン協奏曲。ここでのセルゲイ・ハチャトゥリヤンのヴァイオリン演奏は、少しの気負いもなく、一音一音を丁寧に、ゆっくりと弾き進める。ブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏すると、多くのヴァイオリニストは、力いっぱいに激情的な演奏を繰り広げるのが常。ところが、ここでのセルゲイ・ハチャトゥリヤンの演奏は、そんなこと一向にお構いなしに、静寂さを込め、美意識をたっぷり封じ込めた異次元とも言える演奏内容を披露する。この曲がこんなにもロマンチックな香りを漂わせて演奏された例を私は知らない。聴きなれたブラームスのヴァイオリン協奏曲ではなく、全く新しいブラームスのヴァイオリン協奏曲がそこに忽然と現れたという感じを受けた。ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団もセルゲイ・ハチャトゥリヤンに合わせてか優美な演奏を繰り広げる。次の曲は、アンコールに応えてセルゲイ・ハチャトゥリヤンの独奏でバッハ:無伴奏バイオリン・ソナタ 第1番 BWV1001から“アダージョ”が演奏された。ここでもセルゲイ・ハチャトゥリヤンは誠に持って情感に溢れた、極めて美しいバッハ演奏を披露した。これを聴き終えた聴衆の拍手も一際力がこもっていた。これら2曲を聴くと、セルゲイ・ハチャトゥリヤンは、今や世界を代表するヴァイオリニストの一人であることがよく分かる。最後の曲は、ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」。ジョナサン・ノットの指揮は、この曲の持つ荒々しさをただ単にストレートに表現するのではなく、全体が柔軟性を持った力強い構成力で覆われ、その上、包容力のある演奏が実に見事だ。適度な緊張感を持った音の一つ一つが躍動感に溢れており、最後まで心地よく聴き終えることができた。(蔵 志津久)