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★ 私のクラシック音楽館 (MCM) ★ 蔵 志津久

クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

●クラシック音楽●新譜CD情報

2024-02-16 09:45:14 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)



<新譜CD情報>



~2013年結成の弦楽四重奏団「カルテット・アロド」によるフランス近現代の名弦楽四重奏曲集~



ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 Op.10
アタイール:アル・アスル(午後の祈り)~弦楽四重奏のための~
ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調

弦楽四重奏:カルテット・アロド

       ジョルダン・ヴィクトリア(ヴァイオリン)
       アレクサンドル・ヴ(ヴァイオリン)
       タンギー・パリソ(ヴィオラ)
       ジェレミー・ガルバーグ(チェロ)

 このCDは、弦楽四重奏の世界を愛し、未来へ繋げてゆかんとする革命児「カルテット・アロド」による、フランス近現代の名弦楽四重奏曲集。

 カルテット・アロドは2013年に結成。ジャン・シュレム(ロザムンデ四重奏団の元ヴィオラ奏者)の指導を受ける。2014年よりブリュッセルのエリザベート王妃音楽大学においてアルテミス・カルテットの下で研鑽を積む。このほか、ドビュッシー弦楽四重奏団、エベーヌ弦楽四重奏団、G.タカーチ、東京クヮルテット等の指導も受ける。2014年「FNAPECヨーロッパ・コンクール」第1位、2015年コペンハーゲンで行われた「ニールセン国際室内楽コンクール」では第1位ならびにカール・ニールセン賞および新作演奏賞を受賞、さらに2016年「ミュンヘン国際音楽コンクール」で優勝し、大きな注目を集めた。2016年のエクサン・プロヴァンス音楽祭アカデミーにおいてジャン=ギアン・ケラスの指導を受けた。2016年度にはブリュッセルのパレ・デ・ボザール、パリのサル・コルトー室内楽センターのシーズン・オープニング公演、ベルリンおよびケルンでのデビュー公演、デンマーク・ツアーを行うほか、ヴェルビエ音楽祭、モントルー音楽祭、ブレーメン音楽祭、そしてサロン・ド・プロヴァンス室内楽音楽祭、“ムッシュ・ハイドンのヴァカンス”音楽祭、ドーヴィル音楽祭を始めとするフランスの音楽祭、ハンガリーのカルテッティッシモ音楽祭に出演。
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◇クラシック音楽CDレビュー◇アルバン・ベルク四重奏団のドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」/スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」

2019-05-07 09:33:42 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」 (ライヴ録音)
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」(ライヴ録音)

弦楽四重奏:アルバン・ベルク四重奏団

          ギュンタービヒラー(第1ヴァイオリン)         
          ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)         
          トーマス・カクシュカ(ヴィオラ)         
          ヴァレンティン・エルベン(チェロ)

CD:ワーナーミュージック・ジャパン WPCS‐28193

 アルバン・ベルク四重奏団は、1970年にオーストリアで結成された弦楽四重奏団。ウィーン国立音楽大学の教授でありウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターも務めたギュンター・ピヒラーが1970年に同僚と共に結成した。名称についてはアルバン・ベルク未亡人から許諾を得たという。1971年にウィーンのコンツェルトハウスでデビュー。設立当初、アメリカのシンシナティに1年間留学し、当時新ウィーン楽派を得意としていたラサール弦楽四重奏団に師事。これは、ウィーンの伝統に安住せず、現代音楽に積極的に取り組むことをポリシーにしていたため。1980年代には、世界を代表するカルテットと言われることがあるほどの実力を有していた。何回かのメンバーチェンジにもかかわらず、その精緻なアンサンブルは、高い評価を得ていた。ウィーンの伝統を守りつつ、20世紀の曲も取り上げるポリシーを貫いたが、残念ながら、2008年7月をもって解散した。

 ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」は、1893年にドヴォルザークがアメリカ滞在中に作曲した作品。1892年9月、ドヴォルザークは、ニューヨーク・ナショナル音楽院の院長としてアメリカに渡った。彼は黒人霊歌やアメリカ先住民達の歌に興味を持ち、さらにフォスターが作曲した歌曲にも興味を持っていたという。こうしたアメリカの音楽が、アメリカ時代の作品には大きな影響を与えている。その代表作として挙げられるのは、これより前に書かれた交響曲第9番「新世界より」、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」、そして後に書かれるチェロ協奏曲である。ドヴォルザークは、チェコからの移民が多く住んでいた米国アイオワ州スピルヴィルで過ごしたが、滞在先の一家が演奏するように書かれたのが、この弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」で、1893年6月8日に着手し、6月23日には完成させたという短い期間での作品。しかし、その内容は充実したものになっており、現在、最も人気の高い弦楽四重奏曲の一つとして、演奏会でしばしば取り上げられている。

 スメタナの弦楽四重奏曲第1番 「わが生涯より」は、スメタナ52歳の時に作曲した作品。スメタナは、オペラや交響詩などの作品は多いが、室内楽作品は少なく、弦楽四重奏曲は晩年に2曲を遺したのみ。第1番 「わが生涯より」は、自らの人生を振り返った内容を持つ作品。スメタナは、50歳のころから耳鳴りや幻聴に悩まされ、最後は、失聴してしまうという悲劇に見舞われる。このため、娘夫婦が住む、プラハから60㎞離れたヤクペニツ村に移り住んだ。移り住んだ直後の1876年10月から書き始め、その年の暮れに完成させた。全4楽章からなるこの曲の各楽章には、スメタナ自身による標題が付けられている。それらは、第1楽章「青春時代の芸術への情熱。ロマンティックなもの、表現しがたいものへの憧れ、そして、将来への一抹の不安」、第2楽章「楽しかった青春の日々が甦る。その頃、私は舞曲を作曲し、踊りに夢中になっていた」、第3楽章「後に私の献身的な妻となった少女との初恋の幸せな思い出」、第4楽章「民族的な音楽への道を見い出し、仕事も軌道に乗ったところで、聴覚を失うという悲劇に襲われる。暗澹たる将来と一縷の望みも」とあり、この曲を聴く手がかりとなる。

 先ず第1曲目のドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」を聴いてみよう。このCDは、ライヴ録音なので先ずは拍手から始まる。アルバン・ベルク四重奏団の演奏は、精緻を極めた静寂さとでも言える雰囲気が全体を覆う。どちらかというと内省的な演奏内容なのだが、それにも増して、アルバン・ベルク四重奏団が抱く、この曲への共感が強く滲み出た演奏内容に仕上がっている。アメリカに渡ったドヴォルザークは、故郷チェコ(ボヘミア)への想いをこの曲に精一杯封じ込んだわけであるだが、その想いを隣接国であるオーストリアのウィーン出身のアルバン・ベルク四重奏団員の一人一人が、心を込めて演奏する。特に第2楽章や第3楽章の切々とした演奏内容は、他のカルテットではなかなか奏でられない精神的な深みを、この演奏からは聴き取ることができる。第4楽章に入ると、それまでの情緒纏綿たる演奏から一転、軽快そのもの演奏となり、演奏を終える。異国で過ごす当時のドヴォルザークの複雑な心境を、余すところなく表現し尽した演奏として、この録音は、後世に残るものになろう。

 次の曲は、スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」である。チェコ近代音楽の父とも言われるスメタナは、祖国愛を前面に打ち出した代表作の交響詩「わが祖国」などで知られ、音楽祭「プラハの春」では毎年「わが祖国」が演奏されなど、国民的英雄となっている。しかし、その晩年は、聴覚が全く失われるという悲劇に見舞われた。この弦楽四重奏曲には、若い頃の躍動感と晩年の失意とが一つの曲に込められている。アルバン・ベルク四重奏団の演奏は、4つの楽章が意味する内容をそれぞれ的確に表現し、スメタナの人生の歩みを物語でも語るように、リスナーに分かりやすく提示する。リスナーは、スメタナ自身が各楽章ごとに記した標題を読んでから聴くことによって、この曲の真の姿を捉えることができる。同時にアルバン・ベルク四重奏団演奏が、それぞれの楽章での表現がいかに的確であるかも分かろう。スメタナの人生に寄り添うように演奏するその演奏姿勢に、多くのリスナーは共感を覚えるだろう。カルテット一人一人の心が深く宿った名演奏として、この録音も後世に残るに違いない。演奏を終え、共感した聴衆の拍手が特に印象に残る。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇ジュリアード弦楽四重奏団のモーツァルト:弦楽四重奏曲第14番~第19番「ハイドン・セット」

2018-09-11 09:29:49 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

 

モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番~第19番「ハイドン・セット」

<ディスク:1>

モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番ト長調 K.387 「春」
                 弦楽四重奏曲第15番ニ短調 K.421(417b)

<ディスク:2>

モーツァルト:弦楽四重奏曲第16番変ホ長調 K.428(421b)
         弦楽四重奏曲第17番変ロ長調 K.458「狩」

<ディスク:3>

モーツァルト:弦楽四重奏曲第18番イ長調 K.464
         弦楽四重奏曲第19番ハ長調 K.465「不協和音」

弦楽四重奏:ジュリアード弦楽四重奏団

           第1ヴァイオリン:ロバート・マン
           第2ヴァイオリン:アール・カーリス
           ヴィオラ:サミュエル・ローズ
           チェロ:ジョエル・クロスニック

録音:1977年1月10日、12日、14日、17日、19日、20日、ニューヨーク、CBSスタジオ
 
CD:ソニー・ミュージック・ジャパン・インターナショナル SICC 434~6

 弦楽四重奏曲というと我々にはお馴染みの楽曲であり、耳に馴染んでいる。しかし、現在、我々が耳にする弦楽四重奏曲に至るまでにハイドンのこの分野における貢献は大きい。ハイドン以前に弦楽四重奏曲を書き遺している作曲家としては、スカルラッティ、タルティーニ、ボッケリーニ、ディッタースドルフなどの名が挙げられるが、その頃の弦楽四重奏曲には確固たる形式はなく、あいまいな存在であった。そんな中、ハイドンの登場によって弦楽四重奏曲は一つのジャンルとしてその足場を築くこととなった。ハイドンは生涯に68曲の弦楽四重奏曲を作曲したと言われているが、これらの作品は後世に大きな影響を与えることになる。1772年に書き上げた全6曲からなる「太陽カルテット」、そしてその後10年程の歳月を経て、全6曲からなる「ロシア・カルテット」を1781年に書き上げた。この空白の期間は、ハイドンが弦楽四重奏曲の作曲に行き詰まりを感じたためと解釈されている。「全く新しい特別な方法で作曲されている」とハイドン自身が語っているように、「ロシア・カルテット」こそが弦楽四重奏曲の新しい世界を切り開くこととなる作品だったのである。一方、モーツァルトは、1773年に「ウィーン・カルテット」を完成させた後、10年ほど弦楽四重奏曲の作曲から遠ざかっていた。そんな中に突如現れたのがハイドンの「ロシア・カルテット」なのである。「ロシア・カルテット」を聴き、再度弦楽四重奏曲の創作への情熱を抱いたモーツァルトが1782年から3年ほどの年月をかけ作曲したのが、全6曲からなる「ハイドン・セット」である。モーツァルトは、「ハイドン・セット」をハイドンに聴いてもらうため、自宅にハイドンを招き、演奏会をもようした。その結果、ハイドンは、モーツァルトの才能を高く評価したという。

 このCDでモーツァルトの弦楽四重奏曲「ハイドン・セット」を演奏しているのがジュリアード弦楽四重奏団である。ジュリアード弦楽四重奏団は、アメリカを本拠とする弦楽四重奏団。同カルテットは2018年にも来日公演を開催するなど、メンバーを変えながら、現在までその長い歴史を誇っている。1946年にニューヨークのジュリアード音楽院の校長だった作曲家、ウィリアム・シューマンの提唱により、ジュリアード音楽院の教授らによって結成された。完璧なアンサンブル、緻密で明快な音楽解釈、高度な統一感のもたらす音楽表現の広さにより、現代の弦楽四重奏団の中でも最高峰の一つとされている。そのレパートリーはモーツァルトやベートーヴェンなどの古典から、バルトークやヒンデミット、エリオット・カーターなどの現代曲まで、そのレパートリーは広い。このCDに収められ1977年のメンバーはというと、第1ヴァイオリン:ロバート・マン、第2ヴァイオリン:アール・カーリス、ヴィオラ:サミュエル・ローズ、チェロ:ジョエル・クロスニックであった。このうち、2011年からは第1ヴァイオリンがジョセフ・リン、1997年からは第2ヴァイオリンがロナルド・コープスに代わった。さらに2018年からは、第1ヴァイオリン:アレタ・ズラ、第2ヴァイオリン:ロナルド・コープス、ヴィオラ:ロジャー・タッピング、チェロ:アストリッド・シュウィーンの新メンバーとなり、この新メンバーにより2018年の日本公演が行われる。創設以来72年もの長きにわたり演奏活動を続ける弦楽四重奏団は、ほかにあまり聞いたことがない。

 モーツァルトの弦楽四重奏曲「ハイドン・セット」は、6曲からなっている。ハイドンに献呈されたために「ハイドン・セット(ハイドン四重奏曲)」と呼ばれている。 それらは、弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K.387「春」(ハイドン・セット第1番)(1782年)、第15番 ニ短調 K.421(ハイドン・セット第2番)(1783年)、第16番 変ホ長調 K.428(ハイドン・セット第3番)(1783年) 、第17番 変ロ長調 K.458「狩」(ハイドン・セット第4番)(1784年)、第18番 イ長調 K.464(ハイドン・セット第5番)(1785年)、第19番 ハ長調 K.465「不協和音」(ハイドン・セット第6番)(1785年)の6曲からなっている。第14番「春」K.387は、1782年12月31日にウィーンで完成し、ハイドンの手法がモーツァルトという天才の才能を経ることによって、より一層の高みに到達した作品。生き生きした生命感や躍動感を宿しているところから「春」というタイトルで親しまれている。モーツァルトは短調による弦楽四重奏曲を2曲遺しているが、第15番K.421は、その1曲。1783年6月ごろ書かれた作品で全体にペシミスティックな雰囲気に覆われた曲。第16番K.428は、多彩な変化に富んだ構成が際立つ作品。1783年6月~7月に書かれた。第17番「狩」K.458は、明るく平明な内容を特色としており、ハイドンの影響を最も強く受けた作品。「狩」というタイトルは、第1楽章の第1主題があたかも狩のときに奏されるラッパを連想させるため付けられた。第18番K.464は、デリケートで繊細な美しさに溢れた曲で、1785年1月に完成した。第3楽章が変奏曲となっている。第19番「不協和音」K.465は、大胆な不協和音が当時の和声法の常識をはるかに越えた、革新的書法の意欲作。そのことがタイトルとしてそのまま付けられた。1785年1月に完成。

 このCDでのジュリアード弦楽四重奏団の演奏は、技巧的に完璧の域に達しており、一部の隙もない完成度の高い仕上がりを見せている。ジュリアード弦楽四重奏団の良さの一つは、まったくもって健康的なカルテットである、ということができる。例えばウィーン風のように情緒たっぷりに弾きこなすのではなく、全ての輪郭が明確であり、あいまいな表現はそこには存在しない。こう書くと、何か人工的なものを連想してしまいそうだが、実際はその正反対であり、実に人間臭い表現がいっぱいに詰まっている。このため、ジュリアード弦楽四重奏団の演奏を聴き続けても、少しも飽きがこない。飽きがこないどころか、りすなーは、聴き進むうちに、徐々にジュリアード弦楽四重奏団が紡ぎだす弦の世界に取り込まれてしまう。よくジュリアード弦楽四重奏団の特徴は「完璧なアンサンブル、緻密で明快な音楽解釈、高度な統一感のもたらす音楽表現の広さ」と言われるが、このモーツァルトの「ハイドン・セット」のCDは、これらの特徴が最も強く反映されている演奏内容となっている。現在に至るまでメンバーを変えながら、創設以来72年もの長きにわたり演奏活動を続けている背景には、多くのカルテットが「主観重視」の演奏内容であるのに対し、ジュリアード弦楽四重奏団は「客観重視」の演奏内容に徹してきたからこそ実現できたのではないか。例えメンバーが変わろうが、「客観重視」なら持ち味は継承できる。それと、ネット社会に代表される現在という時代は、ロマン派全盛時代のように主観に埋没するより、一歩引きさがって客観的に物事を見ることの方が重視される傾向がある。こう考えるとジュリアード弦楽四重奏団は、私には、これからもメンバーを変えながらも生き続けていくように思えてならない。いずれにせよ、この3枚組のCDは、モーツァルトの「ハイドン・セット」の全貌を知るには最適なアルバムと言える。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇エマーソン弦楽四重奏団のショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第3番/第8番/第11番

2016-04-19 09:46:46 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第3番/第8番/第11番

弦楽四重奏:エマーソン弦楽四重奏団

CD:ユニバーサルミュージック UCCG5149

 ショスタコーヴィチ(1906年―1975年)ほど、政治に翻弄された作曲家は,いないだろう。当時のソ連政府から常に監視され続けていた。ところでショスタコーヴィチは、ソ連政府から、どのような批判を浴びていたのであろうか。オペラ「ムツェンスク群のマクベス夫人」の初演の約2年後の1936年1月28日、共産党中央委員会機関紙「プラウダ」が、「音楽の代わりの荒唐無稽」と題して、無署名論説でこのオペラを批判した。要するに、このオペラは、音楽ではなく、“荒唐無稽な音の流れ”だと言うのだ。続いて2月6日には、バレエ「明るい小川」も「バレエの偽善」として同紙は批判した。オペラ「ムツェンスク群のマクベス夫人」は、レスコーフの小説が原作である。夫が出張中に使用人と内通した主人公の女性が舅に見つかり、舅を毒殺した上に、夫も殺害してしまう。2人はシベリア送りとなるが、ここで使用人は若い恋人をつくる。この結果、主人公の女性は、この若い恋人を道ずれに自殺するという筋書きである。別に取り立てて、批判されるような内容ではないようなのだが、労働者階級の意識を向上させる芸術作品しか認めない当時のソ連政府にとっては、はなはだ面白くない作品のようであった。

 ショスタコーヴィチの交響曲第5番は、そんなソ連政府のショスタコーヴィチ批判を一挙に覆し、ソ連政府はショスタコーヴィチを一躍英雄にまつりあげてしまう。共産党政権下での作曲活動の一大成果であると、西側諸国へ強くアピールすることになる。さらに、ショスタコーヴィチは、レニングラードがドイツ軍に包囲された時の「大祖国戦争」勝利を題材に、交響曲第7番「レニングラード」を発表する。この曲は、スターリン賞第一席を獲得。要するに、ショスタコーヴィチとソ連政府は、一時的には雪解け状態となって行った。しかし、交響曲第5番は、全体にソ連讃歌の基調を滲ませながらも、曲の最後には、ソ連政府の戦争政策への批判が込められている、と指摘をする識者もいる。言ってみればショスタコーヴィチは“面従腹背”を武器に、時のソ連政府から高い評価を勝ち取る一方、ソ連政府に対し、作品の隠された内容で戦った闘士としての側面が、現在再評価されているのである。ショスタコーヴィチの作品の中でも、現在特に評価が高い交響曲と弦楽四重奏曲を、ともに15曲遺したというのも、その裏に何かが隠されているのではと思わせるところが、如何にもショスタコーヴィチらしい。悲しいかな、常に何かを隠しながら作品に取り組んだのが、ショスタコーヴィチの作曲家人生だったのだ。

 ショスタコーヴィチは、その生涯で15曲の弦楽四重奏曲を作曲した。これらの作品は、弦楽四重奏曲という比較的地味な作品ジャンルにあったためか、ソ連政府も交響曲やオペラそれにバレエほどには露骨な批判を行っていない。そのためショスタコービッチの本音は、15曲の弦楽四重奏曲に込められていると指摘する識者は少なくない。このCDには、第3番、第8番、それに第11番の弦楽四重奏曲が収められている。第3番は、1946年に作曲された。初演は同じ年に、ソ連時代に名声を博したベートーヴェン弦楽四重奏団によって演奏され、同四重奏団に献呈されている。同四重奏団は、第1番と第15番を除き、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を初演している。この曲は、3年前に完成した交響曲第8番、1年前に完成した交響曲第9番と、楽章が5つであることなどの類似点があることが指摘されている。 第8番は1960年に作曲された完成した。「ファシズムと戦争の犠牲者の想い出に」捧げると記載されている一方、ショスタコーヴィチ自身のイニシャルが音名「D-S(Es)-C-H」で織り込まれ、自身の書いた曲の引用が多用されている。これらのことから、密かに作曲者自身をテーマにしていることを窺わせる作品。第11番は1966年に完成した。ベートーヴェン弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者だったワシリー・シリンスキーへの追悼のために書かれたレクイエム。短い7つの楽章が切れ目無しで演奏される。

 エマーソン弦楽四重奏団は、アメリカの弦楽四重奏団。1976年にニューヨーク州を拠点として結成された。陰影に富んだ表現と軽やかなリズム感がその持ち味。このため、ドビュッシーやラヴェル、アイヴズ、バルトーク、グリーグ、ショスタコーヴィチ、バーバーなどの近現代作品を得意としている。また、第1と第2のヴァイオリンが曲によって交代するのが他のカルテットには見られない特徴。カルテットの名前は、アメリカの詩人・哲学者ラルフ・ワルド・エマーソン(1803年―1882年)に因んで付けられた。エマーソンは、ハーバード神学校に入学し、伝道資格を取得し、牧師になるが、自由信仰のため教会を追われてヨーロッパに渡る。帰国後は個人主義を唱え、アメリカの文化の独自性を主張した。エマーソン弦楽四重奏団は、20枚以上のアルバムのうち6枚がグラミー賞(最優秀室内楽録音賞)を受賞している。このショスタコーヴィチの3曲の弦楽四重奏曲を収録したCDは、1994年から1999年にかけて、コロラド州で行われたアスペン音楽祭でのショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲全曲演奏会のライヴ録音からの抜粋である。このCDでのエマーソン弦楽四重奏団の演奏は、その持ち味である軽やかなリズム感を最大限に発揮して、すっきりと整ったショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を聴かせる。ともするとショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は、難解で近づきがたい印象を持ちがちであるが、エマーソン弦楽四重奏団の演奏に限っては、決してそのようなことはない。悲劇的な部分でも、あくまで澄み切った音色で演奏することによって、陰影を含んだ爽やかさを前面に打ち出すことに成功しているからだ。ショスタコーヴィチは、交響曲では旧ソ連政府に沿った作風に曲をつくらざるを得なかったが、弦楽四重奏曲では、思う存分、自分の考える作風に徹した。そんな、ショスタコーヴィチの心情を、エマーソン弦楽四重奏団は、余すところなく伝えている。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇カルミナ四重奏団のドビュッシー/ラヴェル:弦楽四重奏曲

2014-09-09 10:27:25 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

 

ドビュッシー:弦楽四重奏曲 第1楽章 活気をもって、きわめて決然と    
                   第2楽章 十分に生き生きと、リズミックに    
                   第3楽章 アンダンティーノ、穏やかで表情豊かに    
                   第4楽章 ごく中庸に   

ラヴェル:弦楽四重奏曲 第1楽章 アレグロ・モデラート。きわめて穏やかに    
                第2楽章 十分に生き生きと、非常にリズミックに    
                第3楽章 非常にゆるやかに    
                第4楽章 生き生きと激しく

弦楽四重奏:カルミナ四重奏団

          マティーアス・エンデルレ(ヴァイオリン)
          スザンヌ・フランク(ヴァイオリン)
          ウェンディ・チャンプニー(ヴィオラ)
          シュテファン・ゲルナー(チェロ)

CD:DENON COCO‐73173

 このCDで演奏しているカルミナ四重奏団は、スイスの弦楽四重奏団で、1984年に結成された。ヴィンタートゥーア音楽院で学んだスイス出身の3人のメンバーは、アメリカとフランスで研鑽している。残る一人はアメリカ出身で、インディアナ大学で学んだ後、スイスで研鑽した。このカルミナ四重奏団は、1987年、イタリアのレッジョ・エミリアで行われた「パオロ・ボルチアーニ国際弦楽四重奏団コンクール」で1位なしの2位に入賞を果たし、一躍その名を世界中に轟かせることとなった。この時5人の審査員はこの「1位なしの2位」という決定に抗議して声明を出したほど。以後、「シャーンドル・ヴェーグ」「アマデウス弦楽四重奏団」「ラサール弦楽四重奏団」等に師事したほか、ニコラウス・アーノンクールからは、古楽奏法を習得するなど、幅広い技法を習得。これにより、ハイドン、ベートーヴェン、ブラームス、シューベルト、ラヴェル、ベルクなど、そのレパートリーは幅広いものがある。

 1994年にはチューリッヒで、“カルミナ四重奏団と仲間たち”という室内楽シリーズを企画し、世界で活躍するカルテットを招いたほか、1996年~98年には、6つのカルテットとともに「ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会」をヨーロッパ9か国15都市で開催し、話題を集めた。そして現在のカルミナ四重奏団は、ヨーロッパ屈指のカルテットとしての名声を得るに至っている。録音活動も活発に展開し、これまで批評家からも高い評価を受けてきた。「英グラモフォン賞」「仏ディアパゾン・ドール」「仏ル・モンド・ドゥ・ラ・ミュジーク誌」のChoc(最高評価)、「ドイツ批評家賞」など数々の賞を獲得し、グラミー賞にもノミネートされたこともある。現在、スイス・ヴィンタートゥーアのチューリッヒ音楽大学を拠点として、世界各国で演奏活動を展開している。

 このCDは、有名なドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲を1枚に収めたもの。ドイツ・オーストリア系では定評のあるカルミナ四重奏団が、フランス音楽を代表する2曲の弦楽四重奏曲をどう弾きこなすか、興味深い録音ではある。ドビュッシーの弦楽四重奏曲は、1893年に完成した曲で、ちょうどその頃「牧神の午後への前奏曲」も作曲されており、いかにもドビュッシーらしい充実した作品が次々と生まれている時期に当たる。このドビュッシーの弦楽四重奏曲は、弦楽四重奏曲史上画期的作品となった。ドイツ・オーストリア系の弦楽四重奏曲は、あたかも交響曲のように厳格なソナタ形式をベースとしている曲がほとんどだが、ドビュッシーの弦楽四重奏曲は、そんなことを無視するがごとく、全体に茫洋とした雰囲気が覆ったような曲に仕上がっている。ドイツ・オーストリア系の弦楽四重奏曲を聴きなれた耳には、一瞬何事が始まったのか?という思いに陥るほど。しかし、じっくりと聴くと、その底には、人間が感じる微妙な感覚の揺らぎがあることが感じ取れる。ドイツ・オーストリア系の弦楽四重奏曲が取り込めなかった感性が、ここには息づいている。ここでのカルミナ四重奏団の演奏は、曲自体の輪郭をしっかりと押さえ、ドビュッシーらしい幽玄さの中に、一本の線が真っ直ぐに伸びているような、明快さを持ち合わした内容となっている。

 一方、ラヴェルの弦楽四重奏曲は、ドビュッシーの弦楽四重奏曲に遅れること10年後の1903年に完成している。フォーレに捧げられたことでも分かるように、実に優美で優しさに満ち満ちた弦楽四重奏曲に仕上がっている。ドビュッシーの弦楽四重奏曲がドイツ・オーストリア系の弦楽四重奏曲に挑戦状を叩きつけるがごとく革新性が込められているのに対し、ラヴェルの弦楽四重奏曲は、むしろ古典的な弦楽四重奏曲に回帰したかのように安定感のある曲となっている。しかし、そこにはやはり、ラヴェルの持つフランス音楽の神髄みたいな感性が盛り込まれ、ある意味ドビュッシーとは一線を引くが、人間の持つ微妙な感性がフルに発揮されている。ここでのカルミナ四重奏団は、ドビュッシーで見せた明快な演奏内容は姿を消し、むしろ幽玄な世界をそこはかとなく醸し出す演奏スタイルに終始する。このことが、見事に的中してと言ったらいいのであろうか、2曲の弦楽四重奏曲が、それぞれ異なった姿を浮かび上がらせているのだ。これは、カルミナ四重奏団の“演技力”が図抜けている証明となろう。そして、この2曲の演奏の白眉とも言えるのが、それぞれの第3楽章である。ここでのカルミナ四重奏団の演奏の質の高さには、誰もが納得する。(蔵 志津久) 

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◇クラシック音楽CD◇カルミナ四重奏団のシューベルト:弦楽四重奏曲「死と乙女」/「ロザムンデ」

2012-08-07 10:43:21 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
        :弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」

弦楽四重奏:カルミナ四重奏団
          ヴァイオリン:マティーアス・エンデルレ/ヴァイオリン:スザンヌ・フランク/
          ヴィオラ:ウェンディ・チャンプニー/チェロ:シュテファン・ゲルナー

CD:コロムビアミュージックエンタテインメント DENON COCO‐70970

 弦楽四重奏曲は、ハイドンやモーツァルトの作品について見ると、いかにも宮廷の音楽らしい雅な雰囲気に包まれたものが多く、リスナーもそれ以上のものはこれらの作品に求めることはない。また、シューマンやブラームスの弦楽四重奏曲は、ロマンの香りが発散されるような情緒纏綿とした趣に彩られ、リスナーはロマンの想い浸リきる。これらの弦楽四重奏曲とがらりと趣の違うのがベートーヴェンの弦楽四重奏曲である。個人の精神の奥深く宿る感情の思いの丈を精一杯吐露した独白のような曲が多く、そう気安く入り込めそうもない世界を形成している。これらに対してシューベルトの弦楽四重奏曲はというと、作曲された時代によりその性格が異なり、全15曲を通して聴いてみると、他の作曲家の弦楽四重奏曲の性格を全て内包しているようにも思えてくる。第11番までは、ハイドンやモーツァルトの作品のように典雅に、あくまでも親密な者同士が音楽を楽しむ雰囲気が強い。それが発展し、今回のCDである第13番「ロザムンデ」のように、ロマンの香りが濃い作品となり、さらに、第14番「死と乙女」のように、深遠で精神的なベートーヴェンの作品のような深みのある作品へと繋がっている。

 今回のシューベルトの弦楽四重奏曲を演奏しているのは、たびたび来日して日本のファンも多い、お馴染みのカルミナ四重奏団である。カルミナ四重奏団は、スイスのチューリッヒを拠点として1984年に創設された。結成早々、数々の国際コンクールで入賞を重ね、国際的演奏活動を展開し、これまで世界トップクラスの弦楽四重奏団として、その地位を確固たるものにしている。録音にも積極的に取り組み、これまでグラモフォン賞、ディアパソン誌賞、ドイツ・レコード大賞を受賞。また、グラミー賞にノミネートされるなど常に話題を集めてきた。古典的な弦楽四重奏曲に取り組む一方、シマノフスキの弦楽四重奏曲、さらにはシェーンベルクやベルクの弦楽四重奏曲に取り組むなど、意欲的な取り組みをしてきている。「世界のトップクラスの弦楽四重奏団の中で、カルミナ四重奏団が当代きっての大胆なアンサンブルであるのは間違いなく、常にユーモアと洗練が交錯した演奏を聴かせてくれる」(シュトゥットガルト・ナッハリヒテン・ニュース紙)と評価も高い。このCDでもその実力を十分に見せ付けている。従来我々リスナーが聴き慣れた美しい「死と乙女」や「ロザムンデ」を、このCDに期待すると肩透かしを食う。そこにあるのは大胆な発想に基づいてシューベルトの心情に迫る、カルミナ四重奏団ならではの息づかいがある。これまでに無い、新鮮で深みのあるシューベルトの弦楽四重奏曲を聴くことができるのだ。

 第14番「死と乙女」は、第13番「ロザムンデ」と同時期に着手されたが、何らかの事情で放置されていたという。「死と乙女」という標題は、1717年にシューベルトがマティアス・クラウディスの詩に作曲した歌曲「死と乙女」に由来する。つまり、シューベルトがそれまでの曲想とは異なり、「死」という問題に真正面から取り組んだ弦楽四重奏曲なのである。このため全4楽章が全て短調で書かれており、この意味ではベートーヴェンの四重奏曲に比較的近い性格の曲と言えるかもしれない。ただ、さすがシューベルトの曲らしく、ベートーヴェンの曲のように精神の奥へ奥へと入り込むようなことはなく、一部にロマン的雰囲気を残しながらの展開となる。第1楽章のカルミナ四重奏団の集中力は限りなく強く、それがリスナーの心を強く掴んで離さない。第2楽章の「死と乙女」の変奏曲の演奏でカルミナ四重奏団は、あくまで曲の内面に入り込み、深く深く追求して、その結果、シューベルトの死に対する恐怖のような感情を余す所なく表出することに成功している。第3楽章のロンド形式の曲は、メリハリの利いた演奏に終始する。第4楽章は、第2楽章の「死と乙女」の変奏曲を受けたような雰囲気を漂わす。カルミナ四重奏団は、「死」という重いテーマを充分に意識した演奏に徹している。全4楽章を通し、カルミナ四重奏団が「死と乙女」という曲を、原点に戻って再構築して演奏しているという印象を強く受ける。

 第13番「ロザムンデ」は、シューベルトがそれまでの古典的な手法をかなぐり捨て、シューベルト独自の思い切った手法によるロマンの香りたつ記念碑的弦楽四重奏曲だ。第2楽章に劇音楽「ロザムンデ」からのメロディーが取り入れられている所から名付けられた。ただ、ロマン的な曲には違いないのではあるが、どことなく悲哀を含んだ曲でもあり、次の第14番「死と乙女」を予言するような側面も持ち合わせている。シューベルトが弦楽四重奏曲において、独自の立場を切り開く、きっかけともなった曲であることを忘れてはなるまい。ここでのカルミナ四重奏団の演奏は、深みの点で他の四重奏団を一歩リードしている。第1楽章の哀愁を帯びたメロディーをカルミナ四重奏団は実に巧みに表現する。そのスケールの大きな表現力は、限りなく説得力がある。名演だ。第2楽章はお馴染みの「ロザムンデ」のメロディー。ここもカルミナ四重奏団の演奏は、単に表面的な演奏以上の深みがあり、新鮮な感覚が素晴らしい。第3楽章も、かつて作曲した曲が引用された楽章となっているが、そのスケールとロマンの香りに、リスナーは何時ともなく酔いしれる。カルミナ四重奏団の演奏は、それまでの演奏スタイルをがらりと変え、ここでは徹底的に歌う。第4楽章は、情緒たっぷりの活き活きとした楽章であり、何か生きる喜びを感じさせられる。カルミナ四重奏団の演奏は、ここでは実に溌剌としているのが印象的。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇イタリア弦楽四重奏団のハイドン:「ひばり」「セレナード」「五度」「皇帝」

2011-11-15 10:25:47 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

ハイドン:弦楽四重奏曲:「ひばり」(作品64の5)
                「セレナード」(作品3の5)
                「五度」(作品76の2)
                「皇帝」(作品76の3)

弦楽四重奏:イタリア弦楽四重奏団

CD:ユニバーサルミュージック(DECCA) UCCP‐7080

 ハイドン(1732年―1809年)の曲というと、我々にとってバッハやモーツァルトそれにベートーヴェンの曲に比べ、どうも一歩身を引いて聴く傾向が無きにしも非ずといったことは言えないだろうか。ところが、西洋音楽の歴史にとってハイドンの残した足跡は、我々が考えている以上に大きなものであることが、多くの曲を聴き進めると、じわじわと実感させられてくる。ベートーヴェンの交響曲に多大な影響を及ぼしたのが他ならぬハイドンの交響曲作品群であり、現在の弦楽四重奏曲の基礎を確立したのがハイドンが作曲した80曲余り(実際は68曲で他の作曲者の作品が含まれていると言われる)の弦楽四重奏曲なのである。つまりハイドンは、「交響曲の父」であると同時に「弦楽四重奏曲の父」でもあるのである。モーツァルトはハイドンが作曲した6曲からなる「ロシア四重奏曲」に大いなる感銘を受け、「ハイドンセット」と呼ばれている6曲の弦楽四重奏曲をハイドンに献呈しているほどである。要するにハイドンの「ロシア四重奏曲」や「エルデーディ四重奏曲」は、現代的な弦楽四重奏曲の礎となった作品であり、ベートーヴェンをはじめ、その後の多くの作曲家に多大な影響を与えている。今回のCDは、そんなハイドンが最晩年に作曲した3曲(その後の研究で「セレナード」はハイドンの作曲ではないことが判明している)の親しみ易い弦楽四重奏曲が1枚に収まっている魅力的1枚。

 ハイドンは、ウィーンで亡くなっているが、それはナポレオン軍のウィーンへの砲撃が行われている最中である。丁度そのときにベートーヴェンもウィーンにおり、ハイドンの死を看取ったかもしれない。同じウィーン市内に居たわけで、ハイドンとベートーヴェンの関係はかなり深いものであったことが推察される。その時ハイドンとベートーヴェンは互いにどんな話をしていたのであろうか。ハイドンの直接の死因は、ナポレオン軍の砲撃によるものではないようではあるが、戦時下で亡くなっていることだけは確かだ。ベートーヴェンはこの時までは、ナポレオンに対する期待は大きかったようであるので、ナポレオン軍の砲撃をベートーヴェンがどのような感情で受け止めていたか興味深い。いずれにせよハイドンに死によってクラシック音楽の歴史に一つの区切りが付けられたのは確かだ。そのハイドンが最晩年に取り組んだのが「ひばり」「五度」「皇帝」というニックネームが付けられた弦楽四重奏曲であったことを見ると、ハイドンの弦楽四重奏曲にかけた執念が並々ならぬものであったことが推察される。ベートーヴェンも最晩年まで弦楽四重奏曲作曲し続けた。ベートーヴェンが晩年になって到達した心情の吐露を弦楽四重奏曲という形式で表現したのに対し、ハイドンは若者のように、弦楽四重奏曲の完成に向けて最後の力を振り絞ったことが聴いて取れる。特に「五度」の内容の濃さには圧倒される。

 「ひばり」は、作品64の6曲からなる弦楽四重奏曲の最初の1曲に当る作品。「ひばり」というニックネームは、第1楽章の第1主題から名付けられたもの。何と軽快な主題なのであろうか。晴れ晴れとした広大な畠で無心に鳴くひばりの声そのもである。その愛らしいメロディーにただ聴き惚れてしまう。第2楽章のメロディーも第1楽章に劣らず、自然の香りが立ち込め、ゆったりとした雰囲気に安堵の感情に包まれる。第3楽章は、がらりと雰囲気が変わり、生き生きと陽気な感情が一面に漂い、四重奏曲の面白さがたっぷりと味わえる。第4楽章は、テンポがさらに速くなり4人の奏者の掛け合いを聴いているだけでも楽しくなってくるような曲だ。「セレナード」は、最初はハイドンの作と考えられていたが、その後の研究の結果、今ではハイドンの作ではなく、ハイドンを尊敬していたオーストリアの僧侶ロマン・ホフシュテッター(1748年―1815年)の作であることが判明している。しかし、この“贋作”である作品は大変よく書かれていて、ハイドンの作と言われても疑いが起きないほど立派な四重奏曲である。特に「セレナーデ」の名の元となった第2楽章は、何回聴いても聴き飽きないメローディーが何とも美しく、印象的だ。

 「五度」は、大作オラトリオ「天地創造」に着手した1797年に書かれた四重奏曲で、献呈者の名をとった6曲からなる「エルデーディ四重奏曲」の第2曲目に当る曲。「五度」というニックネームは、第1楽章の第1主題の冒頭に5度で下降する動機が現れ、それが全楽章を通して用いられているためという。第1楽章は、実に堂々とした曲づくりが強く印象付けられる。何かベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲を思い浮かべてしまう。第2楽章は、如何にもハイドンらしい明るく、機知に富んだ曲であり、耳に心地良い。第3楽章は、第1楽章が再来したような、がっしりとした構成の曲で、四重奏曲の醍醐味を充分に味わうことができる。第4楽章は、テンポの早い曲であるが、軽快というよりは深みのある曲想が聴くものに伝わってくる。「皇帝」は、「エルデーディ四重奏曲」の中の1曲で、第2楽章の変奏曲の主題に、ハイドンが1797年に神聖ローマ皇帝フランツ2世に捧げた「神よ、皇帝フランツを守り給え」(皇帝賛歌)が用いられていることからこの名が付けられた(現在はドイツ国歌となっている)。第1楽章は、伸びやかな中に、一方では深い四重奏曲の充実感が漂う名品。第2楽章は、「皇帝賛歌」の変奏曲が大変厳かに繰り広げられ、誠に印象的な楽章を形成している。第3楽章は、ここでもハイドンらしい明るい軽快な曲づくりをたっぷりと味わうことができる。第4楽章は、晩年のハイドンが到達した音楽的境地が、そのまま曲に反映されているかのような充実感に満ちている。演奏しているイタリア弦楽四重奏団は、1945年から1980年にかけて活躍したした弦楽四重奏団。その明るく、透明感ある明快なアンサンブルは、多くのファンを魅了した。このCDでは、その持つ魅力をたっぷりと味わうことができる(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇バリリ弦楽四重奏団のラズモフスキー四重奏曲第1~3番

2011-03-04 11:26:49 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番(ラズモフスキー四重奏曲第1番)
         弦楽四重奏曲第8番(ラズモフスキー四重奏曲第2番)
         弦楽四重奏曲第9番(ラズモフスキー四重奏曲第3番)

弦楽四重奏:バリリ弦楽四重奏団
             (第1ヴァイオリン:ワルター・バリリ/第2ヴァイオリン:
              オットー・シュトラッサー/ヴィオラ:エルンスト・モラヴ
              ェッツ~ルドルフ・シュトレング/チェロ:リヒャルト・ク
              ロチャク~エマヌエル・ブラベッツ)

CD:ウエストミンスター WPCC 4104~5

 ベートーヴェン(1770年―1827年)は、生涯に17曲の弦楽四重奏曲(大フーガOp.133を含む)を作曲している。これらの曲は、ベートーヴェンが作曲した交響曲や協奏曲それにピアノソナタなどとは、いささか趣の異なる作品群であると言ってもいいのではないかと思っている。9つの交響曲は、いずれも目は外の世界に向かい、その多くは聴くものに勇気を奮い起こさせるようなエネルギーを発散させる。ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲の多くも、交響曲に大方似かよったところがあり、エネルギーのベクトルは外へ、外へと向かっている。ピアノソナタも後期に入ると内省的な曲へと変貌するが、それでも最後はエネルギーは外へと爆発する。これは、ベートーヴェン自身、一芸術家であると同時に、政治をはじめとする外の世界への関心が非常に強く、その結果として曲の内容が単に芸術至上主義の立場に埋没することなく、世界平和や人類の将来についての思いがいつも付いて回っていた自然の帰結だったのであろう。

 それに対し、弦楽四重奏曲の性格は、そのほかの曲とは大きく異なる性格を帯びている。エネルギーは常に内へ内へと向かう。例えば、シューベルトやシューマンの弦楽四重奏曲を聴くと、その根底には歌曲みたいな部分があって、内へ向かうエネルギーが時折外へも発散する。これに対して、ベートーヴェンの弦楽四重奏は、自己の内面へ徹底的に拘り続け、聴いても聴いても一向にに心が晴れることはない。あたかも自己の内面と決闘しているようにも聴こえる。また、自分自身と徹底的に向き合うことによって何かの解答を得ようとベートーヴェンがもがいているようにも感じられるのだ。そこには、ハイドンやモーツァルトの弦楽四重奏曲にみられる、仲間内での音楽の楽しみといった雰囲気は微塵も感じられない。ここにおいて現在の弦楽四重奏曲の基盤をベートーヴェンが創作したと言っていいだろう。そして、この傾向がはっきりと作品に反映され始めたのが、古今の弦楽四重奏曲の大傑作で、今回のCDである弦楽四重奏曲第7番(ラズモフスキー四重奏曲第1番)、第8番(同第2番)、第9番(同第3番)なのである。ラズモフスキー伯爵の下には当時の優れた四重奏団が集まっていたようで、そんな関係もあってベートーヴェンは、この3曲の弦楽四重奏曲をラズモフスキー伯爵へ献呈したようだ。ベートーヴェンといえども、優れた弦楽四重奏団の存在があってはじめて、創作意欲も掻き立てられたのであろう。

 ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、次の4つの時期に集中して書かれた。第1期(1798年―1800年)Op.18の6曲、第2期(1805年―1860年)Op.59の3曲、第3期(1809年―1810年)Op.74、95、第4期(1824年―1826年)Op.127、130~133、135。面白いことにベートーヴェンは、交響曲作曲し始めた時を同じくして、弦楽四重奏曲の作曲をスタートさせている。これは何を意味すのか。多分、性格の全く違うジャンルの作品にチャレンジして、ある意味で自己の内面でのバランスをとろうとしたのかもしれない。1800年に最初の6曲の弦楽四重奏曲を作曲した後、ベートーヴェンは5年間このジャンルから遠ざかる。その間、ピアノソナタは順調に筆を進めている。やはり、ベートーヴェンといえども弦楽四重奏曲を全く新しい観点から構築し直すということは、並大抵なことではなかったのだろと推察される。そして、1802年(32歳)の時に有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書く。同時期に著作権問題でベートーヴェンは大立ち回りをしているのを見ても分る通り、遺書といっても通常の遺書とは意味が違う。逆の意味で人生に対する闘争宣言でもあるのだ。

 3曲のラズモフスキー四重奏曲が書かれた1805年~1806年の前後に、何が書かれたかというと、交響曲第3番「英雄」、それにピアノソナタ「ワルドシュタイン」やピアノ協奏曲第3番などの傑作が続々と送り出されていた。つまり、3曲のラズモフスキー四重奏曲はベートーヴェンの創作意欲が最大限に発揮された時に作曲されただけに、3曲とも弦楽四重奏曲の最高峰を極めた充実した内容となっている。それを演奏しているのがバリリ弦楽四重奏団である。演奏は重厚な内容となっており、ベートーヴェンの内面の真実に光を当てることができるのは、現在でもバリリ弦楽四重奏団しかない、と断言できるほどの名演を聴かせる。当時、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団と人気を二分していたが、演奏内容の深みでは、バリリ弦楽四重奏団の方が一枚上手であったと私は思う。バリリ弦楽四重奏団のような深みがあり、包容力のある響きを出せる弦楽四重奏団は今もって現れていない。残念ながら1950年代末に解散してしまった。それだけに、当時の演奏が聴けるこのCDは、貴重この上ない録音なのだ。(蔵 志津久)

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◇クラシック音楽CD◇ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団のシューベルト:弦楽四重奏曲第11、15番

2011-02-18 11:25:11 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

シューベルト:弦楽四重奏曲第11番
        弦楽四重奏曲第15番
        

弦楽四重奏:ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団

CD:MCA Records, Inc. 32XK-9

 シューベルトは、生涯で弦楽四重奏曲を何曲作曲したかというと、どうも25曲らしい。しかし、現在では通常15曲をもってシューベルト弦楽四重奏曲全集としている。シューベルトの弦楽四重奏曲で有名なのは、第12番「四重奏断章」、第13番「ロザムンデ」、第14番「死と乙女」など後期に集中している。シューベルトの弦楽四重奏曲を聴く時、どうしても避けて通れないのがベートーヴェンの弦楽四重奏曲であろう。特にシューベルトの弦楽四重奏曲第15番は、どことなくベートーヴェンの弦楽四重奏曲を感じさせるような内容となっているからなおさらだ。ベートーヴェンは弦楽四重奏曲を全く新しいジャンルとして作曲した。ピアノソナタや交響曲が外に向かったベートーヴェンのメッセージだとすると、弦楽四重奏曲は内に向かった心情の吐露が主題となっている。つまり、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、哲学的であり、リスナーがよほど集中して聞かない限り、その曲に込められた心情を解き明かすことは不可能だ。

 これに対してシューベルトの弦楽四重奏曲は、あくまで親しいもの同士の打ち解けた合奏を愉しむ曲としての位置づけが濃い。第13番「ロザムンデ」、第14番「死と乙女」などシューベルトの有名な弦楽四重奏曲の多くは、何か物語があり、その物語を4人の奏者が互いの演奏の呼吸を合わせるかのように曲を演奏していく。つまり、ベートーヴェンとシューベルトでは、弦楽四重奏曲の捉え方が大きく違っている。しかし、シューベルトの最後の弦楽四重奏曲第15番だけは、この両者の差は大きく近づく。これは、シューベルトがベートーヴェンの弦楽四重奏曲から強く影響を受けたためだと思われる。内容は、大変緻密に書かれた作品で、30分を超える曲にもかかわらず、全く飽きることなく全曲を集中して聴くことができる。これはベートーヴェンの影響を受けたとはいえ、根本にシューベルト特有の歌ごころがあるからなのであろう。聴き終わったあとは、何か爽快だ。このへんもベートーヴェンの弦楽四重奏曲とは異なる。シューベルトの弦楽四重奏曲の延長線上には、交響曲などの大曲があり、根本にあるのは、外に開かれた室内楽曲なのだ。

 今回のCDは、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団による「シューベルト:弦楽四重奏曲全集」の第6集で第11番と第15番が収められている。録音データを見ると1950年頃(ウィーン)とある。ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団は、ウィーン交響楽団のコンサートマスターの一人、アントン・カンパーを中心として結成された弦楽四重奏団で、ウェストミンスター・レーベルにシューベルト:弦楽四重奏曲全集をはじめとして、数々の名盤を残したことで知られる。1934年3月にウィーンの聴衆の前で初めての演奏会を行い、大絶賛で迎えられた。これは、それまで弦楽四重奏団は臨時編成がほとんどであり、聴衆が常設の弦楽四重奏団の出現を望んでいたこともあったようだ。1937年からウィーン・コンツェルトハウス四重奏団と名乗ることになる。もともと創立時のメンバーは、ウィーン交響楽団の出身者だったわけであるが、その後、メンバーがウィーンフィルに引き抜かれたこともあって、名声が決定的となったという。第2次世界大戦の後は、世界各国に演奏旅行を行い、その名を世界に広めた。1953年―1954年のシーズンには、ウィーンコンツェルトハウス協会から名誉会員の称号が与えられている。さらに、オーストリア文部省からメンバーにプロフェッサー(教授)の称号も加えられたという。1967年にカンパーの現役引退を機に解散した。

 この伝説の弦楽四重奏団であるウィーン・コンツェルトハウス四重奏団が残したシューベルト弦楽四重奏曲全集から弦楽四重奏曲第11番と弦楽四重奏曲第15番の2曲をおさめたのが今回のCD。音質は1950年頃録音とある割にはクリアーに聴こえ、モノラル録音ながら現役盤といっても通用しそうである。ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の演奏の特徴は、何といってもその艶やかな音質にあるといえる。何とも優美な音色なのであろうか。そして、明快な語り口が聴いていて爽やか極まりない。さらに歌ごころに満ちているいるところがいい。弦楽四重奏団によっては、演奏技巧は申し分ないが何かぎすぎすしすぎか、逆に軽く流して心に残らない演奏を行うケースも少なくない。その点、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団はいい意味で中庸を得ている。私は、弦楽四重奏団というといまだにバリリ四重奏団とこのウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の呪縛から解き放されないでいるほどだ。このCDでウィーン・コンツェルトハウス四重奏団は、第11番の明るく清々しい曲想を巧みに演出して、リスナーを引き付ける。また、第15番ではシューベルト最後の弦楽四重奏曲らしく、厳粛に時には重々しく演奏するウィーン・コンツェルトハウス四重奏団が、決して飽きさせることはないところはさすがだと思う。
(蔵 志津久) 

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◇クラシック音楽◇ロータス・カルテットのシューマン:弦楽四重奏曲全曲(第1番~第3番)

2011-01-20 13:37:09 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

シューマン:弦楽四重奏曲全曲(第1番~第3番)

弦楽四重奏:ロータス・カルテット(第1ヴァイオリン:小林幸子/第2ヴァイオリン:藤村 彩/     
                     ヴィオラ:山碕智子/チェロ:斎藤千尋)

CD:LIVE NOTES WWCC‐7524

 弦楽四重奏曲は、いわばクラシック音楽の奥座敷に当る場所に置かれた作品群という感じがする。あまり表には出ない(出たがらない?)方が幸せであるし、華やかすぎる場所ではどうも居心地が悪いのである。32曲のピアノソナタを作曲したベートーヴェンは、12曲の弦楽四重奏曲を書き残しているが、この対比がまた際立っている。ピアノソナタは、ベートーヴェンの激しい自己主張に貫かれ、外に向かって何事かを訴えているような曲が多いのに対して、弦楽四重奏曲の方はというと、ベートーヴェンの内省の吐露とでも言ったらよいような、自己の内面と対話しているような、内に向かって書かれた曲が多い。そんな性格を持つ弦楽四重奏曲であるが、そのリスナーはというと、私が見る限りクラシック音楽が一番好きな人達ではないかと思う。クラシック音楽に、単に表面的な華やかしさを追い求めるのではなく、高い精神を追い求めるような傾向がある人達なのである。だから弦楽四重奏団のレベルが、その国のクラシック音楽のレベルを現しているといってもいいのかもしれないほどだ。

 わが国には、以前から弦楽四重奏の演奏に取り組んでいる演奏グループが数多く存在し、現在も地道な演奏活動を行っている。これらの演奏会に行くと、オーケストラのコンサートとは何処か違う雰囲気に包まれているのだ。クラシック音楽を人生の伴侶と考えているような人達の集まりかのような、あたたかくもまた緊張した雰囲気に包まれる。そんな日本の弦楽四重奏団の中で、1992年に結成された大阪のロータス・カルテットの存在は、大いに注目すべきものがある。創立当初は4人とも女性(現在は第2ヴァイオリンが元シュトゥットガルト弦楽四重奏団の第1ヴァイオリン奏者マティアス・ノインドルフに交代している)で、時々メンバーが集まり演奏するのではなく、当初から常設の弦楽四重奏団を目指したというから半端ではない。1993年に大阪国際室内楽コンクール弦楽四重奏部門で第3位に入賞した後、全員でドイツに渡り、シュトゥットガルト音楽芸術大学に入学。そしてメロス弦楽四重奏団に師事したというから、もうこれは踏ん切りがいいというか、凄い決断力だと感心させられる。

 まあ、ここまでならそんなに騒ぐことでもないかもしれないが、ここからが凄い。メロス弦楽四重奏団のほかに、アマデウス弦楽四重奏団やラ・サール弦楽四重奏団にも薫陶を受け、次第に実力を付けたロータス・カルテットは、1997年、ロンドン国際弦楽四重奏コンクールでメニューイン特別賞、パオロ・ボルチアーニ国際弦楽四重奏コンクールで第3位特別賞、BDI音楽コンクール弦楽四重奏部門で第1位と国際コンクールでの受賞を重ねるのだ。そして、現在ではメロス弦楽四重奏団なき後、ドイツにおいて、その穴を埋めるまでの存在に成長を遂げているという。このように国際的に活躍している日本の弦楽四重奏団は、ほかに有名な東京カルテットが存在するだけだ。最近は、国際コンクールで優勝する日本の若い演奏家がマスコミなどで大きく取り上げられているが、ロータス・カルテットは、それらに劣らずの活躍とみていいだろう。ただ、最初に書いた通り、弦楽四重奏団は、クラシック音楽界の中でも地味な存在であることが、あまりマスコミに取り上げられない理由ということになろうか。

 今回は、そんなロータス・カルテットが2003年1月に横浜で録音したCDを取り上げたい。メンバーは設立時のメンバーとなっている。曲はシューマンの弦楽四重奏曲全曲(第1番~第3番)である。シューマンの弦楽四重奏曲は、多分にベートーヴェンの弦楽四重奏曲に影響を受けているといわれるが、実際聴いてみればそう内省的にならず、シューマン独特のロマンの香りも随所に顔を出し、何回も聴くうちにその良さが分ってくるような性格の曲である。もし、演奏団体名を知らずに、第1番の出だしの部分を聴いたとしたら、「これはヨーロッパの弦楽四重奏団に違いない」と感じるはずだ。それほど弦の響きが豊かで奥行きが限りなく深い。東欧の弦の響きに近いものを持っている。それにしてもその演奏スタイルは、演奏技術を見せびらかすというところから一番遠い所にあるといっていい。これは心からの共感をもってシューマンの世界を表現しているとしか言いようがないほどの秀演である。第1番のしみじみとした豊かな世界、第2番の軽やかな足取りを連想させる世界、そして、第3番のベートーヴェンの弦楽四重奏を思い出させるような堂々とした世界―ロータス・カルテットは、ものの見事それぞれの持つ世界を描き切っている。今こんな素晴らしい弦楽四重奏団を我々が持っていること自体を誇りに思う。3曲を聴き終わった後、無性に嬉しくなってしまった。(蔵 志津久)

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