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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇バーバラ・ヘンドリックスのドビュッシー:歌曲集「忘れられたアリエッタ」 他

2011-04-22 11:26:19 | 歌曲(女声)

ドビュッシー:歌曲集「忘れられたアリエッタ」
        歌曲集「艶なる宴~第1集~」
        歌曲集「シャルル・ボードレールの5篇の詩」

ソプラノ:バーバラ・ヘンドリックス

ピアノ:ミッシェル・ベロフ

CD:東芝EMI CC33‐3449

 ドイツリートに比べフランスの歌曲は、我々にとって馴染み深いとは言いがたい。これは、日本のクラシック音楽界が、これまでドイツ・オーストリア系の音楽を範としてきたことと無縁ではなかろう。シューベルトやシューマンの歌曲に愛着を持っている日本のリスナーのどの位が、フランス歌曲を聴き馴染んでいるのだろうか。私にとっても、フランス歌曲は身近なものにはなっていない。そこで今回は、フランス歌曲に挑戦してみることにした。それには、ドビュッシーの歌曲がいい。ドビュッシーの曲は、管弦楽などでは、幻想的な雰囲気が横溢しており、我々日本人にとっても相性がいいからだ。曲目は、ドビュッシーの初期の歌曲の傑作と言われるポール・ヴェルレーヌの詩によった「忘れられたアリエッタ」と「シャルル・ボードレールの5篇の詩」、それにヴェルレーヌ詩の「艶なる宴」~第1集~の3曲。ソプラノは我々にも馴染み深バーバラ・ヘンドリックス(2011年6月来日予定)と、ピアノ伴奏は、これも我々に御馴染みのミッシェル・ベロフ。録音は、1985年5月と6月にパリで行われている。2人とも当時の若々しくも瑞々しい演奏を聴かせてくれるはずだ。

 バーバラ・ヘンドリックス(1948年生まれ)は、米国出身のソプラノで、その透明感ある歌声は真珠にも例えられるほど美しい。このCDでは37歳と、若々しくも脂の乗り切ったソプラノの見事な歌唱を披露している。1972年に開催されたパリ国際声楽コンクールで優勝した後、1974年にサンフランシスコでオペラ歌手としてデヴューを果たす。さらに、ザルツブルク音楽祭、グラインドボーン音楽祭などの出演し、米国で著名なオーケストラとの共演やリサイタルを行い、ウィーン国立歌劇場などヨーロッパへも進出し絶賛を得る。黒人のソプラノという珍しい存在を超えて、その軽妙で澄んだ歌声は、多くのリスナーの支持を得るに至った。さらにジャズや黒人霊歌の方面でも著名という、クラシック音楽の歌手としては珍しい存在でもある。1994年にはモントルー・ジャズ・フェスティバルにデビューしたのを皮切りに、世界各地の主要なジャズ・フェスティバルに参加しているという。20歳でネブラスカ大学で数学ならびに化学を学んだというから、最初は音楽家志望ではなかったのかもしれない。その後ニューヨークのジュリアード音楽学校に入学している。1998年には、「平和と和解のためのバーバラ・ヘンドリックス基金」を設立し、平和運動にも熱心であり、単なるソプラノ歌手としての活動を上回る仕事にも取り組んでいることが、長い歌手生命の源泉力となっているのかもしれない。

 ところで、このCDに収められた3曲の歌曲の歌詞はどのような内容であるか、ライナーノーツからほんのちょっとだけ紹介してみたい(窪田般彌訳)。ポール・ベルレーヌ詩「忘れられたアリエッタ」・・・「やるせなく夢見る思い、ぐったりと恋の疲れ、そよ風の抱擁に おののきふるえる森のすべて、そしてまた、灰色の梢のかげの ささやかな声の合唱」・・・。ポール・ベルレーヌ詩「艶なる宴~第1集~」・・・「高い梢につつまれた 薄明かりのなかで静かに、この深い沈黙をとっぷりと 二人の恋に滲みこませましょう。 二人の魂と心、陶酔した われらの感覚を溶けこまそう、松の木や山桃の 漠としたもの憂さのなかに。」・・・。「シャルル・ボードレールの5篇の詩」・・・「数ある思い出の母、恋人のなかの恋人よ、 おお、お前よ、わが喜びのすべて! 思い出しておくれ、愛撫の素晴らしさを、 暖炉の心地よさと、夕暮れの美しさを、 数ある思い出の母、恋人の中の恋人よ!」・・・。これらの詩を読むと、ドビュッシーがどうして、このような歌曲を作曲したのかが、ほんの少しばかり分るような気もする。要するに、これらの詩は、日本の万葉集のように、大らかな自然を背景に愛を詠った詩であり、そこには論理を越えた、より深い情緒を込めた音楽を必要としたのではないだろうか。

 このCDで3曲を聴いてみると、なるほど、ドイツ・オーストリア系音楽とは一線を画した、情緒を目いっぱい前面に押し出した、甘美な世界を歌曲で表現したことが聴いて取れる。ドイツ・オーストリア系音楽音楽にあまりに浸りきった耳には、最初は違和感を感ずるが、2回、3回と聴いていくうちに、その違和感がだんだんと薄れ、優美な夢の中に彷徨い込んだような雰囲気に、心地よい思いが自然と湧いてくる。むしろ、ドヴュッシーの歌曲の世界は、日本の古来からある邦楽にも似て、論理性を越えたところにある、ある一種の美的感覚に行き着くようでもある。今回、このドビュッシーの歌曲集を聴いてみて、我々日本人がクラシック音楽に取り組み、さらに日本独自の発展を図る際に非常に重要となるヒントが隠されているようにも思う。武満徹は、このことにいち早く気づき、独自の世界を切り開き、そして世界で認められる作品を次々と生み出していった。そんなことをこのCDを聴きながら思った。バーバラ・ヘンドリックスの美声と、ミッシェル・ベロフの詩的なピアノ伴奏が何と絶妙な調和を見せていることか。時間に余裕がある休日の昼間などに、一度フランス歌曲を心ゆくまで楽しんではいかがですか・・・。きっとこれまで聴いたことのないような、新しい世界が広がって来るでしょう。(蔵 志津久)


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