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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽◇世界的名プリマドンナ・松本美和子・日本の名曲を歌う

2008-10-28 14:39:53 | 歌曲(女声)

野薔薇/城ヶ島の雨~松本美和子・日本の名歌を歌う

ソプラノ:松本美和子

ピアノ:椎野伸一

CD:ビクターエンタテインメント VICC-176

 あるコンサート会場で、手渡されたたくさんのチラシを見ていたら「美しい日本のうた~歌でつづる秋の調べ~」(ソプラノ 松本美和子)という1枚に目が引き付けられた。松本美和子という名前が随分懐かしかったのと、“日本のうた”というところが面白い組み合わせだなと感じたからである(そのときは不覚にも、松本美和子が既に2枚の日本のうたのCDをリリースしていたことを私は知らなかったのである)。わが国を代表する国際的な名プリマドンナで、ローマに在住し、06年には紫綬褒章も受章した松本美和子は、私の頭にはオペラ歌手という文字が焼きついており、そのときは「なんで松本美和子が日本の歌?」という疑問が沸き起こったのだ。とりあえず聴いてみようということで府中の森芸術劇場ウィーンホールに出かけることにした。この劇場の大ホールは高橋真梨子のコンサートで数回行ったことはあるが、ウィーンホールは初めて経験。結論からいうと音の響きが素晴らしく良く聴こえるホールだなと感じた。指揮者・音楽評論家の宇野功芳氏はある雑誌の中で、このウィーンホールを日本の音楽ホールの中で第1位に挙げている(ちなみに第2位は埼玉県の川口総合文化センター・リリア音楽ホール、第3位は大阪のいずみホール)。同氏は「ここは舞台の上の響きが良い。素晴らしいです。客席も後方まで残響がしっかり響きますね」と書いている。

 久邇之宜のピアノ伴奏で松本美和子の“美しい日本のうた”コンサートが開始された。曲目は誰でも知っている「赤とんぼ」「かやの木山の」「里の秋」からスタートして、会場は通常のクラシック音楽では味わえない親しみに満ちた空気が流れっていった。普通、クラシック音楽の歌手が日本の歌を歌うと、何か淡々として、学校の音楽教室で聴いているような雰囲気になってしまうか、バタ臭い日本の歌が出来上がってしまうことが多い。ところが松本美和子は違う。一曲一曲をゆっくりと丁寧に、その曲の持つ生命力みたいなものを引き出して、それを聴衆に話しかけるように歌う。多分、松本美和子はイタリア語は堪能であろうが、彼女の日本語はまことに美しく、そしてはっきりと、いささかの曖昧さもみられない。実は日本の歌は、曲と同じレベルで日本語が美しく歌われるかが求められる。さすが世界のプリマドンナ・松本美和子は、日本人の歌手の中でもっとも美しく日本語を表現できる歌手といえる。

 声の質は世界で折り紙が付けられただけあって美しく、高音になればなる程音量が増し、さすがオペラ歌手だなと聴くものは感動をうける。それでいて、我々が昔から知っている曲の懐かしさが少しも失われていないから堪らない。彼女の歌に引き寄せられた会場の雰囲気は、前半の最後の曲の有名な、私の大好きな曲「落葉松」(野上彰作詞、小林秀雄作曲)で最高潮に達した。この曲はCDにも収録されているが、この日の松本美和子の心を込めた、ドラマチックな表現はその場にいなければ味わえない程の高みに達していた。盤鬼・西条卓夫氏ではないが「生きていてよかった」とさえ感じた。

 松本美和子の歌う日本の歌のCDは、一枚は1978年に録音された①この道 /浜辺の歌~松本美和子 日本の名歌を歌う(荒城の月/この道/中国地方の子守唄/浜辺の歌/早春賦/雪の降る町を/夏の思い出/花のまちなど22曲)。もう一枚は1994年に録音された②野薔薇/城ヶ島の雨~松本美和子 日本の名歌を歌う(からたちの花/城ヶ島の雨/落葉松(からまつ)/時計台の鐘/水色のワルツ/野薔薇/砂山/砂山など20曲)―である。これらは日本の叙情歌集として何人もの歌手により1枚のCDに収録されたものが多いが、松本美和子は一人で42曲を歌い分けているところにも大きな存在価値がある。複数の歌手によるものは、それはそれで面白いのだが、一人の歌手により日本の抒情歌を聴くと、そこに一つのメッセージが生まれる。それは昔の日本人は自然に対する豊かな感情を、おおらかな、そして控えめながら限りなく愛情に満ちた表現を一曲一曲に込め、作詞、作曲してきたことが手にとるように分かる。

 昔の日本は貧しかったが、心は豊かであったからこそこれらの名曲が生まれたのだと思う。今の日本は生活は豊かになったが、心は貧しくなってしまった。これらのCDで松本美和子は、実演と同じように美しい日本語で、艶やかな音質の声で、一曲一曲を丁寧にゆっくりと歌いこんでいる。これらの曲に松本美和子は生命力を吹きかけ、聴くものに新鮮な感情を呼び覚ます。生まれてこの方もう何回聴いたか分からない曲が、生き生きと聴こえてくるのだ。(蔵 志津久)


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1 コメント

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ウィーン・ホールって大ホールと違うのですか (trefoglinefan)
2008-10-29 00:37:18
私が東京のホール初体験が、たまたま府中の森芸術劇場で、日本フィルの演奏会があった時でした。なかなか良いホールだと思っていたのですが、ウィーン・ホールはまた別のようですね。
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