シューベルト歌曲集
夜と夢/ガニメート/ます/糸を紡ぐグレートヒェン/シルヴィアに/他
ソプラノ:バーバラ・ヘンドリックス
ピアノ:ラドゥ・ルプー
CD:東芝EMI CE33‐5083
シューベルトのリートほど人の心を引き付ける音楽はあまりない。シューベルトとベートーベン、この二人は音楽そのものに加え、それ以前のクラシック音楽が神や王といった権威者のための音楽だったものを、一人の人間としての感情や生き方、そして主張や正義といった、今の我々が当たり前に感じる感情を音楽に吹き込むことをやってのけた天才だ。以後現在に至るまでベートーベンとシューベルトを超えるほどの精神を持った作曲家は出現していない。二人の時代がクラシック音楽のピークであり、現在まで徐々に下り坂の道を辿っている。この辺でクラシック音楽界にベートーベンやシューベルトに匹敵する新しい天才が登場するのか、あるいはこのまま、我々は大昔の曲を最高のものとして聴き続けるのか、いずれなのであろうか。
いずれにしてもシューベルトのリートは、人間が人間として生きる上でどうしてもぶち当たる感情や意思といったものを、巧みに表現している。これらの歌をヘンドリックスは実に美しく、生き生きと歌い挙げる。声の奇麗なソプラノは沢山いるし、これからも出てこよう。ヘンドリックスの声は単に美しいだけではなく、生き生きと感情を込めて歌い挙げるところに大きな魅力が秘められている。有名な「ます」などを聴くと、聴くだけで何かうきうきしてきてしまう。
シューベルトのリートの中でも「夜と夢」は、歌手のレベルを推し量る試金石ともいえる曲だが、ヘンドリックスは実にうまく歌いこなしており、感心する。ライナーノートで佐川吉男氏は次のように書いている。「何とみごとに抑制された平均して美しい弱音で、魅力と緊張を持続していくことか!これには脱帽した。アメリングだって脱帽しないわけにはいくまい」と。ピアノ伴奏は例のラドゥ・ルプーだが、これがまたうまく伴奏して、ヘンドリックスの歌声を最大限にサポートすると同時にシューベルトのリートのピアノパートの素晴らしさも味合わせてもらえる。(蔵 志津久)