御託専科

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藤堂志津子「秋の猫」ほか短編

2009-12-23 17:51:51 | 書評
小谷野氏が結構絶賛していたので買ってみた。といっても氏が直接言及していた長編ではなく短編集。藤堂さんの本は意外に店頭に並んでいない。不人気?
ともあれ、この短編集はすべて30台以降の女性を主人公とし、またすべてがペットがらみ、そして男がらみである。

表題作は柴田錬三郎賞をもらったというがそれほどのものか? いや悪くはない。まあだらしない男を見放して結婚をあきらめた30台の女性が飼い猫との生活に充実を見出す、という話。強がりでなくもともとの理想をあきらめて別の幸せな境地に達する、というのはまあ普遍的なことなんだろうな。それがまあたくましい女性の観点から描かれている。
「幸運の犬」は、だんなと犬の「親権」を争い、だまくらかして犬を連れて逃亡する話。慰謝料を5千万円と吹っかけてもぎ取るとかだまくらかしかた、逃亡先の設定の仕方などなかなかリアルでいいね。
「ドルフィン・ハウス」はさえないアパートの管理人に接近して結婚をもくろむ女の話。愛情というより打算づくで「この辺で手を打つか」と露骨に考えている。まあそれもありかなあ。
「病む犬」と「公園まで」もそういう打算とか生活臭が結構強くというかあっけらかんと漂っているのだが、どちらもいい形で男と結ばれ最後には深い感情的な交流を果たしている分、より救いがあるかなあ。

「病む犬」でちょっと感動的な記述。
「・・・思惑とおりに私は津山と結婚した。津山はいい人だけれど、私は相変わらず彼を愛しているというほどではなかった。しかし結婚にはそうした、あいまいな甘ったるさは、さほど必要ではなく・・・」
という、実に醒めた、しかし正しい認識が披露される。ところが、その直後の第一子出産の所では
「「マシューのことは、お父さんも大好きだけど、人間の子供も、なんてかわいいもんなんだろうね、マシュー。マシューの弟だよ」 夫のその言葉を聴いた瞬間、私の胸のうちに、夫への感謝と謝罪の気持ちが湯水のようにわいてきた。 気がつくと、暖かな涙をこぼしていた。」
と、その夫への感謝が素直にあふれ出ている。しゃれた会話もなくドラマチックな出来事もなく、普通の男女が打算込みで結婚する、というおそらく多くの夫婦のありかたの中で相手へのあふれ出る感情が吐露される。これはなかなかすばらしいではないかい、と思ったね。

もうちょっと読んでみるか。

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