御託専科

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山椒魚戦争

2020-10-20 16:01:54 | 書評
「積読している有名な本」のひとつだったので気まぐれに読んでみたがこれが実に面白く、また今まさにホットな話題である中国の悪い形での台頭を予言したかのような内容でもあり実に驚いた。高い知性を有した山椒魚が発見され、繁殖し、人間との経済関係にしっかりと組み込まれ勢力を伸ばし、ついには人間の住む陸地を次々と海没させて山椒魚のすみかとしてゆく、という話である。

 1936年にこの本を書いた著者は知るはずもないが、山椒魚の勢力拡大の様子は大戦後の中国の発展・拡大に非常によく似ている。初期の保護・優遇については山椒魚の場合も中国の場合も「弱者を保護する」という、ある意味優しく、ある意味上から目線の、多分に感情的なものであった。山椒魚の場合は当初彼らを発見した船長さんや、保護・教育に寄与した有力婦人などがそれにあたる。中国の場合は途上国として「被保護対象国」であったことは大きい。ニクソン政権以降は保護者を西側に広げ、大きなメリットを享受してきた。次の段階では山椒魚も中国も人類経済、あるいは世界経済に組み込まれる。山椒魚からの資材需要、食糧需要は人類の経済に活況をもたらす。これは中国の世界経済への参入で生じた実績、あるいは将来への期待と全く一緒である。「山椒魚がもたらしたものは「量」であり、その量の拡大により人類は最大限に能力を発揮し大きな繁栄を迎えた」という趣旨の言い方があったが、これこそ中国に(期待込みで)当てはまる言葉である。
 山椒魚が増えすぎ人類の経済が依存しすぎていることへの警戒論は強く現れてきて、一部で排斥的動きもあるのだが、一つには経済的依存により(山椒魚への供給をやめると大量失業が発生する)、また各国の国単位での安全保障的思惑から(各国とも自国防衛のため山椒魚にある程度の武装をさせている)、人類としてまとまった対抗処置は取られず、事態はずるずると進む。そのうち大人しく平和的であった山椒魚側から海辺の土地の有償割譲(これらはのちに海没)が求められ始める。各国は統一的対応ができず山椒魚側からの実力行使もあったりして、(中途経過の仔細は書かれていないが)ともかく陸地は次々と海没してゆくことになり、内陸国であるチェコでさえも危ういことになる、というところで話は終わる。

 最初は慈愛的精神と上から目線の同情を受け、次に「量」を背景とした力で保護者側の経済にがっちり組み込まれ、ついに保護者を上回る力を獲得して保護者を侵食してゆく様は中国そっくりだ。ま、救いは中国が山椒魚ほど控えめでない、というより厚かましいことだな。おかげさまで各国は中国の危険性に気づき、比較的統一性のとれた反撃・排除に向かっている。中国は山椒魚ほどの勝利を得ることはないだろう。



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