春休みの中学校のグラウンド。
啓太たち野球部が、練習をしていた。
新三年が五人、新二年が六人、合わせて十一人しかいないから、かなり寂しい練習光景だ。人数が足りないから紅白戦もできない。昨年の夏に前の三年生たちが引退してから、こんな状況がずっと続いていた。
今はシートバッティングをしているが、守備についている九人とバッター、それにネクストバッティングサークルにいる次のバッターでぴったり全員だった。
三年生の啓太は、野球部のキャプテンだ。そんな弱小チームでも、引っ張っていかなければならない立場だった。啓太なりに一生懸命やっているつもりだが、なかなかチームの雰囲気は盛り上がらないでいた。
次の朝、啓太が部室でユニフォームに着替えていると、二年生のうちの五人が一緒に入って来た。
五人は着替えをしようともせずに、啓太のそばへやってきた
「なんか、用か?」
啓太が尋ねると、五人はしばらくもじもじしていたが、やがて押し出されるようにして、ショートを守っている章吾が前に出てきた。
「野球部を退部したいんです」
章吾は、思い切ったようにそういい出した。
「えっ、どうして?」
啓太がびっくりしていると、
「隼人がいばっているので、もう一緒にやりたくないんです」
啓太には寝耳に水の話だった。隼人というのは、二年生の残りの一人だった。二年生ながらエースピッチャーで、チームの中心選手だった。どうやら、そのことを鼻にかけて、他の二年生に対して横柄な態度を取るようになっていたらしい。
いつのまにか、そんな隼人に対して、他の五人が反発していたらしかった。
そういった二年生たちの様子を把握していなかった啓太は、
(俺はキャプテン失格だな)
と、内心思った。
今年の野球部は、三年は三年、二年は二年で固まっていて、他の学年の様子まではわからなかったのだ。
三年生は啓太も含めてみんな仲良くやれていたので、二年生もうまくいっているとなんとなく思い込んでいた。
啓太は、その日の練習が終わった後、野球部の顧問の小野寺先生を職員室に訪ねた。
「先生」
啓太は、先生の机のそばまで行って声をかけた。
「おう、吉野か。どうした?」
事情を知らない先生は、明るい笑顔で啓太を迎えてくれた。
「実は、……」
啓太は、二年生たちの退部希望について、先生に説明をした。
「そうか」
先生にとっても退部の件は初耳だったらしく、啓太の話を聞いて驚いていた。
「先生、このままでは野球部はやっていけません。なんとか思いとどまるように、五人を説得していただけませんか?」
「ああ、それで、原因の隼人の方はどうする?」
「それは、ぼくの方から話をして、態度を改めさせるようにしますから」
「よし、わかった。五人を呼んで話をしてみよう」
先生は、そう言ってくれたが、
「でも、結果にはあんまり期待しないでくれよな」
と、付け加えた。
先生は一応顧問をしていたが、野球のことはあまり詳しくなくて、チームのことは啓太にまかせっきりだった。本当は付き添わなければならない練習の時もさぼる方が多かった。五人の説得にも、そんなに乗り気ではなさそうだ。もしかすると、野球部が廃部になれば、やっかいばらいができると思っているのかもしれない。
啓太は、すぐに部室へ隼人だけをよんだ。
「隼人。お前を除く二年生が全員辞めたいって言ってきたんだ」
啓太は、単刀直入に隼人の態度が原因だということも伝えた。
「そんなこと言われても、……」
初め、隼人はいろいろ言い訳をしていたが、最後には自分が原因だということを認めて、みんなへの態度を改めることを約束した。
啓太は、そのことをすぐに小野沢先生に伝えて、五人を説得してくれるように改めてお願いした。
小野沢先生は、さっそく五人をよんで話をしてくれた。隼人のことも伝えてくれたとのことだ。
しかし、五人の退部の決意は固かった。どうやら、隼人に反発しているうちに野球自体への興味も失ってしまったようなのだ。
けっきょく、六人いた野球部の新二年生のうち、五人が辞めてしまった。
ちょうど新学年が始まるので、彼らにとっては辞めるにはいい時期だった。部活の変更を行うことが容易だったからだ。
五人の二年生たちは、二人はソフトテニス部へ、二人はバスケット部へ、一人はブラスバンド部に移っていった。
これで、野球部の部員は、たった六人になってしまった。もともと十一人しかいなかった野球部にとって、五人の退部は大きな問題だった。
野球は九人でやるスポーツだから、このままでは部活として成立しない、つまり廃部の危機だったのだ。
なんとか最低でも三人の新一年生を入れて、九人をそろえなければならなくなってしまった。
体育館で行われたクラブ活動の説明会では、各クラブの代表者が新人の勧誘をした。
野球部の順番がきたので、啓太は壇上に上がって話し出した。
「練習は、月、水、金の三回です。土日には、練習試合が行われることがあります。郡大会は、七月と十一月に行われます。それから、八月に新人戦もあります。部員は、三年生が五人、二年生が一人の合計六人です。だから、入部したらすぐにレギュラーになれます」
最後に啓太がそういうと、一年生の中から笑い声が起こった。なかなか手ごたえはよさそうだ。
啓太たち野球部員は、一年生のクラスにも、直接勧誘に行った。ターゲットは、みんな少年野球チームの後輩たちなので話はしやすかった。
へたくそながら、勧誘のポスターも作って、掲示板や一年のクラスの前の廊下にも貼り出した。
でも、けっきょくは誰も入部しなかった。
三年が抜けたら、二年生は一人しかいないので、一年生が八人以上はいらなかったら、どっちみち二学期には廃部になってしまうとの噂がながれたためだった。
啓太は、小野寺先生に呼ばれて職員室へ行った。
「石川、とうとう一年は誰も入らなかったな」
先生は、いきなりそう切り出した。
「はあ」
啓太は、先生の心づもりがわからないままここへ来ていた・
「それで、これからどうする?」
先生は、啓太の顔を見つめながら厳しい表情をしている。
「どうするっていっても」
「このままじゃ。練習試合もできないだろう」
「……」
啓太が黙っていると、先生は続けていった。
「練習を続けても試合がないんじゃあ、目標がないだろう」
けっきょく、これからのことは、部員で相談して決めることになった。
部室でみんなの意見を聞くと、野球部を続けようというのは、啓太以外には二年の隼人しかいなかった。
啓太以外の三年部員は、意外にあっさりと野球をあきらめてしまっているようだった。
けっきょく、多数決で野球部は廃部することになった
啓太たち野球部が、練習をしていた。
新三年が五人、新二年が六人、合わせて十一人しかいないから、かなり寂しい練習光景だ。人数が足りないから紅白戦もできない。昨年の夏に前の三年生たちが引退してから、こんな状況がずっと続いていた。
今はシートバッティングをしているが、守備についている九人とバッター、それにネクストバッティングサークルにいる次のバッターでぴったり全員だった。
三年生の啓太は、野球部のキャプテンだ。そんな弱小チームでも、引っ張っていかなければならない立場だった。啓太なりに一生懸命やっているつもりだが、なかなかチームの雰囲気は盛り上がらないでいた。
次の朝、啓太が部室でユニフォームに着替えていると、二年生のうちの五人が一緒に入って来た。
五人は着替えをしようともせずに、啓太のそばへやってきた
「なんか、用か?」
啓太が尋ねると、五人はしばらくもじもじしていたが、やがて押し出されるようにして、ショートを守っている章吾が前に出てきた。
「野球部を退部したいんです」
章吾は、思い切ったようにそういい出した。
「えっ、どうして?」
啓太がびっくりしていると、
「隼人がいばっているので、もう一緒にやりたくないんです」
啓太には寝耳に水の話だった。隼人というのは、二年生の残りの一人だった。二年生ながらエースピッチャーで、チームの中心選手だった。どうやら、そのことを鼻にかけて、他の二年生に対して横柄な態度を取るようになっていたらしい。
いつのまにか、そんな隼人に対して、他の五人が反発していたらしかった。
そういった二年生たちの様子を把握していなかった啓太は、
(俺はキャプテン失格だな)
と、内心思った。
今年の野球部は、三年は三年、二年は二年で固まっていて、他の学年の様子まではわからなかったのだ。
三年生は啓太も含めてみんな仲良くやれていたので、二年生もうまくいっているとなんとなく思い込んでいた。
啓太は、その日の練習が終わった後、野球部の顧問の小野寺先生を職員室に訪ねた。
「先生」
啓太は、先生の机のそばまで行って声をかけた。
「おう、吉野か。どうした?」
事情を知らない先生は、明るい笑顔で啓太を迎えてくれた。
「実は、……」
啓太は、二年生たちの退部希望について、先生に説明をした。
「そうか」
先生にとっても退部の件は初耳だったらしく、啓太の話を聞いて驚いていた。
「先生、このままでは野球部はやっていけません。なんとか思いとどまるように、五人を説得していただけませんか?」
「ああ、それで、原因の隼人の方はどうする?」
「それは、ぼくの方から話をして、態度を改めさせるようにしますから」
「よし、わかった。五人を呼んで話をしてみよう」
先生は、そう言ってくれたが、
「でも、結果にはあんまり期待しないでくれよな」
と、付け加えた。
先生は一応顧問をしていたが、野球のことはあまり詳しくなくて、チームのことは啓太にまかせっきりだった。本当は付き添わなければならない練習の時もさぼる方が多かった。五人の説得にも、そんなに乗り気ではなさそうだ。もしかすると、野球部が廃部になれば、やっかいばらいができると思っているのかもしれない。
啓太は、すぐに部室へ隼人だけをよんだ。
「隼人。お前を除く二年生が全員辞めたいって言ってきたんだ」
啓太は、単刀直入に隼人の態度が原因だということも伝えた。
「そんなこと言われても、……」
初め、隼人はいろいろ言い訳をしていたが、最後には自分が原因だということを認めて、みんなへの態度を改めることを約束した。
啓太は、そのことをすぐに小野沢先生に伝えて、五人を説得してくれるように改めてお願いした。
小野沢先生は、さっそく五人をよんで話をしてくれた。隼人のことも伝えてくれたとのことだ。
しかし、五人の退部の決意は固かった。どうやら、隼人に反発しているうちに野球自体への興味も失ってしまったようなのだ。
けっきょく、六人いた野球部の新二年生のうち、五人が辞めてしまった。
ちょうど新学年が始まるので、彼らにとっては辞めるにはいい時期だった。部活の変更を行うことが容易だったからだ。
五人の二年生たちは、二人はソフトテニス部へ、二人はバスケット部へ、一人はブラスバンド部に移っていった。
これで、野球部の部員は、たった六人になってしまった。もともと十一人しかいなかった野球部にとって、五人の退部は大きな問題だった。
野球は九人でやるスポーツだから、このままでは部活として成立しない、つまり廃部の危機だったのだ。
なんとか最低でも三人の新一年生を入れて、九人をそろえなければならなくなってしまった。
体育館で行われたクラブ活動の説明会では、各クラブの代表者が新人の勧誘をした。
野球部の順番がきたので、啓太は壇上に上がって話し出した。
「練習は、月、水、金の三回です。土日には、練習試合が行われることがあります。郡大会は、七月と十一月に行われます。それから、八月に新人戦もあります。部員は、三年生が五人、二年生が一人の合計六人です。だから、入部したらすぐにレギュラーになれます」
最後に啓太がそういうと、一年生の中から笑い声が起こった。なかなか手ごたえはよさそうだ。
啓太たち野球部員は、一年生のクラスにも、直接勧誘に行った。ターゲットは、みんな少年野球チームの後輩たちなので話はしやすかった。
へたくそながら、勧誘のポスターも作って、掲示板や一年のクラスの前の廊下にも貼り出した。
でも、けっきょくは誰も入部しなかった。
三年が抜けたら、二年生は一人しかいないので、一年生が八人以上はいらなかったら、どっちみち二学期には廃部になってしまうとの噂がながれたためだった。
啓太は、小野寺先生に呼ばれて職員室へ行った。
「石川、とうとう一年は誰も入らなかったな」
先生は、いきなりそう切り出した。
「はあ」
啓太は、先生の心づもりがわからないままここへ来ていた・
「それで、これからどうする?」
先生は、啓太の顔を見つめながら厳しい表情をしている。
「どうするっていっても」
「このままじゃ。練習試合もできないだろう」
「……」
啓太が黙っていると、先生は続けていった。
「練習を続けても試合がないんじゃあ、目標がないだろう」
けっきょく、これからのことは、部員で相談して決めることになった。
部室でみんなの意見を聞くと、野球部を続けようというのは、啓太以外には二年の隼人しかいなかった。
啓太以外の三年部員は、意外にあっさりと野球をあきらめてしまっているようだった。
けっきょく、多数決で野球部は廃部することになった