ここ最近、「本物の中華料理」が味わえるとして、中華料理好きの日本人からも熱視線を送られている西川口だが、そうした取り上げ方をするメディアが出てきたのはごく最近のこと。
それまでは、ネガティブなニュアンスが強く報じられ、「ゴミ出しのルールを守らない」「治安が悪い」などと在日中国人についてのネガティブイメージの象徴のような扱われ方をしてきた。
そんなネガティブイメージを変えるべく、毎月一回、第一土曜日に西川口の清掃活動をしている在日中国人がいる。すでに今月で10回目の開催となったこの活動の発起人が、来日12年になるAyaさん。1982年生まれの中国人だ。
◆取材に応じても「悪い中国人像」しか報じられなかった
5年前、来日中国人が増えているにもかかわらず、中国本国で大人気だった麻辣湯を出す店が日本でまだほとんどなかったことに目をつけ、池袋に「四川麻辣烫」をオープンしたところ大成功したAyaさん。池袋店の成功を受けて、西川口にも出店するなど経営は順調だ。さらに中国人のビザに関わるコンサルティングを行う会社も営んでいるというから相当の敏腕経営者である。その上、経営者である傍ら、慶應のビジネススクールで学ぶ大学院生の顔も持つというから凄い。
多忙を極めるAyaさんは、なぜ西川口の清掃活動を始めたのだろうか?
取材に訪れた筆者と編集者を、できたばかりの麻辣香鍋を振る舞いながら、活動に至った経緯とその思いを語ってくれた。
「一年前くらいでしょうか、西川口に日本のメディアが取材に来るようになったんです。私自身も西川口で麻辣烫(マーラータン)店を営むいち店主として、これは喜ばしい流れであると歓迎の気持ちで取材を受けたんですね。取材ではいろいろなことを聞いてくれました。でも実際放送されたのは、いろいろな話をしたうちほんの一部で触れたマナーやゴミについて、マイナスイメージの部分だけだったんです。
これには怒ったというより、『やはり日本での中国・中国人のイメージは悪い印象がいまだに根付いているのだ』という現実のを突きつけられて、非常に残念な気持ちになりました」
◆私が行動することで在日中国人の意識も変わる
事実、彼女は身近にいる仲間たちからも「日本での中国・中国人に対する悪いイメージ」に悩み暮らす様子をよく耳にしていたという。
友人の子供たちは、学校でいじめに遭わぬために日本語しか話さないように育ててきたため、もう中国語を話せないのだそう。また、Ayaさん自身も開業時店舗を借りるのに「中国人だから」という理由でなかなか契約に結びつかなかった体験があったという。そして現在Ayaさんのもとで働く社員の一人も、前職の頃日本人上司から度々冷たい対応をされ続けて苦しい日々を過ごしていたという。
「20年前に日本に来た中国人、10年前に来た人、5年前に来た人。時期によってその感覚も全然違います。昔は日中の経済格差が大きくて、日本に来る中国人は借金を背負ってまで日本に来て、出稼ぎをするという人も少なくありませんでした。とにかくお金を稼ぐことが主目的で、違法行為に手を染める人もいました。
しかし、今中国から日本に来る人は、単純に仕事をするなら中国のほうが賃金がいいことも増えて、出稼ぎ的な人は減りました。いまは日本のカルチャーに興味があるとか、アメリカやヨーロッパに留学するのはちょっとお金が足りないけど留学はできるくらいの若い中国人が、バイトしながら勉強できるということで日本を選んで来るようになっています。
私自身も、ビジネスをしていますが、ただおカネを稼ぐのではなく、それでどうすれば社会貢献できるか? 自分の価値を高められるかを常に考えていますが、日本に来る中国人の若い人の意識は昔とは変わっています。
ただ、中国にはゴミの分別などがまだそこまで厳密でないこともあり、『知らない』ためにできない。すると悪いイメージが変わらない。
そんな中、私が微信などでこうしたゴミ拾い活動を始めて呼びかけることで、在日中国人の間に意識変化のきっかけになると思って始めました」
微信(Wechat。中国製のメッセンジャーアプリ)で「绮丽西川口维护小分队(綺麗西川口維持小分隊)」というグループを作成、手袋・ゴミ袋・マスク・トングは四川麻辣烫で用意するので、気軽に身一つで集まってください、という呼びかけだ。
開催頻度は、月一回、毎月第一土曜日。清掃時間はおよそ一時間ほど行われている。
「最初は私一人でしたね(笑)。今もそんなに多く参加してくれるわけじゃないけど、朝9時からのスタートを16時に変えたら少しずつ来てくれる人も出てきました。街を綺麗にすることも大きな目的の一つではあるんですけど、中国人がまず『こういうことをしてる中国人がいる』ことを知ってくれて、この活動を良い活動だと認識してくれることがまず進歩だと思ってます。
参加者はほとんど微信のグループを見て来る人や、私の友人が中心です。ただ、近隣の中華料理店を営む中国人からも『「活動は実に素晴らしい。だがちょっと恥ずかしくて参加に至っていない」という声があります。
あとは、参加できない人は、自分がポイ捨てしたり自分の居住区のゴミ捨てマナーを守ってくれるようになってくれたら、それも進歩。
これまで長い時間を経て根付いてしまった中国人への悪しきイメージは、同じように時間をかけてでも、こうして少しずつひとりひとりの意識を変えていくことを積み重ねることでしか変えられない。だからわたしは続けます」
◆横浜から毎月参加する人も
告知や宣伝を微博(Weibo。中国製のSNS)や微信Wechatでのみなため日本人にまだ知れ渡っていないということもあり、この活動を知る人も、参加する人も、そして「四川麻辣烫」への来店客も、共に、現在のところほとんどが中国人であり、日本人は僅かだ。
ただ、今年の10月以降、Twitterで多くのフォロワーを持つアカウントからの発信で、西川口で自主的に清掃活動をしている中国人店主の話題が数回タイムラインに現れた。それが今回Ayaさんを訪ねるきっかけにも繋がった。Ayaさんの思いは、着実に広がりつつある。
話を伺ったあと、筆者も清掃活動へ実際に参加した。
あいにくやや冷たい風が吹く曇天で、開始当初はやや凍えていた体が、夢中に拾い続けるうちに忽ち温まった。
参加者の一人、羅さんという女性は、微博(Weibo)でこの活動を知ってから、毎月横浜から参加し続けているのだそう。終始笑顔が絶えず、この活動について「开心!(楽しい、嬉しい)」を連呼する。彼女の感想によると「回数を重ねるごとにちょっとずつだけれどゴミは減ってきている。」そうだ。効果がジワリと現れているのかもしれない。
清掃を終えたAyaさんは、12年住んでいる日本について最後にこう口にした。
「入管法が改正されることでいろいろな議論が起きてるけど、日本人の友人から技能実習生の置かれている環境は、”奴隷”のような労働環境が多いと聞きました。そういう状況が払拭されるのであれば、日本が外国人を受け入れやすくすることは日本にとっても外国人にとってもいいことだと思っています。
ただ、カナダなどへ移住した中国人の友人は、10年も住めばカナダを『自分の国』と思うようになっています。私も日本のことをそう思いたい。でも、実は私は日本を『自分の国』と思えたことがないんです。なぜかといえば、それはメディアなどでは、常に中国人のネガティブなところが誇張されて報じられて、いつまでも受け入れられている感じがないんです」
日本でビジネスをして、日本で税金を収めている。できることならば、もう一つの故郷として日本にも愛着を持ちたい。彼女はそう願っているにも関わらず、冒頭でも書いたように取材に応じたのに、オンエアでは悪意ある編集がなされていたり、テレビをつけても在日中国人が悪い発言をしているのを面白おかしく取り上げるような番組が多い。このような環境では、日本に来た外国人も、いつまでも「一時的にいるだけの場所」という意識が拭えず、住む町に愛着を持つことも難しいだろう。
Ayaさんのように、日本にいる外国人も共生を模索している。筆者も、使用SNSを活用したり主宰コミュニティで案内するなど、この活動を、そして日中の草の根友好関係の進展を、さらにAyaさんの日本生活が幸福に満ちたものになることを、この先も応援したい。