「へンくつ日記」

日常や社会全般の時事。
そして個人的思考のアレコレを
笑える話に…なるべく

「おい、まだかっ!?」

2009年07月15日 00時16分27秒 | Weblog
 
その客は見るからに暴力団
ナポレオン・フイッシュそっくりの
大柄なオッサンで
背後に頭の悪そうな
三人の子分を従えていた

その魚オヤジが入ってきたとたん
店は緊張の空気に包まれた

怖い人の前では途端に
善良で人懐っこい人間に豹変する僕は
満面の笑みで「いらっしゃいませ」
と迎え入れた

ナポレオン・フイッシュはコートを探していた
あれこれと試着した後に
すごく趣味の悪い一着に決めた
が…サイズが合わない

「これのスリーLはあるか?」

「はい、あります」
僕は即答した
あるかどうか判らないなんて
言えるような雰囲気じゃない
僕は奥の倉庫に走った

重ねてある在庫を
片っ端から開き
魚オヤジの欲しがっている
3Lを探した
もう懸命に探した
だが、何処にもない
嫌な汗が噴出してくる
どのくらい時間が経ったろう
5分のようにも思えるし
1時間にも思える

「おい、まだかっ!?」
頭の悪そうな子分が
倉庫の入り口から顔を突き出し
僕に催促の言葉を投げる
「は、はい、もうすぐ…」

時間の感覚が無くなる
頭の芯がジンジンしてきた
だが、3Lが見つからない

再び子分が顔を出す
「いい加減にしろ!
 親分がお待ちだ!」
子分の懐の拳銃が目に入る
「は、はい、ただ今!」

僕は完全にパニックに陥った

どーしよ!?
どーする!?

そこでハッと気がついた

これは夢だったのだ

僕は夢から覚めた
まだ心臓がドキドキしていた
「あー、怖かった…」
凄いリアルな夢だった
しかし、なんで僕が洋服屋の店員なんだ?
そう思ったら可笑しくなった


服に関してはトラウマがある
僕が中学一年の頃
父が病気で倒れ
他に身寄りの無い僕と妹は
孤児院に預けられた

孤児院では洋服は支給で
自分専用のものはない
下着だけは名前が書かれ
自分だけのものを使用した
もっとも、父と暮らしていた際も
経済的余裕は無く
学生服以外は学校のジャージを着ていた
新しい私服など夢の夢だった

孤児院で、いつものように
誰かが着ていた地味な私服が支給された
これを一週間着て
また係りの人に返すのだ
返された服は洗濯され
また誰かに支給される

ある日、支給された服の中に
派手な縦縞のシャツが入っていた
とてもお洒落なものに思えた
こんな服は着たことが無い
次の日の日曜日に
僕はその縦縞柄のシャツを着て
札幌の町を歩いた
浮かれていた

ショーウンイドウに
派手なシャツを着た自分が映っている

ガラスのスクリーンに
経済的に恵まれた前途洋洋の少年が
大またで歩いていた

僕は嬉しくなって小走りになった
ガラスのスクリーンの少年も走り出す
こんな愉快な気持ちは久しぶりだった
酒乱で倒れた父のことや
自分たちを捨てた母のこと
不憫な妹や弟たちのことさえ
どこかへ消えた
こんな気持ちがずっと続けばいいのに
そう思った瞬間
激痛が走った

僕は電柱に激突した
余所見をして走っていたのだ
当たり前の結果だ
脳震盪を起こし倒れた僕を
通行人らが助けてくれた

朦朧とした意識の中で
「バチだ」と思った
不憫な妹弟たちのことを忘れ
自分だけいい思いをしたバチだと思った
そして「いい物を着ても、決して浮かれまい」と
少年の僕は固く誓ったのだった
それ以来、良い洋服を着たときは
いつもより口数が減り慎重になる
あの痛さを思い出すからだ

そんな僕が夢とはいえ
洋服の店員になるとは…
昨日の夢を思い出し
苦笑した僕は、
仕事に取り掛かった

忙しい仕事を終え
帰宅した僕は
いつものようにシャワーを浴び
カミサンの作った肴を食し
冷たいビールを流し込んだ
生き返る瞬間だ

油断して刺身醤油をパジャマに落としてしまう
カミサンに小言を言われながら
寝室に行き替えのパジャマを取りに行く
引き出しを捜すが替えのパジャマがない
「おーい、ないよ」とカミサンに言うと
ドアから怒りのナポレオン・フイッシュが顔を出し










「ないだと!?
 散々待たせやがって

 ふざけるな!!」


コメント (2)
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