まるさんかくしかく〇△☐Ⅱ

雑感・雑記・日記

0918 蓼科から帰る

2016-09-19 23:23:12 | 小さな旅の思い出

就寝が早かった私は、さすがに暗いうちから目を覚まし、6時半めざして朝風呂を浴びに管理棟に独り向かう。
日曜なので、すでにもう先客が入浴していた。私は2人目だったがその後も一人入ってきた。
私もサッサと風呂から上がり坂道を宿泊キャビンまで歩いて戻る。その途中、風呂に向かう男性何人かとすれ違う。
「昨夜の雨は凄かったですね~、今日は降らないことを祈りますよ~。」という言葉を投げかけてくれたのに合わせて挨拶を交わす。

その会話で激しい夜半の雨を知ったのだが、「いや、ほんとですね~・・・雨あがるといいですね~・・・。」なんて当たり障りのない、知ってたようなあやふやな返事の私。
キャビンに戻ったらコーヒーを淹れて飲む。みな起きてきて、カミさんも孫と娘とで風呂に行くという。玄関先の折り畳みいすを軒の内側に置き雨を避けながらコーヒーをゆ~っくりと飲む。雨がしっかりと降りはじめたころカミさん達が帰ってきた。
そしたら孫が私と一緒に椅子に座ると言い出したので、カミさんと娘が私の椅子にぴったりとくっつける形で並べた。孫はちょこんと座って、何か歌い出したり笑ったり。小鳥のさえずりを私が歯を閉じた口笛の要領で真似ると、孫も小鳥(たぶんカラ類)の声に聴き入ったりした。

なんの他愛もない会話ともつかないやりとりで孫も私も笑った。カミさんがフレンチトーストを作って皿に盛って来てくれた。その時「コーヒー貰ってもいい?」と聞くので、どうぞ~、おいらももう一杯飲みたいと答えたが、たしかフィルターはラスト1枚。(なくなりゃティッシュペーパー2枚で濾せばいい:「伊東家の食卓」アイデア)
カミさん、鍋を使ってみんなの分をこさえてくれた。雨の降り方が少し優しくなった。濡れて艶のある雨中の葉っぱにも風情がある。
樹の枝のいくつかは紅葉が始まっている。

雨が降る9時半ころチェックアウト。

明日、娘の旦那は祝日に関わらず仕事だし、そのまま家路につく。なんだかんだ皆疲れている。走り出してしばらくすると皆寝始めた。
明日仕事の(義理の)息子が運転。「お父さんも寝てください。」と優しいが、私は今は眠くないので起きているかんじ。

雨が降り続く中諏訪南ICを目指す。
途中、御柱関連なのか、雨をものともせずに地域でお祭り。

蓼科に居た時に雨に祟られることも無く過ごせたことは素直に嬉しい。孫が居れば尚更だ。
だが、昨夜飲み過ぎの?息子は咳をして喉が痛いと車中でも横になったままだ。

途中、双葉のSAにあるレストランで11時過ぎと早めの昼食。ここのラーメン系はボリューミーで、シェアして食べた方が理に適っている。
何人かで入るのなら、なるべく違うものを頼んで、分け合えば安上がりなものになる。餃子は息子2人が食べていたのでお裾分けしてもらったがジューシー。サンマー麺も大きな器になみなみと入っているのをカミさんに分けてもらってコショウを少々、私が食べる部分にだけ入れて楽しむ。私は甲州カツ煮丼(煮かつ丼?)。美味。これをカミさんと娘に(普通に)持って行かれる。ま、シェアですわ。腹、パンパン。
八王子ICで下りたころには雨は上がっているが雲は黒いの白いの取り交ぜて一杯。家に着く前に娘たちの飼い猫を受け取りに寄るので車を降りたが、風もあるものの、とてつもなく蒸し暑い。高原から戻った感がハンパない。受付が休み時間らしく1時間強の時間つぶし。コーヒーなんかを飲んで待つ間に今回の経費を清算。みんな娘が計算してくれた。私は、ヨーグルトみたいのをたのんでカミさんのデカフェ・コーヒーを分けてもらった。シェアできる仲、ありがたいね。

おなかはいっぱいだったが、家に帰ると風呂に入り、金麦をカミさんと分け合う。息子は缶チューハイを買いに行って部屋でまったり?旅行に持って行った肉をカミさんが焼いてくれて、不思議とそれも美味しく食べられた。カミさん「お米って美味しい。」荷物の片付けをしたりしながら、充実したような心地よい疲労感で、イッテQが終わるころに布団に入った。そうそう、風呂に入ったカミさん、「2kgも増えた~!」と言っていたっけ。

蓼科、長門牧場/】



++++++++++++++++蓼科帰る+
*

2020.9.6 蓼科は涼しかろうよ。コロナの年、人出はどこも減ってるはず。北海道も、そろそろナナカマド真っ赤?

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0917 蓼科、女神湖周辺

2016-09-19 11:34:56 | 小さな旅の思い出

朝はカミさん達が、サラダサンドイッチを作ってくれた。牛乳も役に立っている。

2日目の朝、しらかば国際スキー場のゴンドラで終点駅まで上がる。ゴンドラからの景色は孫にとっては初体験か?父親の膝であちこち眺めていた。
山頂から望む女神湖とそのずっと向こうに従える山並み。低い雲がかかっていたりして、静かだ。それに下から吹きあがってくる風で、少し寒くなってくる。
息子はカメラのファインダーを覗いてあっちこっち。何かの糞がいっぱい落ちているから要注意と告げてきた。

立科の案内パンフの裏表紙に載っていた「ゴンドラ10%割引券を車に置き忘れてきたので、娘の表情が曇ったっけ。
その娘たちは、恋人の聖地「しあわせの鐘」みたいのを鳴らしていた。父親に抱っこされている孫は、その音の大きさに驚いて父親の肩口に顔をうずめる。

歩いて蓼科牧場まで下りたい気もしたが、黙ってゴンドラに乗る。ここのスタッフは丁寧で気持ちが良い。
下の蓼科牧場は長門牧場を見た後なので、ちょっとしょぼい感じもしたが、ここにも息子が見たという少しくぼみを持った形状でネチョリバラバラな糞が沢山。
孫は干し草小屋の錠前に興味を持ち盛んにいじくりまわしていた。

11時を回ったので、昨日から行きたいと思っていた「せんすい」という蕎麦屋に入った。
天婦羅もおいしい。1日10食限定という「ひすいソバ」に換えてもらった。プラス50円で、香りが少し高くなる。蕎麦も美味しい。
ソバ豆腐(豆富)やソバ団子もあったが、もう腹には入らなかった。また機会あれば・・・。
ここはカード払いの扱いは無い。堅実だね。みんな満腹。

さて、ゆっくりはしたものの、宿のチェックインまでは時間がある。何故かみんな疲れてはいる。
お茶をしようとあちこち探したが、結局女神湖へ入るT字路の角にある「蒲公英(たんぽぽ)」という喫茶店に入ることにした。
黒いウッドデッキを擁したおしゃれな感じ。

静かな店内を大事にしているので、小さいお子さんには十分気をつけてください・・みたいな看板も貼ってある。
気にはなっていた店だけれど、前回まで入れなかったのは、このためだったけな~・・・。

車は店の裏手に停めて、道路側から入ると、店内は静かな音楽が流れていたような・・・。というのも、店内にはバッグなどの革製品がずらり。
どれもマスターの手作りで、それが良い感じに展示されている。ちょっと雑貨屋さんの趣?

お腹がいっぱいな私たちは飲み物をそれぞれ注文して暫く落ち着いた。孫のためにたのんだ林檎ジュース、カミさんや娘が美味しがって味見。私にも飲んでみろと進めるので味わってみた。うん!しっかりと林檎。遊んでいた孫が来たので飲ませてみる。
美味しそうに1口2口のんだところで、バーバ(カミさん)がまさに飲もうとしていたウインナ・ココアのクリームに散らしてある青やピンクの飾り用シュガーの粒々に眼が行き、そっちを飲みたい(食べたい)とスプーンで食べだした。けっきょく殆ど孫がそっちをたいらげたようだ・・・。

私たちは孫も居るので表のテラス席の椅子に座ったが、この時は少し日差しも出てきた。木陰で良かった。
ここでもたっぷり休んで次はスポーツ広場の方に歩いてみた。

アーチェリーやテニスなどもあったが、娘の旦那はニジマスの釣り堀に目をつけて竿を借り、3匹までの釣りを娘と共に楽しんだ。孫は、関心あるような無いような。息子もカメラを持ってあっちふらふらこっちふらふら。池に落ちないようカミさんが孫に張り付く。私はといえばビデオカメラを手にうろうろ。
3匹の魚はその場で焼いてくれるので、塩焼きのそれを勧められたので少し口に入れた。これも美味しかった。

そんなペースでやっていたらチェックインの14時になった。
朝から眠かった私は部屋に着くや布団を敷いて眠りを貪る。これがまたしあわせ。
この間に息子は一杯飲っていた。

目覚めた私は要らない紙で孫とお絵かきごっこ。そこへ娘もカミさんも息子も参加したりして・・・(この遊びは翌朝も楽しめた)。

18時から宿の食堂で蓼科牛のすき焼きをいただく。良いお味を生ビールとともにいただく。カミさん、メニエールで控えているアルコールだが、ちょっと飲みたいと、1口、2口でジョッキを返してきたが、また、飲む?とジェスチャーすると3口、4口と口にする。美味しいようだ。あとで水を沢山飲めばいい。
随分と連日頑張ってきたカミさんだ。

こっちは早くに布団に入ったが、息子2人は食後も自販機のビールなどを飲み長いこと喋っていたようだ。
夜中に息子が咳き込むのは聞いたが、激しく降ったという雨音に気付きもせず次の朝早くまで眠りこけた。

 

++++++++++++++++++女神湖周+
***

2019.5.17 初夏の蓼科も気持ち良いに違いない。しかしながら日常生活でやる事も一杯!これ幸せかも。

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0916 炭火熾してBBQ

2016-09-19 11:19:19 | 小さな旅の思い出

蓼科のバンガロー、管理棟で炭(3Kg入)を買いBBQ鉄板と焼き網を借りて、火熾し(おこし)にかかる。
ここで娘と娘の旦那(義理の息子)が火起こしで才能を開花。焚きつけ経験がない2人が、すぐにもコツを掴んだ裏には、炭火の起こし方をスマホでググったってのもあるけれど、すぐに再現できるのは凄い。おまけに私もコツが掴めた。

新聞紙を用意してきたのは私の手柄だが、それを小さく切ってねじるというのがポイントのひとつ。サイズも3~5㎝くらいと小さいほうが良いらしい。それを沢山置いていった周りに炭を四角い枠状に積んで新聞に着火。確実に燃え始めたら、上を覆うように炭を積み重ねていく。
黒い炭のドームの中で赤い炎が定着したら、ほぼ鎮火の心配はないようだ。これは感覚でよくわかる。

熾火(おきび)が出来てきたら、空気と炭とのバランスを見ながら火を管理する。
長門牧場
で買った美味ウインナソーセージが最初の焼き上がり!金麦と共にいただく。その美味いこと!炭が心もとないということで、もう1箱買いに行ってくれたが、その半分も使わなかった。

カミさんも娘も甲斐甲斐しい。野菜は家で準備してきてくれていた。キノコのホイル焼きもニンニク焼も、もちろん牛・豚・手羽も、握り飯も美味しかった。(カミさん、味噌焼きおむすびの予定が、味噌忘れた~と悔しがる)

息子、炭火の焔(ほのお)をカメラで撮るなどしている。義理の息子も火から離れようとしない。こんなんなら薪も買えばよかったか。
キャンプファイヤーのように、夜の闇の中の火というものは、いつまでも飽くことが無い。いつまでも眺めて居られる
ビールを飲みながらの静かな会話も、実によく弾む。赤くて暖かい揺らめ焚火の炎の明かりの中で人生を語ったり・・・?

林の中の夜は殊更に静かだ。 

人生は焚火女神湖周辺蓼科から帰る野趣に富む/】




+++++++++++++++++炭火熾し+
*

2019.8.20 義理の息子も、焚火は気に入ったらしく今でも懐かしがってくれる。燃える火への信頼は、太古から引き継がれたもの?

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0916 蓼科、長門牧場

2016-09-19 11:17:53 | 小さな旅の思い出

6時半ころ出発。小雨から雲の中央道。談合坂SAでゆっくり休む。朝起きてすぐには出なかった便通、ここでスッキリ。
朝食をここで取るつもりでいたが、さして腹も減っておらず、一気に蓼科は長門牧場へ。到着は10時ころ。
娘も孫も牧柵ごしに馬と接近。

広っぱにアルパカも2頭繋がれて、柵なしで触れたり撫でたりできる。
カミさんなんか、触りたくって触りたくってしょうがない質(たち)だから、何度も何度も毛を撫でて、しまいには唾を吐きかけられていた。
あとから見れば、繋いである場所の小さな注意書きの看板に「しつこく触ると唾を吐きかけられることがあります」なんて書いてあった。
カミさん曰く、「アルパカの唾、臭くはなかったヨ。」(なんでも閉じた上下の歯をむき出しにして歯間から唾を霧状に吹くらしい)

11時を回るまで、孫も広々とした景色の中で遊んでいたが、レストランでソフトクリームと昼食。ピザや山賊焼、カレーなど美味しいメニューが並ぶ。
腹を満たすと息子2人は昼寝しに車へ。疲れたのだろう。
カミさんと孫は牧場のあっちこっちを歩いて回った。レストランのテラス席で待っていた私は、少し寒くなりバンダナを首に巻いた。

そろそろ宿へチェックインできる14時に近づいてきたので、宿で飲もうと、飲むヨーグルトと牛乳、それにチーズなどをカミさんと買って、伏流水が出る蛇口からペットボトルに詰めてから車に戻る。途中、白花マツムシソウの群落が珍しい。

この日は宿でチェックインするとすぐに浴場で義理の息子と2人だけで貸し切り状態の風呂を浴びて少しのんびり。
静かな林の中のキャビンは居心地がいい。
管理等で炭(3Kg入り)を買いBBQ鉄板と焼き網を借りて、今夜の夕食は炭火でBBQ

お腹いっぱい食べて、心地よく飲んで、焼き肉と炭火の匂いを服に纏いキャビンに入った。雨じゃなくてラッキーな一日だった。
床暖房の上で喋り乍ら、ひととき余韻を楽しむ。
さあ寝るかな、と思ってもまだ20時台。金曜日の夜は、まだ周辺の宿泊客も多くなく静か。

炭火でBBQ女神湖周辺蓼科から帰る/】



++++++++++++++++++長門牧場+
***

2019.4.9 まだ寒いかもしれないが、広々とひろがる緑の大地には魅かれる。それはもう理屈じゃない。おいしい空気。
2019.8.7 旅の空の下では、時間がゆっくりと流れる。学校時代の遠足や修学旅行にはない。そんな旅になってないよね?
2021.9.16 また行きたいなぁ。そろそろ好い季節。

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0114 スペースマウンテン夢のタイムマシン? (真冬のTDL)

2016-01-14 21:59:59 | 小さな旅の思い出

当初行くつもりのなかったTDL、いざ行く段になって私が思ったのは、孫のお守り(おもり)、ちゃんとできるのかな?という不安だった。私が行っても、大した手助けにはならないだろうと思っていたし、今更ディズニーランドでもあるまい。そんな風に感じてもいた。

良い人ぶって言えば、ジェットコースターに向かう娘夫婦を見送らなければならない孫を、カミさん一人で抱っこして凌ぐのは大変だ。10kgを超えたであろう孫であり、ましてや五十肩では荷が重過ぎる。そう考えての参加だった。だから、お守りに徹するつもりだし乗るも食べるも期待はしていなかった。だって20~30年前のイメージでは、スペースマウンテンとか何回も乗ってるし、食べ物は高価で大したもの無し。

この日は"ホーンテッドマンション"が休館、娘の旦那残念がる。パイレーツ・オブ・カリビアン(カリブの海賊)は、孫が乗り物に乗った段階で、その暗さに大泣きを始めたので出てきてしまった。昔は大混雑のなか、ブルーバイユーというレストランでカミさんとなる女性と夕食も食べたが、これも"懐かしい思い出"を想い出すだけに終わった。

入園だけで乗り物チケットは乗る必要になった時だけでよかったような記憶は、ワンデーパスポート以上しかなく、園内ではファストパス予約する時以外はパスポート提示が不必要になっていた。ミッキーマウス・レビューやビーム・ライフルのコーナーなどは見つからなかったので、無くなった?(もはやマップを見ることさえ億劫な老眼進み過ぎの我が身を痛感もし、もはや私が楽しむなんて出来やしない、なんて風に思ったり感じたり・・・)
見たことのある風景や音楽や匂い(バター甘さのポップコーンなど)に包まれながらも、孫も楽しめる「プーさんのハニーハント」という初体験。
それから、私としては初めてミッキーの家に入って、ミート・ザ・ミッキーマウス。鶏が首を上下に伸ばしたり縮めたりするのをカミさんが子どものような表情で可笑しがってた。孫は娘に抱っこされながら、ミッキーと家族3人で記念撮影。自分のスマホでの写真(限定1枚)にはジジババも加わった5人でプロに撮影してもらう。
(1500円超と結構する)ミッキーの誘導は極めて上手で、左手のひらを上に向けて右手でトントンと軽くたたき、孫はそれにつられて小さな手を置く。優しく孫の手を両の掌で上下に包み込むミッキー。撮影終わりに娘がミッキーマウスとハグしたので私もミッキーに近づいたらハグしてくれたので、しっかとハグ返し。なんだか、楽しめているような・・私。ミッキーの背中が温かかった、これも感動の初体験。

アナと雪の女王のパレードでは、しばらく見入った。孫と娘と旦那は前の方で立って観ていたが、我々ジジババは後方の円形のベンチに座りながら遠目に観ていた。でも!やはりなかなか楽しめる。

イッツアスモールワールドこそ、孫と一緒の空間を楽しむジジババ空間と想像していた。孫は一生懸命に観ているようだが、私は、自分の子供たちが小さかった頃に一緒に乗って見たこのアトラクションを思い出していた。それにこれには何度も何度も見て、そして飽きもしない。音が混じり過ぎて頭がちょっとだけボ~ッとするが、カミさんはメニエールできっとボワーっとして聞こえていたことだろう。
でも懐かしくもあり、楽しかった。ただ、乗降の広い空間に戻ってくると、一気に雑然とした気分になり早く出たくなった。

外に出ると、太陽の光がまぶしくて冷たい空気を少し癒してくれる。「小さな世界」の曲が流れる外の空間でチュロを買って食べるカミさんと娘。私にも分け前がよこされる。孫は椅子に腰かけ乍らチュロスを食べつつも足が曲に合わせてリズムをとって、孫も楽しんでいる。

行ったり来たりのあとの昼食は、ラーメン・レストラン?まだまだ孫は元気で食欲もあり、昼寝のヒの字もない。頭にかぶるものを売っているところで孫娘に被せて試す娘とカミさん。でも孫はすぐに邪魔にする。結局買うこともなくウロウロ。ようやく、スプラッシュ・マウンテンにFast Pss づかいで娘夫婦が乗る。さあて、孫を上手にあやせるのか。カミさんと私の連係プレーが始まる。ファーストパスのおかげで割合早くログ型コースターの最後部席に乗って現れたが、それを見て孫が「行っちゃた・・・」と泣き出しそうになる。ヤバイ。耳元で「ダイジョウブ ダイジョウブ」と繰り返し呟くうちに孫も落ち着いて、ある意味観念?この孫、いつまでも引き摺らない強さがある。

それから割とじきに、少し上の方に娘夫婦のコースターが現れた。次はいよいよスプラッシュ降下のシーン待ち。いくつも落下するが撮影を始めてから13テイクでようやく娘と旦那のやつが現れてあっという間に水しぶきを上げて姿を消す。そこからがまた長かった。あとで思えば自動撮影される写真を見ていたのかもしれない。怖がって嫌がる娘をなだめて初めて乗せたときの写真には、小さかった娘が目をしっかりと強く閉じていた様が映し出されていたっけ。それがま~、今じゃ平気で?楽しめるようになった・・・。年月が経ったってことだね。

やっと孫が安心して娘たちに抱っこされて安心する顔を見る。よかったよかった。もう2枚あるFast Pss 、これはもう一度娘夫婦で乗ってくればいい。
すると娘の旦那、「乗ってきてくださいよ、楽しいですよ。」
ん~・・、じゃあ・・・、乗ってみる?と顔を見合わせる私ら夫婦。そこまで乗り気ではないが・・・。娘の旦那のもうワンプッシュ、「楽しいですよ」。で、行くことにした。

予約時間切れになりそうなので小走り。並んでいる人を横に見ながら、けっこう暗くて長い距離をズンズン行く。これは嬉しかったね~。Fast Pss 初体験。
じきに乗れて、じきに(先刻、孫が泣き出しそうになった地点で)孫たちを見る。それから少し上から孫たちを見下ろすところにも直ぐに来た。ここからが結構長い。何度か暗い中を落ちてゆきながら、動くキャラクターの中をゆっくり進んでいく。

ようやっと長い登りを経て、落下がすぐそこからと分かる。へへ~、いよいよだ~。なかなか撮影できなかったわけだ。アトラクション内部の道のりが長いこと・・。と思ったら、ダ~!
次の瞬間スプラッシュ!随分濡れて、これが本当のスプラッシュ・参ッテン。でも、ちょっと快感だったんだよね・・・。

急ぎ目に孫たちの処へ戻ろうと小走り。勝手知ったる娘夫婦は、自動撮影の展示される場所で私たちの静止画を見に来ていた。
次はスペースマウンテンだという。あたりは薄暗くなってきていて、ここでも速足でそちらに向かう。そういえば娘夫婦の時すでに、スプラッシュ・マウンテンのオブジェが夕陽で少し赤く染まり始めていたっけか。

日没に切り替わり、すっかり明かりが点いて娘たちはFast Pss。孫は割と静かに見送った。私たちは土産物売り場に入って時間をつぶす。つぶしがてら、孫がどんなものに興味を示すか見ていると、ミッキーの縫ぐるみとプラ製のスティッチの何かを触ったり戻したり・・・。
そうだ、スティッチ・モニターステーションにも入ったんだ(入った順番が思い出せずグチャグチャだが、私は初体験で意外と楽しかった。アロ~ヘ~)。

トイレに行ったりなんぞしながら、スペースマウンテンの出口当たりの椅子に座って待っていると、じきに娘夫婦が戻ってきた。
こんどこそ「もう一回行ってきなよ」と言ったが、娘の旦那と娘、「行ってきてください」と柔らかく勧めてくれるのが優しい・・・。これは受けるしかない。
待つ人後目に(しりめに)またもやズンズン。

昔と違って、通路周辺のデザインなど少し変えてある。やや雑然とした搭乗空間に入ると、なんだかホロコーストの列車に乗せられる人の波の中にいるような気にもなってくる。慌ただしくジェットコースターに乗り込むと、以前強く印象付けられた「光とミスト」の組合せではなくなっていた・・。

だが次の瞬間、暗闇の中を急下降、次いで矢継ぎ早に切り替わる小さな左右旋回などが流れ星や星空の宇宙空間をすり抜けていくような感覚がたまらなく愛しく麗しい。
特に左旋回から速攻小さく右旋回からの切り上がる動きに、自分の体がシンクロするように反応していくのが、何か細胞が嗤い出すような感覚。
もっと続け~!と思ったら、終わっちゃった!
隣に座っていたカミさんも、終始、嬉しそうな「ほほほほっほ~!」を連発していた。

なんか、楽しかったね~!それが退出路を歩く私たちの合言葉になった。
この華やいで昂揚した気分は、結婚前に訪れて乗ったスペース・マウンテンと同じ、若いときの気分そのものじゃないか!
このアトラクションがこの夜(と言っても18時台?)、私にはタイムマシン・スペースに思えた。遥か昔の感覚に浸れたのだから。

外に出ると、待っているはずの出口付近に孫たちが居ない。行き違いになるとマズいので私たちは腰かけて待った。
だが、ふと見れば、スペースマウンテンにはファストも一般も、待つ人がいない。
「もう一回、乗っちゃおうか?」そんな気持ちでカミさんの顔を見た。

そこへ娘たち3人がやって来た。「楽しかった、有難う」と言って娘の旦那に感謝。
最後は、ダンボの乗り物に親子3人で乗り納め。
あとはお土産タイム。私たちは孫にミッキー縫ぐるみ(大き過ぎず小さすぎず中庸なる程良いサイズ)。孫、眠たくなってきているが嬉しそうに買物袋を手から離さず父親の腕に抱かれる。

帰路につくと孫はすぐに寝入った。今日はよく頑張った。お腹はそれほどでもないので家に近づいたらコンビニ弁当くらいで済ますことにした。帰途の道路も流れていて、割合すんなりと戻れた。湾岸線の夜の照明の流れ・・・、今日は、タイムマシーンの中に居るような一日だったと思う。

【若返りを稼ぐ?/】

 

++++++++++++++++++++++++(TDL)+

2020.1.14 娘家族3人でTDLに出かけたという。娘夫婦はジェットコースターに乗れず、孫も含めてやや不満足。成長時間がもっと必要?

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1228 おさらぎの宿(喜多方)

2015-12-28 16:05:13 | 小さな旅の思い出

猪苗代で家族スキーのあとのこと。
ここから遠くないね、とカミさんと顔を見合わせた。そして、車で喜多方へと向かった。平成7年。もう21年前のことだ。

雪の喜多方は初めてで、たしか只見の民宿で会った男性から得た喜多方ラーメンの美味しいお店を目指したのが最初だった。
個人的には「まことや」さんが好きだとその男性は言っていた

今回喜多方は3回目のような記憶。
代が変わっていたようだが相変わらず美味しい。(わりと最近もTVで女性が跡を継いだような映像を見たように思う)
満喫したところでふと気がついてまたカミさんと顔を見合わせた。「今夜、どこに泊まる?」

アナログの地図を見ると、喜多方の北方に「おさらぎの宿」というのが記されている。そんな遠くないし、予約できないかと、まことやの方に電話番号など分かりませんかと尋ねてみた。
ところが、同じ喜多方なのにこれがどうもわからないらしい。それでも東北の人ならではの「あったかい親切」でとうとう探し当てて空き状況まで確認してくれた。
まことやのご家族とか全員「おさらぎの宿」の存在を知らなかったので、まだ新しいのかもしれない。
しかし電話で宿の人と話している様子で、だんだん素性が見えてきたような・・・。
電話を終えて場所とかいろいろな情報を伝えてもらっている時に、身内の方が「誰がやってる宿?」と聴くのに「あの馬車屋よ!」と答えた。

地図上で近いとはいえ、夕暮れ時に店を出るとじきにあたりは暗くなっていった。白っぽく見える道路を地元の車が次々と追い越していく。
私たちの車のすぐ後に着いた車は帰路を急ぐのだろう、随分迫ってくる感じ。なるべくアクセルを踏み加減にするが、けつを振りたがる車。
その危うい様子からか後続の車が追い越し車線で追い抜いて行った。チラッと見るとやはり軽乗用車で運転は中年のおばさん風。

もう路肩いっぱいに寄せてノロノロと走った。チェーンを装着していたが全然だめ。車を下りて道路を確認してみると、道路表面は氷でコーティングされた状態。スケート、出来るんじゃない?!
(「私をスキーに連れてって!」風に言えば『凍ってるネ!』といった感じ)で、こっちとしては全く以てヨロコベナイ。
4WDだが普通にラジアルタイヤ。地元車はチェーンも無しで突っ走って行く・・・。あ~、スタッドレスか。

ぶりんぶりんケツ振りそうになりながら、ようやく宿の前に車が到着。夕飯はすでに用意できないような時刻だったが、一安心。

(書きかけ)

 

 

 

 

+++++++++++++++++おさらぎ+

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0801 劒崎

2015-08-01 21:59:59 | 小さな旅の思い出

町内の祭りの帆。毎年のことだが、至近距離で太鼓や盆踊り曲が大音量で流れるので、昼間は逃げていた。川のあるところへ。
オハグロトンボやギンヤンマも見た。たまにはいいもんだね。小さな旅だよ、これ。

朝食は「丸亀製麺」。昼食は、施設内のレストラン。晩飯は、家で「よなよなビール」と金麦。

今日、息子は三浦半島の海に行くと言っていた。

三 浦三崎から、どうやら剣崎に足を延ばしたようだ。そこは入り江もある磯場が多く、釣り人も多い。
素潜りやBBQがてらの潮溜まり(タイドプール)遊びがで きるので夏は結構賑わう。

うちの子どもたちが小さいころは三浦半島のそこには何度か訪れたことがある。京急電鉄三崎駅からは離れているのでバスか車だが、駐車場 から結構長い下りがあって滑るときもあある。岩場が切れ込んでいて波が静かな場所もあるし、海岸を回り込むと砂浜もある。

「けんざき」と読んでいたが、ある時から劒崎(つるぎざき)という表示になった。歴史的に何かがあるのだろ う。

昔は、おびただしいフナムシが群れを成していて、私なんかは岩に腰かけていたら足の指先を齧られたことがあって嫌いだが、釣り人が箒と塵取りで透明なゴミ袋に掃き集めて、魚寄せの「こませ」に使っているのが面白かった。

小さな灯台もある。私はぼ~っと海を眺めるのに一人出かけたこともあるし、カミさんとのデートなんかでも、ここを訪れたことがある・・・。







++++++++++++++++1 劒崎+

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0930 富山旅行初日メモ

2013-10-13 19:46:34 | 小さな旅の思い出

旅行初日(0930)の宿で打ち込んだメモがあったので、ここに残しておく。あとで推敲、・・・しないだろうな~。
********
とりあえず富山に向けて旅立った。久々の「一人旅」だ。それ故、持っていく荷物もイメージが湧かないこと。
随分迷ったのは、「釣瓶落としの秋」故の服装選び。散々迷った挙句、車だからと、フリースコートやセーターも持った。
車を運転していた昼日中はTシャツ1枚でも「不感蒸泄」の「汗っ苦しい」状況。
「要らね~モン随分持ってきちゃったかな~、と判断力低下を憂えた。

実は今18時半、乗鞍温泉の宿でセーターを着ている。

宿のご主人によれば朝晩は5度くらい。2℃にまで下がったこともつい最近のことと言う。
この時期の寒暖差は「怖い」とも思った。それに宿の暖房(エアコン)は、「変な風邪ひき」のもとになりうる。

私はPCを持参したがPCバッテリーが充電不能と昨日になって気づいた。まあ御粗末といえばお粗末な話。
昔、電器店で聞いた話では、バッテリーは300回放充電を繰り返すと寿命が来る、と聞いた。
バッテリーを装填したままAC電源を差していると、わずかな放電を補う充電が行われ、寿命が早く来るという。
なので、ずっとバッテリーは取り外した状態で自宅では使っていた。

リチウムイオンとニカドでは異なるのかもしれないが、充電をしないで完全放電してしまうと、これまた修復不能と聞いたことがあ る。
バッテリーは随分進化したような話を聴くが、じきにダメになる上、値段も張るし、供給もそう長くもない(気がする)。
ライフサイクルが短いので、「新 しいの買えば?」という空気がムンムン、そんな気がしている。リサイクル率の良くもなさそうな都市鉱山が膨れる。

そんなわけで、宿のAC電気でPCを立ち上げている。暇だから、たっぷりできる。

さて、無理をせず今日は白骨温泉の「共同浴場」(¥500)に入り、硫黄の香りを身に纏った(まとった)。
白骨温泉は、以前、乳白色を保つため入浴剤を入れていたことがニュースでも話題になった。
今はそんなことをしていないと思いたいのだが、白骨を後に、6.7Kmの「スーパー林道」を経由して乗鞍温泉に到着。

紅葉はチョッピリしている枝もあるが、まだ時期には早い。
今日は秋の行事が大方終わった9月末。宿は空いていて、一番にチェックインできた私は、のうのうと一人、ヒノキ風呂の硫黄泉を堪能した。
白骨温泉(の共同浴場)に負けていない、と思った。私にとって硫黄泉は、極上の贅沢でもある。

夕飯の鍋には「ハナイグチ」という茸が面白い食感。山の幸と馬刺しで生ビールを飲り、日本酒を部屋でちびちびやりながら、ほ~っとしている。
家(家庭)は落ち着くのだが、リタイア後に昼間一人でず~っと居ると、「アイドリングだけ~」の状態で1年が過ぎるような気配がある。

ほ~っとしできて家事も何もないが、車の運転や、宿の確保やと、日常には無いメリハリを強いられる。それがまた楽しくもある。

そういえば、私の車も、近隣だけの運転では「燃費効率」が悪いし重い感じがしていた。
だが、中央自動車道をしばらく走っているうちにエンジンが「軽くなったような」気がする。
信号の無い道を気持ち良く走らせることは、「調子を取り戻す」のには最適なのかもしれない。人間の体と同じだね。

(宿のTVで天気予報) なに~!台風22号だと~?!10月2日に本州を掠める(かすめる)?

気温はグングン下がってくる。早々に布団に潜り込む。布団が温もるにつれて快い疲労感や安らぎ感に包まれていく・・・。

********
結局、24号に追い立てられるように着いた帰路では、降られることもなく済んだ。無事戻れてよかったと思う。楽しかった。 10月13日。

【旅行/富山/やっぱり旅が好き/戸奥にありて面憂もの?/】

 

++++++++++++++++++富山旅行+
*

2022.7.16 都市鉱山、相模原市の消去客路から≒31kgの金・銀が回収され2021年度の売却益、3,700万円。

 

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0927~ ゴールデン・マレーシア

2013-09-27 15:59:59 | 小さな旅の思い出

結婚式を終えてYキャットからリムジンバスで成田。途中、TDLの打ち上げ花火がバスの車窓から眺められて、祝福されているような気分。日航ホテルで宿泊、眠くて爆睡。これが0927(金)。

0928(土)
台北などをトランジット、マレーシアに到着。
空港は出口などの表示に乏しく、もたもたしていたら、どこへ行ったらいいかわからなくなったり・・・。

車でタンジュンアルーホテルに着くと、まずはウエルカム・ドリンクのフレッシュジュース。
その美味しいこと!

そして夕方にホテル最上部から見た壮大に輝く黄金色のオーシャンビュー。すごくきれいだった。その光の中に包まれながら私たちもそこに居た。

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0913 八海山

2013-09-13 17:52:33 | 小さな旅の思い出

以前、新潟の八海山に一人登り、秋の無人小屋に二泊、三日目に屏風岩の鎖場を降りた。

初日、六日町の駅を未だ暗いうちに歩き出す。上の「千本桧小屋」は、小屋の管理人が下山して小屋を開放してあり、そこに2泊した。ここは標高は1700m程度だろう。
夜、10数人のパーティーが暗くなってから到着した。食事の準備から後片付け迄はよいとして、終わったあともヘッドランプをつけ、遅くまで談笑して一向に終わらない。ほかの何人もの登山者が既にシュラフで横になって静かに寝ている。山では「早着・早発ち」が原則。とうとう私が怒鳴ることになって、ようやく就寝の気配になった。

次の朝、私は朝の山を写真に収めたり、スケッチしていた。あとは翌日の下降だけなので岩の上に腰掛け、縦走に向かう登山者と挨拶をかわしたりしていた。人の命の儚さという、ある種の空虚感を味わうことになるとは想像する由もない。

小屋を利用した登山者が出払った後、のんびり出発していった例のパーティーは、私が座っていた場所から30mばかり進んだあたりで騒ぎ始めた。そこは登山道の進行方向左側が切り立った断崖だ。滑落したらしい・・・。仲間の人間は、降りられるところまで下って呼び声を上げるが応答は無い。谷底が見える距離ではなく救助要請するしか手はない。あたりは複雑な、でありながら淡々とした空気に包まれた。

そのうち、双方向から“転落”を知らない登山者が往来する。事故のことを告げると、「はぁ... 。」と残念な表情になりつつも、また今まで通りのペースで歩みを再開してゆく。自分の体調と山肌の感触とを感じ取りながら無事に歩き続けるしかないのだ。

気をつけても防ぎ切れない猛威には、嵐でも地震でも、実のところ首をすくめて通り過ぎるのを待つしかないが、普通に気をつけてさえいればこの転落は無い話だった。そんなに難しい山道でもなかった
どうしようもない事態はいつ起きるかもしれないが、そうなってからでは手の打ちようも無い。だから自分も含め、自然の声を絶えず傾聴しながら、黙々と歩く。

三日目、件(くだん)の事故の翌日、下山路は“屏風道”。通常は登りに使うことが多いコースのようだ。屏風岩の鎖はしっかりしていたが、ほぼ垂直と感じる箇所もあり慎重の上に慎重を重ねたが、手には力が要った。ザックが邪魔をし、手脂がヌル~っと滑りやすくなって少し怖かったが、ここで滑落するわけにはいかない。ゆるゆると下る。ようやく平坦地に降り立って緊張が解けた。
無事下り終えた時、丁度これから登らんとする単独の女性と挨拶を交わした。山屋っぽい肉付きで、クリッとした目に力があり菅笠を被っていた。どこかの山岳会にでも入っていそうな空気感。山との一体感を感じた。

駅を目指す私は、新潟の山里のフサフサと背丈の高い野草や、確か未だ若い薄(すすき)が美しかったような記憶そ、れもだいぶうすらいではいるが...。越後の野の豊かさを感じた。
観光土産は、菅笠と清酒“八海山”(税金対策か、この時は2級酒だったと思う)。 <1974年0921 と随分昔の話>

【/生還~水色の静寂を抜けて/】

+++++++++++++++++ 八海山+
***** ***** *****

2018.9.23 清酒八海山も今や随分と高級な日本酒になった。庶民の愉しむ旨き酒に垂れ込める酒税という名の暗雲。まあ、飲める酒をいただこう。ラーメンも酒もビールも気取りがち、高く遠のく秋の夕空ってね。
2019.3.3 山歩きもまた、頭を空っぽにして登降を繰り返せばマインドフルネスのひとつと考えることができそうだ。
2019.7.2 突き詰めれば人は単独。それを孤独と嫌う勿れ。求める者は必ず孤独の道を通るからこそ同好に逢うと嬉しい。
2019.7.18 登山者は知人友人の遭難死を経験をすることがある。色々な意味で経験した人にしか分からぬ事が山にもある。
2019.9.2 早まらずとも人はいつか必ず死ぬ。リスカの人にしか分らぬ事もあるが、"死ぬんじゃねぇぞ"と中川翔子は言う。
2019.9.22 仙人にも、俗人にさえもなりきれぬ、中途半端なままのわれあり。
2019.10.13 八海山のある越後の友が丹沢登山に来たことがあった。遠い昔の事だが、それなりに満足してくれたみたい。
2019.10.17 一流の登山家、山行中の落命稀ではない。それぞれどんな思いで山に臨んでいるのか。【重荷そして寛放
2020.1.29 今の一歩を大事に歩みだし続けることの大切さ。休み休みでもいい。
2020.6.28 山は高きを以て貴しとせずとも言われる。最近は城山と呼ばれる山城跡(八王子城 etc)をポコポコ歩くばかりだ。
2021.10.6 合気道の会長さんだった方、78歳くらい。2人の奥さんに先立たれたが、畳の上で死ねて良かったのだろう。

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0731 小田原城

2009-07-31 21:59:59 | 小さな旅の思い出

小田原、ずっと昔のある日、父に連れてきてもらったことがある。父の勤務先もあったように記憶する。

また別の12月、私の運転で小田原城に父母と一緒に車で立ち寄った。その時は思わぬ雪の朝だった。スキーが趣味だった私は雪道の運転に不安が少なかったのが幸いだった。そんな思い出を胸に、今日は一寸一人で旅気分。

小田原城敷地内にある案内所では、希望者に無料ガイドの用意がある。観光案内所には入ってみるものだと思った。秀吉の一夜城のことも語ってくれたりする生の説明は分かりやすく興味が喚起される。

私が小さい時に連れてこられたときにも、鎧兜や刀剣の展示が天守閣への途中の階にあった。ちょっと懐かしく、期待して観たが刀身は曇って(管理状態の問題?)何だかちょっと残念
城近くで蕎麦を食べたも少し工夫が出来そうな雰囲気ではあった。帰りはロマンスカーでビール(500円)。それでも足りなくて、KirinCity で生ビール。だいぶ飲んでしまった。シルバーマイスターの泡があまりにもクリーミー・・・。それに、今日は旅気分だし。

【小田原城の動物公園/像の思い出/】


++++++++++++++++小田原城+ 
*****

2019.6.1 旅気分で歩いたその日に、地元の人が"小田原なんて何もねぇ、寂れる一方"と言った。そうかな。磨けば光る
2020.6.14 何がどうということは無くても、一人旅は楽しいものだ。自分のペースで自由気ままに。しあわせなことだ。
2020.8.13 “山の日(0810)”に金時山に行った人、その混雑ぶりに驚いたとか。何でもない近な散歩道こそ大事かな?
2020.8.15 コロナ禍では、こういうところも混んでいるんだろうな。連休と同じ、何処に行っても人がいる?
2021.8.11 目は疲れるがPCで小田原をググったりしてみるか。北条やら何やら。疲れたら近くの緑多い場所を散歩。
2022.6.5 後北条氏の山城(八王子城跡など)をこの頃はよく足を向けるようになった。川越にも勢力を広げていたなんて。

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0224 マヤ旅行から帰国

2008-02-24 23:59:59 | 小さな旅の思い出

2008 (日)
マヤ旅行から帰国した成田は強風。NEX(成田エクスプレス)運休。
しかたなく京成線日暮里、山手線新宿、小田急線乗り継ぎということで、最後の最後に疲れ増幅。
大戸屋で帰国メシ(和食)を食べてから、タクシーで帰宅。


+++++++++++++++++マヤから帰+
****

2019.2.5 和食はおいしい。日本の風土に合っており、海外に行ってもなお、日本食を体が欲するのが分かる不思議。
2019.11.2 今回ハワイからの帰宅でもタクシー利用。帰宅時の和食は必要もなく、ガーリックシュリンプが美味かった。

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0216 マヤ

2008-02-16 23:59:59 | 小さな旅の思い出

a world (cultural) heritage,the remains of Maya.   2008

0216 (土) マヤへ出発の日。
朝4時半頃目覚めた。カミさんも早くに起きて、朝、私の髪の毛カットしてくれる。カミさん、なんと!生理始まる。大変だね~。
それに私も息子も娘も、カゼをひいた状態での冬の旅行。ゴホゴホしながら歩いてく。雨じゃなくってよかったね~。

でも旅行荷物はあらかじめ空港へ配達してもらっているので、歩いて駅まで向かう。それでも手荷物があって、そこそこ息が切れる。
ポチは動物病院併設のドッグホテルに「お泊り」だ。

行きのNEX(成田エクスプレス)内。幕の内弁当を食べる人を見つつ、空腹のまま成田へ。計画甘かった?腹減って元気なし~。
お菓子じゃちょっと・・・。

でっかい空港ではあるが、成田空港の1000円もするウドンには、がっかり。
ノースウィングのコンチネンタル搭乗口近くにはもう少し安いウドンを提供するところがあったので、そっちで食べた。800円位したと思うが・・・。
だから、うろうろ歩いたんだよね~。悪いことに新らしいウォーキング・シューズを履いてきたものだから、擦れて痛くなってきた・・・。悲惨。
スカイポーターでスーツケースを受け取ったが、不機嫌な受付嬢にビックリ。


【2016.2.16(~) 記/ぼちぼちと追記/便宜上、旅行日の日付で投稿、記載時刻も23:59:59で統一】

 

 

 

 

++++++++++++++++++マヤ旅行+

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