161213 日本版SEC委員長退任を考える IRと民主制の異なる視点
三題噺のような、いや、もっと多重弁当のような展開になりそうで、私の頭の中の継ぎ接ぎを理解していただけるか?ですが、ともかくスタートを切ってみます。
今朝の毎日に、小さな記事で、証券取引等監視委員会の委員長を歴代最長の約9年5カ月務めた佐渡賢一氏(70)の退任が報じられていました。佐渡氏が。「証券市場は無法者がはびこる世界だったが、今や証券監視は飛躍し、実力を備えた」と監視委の成長を喜んだ。とされ、さらに札幌、福岡の両高検検事長などを歴任して2007年7月に就任したこと、後任には長谷川充弘・前広島高検検事長が13日付けで就任とありました。
ここで気になったのは、佐渡氏が当委員会の実績を自画自賛したことと、委員長がいずれも検事長という検察官出身者であることです。この点は後で述べるとして、次の話題に移ります。
ただ、その業績に少しだけ触れると、巨額の年金消失が明らかになったAIJ投資顧問の事件や、巨額の損失を「飛ばし」という手法で長期にわたって隠し続けた上、負債を粉飾処理したオリンパス事件では、告発して責任者に刑事処分がされていますが、これらを含め全体として、刑事罰は低く、また課徴金額もさほど大きなものでありません。とりわけインサイダー取引などでは少額事件といっていいものしか摘発できていない印象です。やはりスタッフや予算が不足していることも関係するでしょう。なお、東芝の巨大不正会計事件については、告発等がされないまま、引き継がれ、後任も消極的な様子がうかがえます。米国SECの課徴金額や摘発の規模と比べると、それだけみると物足りなさを感じます。
ところで、最近、IRという言葉が突然のようにもてはやされ、カジノ解禁法案の名称に対抗する形で使われています。IRはIntegrated Resort(統合型リゾート)の略称で、今回の法案でも家事の施設は全体敷地の数%だから、IR法案というのが正確だとか。なにか変な理屈づけに聞こえるのは野党だけではないように思います。ただ、私が強調したいのは、IRといえば、Investor Relationsの略称として、企業が投資家に向けて経営状況や財務状況、業績動向に関する情報を発信する活動として、アメリカでは半世紀以上の歴史をもち、最近日本の企業でもほとんどがIRとして、格付け情報とともに非常に神経を払っていると思います。
さて、リーマンショックが発生したのは2008年9月でした。私が首都圏から片田舎に移り、世情の大きな動きも上の空で、雑木林や休耕田の手入れを始めた頃でした。後から振り返ると世界経済はてんやわんやの大騒ぎだったわけですね。私自身は、90年代初頭に日本版バブルを経験していましたので、21世紀初頭前後から続くアメリカの住宅バブルはまっとうな金融市場ではありえないと思っていましたので、いずれはバブルがはじけると思っていました。ただ、サブプライムローンと言ったクズのようなものがなぜ証券化でき、買い手がつくのか不思議でした。お金や収入がなくてもどんどん貸してくれる、不動産の価値がうなぎ登りに上がる、ありえないことでした。それがIR(Investor Relations)や格付け基準の確立されているアメリカで起こっていることがわかりませんでした。
他方で、IRはカジノの比率がほんのわずかでギャンブルをイメージする施設ではない、といった理解は、アメリカの証券・金融市場におけるIRと格付け情報はきらびやかな品格基準であるかのようにもてはやされていたのにもかかわらず、サブプライム問題で明らかにされた虚偽性・投機性・詐欺性で充満していたこととなにか通じるとことがあると感じるのは私だけでしょうか。
幸い、和製SECの証券取引等監視委員会は、検事長出身者と弁護士・公認会計士という、ウォールストリートの実業者でなく、法律と会計の専門職業人である点は、佐渡委員長が自慢するほどの功績をあげたといえるかはさておき、基本的には業界との癒着は考えにくいといえると思います。
この点、米国証券取引委員会(SEC)を含め、証券・金融行政のトップは、レーガン大統領以降、歴代大統領は、ウォール街の実力実業者や側近をあててきたと言われています。今回の大統領選でクリントン氏がその癒着を指摘されたウォール街は、いくらアメリカの法制度が証券・金融取引の公正さを保つために制度設計をされてきたと言われても、どんどん骨抜きにされる運用が行政のトップによってなされてきたのではないかと思うのです。
サブプライム問題(映画「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」)も、その劣化したシステムで生まれた一つの現象とも思われます。お金もない収入もない人が銀行から金を借りて返済できない不動産を買い、その価値のないといってよい金融機関の債権をすべて集めて複雑な債権内容を証券化して中身をわかりにくくしつつ、その格付けを3Aと格付けさせて、いわば隠蔽された超危険な投機証券として、全世界の投資家に販売したわけで、世界的な詐欺と評されてもいいでしょう。
これだけ世界中の経済や生活を震撼させた事件にもかかわらず、関係者で告発されたり、報酬の返還や損害賠償を請求されたケースはわずかではないでしょうか。そのうち、下落をみこんでいた住宅ローン担保証券を優良商品として顧客に販売して証券詐欺で訴えられていたゴールドマン・サックスは、5億5千万ドルの罰金を支払うことで証券取引委員会(SEC)と和解しました。日本では驚異的な金額ですが、同社にとっては2週間で稼ぎ出すと言われています。市場の反応も、ゴールドマンの株価は和解発表後5%も上昇し、時価総額の増加分だけで和解金を上回ったということです。
この事件を暴いたマット・タイビ記者によると、つぎのような実態があるとのことです。
ゴールドマン・サックスは、この20年のあいだ繰り返し投機バブルを作り出し、責任を追及されることなくバブルのたびに儲けを拡大してきました。ITバブルでも、住宅ローンバブルでも常にゴールドマンが投機の中心にいたのに、いつも刑事責任を免れています。ゴールドマンには、米国のほかの銀行には見られないような政府との強い結びつきがあるからです。
元GS副会長ロバート・ルービンは、クリントン政権の財務長官に就任し、次々と規制緩和を進めました。その仲間や部下が常に政権内の要職についています。ブッシュ政権末期の金融危機でいち早く銀行救済措置を取ったヘンリー・ポールソン財務長官も元GS会長です。オバマ政権では、ティモシー・ガイトナー財務長官はルービンの元側近、財務省ナンバー・ツーのパターソン氏は元GS社員で、商品先物取引委員会のゲーリー・ゲンスラー委員長もGS出身で、ルービン元財務長官の部下でした。商品先物市場は、GSが考案した商品インデックスファンドが穀物投機バブルを引き起こし、2008年の食糧危機を引き起こしたと言われています。
これでは証券・金融の適正化に向けた規制や、報酬規制など到底無理でしょう。そして金融危機を招いた証券会社や銀行には巨額の税金が投じられて救済され、多額の報酬を得たトップから末端トレーダーまでだれも報酬を返還した人はいないようです。他方で、税収が削減された結果、公立大学は学費を値上げし、経済的弱者は大学にもいけず、富の偏在がより拡大したという構図です。それが今回の大統領選でわき上がった、癒着した政財界への批判であり、クリントン氏への批判です。
ではトランプ氏は、ウォール街を批判していましたが、変わるでしょうか。すでに閣僚人事などでウォール街などと調整を図っているように見えます。オバマ政権の気候変動対策で取り上げたCO2排出権取引のカーボンクレジット事業には暗雲が漂っていますが、経済的な感覚の鋭い、しかも不動産王でもあるトランプ氏が、ウォール街の上を行く可能性すらあり、とても楽観できる状況ではないと思います。
元に戻ってSECが期待されている役割や、金融証券市場のあり方について、どの程度知見があるのか明らかではないトランプ氏、巨額の株式投資や金融商品への投資をしていても、課税回避が得意なように、規制逃れの動きは得意かもしれませんが、適正さに向かっての改革に人材や予算を充てるとはあまり期待できないように思うのは穿った見方でしょうか。
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