たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

特捜部を少し考える <小説『巨悪』><大阪市官製談合><ゴーン被告辞任>などを読みながら

2019-01-25 | 司法と弁護士・裁判官・検察官

190125 特捜部を少し考える <小説『巨悪』><大阪市官製談合><ゴーン被告辞任>などを読みながら

 

伊兼源太郎著『巨悪』は、最近では現代物をほとんど読まない私がふと手にとってぱらぱらと見たとき、なんとなく気になり読み出したところ、次の展開がどうなるかと、久しぶりに感じる感覚でした。

 

伊兼氏の著作は初めてでしたが、元新聞記者という経験を彷彿させる場面が随所にあります。しかも、東京地検特捜部という、とくに機密性の高い舞台をとりあげただけあって、参考文献とした検察官ものは相当なものです。といってもそれを血肉あるものに仕上げるにはやはり検察官や検察事務官という人間にどう踏み込めるかが肝心で、取材を通して身につけたのでしょうか、結構臨場感を感じました。

 

ところで、大阪地検特捜部検事による証拠改ざん事件では、特捜部解体論も取りざたされたとも言われていますね。この小説ではそのような特捜部の進退が迫られるような状況で、検察内部の対立と、検事と検察事務官との役割の違い、上記事件で指摘されたような自白強要を迫るような旧来型捜査手法と証拠に基づき人間性に訴える?捜査手法との相克が目白押しにでてきます。そして巨悪の本流は、長い冷たい断片的なスローペースを経て、様々な謎解きを用意しつつ、最後の章には次々と明らかにされていくのです。それは、東日本大震災に対応すべき巨額の復興予算が、復興目的と外れて、大物政治家、大手企業、闇の工作員などを介して、まるでこれ幸いのように巧妙なマネーロンダリング手法で収賄・贈賄の金銭として使われてしまう仕組みに組み込まれていくのです。

 

このような筋立て自体は、他にも似たような小説なり、論文なりあるかもしれません。私が着目したのは、検察官と検察事務官の役割を大胆に描いている点です。それも序章の一人の若い女性の異質な危機的状況を提示しつつ結論を書かないで、読者を不安定な状態にしつつ、その後の展開の重大な布石にしているのです。

 

しかも二人の主人公に近いともいえる、一人は検察事務官ですが、東大法学部卒でありながら、キャリア試験も司法試験も受けず、東京地検の検察事務官をあえて選んだ人物。もう一人は私大卒で2浪で?司法試験をパスして検察官になった人物。そしてこの検事は上司が強引に調書を作れと要求しても首を縦に振らず、昔よく言われた「検事調書」(検事の作文で本人の供述をそのまま書いたものではない)的なものを忌避し、いかに取り調べ相手が適当な嘘を言おうとも、自白を誘導したり、強要することは断固さけて、それこそが検事の役割だとの信念を抱いているのです。それぞれの経緯や思いはその後次第に判明するのですが・・・

 

特捜部の検察事務官というと、よくガサ入れという場面で、段ボールをもってビルの中に入っていく大勢の人たちがイメージされたり、取調室で検事が被疑者から聞き取る内容を記録したり、その後供述調書にするときタイピングするなど、補助的役割をするイメージは私もほぼかわらないかもしれません。

 

でもこの小説での東京地検特捜部における検察事務官の役割は別格です。経済事犯なども多いですから、会計資料など膨大な資料を検察事務官がしっかり読み込んで証拠となり得るようなものを取り出す役割を担っています。それ以上に刑事なみに捜査手法を駆使するのです。普通の地検検察事務官ではあまり経験がないと思うのですが、特捜部の実態を知らないので、そうなのかと思ってしまいます。

 

ところで、この『巨悪』では検察組織、とりわけ東京地検特捜部の検事は、一人ひとり、そして組織として、地道に証拠を積み重ね、犯人を追い詰めていくことを、願いを込めて語っているように思います。

 

そこでゴーン氏の逮捕、勾留、起訴事件ですが、以前にも少し書きましたが、最高検はもちろん、最高裁、政府とも事件の具体的な提示がなくとも、司法取引とか外国の要人であるとかを踏まえて、なんらかの協議をしていたのではないかと勘ぐっております。まあ、ありえないというのが妥当なんでしょうけど、そんな危ない橋を渡ったのかなとも思うのです。

 

いずれにしも、経済の世界はすでにゴーン後で動き出していますね。それはゴーン氏の犯罪立証がどこまでできるか、裁判所がどのような認定をするかに関係なく、これまでの資料・情報からゴーン氏が世界トップにランクされる自動車グループの総帥としての資格を欠くとの烙印が押されたと思うのです。私はそれだけでも特捜部の成果としてあげてよいかと思います。今朝の毎日記事<クローズアップ2019 仏ルノー新体制 「ゴーン後」新たな攻防 連合主導権、日産守勢も>はそのようなゴーン後体制を取り上げています。

 

司法取引の運用については、法案成立段階の審議で、すでに捜査が開始していた可能性が高いので、一定の場面を想定した議論はできたのではないかと愚考するのです。司法取引の審議で、具体の犯罪類型をどこまで本件を想定したものが検討されたかは分かりませんが(審議資料を見てもそのようなものはないでしょう)、検察当局としてはイメージしていたのではと考えるのです。

 

そういえば、事務総長は、司法取引の導入に熱心だったとされる西川克行氏でしたが(こちらは「にしかわ」と呼ぶようです)、日産社長の西川(さいかわ)氏と同姓に近いというのも奇遇ですね。ただ、昨年9月、稲田伸夫氏が就任されているので、ゴーン氏逮捕時の検察トップは西川氏ではないですが。

 

『巨悪』でも犯罪のより具体的な内容自体は小説の中では明らかでなく、これから本番という場面で終わっていますが、異常に巨額の復興予算の計上やその使途には多くの国民から疑惑の目が向けられている中、一つの切り口を示したのかなと思うのです。

 

他方で、昨夕からの毎日記事では<大阪市、電気工事で疑い 建設局を捜索 地検特捜部><繰り返し入札情報漏えいか><市設定と落札額、価格差全て1%未満 捜索会社>と大阪地検特捜部による大阪市官製談合の摘発を報じています。

 

入札の適正化・透明化など長年言われてきたことですが、これまた浜の真砂の例よろしく、各地で見過ごされてきたかもしれません。まだ外観的な事実しか取り上げられていないようですが、これから検事、検察事務官がチームで熱い作業を休みなく行うのでしょうね。それは頑張って欲しいと思うのです。この『巨悪』でもそのような努力を丁寧に描いてます。

 

私がこの小説に魅了されたのは謎解きとか、筋書きとかではなく、その女性の死と二人の男性の生き様でしょうか。

 

今日はこのへんでおしまい。また明日。


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