白夜の炎

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ユーロ圏のエリートの意志を見くびるな-米国だってトクヴィルの予想を覆した/FTより

2012-04-19 14:53:12 | EU
「「もし合衆国の主権が今日、諸州の主権と争うことになったら、負けるのは合衆国の方だと自信たっぷりに予想されるかもしれない。また、そのような争いが真剣に企てられる事態は考えにくい・・・どこかの州がこの契約からの離脱を選択したら、そうする権利がないことを立証するのは難しいだろう。それに連邦政府は、力ずくにせよ、正当なやり方にせよ、その権利を直接主張する手段を持たない」

 米国の将来についてこのように書き記したアレクシ・ド・トクヴィルは、この国を観察した外国人の中では最も鋭い洞察力の持ち主だった。それでも、内戦の結果を予見することはできなかった。
ユーロ圏は経済的な政略結婚か?

 同じように、筆者が米国に滞在した10日間で、情報に通じた米国人たちがユーロ圏は生き残れないと考えていることが分かった。

 なぜなら、かつてトクヴィルが、合衆国は政治的な政略結婚だと考えたように、米国人識者は今、ユーロ圏のことを経済的な政略結婚と見なしているからだ。

 この対比は不正確ではあるが、話を非常に分かりやすくしてくれる。「不正確」だというのは、ユーロ圏が国ではないからだ。もし国だったら、ユーロ圏にのしかかる経済的ストレスは対処しやすいものになっているだろう。
 「話を非常に分かりやすくしてくれる」というのは、いかなる政治構造であろうと、それが存続するか否かはそこに作用する遠心力と求心力の強さに左右されることを示しているからだ。

 南北戦争当時の米国の事例で言えば、遠心力はアメリカ連合国(南部連合)に分離を決断させるには十分な強さを持っていたが、求心力はその試みを頓挫させるのに十分な強さを持っていた。


経済的、政治的な遠心力

 では、ユーロ圏に作用しているこの2つの力については、どんなことが言えるだろうか?

 経済の面で遠心力が働いていることは、これ以上ないほど明らかだ。第1に、ユーロ圏は財政の支えがない通貨同盟であるため、その調整の圧力は、柔軟性がないことで知られる労働市場にのしかかる。

 また、ユーロ圏では低インフレを目指すことが合意されているため、名目賃金に下押し圧力がかかる。その結果、失業は増加し、経済は衰退し、債務デフレが進むことになる。

 第2に、ユーロの誕生と時を同じくして世界は信用ブームに入っていった。ユーロが創設された結果進んだ金利水準の収斂は、リスクスプレッドの消滅により一段と進んだ。

 その結果、国境をまたぐ貸出が民間セクターに対しても公的セクターに対しても急増し、多額の債務を抱えた国(イタリアなど)では財政再建圧力が低下し、巨大な対外収支不均衡と競争力の乖離が生じた。

 そこに金融ショックが襲いかかり、貸出が「急停止」し、民間セクターの借入と支出が急減し、財政危機の波が押し寄せてきた。

 第3に、このような危機に際して、ユーロ圏は銀行システムを維持したり、苦境に陥った国に資金を融通したり、債権国と債務国による調整を確実なものにしたりする効果的な手段を全く持ち合わせていなかった。繰り出した対策はまさに即興だった。ユーロ圏という飛行機は、墜落しながら設計変更がなされつつあるのだ。

 次に政治的な遠心力について考えてみよう。筆者は2つ挙げたい。

 第1に、ユーロ圏の人々が抱く連帯感は、概ね国単位にとどまっている。ユーロ圏諸国と言えば、世界で最も福祉が手厚い国々だ。ところが、困っている他の国を助けるために資金を融通するのは、それほど大きな額でなくとも極めて難しいことが明らかになっている。欧州中央銀行(ECB)が国境をまたぐ資金供給の主役に事実上なっているのはそのためだ。

 第2に、権力はまだ加盟国各国が保持している。ユーロについて言えば、権力は最大の債権国であるドイツに集中している。そのためユーロ圏は、政治的には、国ではなく多国間取り決めのような形で機能している。ドイツ人はこの問題を当初から理解していたが、フランス人は分かっていないことが多かった。


遠心力と求心力のバランス

 最後に、各国の見解について考えてみよう。最も重要な遠心力は、ユーロ圏のどこがおかしくなっているのか、そしてこれを直すにはどうすればよいのかについて見方がバラバラなことだ。

 特にドイツは、今回の危機は財政の規律のなさを反映したものだと考えており、これが支配的な見方になっている。だが他方には、真の問題は過剰な貸出と競争力の乖離、そして対外収支の不均衡にあるという(正しい)主張がある。

この見解の不一致は問題だ。なぜなら、調整というものは単純に押しつけることができないからだ。ユーロ離脱という選択肢があることを考えれば、調整は交渉を経て行われなければならない。そしてそのような交渉では、この危機において債権国が果たした役割を債権国自身も理解しなければならない。

 もし債権国が対外収支の黒字を維持したいのなら、債務国に資金を貸さなければならない。貸した資金を返してほしいのなら、自らの対外収支を赤字の方向に動かさなければならない。つまり、金融と貿易の両面で調和を図らなければならないのだ。
 では、こうした遠心力は、ユーロというシステムを破壊するのに十分な強さを持っているのだろうか? この問いに答えるには、求心力にも考察を加えなければならない。

 ユーロというシステムを経済の面で支えている最大の求心力は、ユーロ圏崩壊に対する恐怖心だ。また危機で打撃を受けた国々では、改革の促進に役立つとしてユーロの維持を正当化する向きもある。

 単一通貨は長期的に利益をもたらすと考える人は多い。ただこの主張は、危機が生じて国境をまたぐ金融統合の度合いが低下する事態に対処するコストの分だけ、割り引く必要があるだろう。

 政治の面における最大の求心力は、統合された欧州という理想への傾倒と、このプロジェクトにエリート層が投じた膨大な時間や労力だ。これは非常に重要な動機づけになっているのだが、欧州以外の国や地域の人々には過小評価されることが少なくない。


単なる通貨同盟ではないユーロ圏

 ユーロ圏は国ではないが、単なる通貨同盟以上のものだ。飛び抜けて重要な加盟国であるドイツにとってユーロ圏とは、20世紀前半の災厄を経た後の安定と繁栄をもたらすのに貢献した、近隣諸国との統合プロセスの頂点にほかならない。ユーロ圏が解体されれば、重要な加盟国は非常に大きなものを失うことになるのだ。

 従って、ユーロ加盟国は、欧州および世界における自分たちの立ち位置についての考え方によって束ねられていることになる。加盟国の政治エリートと大半の国民は、以前ほど熱心ではないとしても、この戦後の大事業に取り組む必要があると引き続き信じている。

また、話を経済の面に限ってみても、為替レートの柔軟性が助けになると考える向きはほとんどいない。多くの人はこれまで同様、ユーロを離脱して為替レートを切り下げてもインフレ率が高くなるだけだと見ている。

 もしユーロ圏が経済的な政略結婚にすぎないのであれば、どろどろした離婚劇が展開される可能性があるように見えるだろう。


悲惨でも耐え得る結婚

 だがユーロ圏は、そんな結婚をはるかに超えたものだ。今後も、連邦国家にははるかに届かないレベルにとどまるとしても、だ。ユーロ導入の背後にある意思の強さを甘く見るべきではない。

 最も可能性の高いシナリオは(確実にそうなるとはとても言えないが)、ドイツ的な理想と欧州のひどい現実との間で妥協が成立するというものだろう。困難に陥った国々への支援がさらに膨らみ、ドイツのインフレ率が上昇して対外黒字も縮小し、調整が始まることになるのだろう。

 この結婚はあまりにも惨めなものになる。しかし、持ちこたえる可能性は残っている。


By Martin Wolf
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