アラカン新米ママの東京ぐうたら日記

45歳でできちゃった婚、46歳でいきなりシドニー移住&出産、東京に戻り、右往左往のままはや娘は10歳を過ぎ・・・。

「ワレサー連帯の男」で泣いた夫

2015-01-13 20:38:48 | 日記
たまたま近くのTSUTAYAに、アンジェイ・ワイダ監督の「ワレサー連帯の男」があったので、借りてみました。


あんまりワレサ本人には似てませんが、話し方は似てる、と夫。

夫と知り合う前、ポーランドと聞いて、私が最初に思い出すのは「連帯のワレサ議長」だったのです。立派で不思議な形の
口ひげで、ラフな格好のおっさん。「本当はヴァヴェンサと読む」と英語の先生が言ったこと。ま、それくらいなものですが、
ほかにポーランドの強い印象ってなかったので(笑)。

ポーランド育ちで、事情を知ってる夫と一緒に見ると、臨場感あるかな、くらいな気持ちで借りたのです。
自国について有名な監督が映画を作っても、その国の一般人とは違う感覚だったりするので、一般人がどう感じるかなあという
好奇心もありました。


デモと警察の対立シーン。

80年代、ワレサの自宅にイタリアのインタビュアーが訪れ、取材する、というのがはじまりで、このインタビューが
最後まで続きます。インタビューにワレサが答えながら、フラッシュバックのように、その答えの時代の映像が流れる。
作られたものもあれば、当時の映像もあるらしいです。

ものがほとんどないスーパーに並ぶ長蛇の列。棍棒でデモやストをする人々を殴りつけ、逮捕された人たちを拷問しながら尋問
する警察。戒厳令で静まり返った夜の街。どれも見ていて気持ちのいいシーンではありません。


かしゃかしゃ、泡立て器使用中。

ふと、となりをみると、あれ、夫が涙を流している・・・!しずかに一本の涙が流れ、しばらくするとまた一本。
娘を寝かしつけるので、中断しましたが、中断している間に「なぜか感動してしまった。よくわからないけど涙が出るんだ」と
ぽろぽろと涙が止まらない夫。

あらら〜と思わず抱きしめながら、「本当にあんな感じだったの?」と私。
「うん、そうだよ。スーパーにはものが全然ない時もあったし。僕が大学にいるとき、デモがあって、警察をああいう感じに
衝突していたし。戒厳令がしかれると、夜何もすることができなくて、家で本ばかり読んでいたなあ」と夫。


椅子の上にたっての作業。

夫はベルリンの壁がくずれて間もなく、1991年あたりにオーストラリアに移住したので、共産主義から資本主義的な社会に変わっていくところを
目の当たりにしていません。「たまに帰国するたびに、どんどん豊かになっていって、いいな、とは思った」ようで、あまり
思い入れがなさそうなのです。ここ10年近くポーランドには帰っていないし。

それよりも20年以上住んだシドニーに思い入れが強いらしく、移民してからの話はよくします。
ポーランドで大変だった話はあまりしない。
でも映画をみて涙がでてきた、ということは、やっぱり心の奥に、いろんな思いが積もっていたんだろうなあ、と
想像しました。


ころころ丸めてます。

どんな思いなんだろうね、と私。
思えば遠くへきたもんだ、みたいな感慨かな?
ポーランドにいた時には、まさか50歳になって日本人と結婚して子供ができて、やがて東京に住むなんて
想像もしなかっただろうし。
その前に、シドニーに住むというのも、もしかしたら、どこかに住みたいという気持ちはあったかもしれないけど、
具体的な夢ではなかったかも??


途中、洗い物もしてます。スプーン一本だけですが!

日本語はできないけれど、かなり東京の暮らしに馴染み、保育園の送り迎えもこなし、となりにいる私の両親や近所に
何人もいる私の親戚ともなんとなくうまくやっている夫です。スーパーのお惣菜もけっこう好きで、東京の毎日の食事にも困りません。

なんとなくずっとこういう人だったような錯覚をしてしまいますが、人生の最初の30年くらいは、
まったく違う世界で生きていたんだなあ、と今更ながらに突きつけられた気がしました。
そして、こうやって東京で飄々と普通に暮らしてるって、もしかしたら、すごいことだなあ、と感心もしてしまった。


ちびパンできたよ〜!

夫とは知り合って6年くらい、結婚して4年ちょっとなので、長い付き合いではありません。
でも3歳児といっしょの生活をいっしょにしていると、なんだかずっといっしょにいた人みたいな、
悪く言うと「だれた感じ」、よくいうと「こなれた感じ」がします(笑)。

東京にもよく馴染んでいるので、ずっとここにいた人みたいな錯覚を覚えるのですが、夫は全然違う国で
生まれ育って、さらに違う国で20年生活して、そして東京で子育て始めてるんだよねえ、不思議。


カフェで一服。

日常生活で、埋もれてしまう「人生って面白い、不思議だなあ」みたいな感覚が、ひょんなことから訪れた一瞬。
そんな一瞬をくれた、この映画に感謝します。ただね、映画自体は大好きではなかったんだけれど・・・!

「いたいからおっぱいやめる」という娘の言葉から、いろいろ考えさせられました。

2015-01-10 12:04:49 | 日記
快晴が続きますが、朝晩はぐんと冷え込みますね。今年の冬はなんだかとても寒く感じます。


てんぷら屋さんで「サワガニの唐揚げ」を前に、にんまり。でも食べなかった。

もう母乳はストップしたのに、寝る前とか起き抜けにはおっぱいが必要だった娘ですが、数日前、「歯が痛いから
おっぱいはやめる」という不思議な発言。よくよく聞いてみると、私がちょっと前に、歯を立てる娘に「いたいよ、
歯がいたいよ」と文句をいったことが理由らしい。まだ受動態と能動態など使い分けられないのですね。
翻訳すると「ママが私の歯があたっていたいというから、もうおっぱいもらうのはやめる」らしい。


お店のおかみさんが貸してくれた、お茶ミル。抹茶塩をつくるのに使うそう。

へえ、娘なりに気を使うんだあ、感心しちゃいました。ただ、完全にやめちゃうのは、ものさみしいらしく「手で触るだけにする」(笑)。

さらに、「ママは耳が痛いからお医者さんに行くね」と話したら、数日後、「ママ、耳はまだ痛い?私がうるさいから耳が痛くなったの?」
と心配そうな顔で聞きます。「ううん、ばい菌がはいって痛くなっただけだよ。うるさいからじゃないよ。お薬飲んでるから
だいぶ良くなってきたよ」と答えると、ほっとした様子。


本棚のネジを巻くお手伝い。

そうかあ、母親の耳痛を自分のせいにしちゃうんだ、と妙に神妙な気分になると同時に、昔読んだいくつかの本や、
受けた講義、実際に聞いた、児童虐待の被害者の人たちの話などを思い出しました。

子供は万能感があるゆえに、あらゆることを「自分のせい」にする傾向がある。
子供の頃のトラウマってよく話が出ますが、あることが起きると、万能感がある、つまり、すべてのことは自分の
力の範囲だと思っているから、私のせいだ、と自分を責めてしまい、それが傷となって残る、という説明が
されたりします。

また、子供は親に捨てられると生きていけないので、あらゆる手段を使って親から捨てられないように努力する。
例えば極端な例ですが、親から虐待されても、「自分が悪いから」とその自分の悪さを相殺するように、ものすごくいい子になったり
これ以上何かされないように、極端におとなしくなって、それがやる気のなさになっていったり。


真剣。けっこう上手です。

もしかしたら、私が耳の不快さで、不機嫌でいるのを見て、その理由は自分にある、つまり、耳の痛みの原因は自分のせいである、
自分がうるさかったからだ、という論法だったのかなあ、と想像しました。

ところで、私は自分がかっとすると、反射的に娘を叩いてしまうことがあります。
娘は泣き出し、私ははっとして、「ごめんね、ママは叩いちゃいけないね。でも、こういうことをしちゃいけないのに、
やり続けるからママは怒っちゃったんだよ。もうしないでね。危ないんだから」と抱きしめて、優しく説明するように
しています。「痛かったよ〜、もうしないでね」と訴える娘が泣き止むまで、「ごめんね、もうしない。でも、ああいうことは
しないでね」と言い聞かせます。

だいたい「大好き、I love you!」とお互いに抱きしめあって、終わるまで、続けるのです。仲直りってことがはっきりするまで(笑)。


私の両親の家族、弟の義理の家族も集まって、20人近くの新年会。

だいたいそういうことがあった夜は、いっしょにベッドに入ってから、娘は「ママね、今日、xxxした時、私、痛かったよ」
つまり、xxxした時、ママに叩かれて痛かった、などとその日、自分が叩かれて痛かったことを、もう一度訴えます。
「ごめんね。ママがやめてっていってるのに、何度もくりかえすから、ママは怒って叩いちゃったの。いけないね。
もうしないよ。でも、xxxしないでね。とっても危ないから」とまた何度か言い聞かせ、「うん、わかった」と
納得した声を出すまで続けます。

また「大好き, I love you!」とお互いに抱き合って、しっかり仲直りできたことをお互いに確認します。


最初はご馳走に取り組む、娘と双子のいとこ。

夜に同じ話を繰り返すということは、やっぱりショックだったんだろうなと思います。ある種の不条理感もあって、
納得できない。そして今のところ、それを口にしてくれるのがありがたいです。言葉にしてくれれば、私にも理解できて、
もう一度話ができるから。

子供を叩くのは、いけないと私も思っていますし、これからはしない、ととても反省しますし、自己嫌悪にも陥る。
もっと冷静にならなくちゃ、もっと大人にならなくちゃ、とも。でも、こういう考え方だけしていると、それができなかった
自分を責める一方になりがちです。

なので、自分に余裕がないと、感情的な行動をしがちなので、なるべく自分のケアをもっとしなくちゃ、とも考え直します。
すでに十分協力的な夫ですが、私の健康状態などから、もっと助けてほしい部分は、あらためて相談する。

私の場合、夫が家で仕事をしているので、彼がメインに育児をしているくらいと言ってもいいくらいです(笑)。
それでも、46歳で出産し、育児をしている私の体は、かなり体力が衰えており、すぐに疲れるし、体調を崩しがちです。
鍼をしたり、漢方を飲んだり、最近は気功を始めたり、と自分の体力、気力を少しでも回復させる努力をしています。
それができなかったら、倒れて、入院していたかもしれません。


でもすぐに遊んじゃう。今回は親戚がもっていたゲーム!

私と同じ年齢でも、比率的にもっと育児をしている人もいます。それをみて、私は駄目だなあと落ち込んだことも
度々ですが、体力、気力は人様々なので、私はこうなんだ、と諦めることにしました(笑)。

日本のお母さんたちは、お父さんたちが会社で超多忙だったりすることもあり、ひとりで育児に格闘している人が
多いと思います。近くに実家があったり、何かのヘルプが得られる状態にない人でも、「育児は母親がするもの」
という考えで、格闘してる人が多いように想像します。もちろんそれで、ちゃんとできる人もたくさんいるでしょう。
でも、辛くて辛くて仕方がない人もたくさんいるんだろうな、と想像します。


真剣にゲームしてる!

辛かったらヘルプを求めなくちゃ、と、シドニーにいた時に実感しました。

体調も悪く、経済的な不安もあり、親しい友達もなく、交流するのは夫の家族がメインで、という生活の中、なんだかもやもやした
くらい影が差し込んで、とてく苦しい日々がありました。夫ともたくさん口論をしました。それでもなんだか
すっきりしなくて、もやもやが消えず、むしろ色濃くなるばかり。

思い切って日本語のカウンセリングを受けてみたら、普段は意識していなかった不満が愚痴がたくさんでてきました!
一通り吐き出して、自分なりに整理がついたら、なんだかかなり楽になりました。

東京にいたなら、気の合う友達とおしゃべりして発散できたと思うのですが、そういう相手がそばにいないし、
意識的には「まあ、こんなもんだ。これくらい、大丈夫」と思っていたので、長々と愚痴を友達にメールする気持ちもなく、
もしかしたら、愚痴メールを書いたかもしれませんが、おそらく無意識に溜まっていた部分までは出てきてなかったかも
しれません。

そのあとで、シータヒーリングというヒーリングのセミナーで知り合った日本女性たちととても仲良くなり、
いっしょに食事にいっては、長々といろんな腹を割った話をし、さらに笑い話でお腹がいたくなるほど笑い、
ということができるようになってから、さらにもやもやが軽くなっていきました。

聞いてくれる相手がいてこそ、でてくる本音、というのがあるなあ、と改めて実感しました。
そして、私の場合、私だけの時間、また母である自分以外の自分を見てくれる友達との時間、というのがとても
大切なんだ、と痛感しました。


ふふ、たくさんあります〜とお料理をながめて。

人間関係の原型は親子関係にある、という人たちがたくさんいます。
それを真剣に考えると、恐ろしくて子供なんて育てらない、と若いときは思いました。
年をとったからか、もうちょっといい加減に考えるようになりました。

でも、初めての体験なので、いろんな育児本を読んでは、その通りにいかないことを反省し、自己嫌悪し、
ということを繰り返しました。そうしているうちに、子供はみんな違うし、親もいろいろだから、
本の通りにいかなくていい。娘と私の関係は独自のものなのだ、と思うに至りました。

私がいい気分でいると、それが娘に伝わる。私がいやな気分でいると、それも伝わってしまう。
だから私がいい気分でいることが、とても大切だ、とも思うようになりました。

娘がやりたいということは、だいたい私も面白そうだと思うので、可能な範囲でやらせてみたいと
思っています。
そして、「歯が痛いからおっぱいいらない」の一連から、何かのもやもやが娘の中に起こった時、
じっくり聴ける親でありたい、とも思うようになりました。

・・・・わあ、長い文章になってしまった!
なんとなく自分なりに整理することが必要だったようで、この文章を書きながら、自分なりに
腑に落ちたところもあります。

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます!

人形劇とタンゴクラス

2015-01-06 16:53:20 | 日記
まだ松の内ですが、すでにほとんどのお店などは開いていて、もう平常通りですね。


人形劇団プークの公演。

新宿にある劇場で、人形劇を見てきました。娘が喜べば、と思って行ったのですが、大人の私もしっかり楽しめました。

最初にご挨拶があり、ミニミニ劇場が5分くらいあり、そのあと短い人形劇が10分と、最初に人形劇という形式に
慣れさせてくれ、15分の休憩を挟んで、次は1時間弱の本番「こぎつねコンとこだぬきポン」の上演でした。
前座のような劇は「いっぽんばし」という、ごくごく軽い内容で、かつメインの劇のテーマである「橋」の
前振りになっています。よく考えられているんですね〜。


これから始まる〜ドキドキ。

舞台前にまわりにかざってある人形が怖い〜と言っていた娘ですが、開演したら、「あれ、こわくない!」。
どんどん引き込まれて、最後は「また見たい〜!」だって。


人形使いの人は顔を出したり、隠したり、時には人形使いの人たちだけだったり。

この人形劇団プークは、なんと昭和4年設立だそうです!
新宿にある常設劇場は1971年創立だそうで、毎月違う公演があるようです。
人形劇を最後に見たのはいつかも忘れてしまいましたが、今回思いがけず私自身が楽しんでしまいました。
子供のため、でなくて自分の楽しみで、来月もいっちゃおうかな〜!


けっこう真剣に見学中。

人形劇のあとは、銀座のタンゴクラスに向かいました。といっても、私や娘が受けるのではなくて、
夫が4時間の入門スペシャルクラスを受けていたので(!)、見学にいったのです。

クラスの最後15分くらいのところで私たちが到着して、はじっこで見せてもらいました。
途中から私も踊る、と娘がフロアの上をつるつるすべりだしたので、あわてて私が抱き上げて、タンゴもどきの
動きをしたのですが「そうじゃなくて、くるくるまわって〜」とご不満(笑)。


クラス終わってからパパといっしょにタンゴ・・・

クラスが終わった直後にパパのもとに駆け寄った娘は「パパ、どんな女の子と踊ったの?お名前は?」と
根ほり、葉ほり(笑)

実はパパが家を出るとき「どこに行くの?」と娘が聞きました。「タンゴクラスだよ」と答えると、「じゃ、
女の子と踊るのね?どんな女の子?」とこれまた根ほり、葉ほり聞いていたのでした(笑)。

「クラスが終わったから、パパと踊れば?」と私が娘にいうと「ううん、パパとママが踊って。私が写真
とるから!」というお答え。ふふ、娘なりにちょっと心配だったのでしょうか??


ではなくて、違う踊りかも(笑)。

タンゴの踊り自体には興味がないようでしたが、その場で販売していたキラキラしたハイヒールや衣装に見とれて
「小さいのがないね」と残念そうでした(笑)。でも帰り道には「またタンゴクラスに行きたい」そうです。
新しい場にいくこと自体が楽しいのかな?あれ、これって母親と同じじゃない(笑)??


銀座駅で見つけた、アナと雪の女王のポスター。

ところで、どうやら私は内耳炎にかかったようです。

お正月の3日、プレオープンのホテルのアフタヌーンティーに
お友達が誘ってくれて、うきうきしていたのですが、どうも朝起きたら耳がおかしい。どんどん水がたまっていく
ような感じがひどくなり、さらに痛みまででてきたので、泣く泣くアフタヌーンティーをキャンセルし、
大学病院の救急病棟にかけこみました。

「かなりお待たせすると思いますが」と受付でいわれたのですが、
思ったよりも迅速で丁寧な対応に嬉しい驚きでした!
お正月なのに、ありがたいことです。

その時には中耳炎だろうということで抗生物質をいただき、飲み終わったのですが、どうも耳鳴りやつまった感じがとれないので、
かかりつけの耳鼻科に見てもらったら、内耳炎かもしれない、とのこと。
なんとなく朝晩、鼻がつまるし、ちょっと咳が出るかも、くらいな軽い症状がけっこう続いていたのですが、それが
こじれて耳に来たようです。でも、これって子供によくあるパターンで、大人はあんまりないような気が・・・。

まあ、でも子供みたいな日々を送ってるからかな〜、なんて納得しておりまする。

あけましておめでとうございます!

2015-01-02 13:15:38 | 日記
新年あけましておめでとうございます!お正月、いかがお過ごしでしょうか??


お着物きたよ〜ん。

元旦は例年どおり、母方の祖母の家に集まっての新年会でした。叔母たちが1週間前から用意してくれたごちそうも、
子供達はちょっと食べて終わり、あとはいっしょに遊ぶのに忙しい。大人はゆっくり飲んだり、食べたり・・・するのも
ままならず、結局いっしょになって大騒ぎしてました。


最初はおとなしくしてます。


が、すぐに大騒ぎ!

大晦日の夜は、ひさびさに紅白を見ました。舞台装置のような衣装は、小林幸子から水森かおりに変わっていたけれど、
ちょっと地味でつまんないし、美川憲一との対決がないのは寂しい、とか、松田聖子や嵐がトリなのは役不足だなあ、
などと勝手な感想を、背景をちょっと説明しながら(!)夫にこぼし、けっこう楽しんでおりました。
夫は「若い子はグループばっかりで、みんな同じに見える・・」。わたしも普段テレビをみないので、
たしかに同じにみえる・・・ってこれは老化現象でもあるのでしょうが。


紅白中、踊る娘


ギタリストになったつもり。

見分けがつく中で、石川さゆりと長渕剛、中森明菜がよかったと、ふたりで一致しました(笑)。
この3人、これまであんまり興味なかったのですが、紅白をみていたら、けっこういいじゃない〜なんて見直しちゃった。

夜中まで娘はもつかな、途中で寝かしつけようか、と思っていましたが、
踊ったり、歌ったり、ものすごく元気!
唯一、じっと聴き入ったのは、「アナと雪の女王」の歌の時だけでした(笑)


微動だにしません・・・!

みなさま、どうぞ今年もよろしくお願いします!