あざみ野荘つれづれgooブログ

おもに、サッカー関連のコメントを掲載していきたいです。
’78年のW杯アルゼンチン大会以来のサッカーファンです。

最近のテレビから (NHKスペシャル「日本国憲法誕生」など)~少し修正追記しました

2007-04-30 01:04:03 | テレビ
 昨夜、放送されたNHKスペシャル「日本国憲法誕生」は、センセーショナルなところや派手な演出などはない淡々としたNHKらしい作りの番組だったが、当時GHQで憲法草案に関わったひとたちへの取材などを中心にした丁寧な番組作りには好感が持てた。天皇をめぐるGHQ、日本、連合国の攻防や、女性関連の条文をめぐるやりとりでは、新たにわかったこともあった。特に女性の権利をめぐる条文を、日本側が「(日本の国民、歴史、文化に合わないので)削るように」と申し入れたところでは、その時「眠気が吹飛んだ」と回想していたベアテさん同様、私も口あんぐりとしてしまいました。そして削られなくてよかったと、ほんとうに思う。このエピソードからもわかるように、憲法改正に関するGHQの方針は総じて素晴らしいものだったということをあらためて思います。日本政府の改正案の日本文のあいまいさを指摘して、”主権が国民にある(主権在民)ということを明記すべき”と迫ったGHQケーディス民生局次長のエピソードも感動的だった。―日本側は天皇制との関連で相手の申し入れを飲んだのだが―こういう細部(本心から民主化されてない日本人の本質)を知るにつけ、あの憲法は変えてはならないと強く思います。その他、中学校までを義務教育とする運動の中心となった愛知県の守山青年学校校長黒田毅氏の言葉、「戦時中のあさましい所業、戦後の醜悪な世相は、なにが原因しているでしょう。それは過去の教育が特権階級、有産階級などのめぐまれた少数のものに対する教育にのみ力を注いだ罪です。」という言葉もこころを打つ。(義務教育が完全に無償化されているかどうかは、フランスなどと比べれば疑問ですが。)それと、シビリアンコントロールという点で思うのは、現在の日本で憲法遵守、平和主義の姿勢を守っているのは、(もし、憲法が改正されれば”自分達には関係ないさ―戦場に行くのは自衛隊員だから”と、イケイケになりそうな)シビリアンの方がたではなく、隊員の命がかかっている自衛隊の方がたではないかということである。イラクへの自衛隊の派遣を見てもあきらかなように、日本のシビリアンの無責任さが、私が憲法改正に反対する理由のひとつです。マスコミも含めて、アメリカでさえ反省しているのに、思考停止の政府におもねるように、あの戦争は間違っていたという声が一向に聞こえてこない世界の声に無関心な日本社会、マスコミの自己満足な閉鎖性も気になりますし。

 それと、都知事またまた暴言ってのがありましたけど、「野垂れ死に」って・・・・、自宅のリビングでテレビ見ながら発言するのならどうぞって言葉ですけど、知事としてオフィシャルな場で発言するのはどうかと思います。私は、そういう煽り発言は、やはり好きではないし、社会への影響を考えると、ああいう一連の無神経な発言は絶対にしてはならないことだと思う。それが批判もされずに垂れ流されている状況は退廃以外の何ものでもないと思う。

最近読んでいる本、買った本、借りた本

2007-04-27 00:52:57 | 
 なんとなくあわただしい日が続いていて、じっくりブログを書いたりする時間がないので、今回は、本の題名だけの簡単な記事でお茶を濁すことにします。

 まず、いま読んでいるのは、「17歳のための世界と日本の見方」(松岡正剛

著/春秋社)です。

 最近買った本、

 「生き抜くための数学入門」(新井紀子著/理論社)

 (私は未読ですが、長男は1~2日で読了しました。)

 「いじめの根を絶ち子どもを守るガイド」(バーバラ・コロローソ著/東京書   
籍)(以前なかまたさんのブログで紹介されていた本です。バーバラさんは、

私が以前にこのブログで紹介した「子どもに変化を起こす簡単な習慣」の著者

です。)

 次に最近借りた本、

  「世界の詩集 6 ランボー詩集」(金子光晴訳/角川書店)

  「地獄の季節」(ランボオ作/小林秀雄訳/岩波クラシックス)

 ランボーの詩で、ふっと思い出した詩があって、確認したくて近くの書店に行

ったのですが、どうも最近ランボーは人気がないらしく、見当たりませんでし

た。もっと大きな書店に行けばあるのかもしれませんが―実家にもあったよう

な気がしますが、てっとりばやく図書館で借りました。

 

 

ココログの記事紹介2

2007-04-11 13:38:13 | 
 ココログに新記事「最近読んだ本2~他人を見下す若者たち~を書きました。少し固めですが、よかったら訪問してみてください。(中原中也の記事で触れた「悲しみ」という感情について、あるいは「他人を貶めたり罵倒することによって自己の優位性を保とうとするのはチキンな(劣等感のかたまりである)証拠」というような内容の記事です。)

 ※関連記事「よごれつちまつた悲しみに・・・・・・~現代国語的中原中也」

 ※関連記事「中也の詩の紹介」

 ※関連記事「もっと悲しみを~中也の絶対音感~」


追記:都知事選の結果ですけど、既得権益者達は変化を求めないだろうし、そうでもないのに支持した層ってのは、誰かを貶めることによって優位に立つという姿に自分たちの”似姿”を見て拍手しているのでしょうね。

ココログの記事紹介

2007-04-08 13:01:26 | 日記
 ココログに書いた新記事、最近読んだ本~四十歳の少年浦島の国~を紹介します。以前にココログに書いた記事、「野ブタ」最大の謎~母親の不在についての中で触れた”父性の不足の問題”について確認したくて、河合隼雄さんの著書「母性社会日本の病理」(講談社+α文庫)を再読しました。同書は、日本の社会、文化の抱える父性原理の不足による問題点を、「永遠の少年」というキーワードと、「永遠の少年」の典型例ともいえる日本的昔話「浦島」の物語によって解説してくれてますので、興味を持たれた方は読んでみてください。ジャニーズの美少年たちが世代を問わずに日本で人気のある理由や、以前に書いた記事、ヨン様、韓流ドラマ考の記事でもちょっと触れた、日本女性が韓国のスター(ヨン様)に魅かれた理由、渡辺謙はハリウッドで成功したが、キムタクのハリウッド進出は無理だと思う理由、などについてわかると思います。「ワケモワカラナイガ、ナントナクイライラスル、イゴコチガワルイ」理由もわかるかもしれません。美しかったが、流されるままに何となく生きて、成熟することなく、何となく玉手箱を開けて何となく白髪になった、母ひとり子ひとり家族の四十歳の子ども「浦島」の物語を読み解くことによって。

あまり興味が無くなってしまった

2007-04-05 20:37:23 | サッカー
 最近、代表の試合にあまり興味が無くなってしまった。A代表、オリンピック代表ともに。オシムが嫌いなわけじゃないし、ドイツワールドカップの敗戦のダメージとそのことに対する何の反省もない日本のサッカー界の体質に対する幻滅、川淵三郎アレルギーが原因かしらとも思うけれど、それだけではなく、最近の選手たちに、「これは見たい」という積極的な魅力や存在感を感じる選手がいなくなってしまったためだという気がする。なんかねえ、どんな点でもいいから破格な魅力を感じさせる選手がいなくなってしまったと思う。それは最近の整備された育成システムのせいなのだろうか。そして、ドイツのワールドカップと関連付けて考えれば、私はあの惨敗は、日本のマスコミや協会やファンによって甘やかされた”サッカーエリートのひ弱さ”が原因だと思っているから、現代表の平山や復活した高原がエースだと言われてもねえ、なんかねえー、実力以上に持ち上げられて甘やかされた選手達ばかりで、悪いけれど、どうも信用できない。人間、追い詰められた時(=ワールドカップ)に本性が現れると思うし。誰かひとりでも、そういう選手が出てきてくれると見る気になるのですが・・・。まあ、そんなこんなで、Jリーグにもあまり関心が無くなっていますが。

最近のテレビから

2007-04-01 17:50:34 | テレビ
 先日、NHKで放送された、プロフェッショナル仕事の流儀SP「宮崎駿・創作の秘密」を見た。宮崎駿の芸術家的頑固さ、偏屈ぶりがよく出ていてなかなか面白かった。息子の吾朗氏の初監督作品「ゲド戦記」の試写会時、後の彼の様子が特に興味深かった。試写会後、いかにもむっつりした感じで独り煙草を吸っているときに感想を聴かれて、「気持ちで映画を作っちゃいけない」、「(映画を観ながら)僕は自分の子どもを見ていたよ」「大人になってない」と言っていた。ふ~む、親子が同じ土俵で勝負する、しかも、その父親がその分野の偉大な存在であるということは、息子にとっては、かなりシンドイことだなあと思わされた。映画封切時に紹介された監督の感想は「素直な作りでよかった」というそっけないものだったが、この番組で紹介されたような感想が当時、紹介されていたとしたら、映画にとっては、かなり否定的なダメージがあったのではという感想だったから。私は、あの映画は、ダメだと切って捨ててしまうには惜しい部分、父親とは違う個性もあったし、こういう感想が紹介されてしまうことは、吾朗氏の次回作の可能性が閉ざされてしまうのではないかとも考えられて、気の毒に思ってしまいました。そもそも、ル=グゥインに息子の監督による映画化の許可を得に行ったのは駿氏自身だったことを考えると、彼にも、あの作品の制作、評価について、ある種の責任はあると思われるし。それは、直接、吾朗氏に伝えるべきだったのではないかと思われるから。


 次に、これはかなり以前の放送なのですが、TBSで放送された、さんまの新バラエティ「明石家さんちゃんねる」(今でも続いているのだろうか?)に掘北真希がゲストで出ていた時のさんまの態度が、どうにも納得がいかなかったので少し書いておきます。彼女がゲストだから見たのに、さんまの彼女に対する態度があまりにも失礼で、どうやら、彼は彼女のようなタイプにあまり興味や関心がなかったみたいで、(好みというのは誰にでもあるのだから、それはそれで仕方ないと思うが)、でも、さんまは時々露骨にそういう態度を放送でも見せるのだが、この時は、相手が新人女優だから許されるとでも思ったのだろうか、彼女には、こちらが聴きたいような質問を殆どせず、彼女の会話にも殆ど関心を示さず、その当時お気に入りだった長澤まさみのことをやたらと話題にしたがっていて、ゲストの彼女が気の毒で、途中で腹立たしくて見るのを止めてしまった。今思い出しても、本当に失礼で、見ていて不快だった。番組の私物化というか、トーク番組というのは、ゲストとのトークを聴きたいから見るのであって、司会者の個人的な好みや、女の子に対する芸人的な説教を聴きたいわけではないのだ。この番組、今も続いているのだろうか。あんな調子では厳しいと思われるのだが・・・。