カンアオイ

野草の観察・ハイキング・旅行・散歩などメモ的な身辺雑記。

竹寺

2006年11月01日 | 山の会
竹寺

奥武蔵の正丸峠⇒伊豆ガ岳が表なら、子の権現からのこのルートは裏コース、竹林に囲まれた山寺の竹寺(天王山八王寺)をたずねる渋い地味な道である。神送り場がある豆口峠(標高560m)まで1.8キロメートル、標準40分の歩きやすい道程である。浅い春や、遅い秋、雪の冬など静かな雰囲気が味わえる。

←豆口峠へ向かう。道はまもなく直ぐ右に伊豆ガ岳への縦走路を見送って左へ尾根を下って行く。お昼ご飯が済んで杉林の中、平らな道をのんびり歩くとつい眠気がまつわる。

←途中、西北方面が開けたススキの鞍部に出ると、高畑山、古御岳、伊豆ガ岳と続く稜線が望めた。東側がヒノキやスギの人工林で、西側斜面が明るい自然林の尾根道を歩く。カンアオイが群生しているのは、自然が残っている証拠だ。今日は尾根道を登って竹寺の鐘楼を回るコースを選んだ。

←竹寺・鐘楼。「野火は早打ち」と注意書き、私は思い切り強く1回、軽くもう1回家内安全を願い突いてみた。見晴らしのいい尾根にあるせいか音がよく余韻の長い響きがしじまを驚かす。

←アキノキリンソウが咲く道を東へ下る。

←豆口峠から尾根道を1.1km凡そ30分ほどで天王山・牛頭王のお堂が木の間越しに見えた。

←秋の野菊。山での代表花シロヨメナが咲く。

←火災(不審火とも護摩の火が原因とも?)にあって三年前に再建された本堂。本堂の周囲には黒く焦げた幹を残す杉がある。
寺の特色は、
明治元年の神仏分離令にもれたことで、お寺とお宮が同居しているところにある。
秩父の三峰、都下の高尾・御岳山と同じ山岳仏教の系統をひく。明治維新に行われた神仏分離令以前の混淆の姿をそのまま伝えるのは、この八王寺が東日本唯一のものである。{関東ふれあいの道解説板「竹寺」より引用。環境庁・埼玉県}

 ←左2枚、焼け焦げた杉の幹に彫りこんだ牛頭明王のトーテンポール?
←鳥居に設けられた茅の輪。

←境内のイロハモミジの老樹。さぞ紅葉が見事でしょう。俳句や歌の句碑が多い。読めないものも多いので、脇に小さな解説板が添えてあると助かるのですが…。
竹寺の 青黛(セイタイ)刷ける 紅葉かな 桂子(渡辺桂子)
句碑の文字が解らず80半ばになる老和尚さんに尋ねたら、奥さまの取次ぎで解説があった。和尚さんの解釈→もみじの枝葉が印刷されて出て来る紙のようになだれた姿を詠んだ句と両手をかざして解説してくれました。
なお、「青黛」を辞書でひくと「濃い青・青いまゆずみ」とあった。季語はどれ「セイタイ」それとも「モミジ」?初夏?晩秋?耳の遠い老師には再質問が、はばかられた。

←ルビー色の実を胸飾りにしたいシキミ。境内は野草苑のようで、黄色のアワコガネギク(泡小金菊)、空色のセキヤノアキチョウジ(関谷の秋丁子)、ピンクのシュウメイギク(秋明菊)、紺色の玉(実)をかざすヤブミョウガ(藪茗荷)など…。

←竹寺の名の由縁となる広大な孟宗竹林がある。亀甲竹など珍しい種類も見られる。

←本堂と住いをつなぐ橋廊下。


←中沢バス停近くの民家。夕餉の支度か、お風呂を沸かすマキの煙が昇っている。竹寺でついユックリしすぎて1時間も費やしてしまい、バスをやり過ごし1時間待たねばならないハメになった。しかし、神のご加護か地元の人の親切や臨時バスに拾ってもらい結果はオーライとなったのだった!

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