カンアオイ

野草の観察・ハイキング・旅行・散歩などメモ的な身辺雑記。

春を感ずる花

2007年01月27日 | 

↑我が家で2年目を迎えて開花した中国桜草(プリムラ・シネンシス)
今冬が暖冬のせいでこんなに早くこんなに沢山咲いてくれたのでしょうか?プリムラが2年越しで再び咲くことはありますが、このプリムラは観葉植物としても銅葉が楽しめる上に花もちもいい。素適な白花をつけるサクラソウです。

ソシンロウバイ
<>←2本のソシンロウバイが咲くお庭を美浜三丁目で発見した。馥郁と春の香りを漂わせている。ニ本も大株を植えておられるのには何かわけがありそうです。よっぽど、この花にきっと惚れこんでいるのでしょうか?2枚目の写真に黒く写っているのは干果である。いつも来て小鳥(ひよどり)が枝に止まっているのは、花の蜜がお目当てなのでしょう。春一番の素適な花木です。

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小平グリーンロード

2007年01月26日 | 万歩会
狭山湖と武蔵境を結ぶ緑道
中学卒業(昭和28年1953年)間もなく担任のH・M先生と3年M組の大勢の仲間で三鷹から多摩湖までサイクリングしたことがあった。多摩湖では先生にホットミルクをご馳走になったのを今でも覚えている。レストランなどそれまで一度も入ったことが無いせいで忘れられないのだろう。友達と集団でサイクリングした浮き浮きした若き青春の一ページである。当時、三鷹市には公立中学校が1校で3年卒業時のクラスがA~N組まで14クラス。アチーブメントテストの成績が廊下に張り出された。進駐軍の接収していた講堂は真ん中が一段低いダンスホールで全校生徒1500名以上のマンモス中学校であった。学校までの行き方は幾通りもあり、所要時間が徒歩30分以上は掛かったと思う。今も違わない競争の中をくぐって来たのだ。そんな時代の思い出が蘇えるのも歳を重ねた性かも知れない。
この道は水道管が埋まっている真っ直ぐな道路で、通称「水道道路」と呼んでいる。その頃もサイクリングに使ったが、今は整備され平行して散歩道としても良い道である。どこまでも途切れずに続く桜並木であり、小金井公園と結んでサクラ咲く時分に又歩いてみたい。
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←彫刻のモニュメントがところどころで出迎える
万歩会は、近くて知らない街を歩いたり、昔を振り返るような場所をも訪れる。




小平ふるさと村

2007年01月26日 | 万歩会
万歩会1月例会では、レトロで懐かしい雰囲気が到るところに醸しだされる「小平ふるさと村」を訪れた。Oさんの丁寧な解説を聞きながらおよそ40分の見学。小平市一橋学園に新婚当時7年間住んだことがあるこの地は、私の思い出の地でもある。比較的新しい平成5年5月の開村である。戦後の貧しい子供の頃に見覚えのある農村風景にタイムスリップしている。屋敷も囲炉裏も、堆肥床も肥溜めも心休まる雰囲気に戻れるが、古いものには美を感じる。

旧小平小川郵便局舎
現存する郵便局舎の中でも古いものの一つであり、明治末期から昭和初期にかけての様子を知ることができる建物(小平市有形文化財第1号)
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<「旧小平小川郵便局舎・鬼瓦ならぬ〒マークが屋根に見える」><「局舎入り口」<「亀模様の金網に保護された窓口」><「郵便局の住居部分」><「昭和初期まで使われていた旧小平小川郵便局」>
<「小平ふるさと村入り口」
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旧神山家住宅母屋
江戸時代中期から後期にかけての武蔵野新田農家の姿と移り変わりを示す建物(小平市有形文化財第8号)

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<「旧神山家住宅母屋」>
<「建築年代・江戸後期」><「高垣(防火・防風)」><「居心地の良い縁側」><「ヘッツイを守る火の神」><「囲炉裏(炭に火が起こる)」>
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<1928年製・手押しポンプ車>←火の見
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<トウミと大八車>←駄菓子屋風な?管理棟
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<>←旧鈴木家住宅穀櫃(旧所在地:小平市大沼町2丁目、建築年代江戸末期・19世紀中頃)この穀櫃は、もと北野中(現在・花小金井)の秋山家に建てられていたが、対象10年頃(1921)鈴木家が譲り受け移築したもので戸を付けて物置として利用されていた。ヘーグラとも言い、江戸時代後期、天災や飢饉のための幕府の備荒貯蓄策によって各村に備えられたヘーグラ(稗倉)のことで、多くは村の役宅に置いて管理されていました。
板戸の裏の墨書が面白い(1879年の年号)①~③と④と⑤とでは筆跡が異なる。このことは内容と形式の違いにも対応している。①~③の都都逸には、懸詞によって二重の意味を持たせるような技巧が凝らしてあると見られる。
①の意
「(屋根の茅が台風などで)捲れ上がってしまったからには、何が何でも屋根普請をしなくてはならない」
ここでは「まくうた」という言葉を二重に使って、「やねぶしん」以前の部分に「(夜具や裾などを)捲り上げたからには、もはや何が何でも(?)をしなくてはならない」というきわどい裏の意味を持たせ、「やねぶしん」で落ちがつけてあると思われる。
②の意
「実(=真心)のあるように思わせて、通わせておきながら、いまさら縁を切ろうとするのは腐れ鎌(=駄目になった鎌)みたいな女だ」
ここで「引き寄せ」「切る」という言葉を「鎌」と、おそらくは遊女と客の関係とに懸けてあるが、さらに「実」「からむ」という語も縁語として用いてあるものと思われる。
③の意
「金の有るうちはマブ(=遊女の真心の恋人)どころではないもてなし様なのに、(金)が無くなればアブ(=昆虫の虻)とも意ってはくれない」
ここではいわゆる「金の切れ目が縁の切れ目」という意味を、マブとアブとの語呂合わせによって表したものと思われるが、こうした語呂合わせは落語の「五人まわし」、「三枚キ起請」などにもクスグリとして用いられており、比較的ポピュラーなものであったと思われる。

都都逸
いやがをうにも まくうたからは しずはおかれぬ やねふしん
実でからんでひきよせ おいて今されきれると くされがま
金があるうちわ まぶともゆかず なくなりやあぶと もゆいわせん
俳句
朝霞みつぼみも開く菊花かな 道人 明治十二年
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<>←旧小川家玄関棟(旧所在地:小平市小川町1丁目、建築年代1805年竣工)この建物は、旧小川村及び小川新田村の中心的役割をはたしてきた名主の小川家に代々継承されてきた。小川家の格式の高さと江戸時代後期におけると当家の実力を示している。










梅開花

2007年01月24日 | 万歩会
寒に咲く花
散策の道すがら、お庭にも公園でも、水仙・ロウバイ・オウバイ・ツバキ・カンアヤメ、そして梅が咲き始めました。夕方5時になると随分日が伸びたのが判ります。光の春、もう立春も近いですネ!
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<白梅(品種:長寿)と寒あやめ>←小金井公園の梅林で咲き始めた一番花。公園東側道路脇に発見したカンアヤメの開花。カンアヤメを見るのは高幡不動の百草園で見て以来2回目である。花友sさんの庭では早くも節分草が開花し、ユキワリソウももう直ぐ花開くとのことであった。昨年Sさんにセツブンソウの種をいただいて蒔いてみたが、開花には3年かかるのだと言う。


凧揚げの名人

2007年01月24日 | 万歩会
喧嘩凧(小金井公園の凧作り・凧揚げ名人)
芝生広場でお昼となった。遠くに凧を揚げて遊ぶ子供たちが見える。お昼ごはんの私たちの傍で凧揚げ名人が空に吸い込まれるような高さに糸を繰り出し操っていた。お話しする内に仲良くなった。もう1人のお仲間は黒いビニールのゴミ袋で作ったという目立つ黒凧を高層雲の青空にもう3時間もポールにくくりつけたまま上げっ放しであった。
凧揚げしていての嘘のような体験話
①渡り鳥の話をしていた時、見上げた空に本当の鶴の渡りを見つけた嘘のような話があったこと。
②宵の明星金星が地球に大接近した時、まだ午後3時半ごろなのに白い金星を見つけたこと。
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<黒凧と白凧>←ご自分の手づくりのケンカ凧です。丸窓のように透けて見えるまん中のくり抜きと黒い家紋のデザインが渋い味です。貼る紙はこだわりの小川町の和紙。裏を見ると組んだ竹ひごの節まで左右対称の場所に置く懲りようです。バランスを保つ吹流しは付いていません。まして30年以上使い込んだ大型の特製糸繰り器、そして糸はブランドのミシン糸2000m(小さな切抜きを貼ってある)。何から何まで名人の貫禄(オーラ)が漂った。2mの大凧を持っておられるそうです。