歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

ギルバート『バッハ_インベンションとシンフォニア』

2010年01月09日 | CD バッハ
J.S.Bach
Inventions and Symphonies
Kenneth Gilbert
POCA-3078

1984年録音。50分37秒。ARCHIV。通奏低音のチェンバロの音はいろんなCDで聴いてますけど、この楽器の独奏曲はまだまだそんなに聴いてないんです。なのでえらそうなことは書けません。でもバッハのチェンバロ独奏曲は手元にいくつかCDを持ってはいるんですよ。これからぼちぼち聴いていきます。

この曲集は言うたら練習曲集でしょ。で、この聴きごたえなんだから、やっぱすごい人ですなバッハって。いい音楽をしっかり聴いたな、って満足感が味わえる。ぜんぶ聴いても50分だし、1曲1曲が短いから、これからチェンバロを聴こうという初心者はこの曲集から入るのがいいですよ。

このケネス・ギルバートという人はモントリオール出身で、ヨーロッパに渡ってパリに住んで活躍したそうです。にしては録音のせいもあるのかえらくかっちりした演奏をする人ですね。たとえばコープマンの演奏スタイルとはぜんぜん違う。

『インベンションとシンフォニア』をはじめて聴いたのは、小学生のころです。魚の町の市民会館の視聴覚室で、『スイッチト・オン・バッハ』に入ってるのを聴いた。いまこうしてチェンバロで聴いても、暗い視聴覚室で聴いたシンセサイザーの音がよみがえって来ます。ちょうどそのころ、ねむの木学園の生徒さんたちの描いた絵を表紙にして、エッシェンバッハがバイエルとかチェルニーとか、そういうのをシリーズで出してたのね。その中にこの曲集も入っていて、あれ欲しかったなー。でもけっきょくいまに至るもエッシェンバッハは聴かずじまいなんだけど。

ベラール『デュファイ_ミサ・アベ・レジナ・チェロルム』

2010年01月07日 | CD 中世・ルネサンス
Guillaume Dufay
Missa Ave regina caelorum
Ensemble Cantus Figulatus
Schola Cantorum Basiliensis
Dominique Vellard
0710 SAN 85

1985年録音。46分35秒。STIL。デュファイ晩年の傑作ミサを、グレゴリオ聖歌をはさみ込んで雰囲気ゆたかに演奏しています。個性的な名演奏だと思う。優美で、かつ、しなやか。もう何年も前に入手したものですが、これも当時から入手しにくいCDでした。STILはフランスのマイナー・レーベル。

すべて男声による。声は古拙なような、それでいて各声部が絶妙にブレンドされていて、ふしぎな一体感がある。とにかくね、デュファイの音楽のふところに自然に入り込んで、自信もって歌ってる、って気配がそこらにみなぎっている。聴いていて、これこそデュファイの神髄だ、って気がしてくるのね。15世紀フランドルの空気感。

ドミニク・ベラールという音楽家は、やや地味だけど、わたしの聴いたどの録音も手堅く、説得力ある音楽づくりをする人です。『エルチェの神秘劇』もよかったし、シャンソンのCDもよかった。しかし何でも屋という感じではなく、自分にあったレパートリーがよく解っている人なのだと思う。このデュファイのミサはわりと初期の仕事ですけど、すでに密度の濃い、聴きごたえのある録音になってます。

パーセルは紅茶を飲んだか

2010年01月06日 | メモいろいろ
国民一人あたりの消費量で比較すると、世界でいちばん紅茶を飲む国はブリテン王国ではなくてアイルランドだそうですよ。かれらはティーバッグで入れたミルクティーをがぶがぶ飲むそうです。わたしも正月休みにはずっと家にいたので、まるでアイルランド人のようにティーバッグでミルクティーをがぶがぶ(まではいかないけど)飲みました。

そもそもオランダ東インド会社によってヨーロッパに茶がもたらされたのは17世紀のはじめのことだそうですが、1662年に、イギリス国王チャールズ2世のところにポルトガルの王女キャサリンが嫁入りし、このキャサリンがイギリス宮廷に喫茶の習慣をもたらしたのだと。中国のお茶に当時貴重だった砂糖を入れて、キャサリンは毎日飲んでいたそうで、それが貴族のあいだに広まったのだと。

そうなると、1616年に死んだシェイクスピアはたぶん紅茶は飲んでないでしょうな。1659年生まれで1695年に死んだパーセルはビミョー。ちなみに、チャールズ2世の次の王様は弟のジェームズ2世で、そのジェームズの娘が、例のメアリー女王です。パーセルが誕生日だの葬式だのの音楽を書いたあのひと。ちなみにその妹のアンも、のちのち女王になるんですが、アンの誕生日のために曲を書くことになるのがヘンデル。

奥さんが紅茶とお菓子を出してくれた

2010年01月05日 | 本とか雑誌とか
『こころ』上「先生と私」には紅茶を飲むシーンが出てきます。先生の家の近くで盗難事件が相次ぐなか、先生が夜分に家を空けることになり、奥さん(静)が気味悪がるので、いっしょに留守番するために、語り手の青年が来る。その時に奥さんが紅茶を出してくれるのです。奥さんは二杯目をついでくれる時、「いくつ? 一つ? 二ッつ?」と青年に角砂糖の数を訊くのですよ。ついでに書くと、その時奥さんはいっしょにお菓子も出してくれて、出した残りを、青年が帰るときに持たせてくれた。それは「チョコレートを塗った鳶色のカステラ」でした。青年が大学を卒業する前の年の話です。って、正確には明治何年になるんだかあやふやですが、まあ明治の終わりごろですわねえ。

Yahoo!百科事典「紅茶」の項には「イギリスのリプトン紅茶が初めて日本に輸入されたのは1906年(明治39)であり、ハイカラな飲み物として好まれ」とある。それ以前にも大久保利通が紅茶を輸出することで茶業の振興を図って以来、中国やインドの製法も導入したものの「輸出産業としては成功しなかった」とある。この書き方では、輸出はパッとしなかったことは分かるけど、リプトン紅茶の輸入以前に紅茶の国内消費はどの程度だったのか分からない。

ここでネット検索すると、「日本紅茶協会」という紅茶関係の業者さんの団体のサイトがあって、その「紅茶の歴史」のページには、「日本が初めて紅茶を輸入したのは明治20年(1887年)で、たったの100kgでした。その輸入は、原産地の中国からではなく、ヨーロッパ文化への憧れとしてイギリスから行われたのです。紅茶が、日本の茶の湯の伝統にも匹敵する舶来の文化として、上流社会でもてはやされたことはいうまでもありません。 」とある。明治20年に輸入されたのはつまりリプトン以外のイギリス紅茶だった、ってことなんでしょうか。

つまりどちらにしても、明治の終わりごろに、留守番に来た知り合いの青年に紅茶と西洋菓子を出してやる先生の家は、地味ながらやはりそうとうハイカラな暮らし方をしていたということですね。まあ、先生はその何年か前に西洋人と鎌倉に海水浴に行ってたくらいだもの。ハイカラなはずですよ。それにしても、お茶もお茶だけど、チョコレートのかかったカステラなんて、そうどこにでも売ってるようなもんぢゃなかったろうに。ここでまたYahoo!百科事典から拾い読みすると、「菓子」の項に「1905年(明治38)中村屋がクリームパン、09年森永製菓が板チョコを発売した」とある。そのころにしちゃ、静が青年に出してくれたカステラ(ってかケーキ)、ものすごくぜいたくなものだったんぢゃありません?

「朝日のあたる家」

2010年01月04日 | 気になることば
年末に「ラジオ朝一番」の再放送で、「朝日のあたる家」についてなぎら健壱が語っているのを聞いた。「朝日のあたる家」という曲が、このことばから受けるイメージとはちがってじつは暗い内容の歌なのだ、というのは以前どこかで聞いたことがありました。オリジナルに忠実に訳された訳詞ならちゃんと出てくるんですが、「朝日のあたる家」というのは女郎屋のことなのだそうですよ。親の反対を押し切ってならず者と結婚した姉が、けっきょく男に逃げられて身を持ちくづし、流れていった先がニューオリンズの女郎屋で、それが「朝日のあたる家」なんですて。だから、妹に、あたしみたいにだけはなるんぢゃないよ、と。そういう歌。なぎらさんによると、「朝日のあたる家」というのはむしろ朝日しかあたらない家、のことだと。日中はジメジメしていて、物件としては嫌われるんですて。しかし日本語で「朝日のあたる家」て言われると、なんかホームドラマのタイトルのような温かいイメージですよね。わたしの語感でもそうだもの。で、この曲のメロディー自体は相当ドスのきいた重い音なわけですけど、これの訳詞として、原詩に忠実なものと、日本ふうな温かいイメージに読み替えられたものと、両系統あって、年末のラジオではその両方をすこしづつですが聞かせてくれた。ちあきなおみも歌っているのね。彼女が歌うのは忠実なほうの詩で、タイトルも「朝日楼」と女郎屋っぽいもの。

ためしに、いま「朝日のあたる家」でネット検索すると、日本ぢゃペンションとかレストランとかグループホームの名前に使われたりしているのですよ。そこのオーナーさんたちは「朝日のあたる家」って歌のことを知らないか、知っててもホームドラマふうの曲だと思ってるか。はたまたじつは真相知ってて、お客として来た人に、「アメリカの歌ぢゃ女郎屋なんですけどね」などと、太っ腹にそこまで語ってたりするか。

ロンドン中世ens.『デュファイ_世俗音楽集』

2010年01月03日 | CD 中世・ルネサンス
Guillaume Dufay
Secular Music
Medieval Ensemble of London
POCL-2542

1980年録音。70分25秒。L'Oiseau-Lyre。世俗音楽全集からの抜粋盤。表紙に"DUFEY"って印刷してありますけど、これは当時そういう表記もあったってことかしらん。誤植? ケース裏ではふつうに"DUFAY"になってますけどね。歌手はペンローズ、カビィクランプ、エルウィズ、エリオット、ヒリアー、ジョージ。器楽は7人。オワゾリール全盛期のなつかしい録音。

すべてがおっとりと進んでいく。マンロウとくらべるとどうしても一工夫たりないように感じる。音楽が静的で、博物館的。いかにもオワゾリールらしく白っぽいんだよなあ。でもマンロウとくらべちゃうからいけないんだよね。中庸で、バランスがよくて、あんがいデュファイの生きた15世紀の演奏ってこんな感じだったのかもしれんなあ。

歌手のなかではカビィクランプとヒリアーの出番が多い。"Se la face ay pale"を歌っているのはペンローズ(CT)とカビィクランプ(T)。この曲もマンロウのあの名盤のことがつい思い出されるけど、この演奏もういういしくてマンロウ盤とは別の魅力がある。

"De ma haulte et bonne aventure" "Vergene bella, che di sol vestita"などではジョン・エルウィーズの美声がたっぷり聴ける。このころすでにエルウィズはレオンハルトに呼ばれて、ソリストとしてバロックものをいろいろ録音していましたが、ここでは声が荒れてることもなく、ビロードのような声で円熟した歌を聴かせています。

このCD、2010年の元日に久しぶりに聴いたんですが、1曲目が、新年用のロンドー"Ce jour l'an voudray joye mener新玉の年を迎えて 楽しもうよ"って曲で、よかった。リコーダーの音が鄙びている。

表紙にヤン・ファン・アイクの『アルノルフィニ夫妻の肖像』が使われていますけど、ファン・アイクはまさにデュファイの同時代人だったんですと。ファン・アイクの絵もそういやとっても静的なのに、観る者をとらえて離さない不思議な魅力があるよね。

テレビ正月

2010年01月02日 | メモいろいろ
けさは朝7時に起きて、NHKで南禅寺周辺の別荘地を紹介する美しい映像の番組を見ました。南禅寺には行ったことあるけどそれも子供のころの話で、南禅寺のまわりがあんな緑深い別荘地になってるなんて知らなかった。京都の庭というと枯山水みたいなカラカラした庭をまづ思い浮かべるけれど、南禅寺界隈の明治に開発された別荘地は疎水の水を引き込んで水の庭になっている、というのは面白い話だった。平幹二朗の語りもよかった。

それから箱根駅伝。駅伝は、去年の正月はうちにいたのにずっとラジオで聞いてたのですよ。きょうはいちおう日テレをつけてみたけどやっぱり音がうるさいので、絵だけテレビをつけながらNHKのラジオを聞きました。かねがね思っていたことですが、とにかく箱根、って土地がらがいいのだ。関東人のテリトリーの周縁部。なおかつリゾート。それも新年に、それも学生が、みやこからそこまで行って、戻ってくるのだ。あれはもう、ある意味、伝統芸能みたいなものですな。一泊して帰るのにちょうどいい具合の位置に箱根があって、よかったよなあ。そしてあのイベントは神奈川県にとっても、いい宣伝になりますわなあ。お正月のとってもいい時間帯に、二日もかけて、神奈川県のいわば背骨にあたるところを行って戻って、それをテレビで毎年生中継してくれるわけですから。

大みそかの紅白歌合戦はスーザン・ボイルだけ見ました。どこかの新聞社のサイトに9時すぎと出ていたのでそれを真に受けて9時ごろNHKにしたらほんとに歌ってました。さすがに緊張してたようですが、やっぱ歌うまかったですな。まああのくらい歌える人はそりゃロンドンにもたくさんいるのかもしれないけど、あの人は、ほかの人にはない、あの人だけの物語を持って世に出てきたわけですからね。もてはやされるのは当然だし、これから先はどうなるか分からないけど、歌でもって人の心を動かした、って記憶は、あの人の一生の財産になっていくでしょう。われわれはそれを彼女のために祝福すべきですよ。

拙ブログ

2010年01月01日 | メモいろいろ
年が明けてしまいました。このブログ、ここんとこ「訪問者数」が多い日でだいたい100IPぐらい、「閲覧数」が100台後半から200台です。ことしもよろしくお願いします。自分が持ってるCDの整理のためにやってるブログなので、新盤紹介ってわけでもなく、すでに手に入らなくなってるCDも平気で出てくると思いますが、よろしくお酌み取りくださいませ。とくに滞ってるのはヘンデルのCDの整理ですね。いっぺん聴いただけでその後ほとんど聴いてないCDもある。組み物が多いのでこれは当分片付かないんぢゃなかろうか。あとルネサンスものもたくさん残ってるんですが、こっちはまあ、ぼちぼちやりますわ。