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Arielのひとりごと

きょうは何が起きるかなぁ~

勝手にフォトロゲ

2016年10月05日 | RUN

10/2(日)は、Runner仲間のAちゃんと鎌倉へ。
私はすっかり走ることを止め、ひたすら山登りのきょうこの頃ですが、Aちゃんはいまも大会にエントリーし、バリバリRunnerなのであります。
そんな彼女と『フォトロゲイニング』の大会っておもしろそうだよね!と。
フォトロゲイニングとは、配布された地図に記載されてあるチェックポイントを回り、一覧表と同じ写真を撮り、制限時間内に得点を集めるスポーツです。
参加者独自のルートで、好きな順番で周ってOK。
高得点のチェックポイントをいかにたくさん周れるかが勝敗の分かれ目なのです。
たまたま見つけたサイトで、地図と一覧表がダウンロードできたので、とりあえず2人でやってみよう!ということになりました。
本来は鎌倉商工会議所がスタート・ゴールなんですが、お試しなので待ち合わせ場所のJR鎌倉駅から始めることにしました。
私達は事前に地図を印刷してきましたが、実際の大会は当日の開始時間に開封、随時スタートとなります。
なので作戦会議にあまり時間を割くと、残り時間が短くなってしまいますね。
大会同様、3時間半を制限時間として、スタート!
とりあえず西端の一番遠いところから行ってみましょう。
西側にはチェックポイントが多く点在していたのです。
ちなみにこちらがその一覧表で、数字は得点です。

そして地図はこちら。赤丸のところがチェックポイントです。

分かりにくかったので、中心部を切り取ってあります。
こんな簡単な地図で、一覧表のポイントを見つけなければなりません。
この大会は公共交通機関での移動もOKとのことでしたので、江ノ電で稲村ヶ崎駅へ。

まずは48点の「十一人塚」を目指すも、まったく見当たりません。
1つ目から迷っていては時間がもったいないと、あきらめて「稲村ヶ崎」へ。
海岸近くの突き出たところにありました!

一覧表と同じ写真を撮って、こちらは49点。
新田義貞が海の神に海水を退けてもらおうと、刀を海に投げて祈ったと言われると一覧表に解説あり。
再び路地に戻り、先ほどわからなかった「十一人塚」を見つけました。
まあこれがこんなところに・・・というほど、目立たないんだわ。

でも見つかってよかった。48点Getッス。
こちらは新田義貞の部下11人が戦死し、遺体をここに埋めたためこの名が付いたそうです。
極楽寺駅方向へ走り、3つ目の「針磨橋」みっけ!

石碑が小さいので、見つけた時の喜びはかなりのものッス。
鎌倉十橋の1つ。針金を巻いて作る老婆が住んでいたのでこの名が付いたですって。
しかしこの日は暑かった・・・。
日差しが強いというのに帽子を持ってこなかったのですよ。
背中を汗がダラダラ流れていきます。
極楽寺駅を過ぎ、坂を登って下って、4つ目の「星の井」ありました。30点!

昔はこの井戸の中に、昼でも星の影が見えたので、この名が付いたとのこと。
ほんまかいな?
あぢぃ~よぉー。
「大黒天」28点。

長谷寺って、大黒天があるんですねぇー。
再び海岸沿い目指して走る、走る。
「稲瀬川」の石碑は、道路を渡るのがめんどくさいので、車の通ってない隙を狙って、パシャリ!26点。

また町中へ戻り「染屋太郎太夫時忠邸址」、21点。

染屋太郎太夫時忠って何奴?解説がないぞぉー。
お寺の山門の下にあった「足達盛長邸址」、22点。

源頼朝や、その後の将軍もしばしば訪れたという屋敷跡だそうですが・・・。
ここから大仏様の脇を通り、「大仏切通」へ。

かなり山の中にありました。53点。
こんなとこですもん。

さながらトレイルランニングですな・・・。
そして山道を抜け、住宅街に入り、ようやく見つけた「北条氏常盤邸跡」、25点。
こちらの見本画像がこれなんスけど。

実際はこんな感じで立っていて。

最初はこれだとわからず、どれなのよぉー?と迷ってしまいました。
んで、撮った画像がこちら。

西側をそこそこ攻めたので、北上し「佐助稲荷神社」、14点。

源頼朝は若い時、佐殿と言われており、佐殿を助けた神ということでこの名が付いたそうです。
大仏近辺も混んでいましたが、ここら辺も日曜日でしたので、鎌倉散策の観光客がたくさん歩いていました。
ほど近い「銭洗弁財天」、13点。ポイント、低っ!

ここ来たかったんですよぉ~。
うれしくて、銭洗っちゃいました。

銭洗弁財天から再び山道に入り、源氏山へ。
ここにも来たかったんだなぁー。
源氏山公園内にある「俊基朝臣墓所」、51点。

迷って、戻って、ようやく見つかりました。
鎌倉幕府の命令により、藤原俊基が処刑された場所だそうです。
次のポイントへ行くには、また山道となりました。

海蔵寺にある「底脱ノ井」を目指します。
しかしここで大誤算。
なぜか北鎌倉駅方向へ出てしまい、なんで?
この暑さで給水はペットボトル1本。
建長寺に向かう通りにはカフェが並んでいて、ここで休憩を取ることにしました。
この暑さじゃ、かき氷だよねぇー。

舌が赤くなるような氷イチゴではなく、本物のイチゴのシロップと練乳付きで、まいう~なこと。
体を冷却し過ぎて、食べ終わったら寒くなってきました。
お店を後にし、時間的に「建長寺」をラストポイントとすることに。32点。

実際の大会では、ここからスタート地点の鎌倉商工会議所に戻らないといけませんからね。
遅刻は1分に付きマイナス50点で、30分オーバーだと失格という厳しいルールがあるのです。
まあプライベートなので、ここからは鎌倉駅方面へ歩いていくことに。
鶴岡八幡宮脇を通ったので、入ってみると、この日は流鏑馬が行われていました。

見物客が多く、実際に矢を射っているところは見えませんでしたが、音は聞こえました。
大混みの小町通りでは、ミカドコーヒーのモカソフトで、またまた一休み。

昼抜きで甘い物ばかり食べちゃいました。
ようやくJR鎌倉駅に帰ってきました。
お腹も空いたので、東京駅に出て、焼き鳥で打上げ。
それにしても暑かったなぁー。
結果、総数48ヶ所のチェックポイントのうち、15ヶ所しか周ることができませんでした。
思ったほど周れなかったなぁ・・・。
それでも当時の成績表を見ると、私達のポイント484点は、団体で4位に食い込むほどの高得点でした。
いつかAちゃんと実際の大会に出てみたいものですが、それにはかなり気温が低い時でないとなぁー。
とにもかくにもこの日は季節外れの暑さでしたから。
まあまあ暑い中、お疲れ様でした!


嫌々駅伝に参加

2015年06月08日 | RUN

6/7(日)は、第31回横田駅伝に参加してきました。
心の底から出たくなかったんですが、
メンバーが足りないからと、Runner仲間に強引に誘われまして・・・。
近頃はまったく走ってないので、何度も出たくない旨をメールしたんですけど、
ゴリ押しされて、もうやけっぱちでぃ。
まったく練習せず、大会3日前に帰宅RUNを一度行っただけ。
しかもGPSを見ると5kmにも満たず・・・。
駅伝は1人5kmを走り、4人で1チームという編成なのです。
横田駅伝の横田とは、福生にある米軍基地のことで、その基地内での大会です。

ゲートに入るのもとても厳しく、チームでまとまり、顔写真入りの身分証明書を提示。
さらに手荷物検査を受けなければいけません。
一昔前はただエントリーハガキを見せるだけだったのにな。
入ってしまえば、とてつもなく大きな空軍基地で、ゲートの左側には大きな飛行場があります。
天候不良で成田空港に着陸できず、横田に着いちゃったなんていう友達もいましたっけ。
芝生が多々あり、シートを広げられるスペースがあるのがうれしい。

スタッフはとても陽気で、大会を盛り上げます。
カメラを向けただけで、このノリですから。

スタート前には、パワフルな女性インストラクターによるZUMBAが行われ、参加者がノリノリで踊ってました。

もちろん私も踊りましたょ~!
10:30am、スタートです。

タスキゾーンはゼッケンナンバーごとにいくつものブースに分かれていました。
私は第3走者でしたが、炎天下にいたので、走る前からノドがカラカラ。
暑さのせいでしょうか?ストレッチャーで運ばれる参加者も出る始末。
タスキを渡され、少し走っただけで、もうノドがひっつきそう。
その上、コース上は日射しを遮るものもなく、走るには暑過ぎる・・・。
給水所はどこじゃあーーーーー。
3km過ぎにようやく給水所があったのですが、その手前で反対側にコースが迂回しているのです。
マジへこんだわ。。
運動する時の鉄則。ノドが渇く前に水を飲んでおかなきゃです。
あまりにノドが渇いていると、いくら水を飲んでも、ちっとも給水されてない感で、
走りだすとまたすぐにノドがひっついてきました。
でもタスキを繋げなきゃと心は箱根駅伝の選手のように使命感に燃え、
なんとか最終走者にタスキを渡すことができました。
あーーーーー、ほんとうに辛かったぁー。
たかが5kmと言えども、練習しないで走るなんて、無謀過ぎました。
「もう二度と走らない!」と言うと、
第2走者だった仲間に「言うと思った!」と言われてしまいました。
私を強引に誘った最終走者は体調不良でしたが、無事ゴール!

彼女には駅伝お誘いメーリングリストから私を外してねと懇願しときました。
終わってしまえば、とりあえずビール!基地近くの居酒屋で打上げです。
メンバー全員で乾杯!
帰りの車内、リザルトをネットで調べたメンバーが、19位でしたと言うではありませんか。
全員女性は62チームだったので、半分より下だと思っていましたが、上でしたねぇー。
第1走者が速かったので、きっとその貯金ですかね。
参加賞のTシャツは今時珍しく綿100%でした。

メンバーからは涼しくなる秋にも駅伝大会があるよ!と言われましたが、絶対出ませんから・・・。


東京マラソン抽選結果

2014年10月11日 | RUN

いまさらながら、東京マラソンの結果をお知らせします。
カナダ旅行中の9/25にメールが届くことになっていました。
トレッキング中、今頃届いてるんだろうなぁ~と思ってましたが・・・。
んで、結果は「落選」です!
2013年、2014年と2年連続で当選したので、
さすがに3年連続はないなぁーと思っていたのですが、
まさかのってこともあるかと、ドキドキ。
「落選」してホッとしました。
正直当たったらどうしようと思ってました。
だったら応募すな!っちゅー声が聞こえてきそうですが・・・。
これでますます走らなくなります。
年々増え続ける申込者。
今回マラソンは、304,825人。倍率約10.6倍でした。
・・・来年もまた応募しちゃいますよ、多分。


リタイア後・・・

2014年02月25日 | RUN

既にコメント欄でネタバレしているので、いまさらUPするのもなんですが、
東京マラソンをリタイアした後、私が何をしたかというと・・・、
とりあえずサッサと自宅に戻り、スポーツクラブに向かいました。
毎週日曜日16:00~「ジャズHIPHOP60」という1時間のダンスレッスンが、私大大大好きなんス。
そのため、なるべく日曜日に予定を入れないようにしているほど好き!
当初、目標フィニュッシュタイムは4時間半切り。
そして元気が残っていたらスポーツクラブに行こうと思ってました。
だけど、途中でトイレに行ったり、応援の人達と写真を撮ったり、おしゃべりしたり。
中間地点のタイマーはちょうど2:30を示していました。
残りを×2としてもゴールは5時間。
いやいやそれ以上かかるでしょー。
もちろんあちこちそれなりに痛かったからリタイアしたのですが、ダメージを最小限に抑えるためのものだったので、走らなければそこそこ元気だったのですょ。
こうなりゃ、なんとしてもレッスンに行くぞー!と、東京ビックサイトの人混みをかきわけかきわけ、15時半前に自宅に到着。
16時のレッスンに滑り込みセーフです。
先週「来週は東京マラソンだから来られない?」と同じレッスンに出ているT丸さんに聞かれ、
「多分死んでるから来られないと思う。」と答えたんですわ。
そんな私が来たもんですから「あれ、東京マラソンじゃなかったの?」と言われてしまいました。
27kmでリタイアした旨を告げ、私がレース途中で見た芸能人の話やら、皆さんがTVで見た情報を聞いたりして、情報交換。
いつもレッスンを受ける時、私は両隣をM夫妻に挟まれています。
そのM夫妻に「浅草で応援に立っていたんだよ、むぎとろ辺りにいたのに~。」と言われました。
あー、私ちょうどむぎとろの向かい側でリタイアしちゃったのよね。
お2人が応援に立つことは先週聞いていましたが、どこらへんに立つのか、何時頃まで応援しているのか聞かなかったので、まさか私のことをずっと探してくれているとは思いませんでした。
ほんと申し訳なかったです。
もうちょっとがんばればよかった・・・。
そして1時間のレッスンをこなし、ロッカーに戻ろうと思ったら、デスクに5kmの給水所ボランティアをしていた鷹見インストラクターが立っていました。
私が「27kmでリタイアしました。」と言うと「どうりでランナーズアップデートの記録が25kmで終わっていたので、あれっ?と思っていたんですょ。」と。
そして「リタイアしたのに、レッスン受けてたんですか・・・。」と冷ややかな目で言われました。
東京マラソンの抽選に漏れ、かつ3時間を切るエリートランナーの彼にとって、当選した私がリタイアしてスポーツクラブに来ているのはやはりムカつきますよね。
不思議なことに終わった途端、右足首はまったくズキンとすることもないのです。
あまりの練習不足で、雪で中止になればいい、走りたくない、また仮装することのプレッシャー、全てが精神的ストレスとなり、右足首の痛みを引き起したのかもしれません。
楽しみしていたのにハズレて走れなかった皆様、根性なしでごめんなさい。
ご心配をおかけしましたが、踊れるほど元気です。
ったく、ならあと15km走れたやろ~~~~って声が聞こえてきそうですが・・・。


人生初のリタイア

2014年02月24日 | RUN

きのうの東京マラソンですが、人生初のリタイアをしてしまいました。
棄権しようか迷いつつも出場したこと、これで3回目ということも重なり、一向に気分が盛り上がりません。
コース上には友人、同僚、それに母まで応援に立っているので、その人達に会うことを目指して走ることにしました。
私のスタートブロックはG。Aから始まる10ブロックのうち7番目です。
Tm1
係員がRunnerがブロックに入りきらないので少しずつ前に詰めてくださいと繰り返しアナウンス。
スタートラインのセレモニーも大音量で届きましたけど、ブロックは直角に曲がっているので全く見えず。
なんと今話題の森元首相が挨拶をしたのには驚きました。
来てたんかい!
スピーチが終わっても誰も拍手しません。
前にいたRunnerは立てた親指を下に向けてましたょ。
今、彼に挨拶させちゃダメでしょー。
舛添さんはソチに行っているそうで、いったい誰がスターターだったんだか・・・。
スタートまで10分ほどかかりました。
Tm3
前回は走り始める寸前に100均で買ったレインコートを脱いだんですが、今回は寒くて寒くて脱げませんでした。
だけど走り始めるとすぐに暑くなり、あー、脱いどきゃよかったぁ~。
市ヶ谷を過ぎると前方にTVスタッフとカメラあり。
追い越して誰やねん?と振り向くと、お笑い芸人我が家の坪倉さんと佐藤かよちゃんでした。
5km過ぎに小学校の同級生Y子ちゃんが自宅前で応援。
そこでレインコートを脱がせてもらい、ついでにトイレを拝借。
Tm4
なんだかヅラの調子が悪い・・・。
ヅラの下には水泳用キャップでまとめた髪を押さえていたのですが、これがどんどん上ってくるのです。
試走した時にかぶっていたメッシュキャップLがかなりズレたので、大会前日わざわざ神田のエスポートミズノにてロングヘア用を購入したにも関わらずですょ。
7km地点神保町では、Runner仲間Tさんのダンナが応援に立っているというので左に寄ります。
おー、いました、いました!会えてよかったぁ~。
仲間はみんな先行しているとのことで、スイマセンY子ちゃんちでトイレ借りて写真撮ってました。
さてこの後すぐの給水所では、スポーツクラブ仲間とインストラクターが右側3番目のテーブルでボランティアしているからねと言われていました。
短い距離で左から右にコースを横断。
私がこんな仮装で声をかけたので、度肝を抜かれたようでしたが、記念に1枚皆を撮影しておきました。
Tm5
走りながらヅラの下のキャップをおでこまで下げるのですが、少しするとまた上ってしまい、もう直すのもおっくうになってきました。
ついに10km手前の皇居で耐えられなくなり、ヅラも水泳キャップもカチューシャも全部外すことにしました。
あー、せっかくピンクと黒のコーディネートだったのに・・・。
これで心が折れました。
3点セットを手に持って走っていると、水泳キャップを落とし、Runnerをかき分け拾うのも大変。
もうなんてこったい、疫病神め!
そうこうしていると11km地点あたりでいきなり名前を呼ばれました。
なんと沿道にSan FranciscoのNike Woman's Marathonでご一緒したcocoさんが立っていました。
よくぞ見つけてくれました。
沿道側で走っていてよかったぁー。
三田駅を過ぎ、母を発見!
Tm7
ここでようやく役立たずの3点セットを放すことができました。
ったく、1時間しか持たなかったぜ。
ここからまさかの雪がぱらついてきました。
また名前を呼ばれ、同じスポーツクラブのS子さんが後ろから走ってきました。
彼女とは同じブロックだったので、もし会えたらスポーツクラブ名入りシールを渡すことになっていました。
会えなかったなぁーと思っていたら、コース上でバッタリ。
端に寄り、右腕に貼ってあげました。
泉岳寺では同僚のA野さんがお母様と2人でわざわざ応援にきてくださいました。
雪も降り始めた中、ほんとうにありがとうございました。
彼女から写真をいただきました。
走ってくるRunnerを撮るのは至難の技で、走り去る私を撮影。
右脇に小さく写っています。
Tm13
行きと反対側で応援している母と再会。
母からは足のためにも出ない方がいいと散々言われていたのですが・・・。
走り終わったら電話ちょうだいね!と走り去る前に言われました。
心配かけて、スイマセン。
ここまで右足首に痛みもなく走っていましたが、銀座通りを抜け、徐々に気持ちがDown。
コレド日本橋前ではRunner仲間のKちゃんがいました。
ここらへんでもうリタイアしたいと私が泣き言を言うと、
そんなこと言わないで、まあ一杯飲んでってよ!とスナックのママ風なあしらいを受けて、持参した水筒から熱いほうじ茶を入れてくれました。
そうそう、山友達のM子さんもここらへんで応援していると言っていたけど・・・。
結局会えませんでしたが、その後のメールで大声を出せなかったけれど、走りは見てましたょとメールをもらいました。
あー、こんな走りで情けない・・・。
24km地点過ぎにはトライアスリーとのTちゃんから声をかけられ、ビックリ。
浅草橋あたりにいますとメールが来たのに、また随分手前じゃない。
Tm8
なんでも用事があるので早く応援を切りあげないと・・・と、ランナーズアップデートで私のタイムを検索し、どんどん近付いて来てくれたそうで、ほんと感謝です。
遅くてスイマセン。
近くに収容車があった?と聞くと、先の方で見たとのこと。
彼女も館山のフルマラソンで20kmでリタイアし、その後の回復が早かったというので、ますますリタイアしたいと思う気持ちが強くなりました。
26km地点浅草橋手前では、遠くからでも見えるのぼりを立ててスポーツクラブの応援団が・・・。
会員さんにインストラクターに、大勢の人達が立っていました。
そうそう、ここまではがんばろうと思っていたのよね。
大きな苺をS木さんからいただきほおばります。
今は青砥クラブに異動してしまった旧姓岩渕インストラクターに、もうリタイアしたいと言うと、わかるわかる痛いよねーと言ってくれました。
Tm9
不安だった右足首に痛みはないのですが、右ふくらはぎがそのうちつり出すんじゃないかというはりと、腕を振り続けているためか肩甲骨の痛み、腰痛もあり、無理したくないという気持ちが強くなっていきました。
応援の中には「走れていいなぁー!」と声をかける方もいらして、リタイアしようとしている私は申し訳ない気持ちになるのですが、歳も歳ですし、勘弁してください。
そんな中、折り返してきたRunnerの中にヒヨコの仮装をした友達2名を見つけ、こちらから大声で名前を呼びました。
真ん中の中央分離帯が切れたところで、リタイアしたいと言うと、そんなこと言わないでがんばろうよ!と励ましてくれましたが、残りのコースを考えただけで、もう無理。
そんな気力が湧いてこないのです。
係員のおじさんに収容車に乗りたいんですけど・・・と聞いてみると、27kmに救護所があるので、まずはそこに行き、収容車を待つことになると思うと言われました。
とにかく行ってみてと言われ、もうすぐそこが雷門という救護所へ向かいました。
テント内でリタイアしたい旨を告げると、すぐにチップとゼッケンの一部切り取られました。
熱い飲み物を渡され、東京マラソン2012のバスタオルと2008の紙ポンチョをいただきました。
テーピングをしますか?と聞かれましたが、既にしているので大丈夫ですと答え、なにやら用紙に記入されてました。
その後、待機していたはとバスに移動。
車内には誰一人いません。
Tm10
このバスが満員になるまで、もしかして発車しない?
いつまで待つんだろう・・・。
手荷物がビックサイトになけりゃ、歩いて家に帰れるのに。
母に電話してリタイアした旨を告げると、よかったよかったと安堵の声。
神保町から31km地点に移動したTさんダンナにもメール。
30分くらい待ったでしょうかねぇー。
結局私1人貸切状態でバスは25km地点へ。
そこが東京ビックサイト行きのバス発着所だそうで、乗り換えです。
リタイアや関門引っかかりRunnerが集結し、1台があっという間に満員に。
次々出発するバス。
Tm11
補助席を出すほど超満員で一路国際展示場へ。
暖かくてウトウトしていたら、レインボーブリッジを渡っていました。
まだまだ走っているRunnerを横目で見て、バスは荷物置き場の脇に到着。
Tm12
私の隣の席のおじさまはすっかり固まってしまい、立つこともままならず、車いすで運ばれてました。
Finisherが受け取る完走メダルとバスタオルはもらえませんが、ドリンク、バナナ、オレンジが入った袋は多分同じ物ではないでしょうか。
さりげなく脇から入ると、ボランティアスタッフがお疲れさまでしたぁーと労ってくれました。
疲れないためにリタイアしたのでなんだか気恥ずかしい気分。
手荷物をもらい、ここから更衣室までの道のりが長い。
42.195km走った体にはかなり辛い。
私は27kmなので、速歩きで行きたいところですが、ゴールラッシュですごい人。
着替えた後、出口目指すも、これまた遠回りしないと出口にたどり着かないように設定されているのです。
参加人数が多過ぎるゆえ仕方ないことなのでしょうけど、毎回ほんとイラつきます。
今回、新木場行きバス乗り場が出口手前にあり、待たずにすぐ乗れ助かりました。
倍率の高い東京マラソンに当選してリタイアするのは、ハズレた人からみたらなんだよぉーと思われますよねぇー。
もうフルマラソンは走らない方がいいのかなぁー、東京マラソンからも卒業した方がいいのかなぁーと思っています。
自分の体は自分がいたわらないと・・・。