Arielのひとりごと

きょうは何が起きるかなぁ~

千寿七福神めぐりへ

2009年01月26日 | まち歩き

Kitasenjyu きのうは千寿七福神めぐりをするため、北千住へ。
私は昨年1人で隅田川七福神めぐりを決行。
その時にお願いした3つのことは、去年のうちに全て叶った。
そしてたまちゃんも毎年お友達とあちこちの七福神めぐりに出かけている。
ポチやんだけがいまだやったことがない、ぜひやりたいというので、ほんでは行きますかぁ~と相成った。
東京メトロ地下鉄駅構内に「メトロガイド」という無料新聞が置いてある。
その1月号に各所の七福神めぐりの特集が組まれていた。
たまちゃんがいまだ行ったことない場所にしようということになり、北千住近辺の七福神をめぐることにした。
行程の目安、約3時間30分(約8.5Km)と記載されていたので、14時に北千住駅前の丸井で待ち合わせ。
いいお天気で、日中は歩くと汗ばむほどだった。
なのにポチやん、スキー用ジャケットを着込み、スボンにタイツに靴下にと、いったい何枚重ねて履いてるの状態で現れた。
とりあえずメトロガイトの地図を見ながら、反時計回りにぐるっと回ろうと、まず1ヵ所目の千住氷川神社を目指す。
細い路地を通り商店街に出たのだが、これが見つからず、結局振り出しの丸井に戻り、また最初からやり直し。
今度は地図通り忠実に歩いて行くと、すぐに見つかった。
いくら1月の日曜日と言えども、もう25日。さすがに七福神めぐりをしているグループはいない。
境内に入っても閑散としている。手水をして、お参り。次を目指す。
地元隅田川七福神の肩を持つわけでもないが、いまひとつ千寿七福神の方が盛り上がりに欠ける。
まず、スタンプが置いていない。隅田川はスタンプラリーができるよう、どこの神社にもスタンプとスタンプ台が設置されていた。
そして最初の神社で小冊子を購入。そこには各神社についてのうんちくが書かれていて、ちゃんとスタンプを捺すページもあるのだ。
まあ、ないのなら仕方がない。そこから最北に位置する、大川町氷川神社に向かう。
ここの神社は富士塚があり、登ることができた。昔の人は富士山まではなかなか行けないので、模造富士を作り、そこに登れば同じご利益があると考えたそうな。
まあ登ると言っても岩の小山という感じで、頂上までたったの10秒くらい。
ぐるっと回って下るのだが、足場の岩が脆くなっていてなかなかスリルがあった。
そこから3つ目の神社を目指し、またテクテク歩いたのだが、場所柄なのか、銭湯に出会うことが多かった。
それも昔ながらのこれぞ銭湯だよぉーというような、左右対称の大きな屋根。ネットで調べたら破風というそうな。
そして軒先になぜか弓矢が下がっていた。小さな説明書きには「弓射る」→「湯入る」で銭湯になるそうな。ふーん、知らなかったょ。
きのうは「りんご湯」の日だそうで、ほっぺの真っ赤なおばあちゃんが開店前だというのにうれしそうに待っていた。下町だなぁ~。
その後次々と神社を巡り、2時間20分ほどで、スタート地点の北千住駅前に戻ってきてしまった。
予定では3時間30分となっていたので、終わった頃には居酒屋も開いているし…と逆算して待ち合わせしたのだが、予想外に早く終わってしまい、居酒屋が開くまで商店街をブラブラ。
Ohashi_2 私は3枚組のタイツと1枚131円という激安パンツを2枚買い、たまちゃんとポチやんは昭和レトロの雰囲気が漂う佃煮屋さんでお土産を買った。
やっと17時になったので、行こうと決めていた居酒屋さんに向かう。
すると通りの向こうにまるで映画のセットというような、これまた古い家屋が現れた。
駅前のメイン通りに面しているとはとても思えない重厚なレトロ感。
思わず写真に撮ってしまうほど、いつまでも残して欲しい建築物だった。
居酒屋で、無事七福神めぐりを完歩したことに乾杯~。
今年願った3つのこともまた全て叶うよう、私自身も努力を忘れずに行くぞぉー!


『日本成人遊泳隊新年会』へ

2009年01月25日 | SWIM

Taiwan きのうは『日本成人遊泳隊新年会』に参加するため、夕方から銀座の台湾屋台料理 赤燈蘢(あかちょうちん)へ。
2004年から開始した、スイミングコーチS兄が主催している台湾水泳大会ツアーの参加者が昨年末で合計60名となり、そのメンバーでの新年会だった。
昨晩の参加者は30名ほどで、狭い店内には私達とそれ以外の一般客も混じっていた。
参加者の平均年齢はおそらく65歳は優に超えていると思われた。
なので、もうなんじゃぁ~?と思うほど、いろいろやってくれた。
例えば、アルコールを飲めないおばさまが、他の人が飲んでいた飲み物を見て、「それ何?ジンジャエール?私もそれ頼むぅー。」と言って一言、口から出たのは「チンジャオロース!」
おいおい、チンジャオロースって…。似てなくもないけど、ジンジャエールだろう!
また途中で眠くなり、テーブルにうっぷして寝てしまうおばさまもいたり。ここは午後の教室か!
私の隣に座っていたおばさまにいたっては、耳が遠いので、会話のキャッチボールがなんだかイマイチだった。
そんな状態なのに、唯一の台湾人、縁あって日本に留学している陳くんという若いお兄ちゃんが、商品をかけてゲームをやるので…と流暢な日本語で説明に入った。
ところが、高齢者達はほとんど聞いていない。
ご丁寧にやり方を書いた紙を配布したのだが、興味がないのか読みもしない人もいた。
それでも陳くん必死に、まず中国語で台湾式じゃんけんをしましょうと、練習することになった。
グーが石頭(シートウ)、チョキが剪刀(ジェンタウ)、パーが布(ブ)と言うのだそうな。
それを、「じゃんけんぽん!」のように、「ジェンタウ、シートウ、ブー!」とやる。
2人1組になって、台湾式じゃんけんをやり、勝った人が他の勝った人同士で再びペアを組み、どんどん勝ち抜いていくという方式で最後の1人になるまでやった。
ここまでやるだけでも結構大変だった。
ちゃんと中国語でやってたんかい?と思わせるほどだった。
まだここまでは比較的簡単な方だった。
次に「数字拳」というゲームをやると言った。これはじゃんけんどころか、もっともっと複雑な遊び方だった。
2人で遊ぶゲームで、始めじゃんけんをし、先攻を決める。
そして自分が出す数字と相手が出す数字と合わせていくつになるかを予想して、数字を出すと同時にその数を言うというものだった。
数字が当たり、連続2回の当たりでその人の勝ちとなる。1回目でハズレると、相手の番に換わる。
数字は両手で表し、両方ともグーが0、片手グーで片手パーで5、両手パーで10。これしかできないルールになっている。
相手も同じ条件なので、できる数字は0~20まで、0と5の倍数しかない。
結果、0、5、10、15、20の5通り。それをお互い予想し合うゲーム、これが数字拳なのだ。
説明書きを見ただけで、このメンバーでこのゲームは無理だよ…と思った。聞いただけで難しそうでしょう。
それでも陳くん、その台湾料理店の厨房にいた台湾人男性を呼び出し、2人でやってみせてくれた。
どこが難しいって、その0、5、10、15、20を中国語で言わないとならないのだから。
0がメヨ、5がウ、10がシ、15がシウ、20がアシというのだそうな。
積極的に参加する意思もなく、理解力放棄しているこのグループにどうみてもそれは無理だろう。
私だって、じゃんけんの中国語がやっとなんだから…。
陳くんに、ねえねえ、この数字を中国語で言うのが覚えられないと思うよ。ここだけ日本語でやろうよと提案する。
さっそく採択され、数字は日本語で言ってもいいことにルールが改正された。
そりゃそうだよ。もし中国語でやったら、いつまでたってもこのゲーム終わらねぇーよ。
私は目の前に座っているマッキーのお母さんと対戦し、辛くも1回戦は突破した。
しかし2回戦で負けてしまった。順々にやっていくと人数が減り、前に出て、やることになった。
すると1人足りないということなった。最初から全く参加していなかった、おじさんペアがいたのだ。
わしゃいいよ…と言ってるところ、いやいやそう言わずと2人にじゃんけんをさせて、1人をその決勝戦に引っぱり出した。
その1人のIさんというのが、台湾ツアー中しょっちゅう忘れ物をした名物おじさん。
しょっていたリュックを台北駅のホームのベンチに置き忘れるわ、移動中のバスの中では食べながらコックリコックリし始め、ついにはそのお弁当をひっくり返すわ、大会で着た水着をホテルに忘れて帰国するわ。
その人にここからまたゲームの方法、ルールを説明することになった。わかってるのかぃ?
それでも強引にやらせると、2人同時に手を出すところで、パーとチョキを出してくる。
おいおい、だいだいこのゲームにチョキは存在しないんだよ、ったくねぇー。
そして交互に数字を言い合うのに、2人同時に数字を言ってしまう。
Iさんねぇー、番じゃない時は手を出すだけで、数字は言わなくていいんだよと教育的指導。
何回かやっていくうちに、ようやく意味もわかってきたんだろう。
最終的にはなんとそのIさんが優勝してしまったのだ。商品がかかっていたとはいえ、これが無欲の勝利だろう。
散々、みんなに説明していた私が2回戦で負けて、最初からやる気なしのI氏がシード選手のように最後の方ひょっこと出てきて、水着、アリーナのTシャツ、スイミングキャップ、セームをかっさらっていった。
Swimmingcap そんなもんだってぇ~!とマッキーが言う。
ったく、占いの人に言われた言葉を思い出すよ。
なんでも器用にこなすけれども、それが収入や地位に結びつかない器用貧乏なんですなぁーって。
最後は全員参加賞のスイミングキャップをもらった。この日のためにS兄が発注したオリジナル。
昨晩の参加者はみんな人生の大先輩。私も大先輩になった時には運がめぐってくるのかなぁ~?


軽内家(カルチャー)一門稽古会へ

2009年01月18日 | 落語

昨晩は、年末に偶然スポーツクラブのプールで再会した、以前はスイミングレッスン仲間だったおばさま宅にお邪魔した。
旦那が中心となって活動している、元カルチャースクール受講生だったお仲間を集め、月1回の落語のお稽古会に、見学者として参加したのだ。
そんなに落語が好きなら、今度はやってみる番だよと言われ、とりあえず一度見に来るだけでも…と、少し遅れて1人目のお稽古最中に、高座がある和室に通された。
Culturekajitsu 入ってビックリ!なんと本格的なんだろう。緋毛氈が敷かれた高座に紫紺の座布団。まるでちょっと小さな黒門亭という風情があった。
そこに座った男性がかけた噺「のざらし」を柳家麟太郎師匠が壁を背にして真横で聞いていた。
私を含め残りの生徒さんは、寄席の客のように目の前に座って、聞いている。
話す方としてはいくら人数が少なくてもかなり緊張すると思う。
次に私を誘ってくれたそこお宅のご亭主が「大山詣り」を、その次に千葉から来ているという女性が「桃太郎」、昨年の忘年会で120人の前で披露する羽目になったという女性がそこでかけた噺「寿限無」をやった。
お稽古はとりあえず全員最後まで話し、1席終わってから麟太郎師匠が気付いたところをこういう風にやってごらんという感じで自らやってみせて、生徒はそれをマネするというものだった。
師匠がやってみせる噺を少し聞いただけでも、さすがにうまいなぁ~と思わせ、指導も誠に的確で傍で見ていてもよくわかった。
そしてその注意された噺の途中からまた話し始める生徒もすごいと感心した。
昨年1年で48回も寄席や落語会に通ったとお父さんに紹介されてしまった私は、麟太郎師匠から逆に教えて下さいと言われてしまった。
それだけ通っていた私なので、やはり素人とプロとでは雲泥の差があった。
噺を覚えるだけで精一杯。途中で忘れてしまい、麟太郎師匠に助け舟を出してもらったり、指導されても恥ずかしいのか、なかなかその通りにできない人もいて、見ているともどかしくなってしまった。
また生徒の高座はDVD撮影していて、終わった途端、全員分をコピーして手渡していた。なんて熱心な…。
今年の初回である今回は、お稽古が終わってから会費1,500円で新年会が行われた。
奥様である私のお友達がローストビーフやマリネ等、手料理でもてなしてくれ、師匠を囲みビールで乾杯!
初対面の人がほとんどだったが、皆落語好きということで、大いに盛り上がり、まだ噺家名がついていない女性の名を決めたりもした。
途中で帰られたおばさまがいたので、それから私は麟太郎師匠のお隣に座ることができた。
ここぞとばかりに喬太郎師匠に繋がる話はないかと聞いてみたところ、2度ほどお稽古をお願いしたことがあるんだけどね、1度は都合が合わなくて実現できなかったそうな。
だけど2度目は大丈夫だったから、喬太郎師匠には一度教わった事があるんだよと。
そこで私が食いつき、何を教わったんですか?と聞くと、ここから先は言わない方がいいなぁ~と全く教えてくれなかった。
なんでだよぉー、もうガックリだよ。
来月から習うんでしょ?と師匠に聞かれたが、とてもじゃないけどまず覚えられないと訴えた。
また来月からもう1人男性が入門するそうだ。
帰る時に麟太郎師匠から喬太郎師匠によろしくねぇ~なんて言われた。
よろしくってあたしゃただの1ファンですから~。
きょうは喬太郎師匠が出演した「浅草お茶の間寄席」のビデオを見ながら「子ほめ」を2回ほど聞いてみたが、とても10分以上の噺を覚えられない。
まず生徒は師匠の噺をテープに録音し、書いて覚えるそうだが、来月またお稽古の会に行くかどうか、迷うところだ。
4月には近所の集会所で発表会も予定されている。
そこでだったら、「高座返し」(噺家さんが下がった後、次の噺家さんのために座布団を裏返す)と「めくり」(出演者が書かれている紙製の札を出演者が交代するに従い「めくって」いく)くらいならお手伝いしますからと言ってきたが、また来月第3土曜日には奥様から、きょう来るでしょ!とお誘いの電話がかかってきてしまうのかなぁ~?


アルバイト無事終了!

2009年01月06日 | 資格・転職・就職

09tokyotower きのうでアルバイトも終了!
短期間で短時間だったけれど、かなり柔軟な対応を求められた。
終了10分前に2時間残業できる?と言われたり、明日は早出でお願いしますと言われたり、郵便物の量によって日々勤務時間が変化していた。
当初から、喉を痛めやすいのでマスクをする、ノド飴をなめる等して、風邪を引かないようにと言われていた。
そのため毎日紙マスクを持参。ノド飴は担当区の職員が毎日自腹で買ったものを配ってくれた。
それなのに先週金曜日から喉が痛み始め、言われた通り風邪を引いてしまった。
痛み始めてすぐ銀のベンザを飲んだので、ある程度は効いたのだと思う。
しかしきのうはなんとか声は出たけれど、ガラガラ。
まあ熱が出なかったのが幸いし、1日も休まず予定通り勤務することができた。
きのうの終了時間にはアルバイト全員とその場にいた職員が集合し、簡単に終了式のような挨拶があった。
お世話になった担当区の職員達は配達に行ってしまい、挨拶ができないのがとても残念だった。
また継続して仕事をやりたい人は声をかけてくださいねと言われた。
一応、事務で何か仕事はあるのですか?と聞いてみると、庶務があるという。
但し、電話応対も含まれるので、配達クレームの電話受けがあるそうな。
お詫び対応かぁ…と、即答せずに、やりたくなったらお電話しますと言って、地下鉄の駅に向かった。
そしてベンザを飲んでいても一向に良くならないので、帰宅途中に自宅近くのクリニックに寄った。
比較的新しいそのクリニックはマンションの1階部分に入っていて、先生もまあ若い。
思ったほど喉は赤くないですねと言われたが、うがい薬、トローチ、抗生物質等をもらい、帰宅して横になった。
今年はこのアルバイトをしていたためか、お正月が来たという感じが全くしなかったなぁ~。