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アートネタなど日々のあれこれ

ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?

2024-10-25 21:12:22 | 映画
恵比寿ガーデンシネマで「ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?」を見てきました。

全米人気No1だったバンドはなぜ失墜したのか…その謎に迫る音楽サスペンス・ドキュメンタリーです。1967年、アル・クーパーが結成したブラッド・スウェット・アンド・ティアーズはブラスロックというジャンルを打ち立て、1969年にはグラミー4部門を受賞する超人気バンドになりました。そして、その翌年、彼らはある事情からアメリカ国務省が主催する東欧諸国への「鉄のカーテンツアー」へと旅立ちます。カーテンの向こう側で彼らが見たものは…(以下、ネタバレ気味です)。

ブラスロック、と言うとまず思い浮かんでしまうのはシカゴですが、BS&Tの方が先だったのですね。元々はアル・クーパーが結成したバンドですが、彼のボーカルでは弱いから、ボーカルを変えたらとメンバーが打診したところ、アルは歌えないならやめるという話になり、代わりにボーカルになったのが、カナダ人のデヴィッド・クレイトン・トーマス。この映画にはライヴのシーンがたくさんありますが、当時の彼の輝きが凄い…力強い歌声と歌の説得力。しかし、彼はカナダにいた頃、10代の半分くらいは少年院にいたというワルだったらしく、その事がこの件の遠因ともなっています。

BS&Tが東欧へ旅立つことになったのは、アメリカ国務省の意向によるものでした。鉄のカーテンが厚かった時代、西側の音楽をワクチン代わりにということだったようです。あのディジー・ガレスピーがパリッとしたスーツに黒縁眼鏡といういで立ちで、素敵な武器(楽器)を持って闘いにいくんだ、と言っているシーンもあって、思わず目が点になってしまいました。そんなこんなで東欧へと旅立ったBS&T。訪れたのはユーゴスラビア、ルーマニア、ポーランドです。ユーゴスラビアでは全く受けなかったのですが、ルーマニアでは大いに盛り上がり…いや、盛り上がり過ぎました。当時のルーマニアは独裁政権による恐るべき監視社会、人々の音楽への渇望はそのまま自由への渇望でもあったのでしょう…。事態を危険視したルーマニア当局はBS&Tにデカい音を出すな、服を脱ぐな、物を投げるな、といった指令を出します。果ては音楽をジャズ寄りにしろ、と。これにはさすがにメンバーがどの程度ジャズ寄りかなんてルーマニアの誰が判断するんだよ、ジャズ目盛りでもあるんかい、と突っ込んでいましたね。厳重注意を受けていたにもかかわらず本番ではやっちまった彼ら、果たしてその結果は…。そして、時にスパイ大作戦ばりの展開を見せながら、鉄のカーテンの向こう側からやっとこさ帰国した彼らを待ち受けていたのは…。

BS&Tの凋落の原因をこのツアーのみに帰すのは早計かと思いますが、それでもツアーに行っていなかったら、とは思ってしまいます。しかし、当時の彼らには行かない、という選択肢は残されていませんでした。つくづく政治って怖い。とはいえ、結果的には半世紀過ぎて当時の輝かしい姿がこうして映画になり、ここ日本でも上映されているわけです。まさに禍福は糾える縄の如しというか、spinning wheelというか…。

さて、この日は帰りに恵比寿アトレの中にある「ル・グルニエ・ア・パン」でアボカドとサーモンのクロワッサンとチーズとハムのバゲットを買って帰りました。パンも具材もびっくりするくらい、美味しゅうございました…。
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ECMレコード―サウンズ&サイレンス

2024-10-24 21:07:06 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「ECMレコード―サウンズ&サイレンス」を見てきました。

名門レコード・レーベル、ECMのドキュメンタリーです。私はECMの音楽の大ファンなので、公開を知った時から本当に楽しみにしておりました。長く憧れの人であった、マンフレート・アイヒャーのお姿を見ることができる…!ということで、公開後間もなく、いそいそと行ってまいりました(以下、ネタバレ気味です)。

映画で見るマンフレート・アイヒャーは想像どおりの人でした…年齢不詳のイケオジ、そしてどこか求道的な雰囲気を醸し出しています。寡黙な人のようですが、自分の過去をぽつりぽつりと語る場面もありました。元々ベースを弾いていたこと、しかし偉大な先人のようには弾けないことを悟り、録音する側に回ったこと。いい音楽をたくさん聴いて耳を鍛えたこと…。録音する側になると、音楽の聴こえ方が違ってきたというようなことも言っていましたね。ECMの音楽の透徹した音の響きは彼の耳によるものだったということをあらためて認識しました。彼はレコーディングに立ち会い、音量バランス、ダイナミクス、はてはピアノの調律にまで気を配ります。いい音楽は流星のような光の筋…と語っていたのが印象的でした。奏でられる音を聴きながら、きっと美しい光が見えているのでしょう…。

この映画では世界各地のECMのミュージシャンと会うアイヒャーの姿を追っており、どこかロードムービーのような趣もあります。とりわけ、エストニアの教会でアルヴォ・ペルトがレコーディングしているシーンが感動的でしたね…弦の低音の重厚な響き、odessaのあるところで見てよかったとしみじみ思いましたよ…。ヤン・ガルバレクのレコーディングのシーンも。想像どおりのイケオジぶり、音も迫力がありました。アンゲロプロス映画の音楽を長く手がけたエレニ・カラインドルーのほか、デンマークのパーカッショニスト、チュニジアのウード奏者、アルゼンチンのバンドネオン奏者なども登場。かと思えば、戦火の中にあるレバノンで女性歌手が歌うシーンも。世界各地のミュージシャンとのセッション、ECMの音楽はもはやジャズの枠を超え、ワールドミュージックともどこか異なる、無国籍音楽とでもいうような広がりを見せています。しかし、そこにはアイヒャーの美意識が徹底して貫かれているのです。

この映画、映像もECMのジャケ写のような美しさでした。映像と音楽でECMの世界観を再現したような映画で、見ているとたゆたうように時間が過ぎていきました…。「静寂の次に美しい音楽」を追求するアイヒャーの旅は続いていくのでしょうか…。
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ソング・オブ・アース

2024-10-04 00:06:13 | 映画
TOHOシネマズシャンテで「ソング・オブ・アース」を見てきました。

ノルウェー西部の山岳地帯オルデダーレンの大自然と、そこで暮らす老夫婦の姿をとらえたドキュメンタリーです。この地帯は世界でも有数のフィヨルドを誇ります。この映画の監督は夫婦の娘であるドキュメンタリー作家マルグレート・オリン。ヴィム・ヴェンダースと、ノルウェーを代表する大女優リヴ・ウルマンが総指揮です(以下、ネタバレ気味です)。

映画はオルダーレンの春夏秋冬を順に追っていきます。84歳になるという監督の父が散歩する姿をひたすら映し出すのですが、これが散歩というよりはもはや登山…峻険な山道を、トレッキングポールをつきながら軽々と登っていきます。眩暈がしそうな断崖絶壁でも平然としていますが、住んでいる人にとってはいつもの光景なのでしょうね…。監督の母も時おり登場…お二人の仲睦まじい様子が本当に微笑ましいです。

雪山の白、氷河の青、湖の碧、草原の緑、花の赤、オーロラの七色…ドローンを駆使して撮影された映像は圧倒的な大自然を淡々と映し出します。まるで地球の歴史を見ているかのような、壮大な光景です。自然の中で生きている動物たちの姿も。トナカイ、馬、犬、フクロウ、ワシ…ちょいちょい現れたオコジョが愛らしかった…。この映画には自然の音も溢れています。氷河の音、雪崩の音、瀑布の音、風の音、川の音…まさに地球の歌。監督は自然の音を録音し、音楽に変換、作曲家が楽譜に起こし、オーケストラが演奏しています。監督のこの音への並々ならぬこだわりは、幼い頃に「氷河の音からオーケストラが聴こえる」と感じたことから始まるようです。

しかし、美しい自然は時に過酷です。この地でも雪崩や土砂崩れで命を奪われた人々がいました。一方で人間による環境破壊の影響も…この地でも年々、氷河は縮小しています。時に対立しながらも、この地で人々と自然は長い間共生してきました。それでも大自然と比べれば人間はあまりにも小さい…その事実をこの映画は目の当たりにさせてくれます。しかし、その小さな人間たちが細々と命をつないできた奇跡…この地球には奇跡が満ち溢れています…。

さて、アートといえば甘いもの…ということで、この日は日比谷シャンテにあるル・プチメックでクリームホーンマロングラッセを買ってきました。筒状にしたパイ生地の中にマロンクリームが入っているのですが、パイはサクサク、クリームは栗の味がしっかりして美味しゅうございました…。
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生まれておいで 生きておいで

2024-10-03 00:05:39 | 美術
ひさしぶりに上野で展覧会のはしごをしてきました。と言っても、だいぶ前のことになってしまいましたが…。

最初に行ったのは、東京国立博物館「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」です(展覧会は既に終了しています)。この展覧会、開催を知った時から楽しみにしていました…内藤さんの世界観と国立博物館がどういう出会いをするのかと。この展覧会は博物館の収蔵品や建築空間と内藤さんの出会いから始まりました。内藤さんは縄文時代の土製品に自身の創造と重なる人間のこころを見出したそうです…。展示は3か所に分かれていました。第1会場となっている平成館の細長い展示室では、ガラスケースの中に縄文時代の遺物がそっと並べられ、天井からは小さな球体のオブジェが吊り下げられています。私は太古から未来へとつらなる生命の連鎖をイメージしました…。第2会場は本館特別5室。カーペットと壁が取り払われ、むき出しの空間があらわれていました。思わず息を飲みましたね…長年通ってきた国立博物館は実はこうなっていたのかと。そして、アピチャッポン・ウィーラセタクンの映画のワンシーンに立ち会っているような不思議な感覚に陥りました。建物はその歴史を内包しているということを目の当たりにしたような…。第3会場は本館ラウンジ。小さなガラス瓶に水を満たした「母型」がそっと置かれています。壁にはきらきら光る金色の画鋲がいくつか。大きな窓からの光も差し込み、祝福された空間のよう。今まで見たことのないような感じの展覧会でしたが、内藤さんの祈りの縄文の人々の祈りが邂逅した場に立ち会っているような、そんな不思議な体験でした…。

次に行ったのは、同じく東京国立博物館の「空海と神護寺」です(展覧会は既に終了しています)。この展覧会は神護寺創建1200年と空海生誕1250年を記念して開催されました。本尊の「薬師如来像」が寺外で初公開されるというので行ってまいりました…さすがに威厳のあるお姿でしたね…。国宝の「五大菩薩像」は五体が揃う例としては日本最古なのだそうです。曼荼羅のように配置され、ライティングの妙も相まってより神秘的に。また、230年ぶりの修復を終えたという「高雄曼荼羅」も。精緻な美しさがよみがえったような…。神護寺三像の揃い踏みも。その他にも「灌頂暦名」「観楓図屏風」などの国宝や「大般若経」などの重文の多数…神護寺の威力を思い知らされた展覧会でした。

最後に行ったのは東京都美術館の「デ・キリコ展」。キリコの10年ぶりの大回顧展です(展覧会は既に終了しています)。前回の汐留ミュージアムでの展覧会も行きました…あれからもう10年も経ったのか…。今回の展覧会は初期から晩年までの作品が網羅されていましたが、初期の形而上絵画がけっこう出ていたのが嬉しかったです…イタリア広場、形而上的室内、マヌカン…見ているだけで心が異界に飛びます。室内風景と谷間の家具も不思議…さすが謎を愛した画家です。その後、伝統的な絵画へと回帰しますが、再び形而上絵画へ描くように…過去の作品と新たなモチーフを再構成した作品は新形而上絵画といわれました。光と影のコントラストが強烈な初期の形而上絵画と比べるとどこか明るい印象を与えます。今回は絵画の他にも彫刻や、キリコが手掛けた舞台衣装も展示されていました…何ともシュールな衣装でしたね…。そんなわけで、前衛と古典を行き来したキリコの世界を堪能…キリコ展の決定版とも言えそうな充実した内容でしたが、再びこの規模のキリコ展が開催されるのはまた10年後になるのでしょうか…。
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LISTEN.

2024-10-02 00:20:44 | 映画
角川シネマ有楽町で「LISTEN.」を見てきました(この映画館での上映は既に終了しています)。

こちらもPeter Barakan’s Music Film Festival2024の一環での上映です。この映画はアメリカの映像作家ギャリー・バシン氏と女優の山口智子さんが10年かけて30カ国の伝統音楽を記録した企画の前半の5年分の素材を編集した作品です。不肖わたくし、民族音楽は大好きなのですが、そうそう自分で現地に出かけて行くわけにもいかず、こういう企画は涙が出るほどありがたく…(以下、ネタバレ気味です)。

このプロジェクトは山口さんのライフワークであり、LISTEN.は未来へ紡ぐ映像のタイムカプセルなのだとか。それにしても30ヵ国ってすごいですよね…カザフスタン、ハンガリー、トルコ、ギリシャ、セルビア、アルゼンチン、ベリーズ、インド、アイスランド、ジョージアなどの伝統音楽が取り上げられていますが、国名を並べるだけでなんだかクラクラしてしまいます…なんてワールドワイドな…!音も映像も素晴らしく、世界にはこんなに素晴らしい音と踊りが溢れているということを実感できる作品でした。まさに音の世界遺産。この企画は山口さんがハンガリーのブタペストで夜の帳から聴こえてきたヴァイオリンに魅せられたことから始まりました。カザフスタンの若手グループ、トルコのピアニスト、ギリシャのリラを奏でる詩人の歌、セルビアのバルカンブラス、アンデス山脈から響く歌、ベリーズの老人のギター弾き語り、インドの超絶技巧、アイスランドの古代の歌…とりわけラストのジョージアでの祝宴で披露されたポリフォニーが最高でした…。

私が行った日は山口さんとバシンさん、そしてバラカンさんのトークも行われていたので拝聴してきました。山口さんを生で拝見するのは初めてなのですが、さばさばしたかっこいいお姉さま、という感じで素敵でしたね。制作のお話がメインでしたが、お二人が現地に行かれると、まずは現地のCDショップでかの地のミュージシャンのCDを大量に買い、これはという人にコンタクトを取るのだとか。他にはボイジャーに載せられたレコードの話とかもされていましたね…。スポンサーさんへの感謝を述べる場面も。そして何より、音を聴いて、感じてほしい…という山口さんの情熱が伝わってくるお話でした。こんな素晴らしいタイムカプセルを残してくださったお二人に心から感謝です…。
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自分の道 欧州ジャズのゆくえ

2024-10-01 20:56:28 | 映画
角川シネマ有楽町で「自分の道 欧州ジャズのゆくえ」を見てきました(この映画館での上映は既に終了しています)。

Peter Barakan’s Music Film Festival2024の一環での上映です。この映画は「BLUE NOTEハート・オブ・モダン・ジャズ」と同じくユリアン・ベネディクト監督の作品です。この作品ではヨーロッパのジャズミュージシャンが独自の道を歩む過程を追っています(以下、ネタバレ気味です)。

映画では欧州ジャズの歴史を、アーカイブ映像と欧州ジャズメンのインタビューで明らかにしています。第二次世界大戦後、アメリカの著名ジャズミュージシャンがヨーロッパに演奏に行ったことから、ヨーロッパにジャズが伝わりました。ヨーロッパではミュージシャンがさほど黒人扱いされなかったらしく、人種差別を逃れてアメリカからヨーロッパにやってきたジャズミュージシャンがいる一方、東欧の共産主義政権の下ではジャズが自由の象徴という面もありました。映画ではジャズ・ジャイアンツのヨーロッパでの演奏シーン、欧州ジャズのアーティストのインタビューも多数(ECMのミュージシャン達も出ています)、そしてなんとヤン・ガルバレクがナレーターを務めています。私、ガルバレク大好きなんですよ…テナー吹きで一番好きかもしれません…彼の話す声を聴いて、演奏する姿を見られて満足でした。チャーリー・パーカーになろうとしてもなれない、自分の道を行くしかないということを語っていましたね…。最後の方にECMのマンフレッド・アイヒャーも出ていましたが、レコーディングを指揮する姿はイメージ通りでかっこよかったです。アメリカの黒人の音楽がメインストリームとなっているジャズにおいて、ヨーロッパの白人たちはいかに自分たちの道を見出していったのか…メインストリームではないからこその自由があったようにも思います。そして、さまざまなスタイルを受け入れる懐の広さがジャズの一番の魅力かもしれません…。

私が行った日はピーター・バラカンさんのトークもあったので拝聴してきました。その中でブルーノートの創設者はユダヤ系ドイツ人、ECMの創設者もドイツ人というお話もあり、ジャズの歴史でドイツ人が果たした役割の大きさにあらためて気づかされました。白人世界でマイノリティだった黒人がジャズを生み出し、黒人ジャズの世界ではマイノリティだった白人が白人ジャズを生み出すという入れ子構造、そしてキーマンは実はドイツ人…いろいろと発見のあった映画でした。
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