あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

天声人語を読んで

2015-01-14 21:02:58 | 日記
10歳前後の少女が、爆発物を体に巻きつけ自爆テロで亡くなったというニュースを知り、私自身も大きな衝撃を受けました。
本人の意志なのか、それともイスラム過激派:ボコハラムが、少女らを人間爆弾にして遠隔操作したものなのかどうか。
しかしその正否は問題ではなく、未来ある少女の命が失われたことに心が痛みます。

命は他人の命を奪うためにあるのではなく、命を生かすために在るはずですから。
その少女の命と未来を奪う権利など誰にもないはずなのに、事実として 少女のかけがえのない命が失われたということの重さを痛感します。
こんなにも命を軽々しく扱うことで、どんな未来をつくろうとするのでしょうか。

主義・主張は多様であって構いません。どんな宗教を信仰するかどうかはそれぞれの心のままに任せて構いません。
ただ、一つだけこれだけは否定できないものがあります。主義・主張・宗教をはるかに超えて尊いものこそ、命そのものなのだと思うのです。
生きていればこそ、自分の思いや考えを伝え、信仰を語ることができます。
命を否定したり、簡単に捨て去る行為からは、何も生まれず創りだすことさえできません。
命を大切にし、守ることから、希望に満ちた未来は創りだせていくのだと考えます。

天声人語の末尾は、次のように結ばれています。
「 ~ フランスの悲劇は世界の悲劇になった。ならばアフリカに爆発音を残して消えた少女の死も、世界の悲劇なのだと思えまいか。(やさしい人になって困っている人を助けたい)―そんな女の子だったかもしれぬ。 」

同感です。
少女の失われた未来と願い、それが一瞬の間にこの世界から失われたのだという 痛みと悲しみを感じるからこそ、世界の悲劇なのだと思います。

世界中の誰もが、一人ひとり尊い命を持っているのだということ。そして世界中の子どもたち一人ひとりが、未来の世界を創る主体なのだということを 忘れてはいけないのだと思います。

失われた命の重さを誰もが受け止め、誰もが幸せに生きる権利と 奪うことのできない未来を手にしているのだということを 改めて心に刻みたいと思います。

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