望子のただいま稽古チュッ!

稽古、公演、プライベート
・・・オバサン役者、木村望子の日々。

作家の軌跡

2014-03-26 02:10:26 | 演劇・舞台・小劇場

ずずず、ずらーーーっと、並べてみました。


今回の作品で、不要になった台本です。


向こうにあるかたまりは、

ワークショップなどで、たまたま先に手に入れた、

最初の頃の台本です。



まず最初は、5枚くらい。

そこからだんだん分厚くなって、
渡されるたびに、前のが不要になって、

さすがに公演前の台本を、
メモにするのは忍びなく、

残していたら、
こんな量になりました。

いや、もっとあったんだけど、
どこかに散らかってしまったようで。
(やっぱりメモになってるか



手前が、今使っている台本ですが、

これと比べると、

ここに至るまでの軌跡が、よくわかります。


最初の頃の台本とは、

登場人物の名前も、人数も、

もちろん、台詞も、

全然違っているんです。


今も、実は、まだ完成してなくて、

我々としては、毎日、
ホンができてくるのを、
餌を待つひな鳥のように待っているのですが(笑)


これがねぇ、なかなかねぇ。

ぱらり、ぱらり、と、
1、2枚ずつ、登場してきます。

時には、進まないまま、
前の部分の直しがあったりして、

2、3歩進んじゃ、また1歩下がる、って状態 


たとえば、1字だけ、取ってあったりするんですね~。


「~かもしれんね」

 が、

「~かもしれん」


たったこれだけ?

と言えば、たったこれだけです。


 そう、たったこれだけ。


でもね、

その、たった1字で、

ニュアンスがまるっきり変わるんです。


そして、
「ああ、こういうことなのね」

・・・と、その心理が納得できるのです。


数文字が増えたと思ったら削られて、
しばらくすると、少し違う表現でまた現れる、

そんな箇所もいくつか・・・。




もちろん、作家なんですから、
推敲は当たり前です。

いや、作家でなくても、プロの物書きは、
あり得ないほど推敲を重ねます。


ただ、その推敲の変遷というか、軌跡に、

その台詞に対するこだわりの深さ、

その作品に対する、1字もゆるがせにしない思い、

そういったものを感じて、感動しました。


テキトーに台本を読んで、勝手に違う台詞を喋られたら、
そりゃぁ、許せないだろうなぁ。

といっても、怒ったりはしない人だけど。


この台本の山を見て、
珍しく真面目に考えちゃいました。

こういう、真摯さを感じるから、
私は久間作品が好きなんだろうな。


っていうか、

本来、作家って、
これじゃなきゃいけないはずなんだよね。

だって、キャスト・スタッフたち、何十人もの人間が、

その本に命を吹き込むべく、長い時間をかけるんだから。


なのにさ・・・、

と、と、と、

これ以上書くと、余計なことを言いそうなので、
この話はここでやめておきます(笑)



ちなみに、このいらなくなった台本ですが、

ちゃんと第二の人生を歩んでいます。


私が、小道具で、たくさんの干物を使うんですが、
その干物代わりに、

アジの開きならぬ、台本の開き(笑)


あ、もちろん、本番では、
ちゃんとした小道具を出しますよ








         

東京ストーリテラー・4月公演
    「凛として」
   詳細はこちら

         




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