自称「一般的な会社員」

どこにでもいる、一般的な会社員の日常

4月8日

2011-04-08 | Weblog

不謹慎継続中。ヒューレット・パッカードは、売る気がないならウェブ上に商品を掲載するなよ。オレのノートPCはいつ届くんだよ。マウスコンピュータみたいに『発送に3~4週間かかるおそれ』くらい書いておけよクソ。もう3週間経っているのに注文確定以来連絡無しとか冗談じゃない。キャンセルさせろよ、マウスで買いなおすからさ!


まさかの震度6強。少し時期がずれていれば、私も直撃でした。この大停電のときこそ活躍の場だったのにと悔やむ反面、ほっとしている自分もいます。中越地震のときは予定が合わずに帰省していなくて被災せず、東北沖地震は有給を取っていて被災せずで、言い方は悪いけど運が良いのかな…。

しかし会社のほうは大混乱。せっかく復旧しつつあったのに、大停電で軒並みダウン。ライフラインや発電機の稼働状況などが飛び交っている感じ。気象庁、大規模余震はほぼ発生しなくなったって言ったじゃん…。



さて、昨日の続き。いろいろありすぎて、全然整理されてないね。時系列が前後したり、話が飛んだりするかも。

早朝に宿泊地に到着。場所は仙台からずずーっと西へ行ったところにある温泉地。規模的にビジネスホテルじゃ人が入りきらないのわかるけど、いいのかなー。中に入って、これからの活動内容の説明を受ける。技術的な業務は専門部隊が既に活動を開始しているので、私は機器の運用管理がお仕事。宿泊地から拠点と呼ばれる資材管理所へ行って発電機などの物資を受け取って、被災地で活動。ここで注意を受けたのは、車や発電機から目を離さないこと。燃料や食料の盗難が少なからず発生しているとのこと。マジっすか。特にタバコは厳禁で、匂いがすると絡まれるケースも多いとか。よかった、嫌煙厨で…。

一通り説明を受けたところで、4時間の休憩。受入でバタバタしているのはわかるけど…だったら無理に夜出発する必要なかったんじゃないかなぁ。せっかくなので温泉に入って昼寝してご飯を食べたところで、再度集合。活動のリハーサルとして拠点での物資補給と、給油を実施。とにかくガソリンは足りていないらしく、指定されたGS以外での給油は出来ないと思えって言われました。さーて、いっちょやったるかい!と渡されたカギを確認したら、レンタカーでした。そりゃ社用車なんて全部出払っているよね…。ワンボックスから軽までバリエーション豊富で、よくかき集めたもんだ。拠点で積み込み物資の説明を受けつつ、『ここには非常用のガソリンがありますので、喫煙は絶対に止めてください』と言われるが、さっき倉庫の裏でアンタら吸ってたじゃないか。大丈夫なのか。

物資補給と給油なんてあっさり終わってしまうわけで、夕方には本日の業務終了。なんだこの不完全燃焼感は。宿に戻ると、活動について説明してくれた人がタバコ吸ってた。ここには規律ってないのかな。宿は旅館なので、当然個室ではありません。iPadにエロ本入れてきたけど無駄になったなぁ。寝袋で車内泊よりずっとマシだけどさ。部屋割りを確認すると、上司と元上司と相部屋。なんという地獄。車内泊のほうが気楽だったかもわからん。しかも上司とは明日からの活動も同じときたもんだ。ホントもう、勘弁してください。ここからは呑むわ吸うわで酷かった。大騒ぎしなかったのが唯一の救いだ。慰安旅行じゃないんだからさ…。なんでアルコール持ってきてんのよ…。

翌日、本格活動開始。今日のお仕事は南三陸町にある避難所へ発電機を持っていって、通信機を運用すること。以前から活動している人と情報を交換して、出発。先発の人たちは避難所へ直行して活動を開始して、私と上司は拠点で食料を受け取ってから合流の予定。かなり早い時間に出発したにもかかわらず、通勤ラッシュに巻き込まれる。車、動かないんですけど。2時間近くかけて、拠点に到着。宿と拠点はもっと近くに出来なかったのかな…。食料を受け取って、南三陸町へ。

宿泊地も仙台市街も、とても震災があったとは思えない風景。ところどころ建物が崩れていたりするけど、お店は営業しているし道路は混んでいるし人も多い。ラジオによると、都市ガスはまだ復旧していないみたいだけど、プロパンの家庭も少なくないみたいだからなぁ。オレ、何しに来たんだろう。三陸道へ入り、北へずーっと走る。料金所で緊急車両である旨を伝えて証書を見せると、無料で通行させてくれる。ガソリンも優先的に回してもらえるようなので、現地の方々が証書を欲しがるわけだ…。

上司と二人きりの車内は大変居心地が悪い。寝ないように最低限の会話をするくらいしかやることがないんですけど。高速から見える風景も、高速を降りてからの風景も、ザ・田舎って感じはするけど震災の面影は多くない。『何が悲しくて半日もアレックスとドライブしなきゃならんのだ』と上司に言われるくらい、のどかな光景。普通に上司はタバコ吸っているしなー。信号も点いているから停電もしていないだろうし、本当に必要だったのかな…。

閑散な住宅地を抜けて山に入り、下っている途中で自衛隊の車両を発見。何しているんだろうと思いつつ曲がったら、突然風景が変わった。目に入ったのはガレキの山。まだ海辺ではないのに、木にゴミがまとわりついている。そのまま山を下って平地に出ると、もう凄かった。何も無い。いや、ガレキが足の踏み場も無く散らばっているんだけど、人より高いものがほとんど無い。まさに絶句。だだっ広い空間に、鉄骨だけになった建物や、屋根だけが転がっている。写真で見た東京大空襲や原爆投下後の風景に似ている。幸い、道はある程度復旧されていたので、車での通行に支障なし。もっとも、道といってもアスファルトがあるわけではなく、ガレキをどけて車が通れるスペースを作っただけですけど。行けども行けども、目に入るのはガレキの山と、廃墟と化した鉄筋鉄骨の建物、壊れた車、陸なのに船。辛うじて残った建物の屋上に車や船が乗っかっている光景は何度も見たよ。かなりの大型漁船が道を塞いでいるところもあった。ここに家屋があって、人が生活していたなんて全く想像できない。

海沿いを抜け、少し山に入ったところに目的の避難所。公民館で、50人程が避難しているらしい。到着したのはお昼前。片道4時間以上か…。先発の人から話を聞いて、状況を確認。ここは既に落ち着いていて、発電機で携帯の充電といった要望はあるけど、規模が小さいから忙しくないとのこと。何人も居ても仕方がないので、先発の人は休憩がてら避難所探しへ出発。私と上司で機器のおもり。

しっかし本当にやることないな。某社の携帯は復旧しているから、通信需要はほとんどなし。電気は発電機から延長コードで屋内にOAタップをひいているので、自動運行状態。通信機や発電機にいたずらされないようにそばに立っているだけ。時々、サッカーボールが飛んでくるから、ブロックするくらいだな…。余りにやることがないので、自分の存在意義を自問自答し始めたあたりで、上司から『抜け出したい』と言われました。上司がこの仕事に参加した理由は、東北に住んでいる御友人の様子を見に来るためだったらしい。そんなもんプライベートで来いよと思いましたが、悲しいかな私は部下であり、そんなことを言えるわけもなく。先発の人をうまいこと誤魔化して、早めに避難所を出発。車の台数の関係で上司と行動を共にせざるを得ない私も、当然同行。

『ごめんねー、付き合わせちゃって』と一応の謝罪はもらったものの、『オレは困っている多くの人を助けに来たのであって、貴方の友人に会いに来たわけじゃない』と思っている私はちょっと不機嫌。まぁ、あそこにいてもやることなかったし…と自分を納得させましたが。どうやら御友人は少し離れたところの避難所に居るらしく、そこまで車を走らせる。私が車で留守番をして、上司が御友人に会いに行ったのですが、この日は残念ながら会えず。えー、また来なきゃいけないの?

上司と御友人が会えなかったのは、携帯電話が繋がらなかったため。私が行った時点での電波状況はあまりよろしくなかったのよ。docomoは基地局を順次復旧させていて、それなりの地域でつながるようになっていました。また、復旧していない地域の大きな避難所では、基地局車を展開してカバーしている状態。基地局車にはALSOKが同伴していて、無人の基地局車を警備員が見張っているようでした。docomo社員、仕事しろ。auはダメ。復旧している地域が少なく、大きな避難所には基地局車が来ていたけど、大半の地域が圏外で同僚とのやり取りに困るレベル。SoftBankはauよりはマシ。復旧地域はauより広いけど、電波が3本立ってても通信できない地域があった。圏外の避難所は人海戦術で対応していて、移動基地局を設置しているらしい。docomo=元々非常時の体制がしっかりしている、SoftBank=フェムトセルを武器に小回り展開、au=どんまい。上司の御友人はauだったため、連絡が取れなくて落ち合えなかったらしい。

被災者の心境からすると、docomo=SoftBank<<越えられない壁<<auらしい。auは当然の結果として、docomoとSoftBankが同率なのはとても以外でした。docomoはエリア復旧が早くて印象が良く、SoftBankは社員(?)が被災地で活動しているので安心感があるとのこと。顔が見えるってやっぱり重要なんだなぁ。

結局上司は同僚と会えず無駄足となったわけなので、宿泊地に引き上げです。来た道を戻ろうと思ったら、やっぱり大渋滞でした。ねぇ、本当にガソリン足りていないの?また、一般車両に混ざってかなりの自衛隊車両が走っていましたよ。戦車隊とか、高射隊とか、普通科とか、特科情報隊とか、支援隊とか、師団とか連隊しか書いてないとか、そういう車がたくさん。装甲車もいたけど、あれは米軍かな…。自衛隊だけじゃなく、警察も消防もかなりの規模で活動しているのに、なんでニュースでやらないの?そんなに公務員が嫌いなの?彼らが暫定とは言え道路を整備してくれたから、ボランティアが活動できているんじゃないの?彼らが遺体の捜索とかガレキの撤去をしてくれているから、復興が進んでいるんじゃないの?近くで彼らの働きを見ただけに、今のニュースが本当に理解できない。

宿泊地に着いたのは陽もどっぷり暮れた頃。運転時間長すぎ。活動地のそばに宿泊地を取れればよかったんだろうなぁ。宿が賑やかだと思ったら、某電力会社もここを宿泊地にしている御様子。停電している場所が多すぎるので、是非頑張ってください。

報告を終えて夕食のお弁当を食べ、温泉でリフレッシュ。お風呂に入れない被災者の方に申し訳なく思うけど、この温泉のおかげで長時間運転でも肩こりとかしなかったし、リップクリーム無しでも唇が無事でした。温泉スゲー。風呂から上がれば部屋では酒が盛られておりまして、皆さんいい感じ。私も1缶だけ頂いて、早々に就寝。明日も早いからね。明日はもう少しちゃんとした活動が出来ればいいなぁ。


本日はこんな感じ。書きたいことが多すぎて、自分の中で整理できていないなぁ。機器を見張っているだけってのは結構無力感があって、自分が情けなくなったよ。続きはまた明日以降に。