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動画道④ 壮絶な戦い「ミュンヘンへの道」

2010年05月26日 21時58分46秒 | Weblog
             
 アニメーションは、優秀な作品が山ほどある。古いものでは、青春スポ根ものを中心として上位にランクされる「巨人の星」「タイガーマスク」「空手バカ一代」「キックの鬼」「タッチ」「野球狂の詩」「あしたのジョー」「ガンダム」「宇宙戦艦ヤマト」・・・。挙げだしたらキリが無いが、私が最高に評価している作品がある。それは、アニメーション+ドキュメンタリーもので、いわゆる「アニメンタリー」というカテゴリーに属する作品『ミュンヘンへの道』である。これは、当時の男子全日本バレーボール・チームが、過酷な練習に打ち勝ち、世界に日本が対抗できるためには何をすべきかを真剣に考え抜き、その結果、多種多様な速攻(クイック)を編み出し、世界の最高峰に達したという実話(ドキュメンタリー)をアニメ化したものである。
 当時、私自身も、バレーボールを部活動でやっていたため、この作品には、非常な深い思い入れがある。全日本バレーボールを背負っていたのは、世界的な名セッター・猫田、アッタカーでは、大古、森田、横田、中村、南、島岡であった。そして、このチームを率いていた松平康隆監督、斉藤トーレーナーという布陣だったのだ。このチームで、1972年のミュンヘン・オリンピックで金メダル獲得のため、世界と比較して平均身長の低い日本チームが優勝するために、何をやるべきかを、松平監督は、選手たちに考えさせた。選手たちは、一人ひとり、世界レベルを打ち破るためには、何が必要かを、各自の視点で真剣に考えたのである。その結果、編み出したのが、多種多様なクイック(速攻)だったのだ。今では、全世界この技を多用しているが、この技を作り上げたのは、当時の全日本男子バレーボールの一員たちだったのである。森田のドライブ・サーブ、横田のひとり時間差スパイク、A・B・C・Dの各クイック等多様な技を編み出した。当時、世界最高峰と言われた、ブルガリア、東ドイツを撃破し、ミュンヘン・オリンピック(1972年)で最高峰の金メダルを獲得したのである。日本男子バレーボール・チームが、オリンピックで金メダルを獲得したのは、後にも先にも、このミュンヘン大会のみなのである。それ程、日本チームが輝かしい足跡を残した大会だったのである。ミュンヘン・オリンピックは、イスラエル選手が、レバノンに殺害されるというショッキングな事件も起こったのではあるが、輝かしい足跡を日本が残した大会でもあったのである。

                男子バレー、ミュンヘン五輪で悲願の金

<!-- 「ミュンヘンへの道」 -->



ドキュメント映像はこちら>>http://www.youtube.com/watch?v=yl_r9tTvLmg