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自分の原点を探す旅『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』

2007年10月08日 01時58分26秒 | Weblog
 人生における自分を探す旅、それが映画『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』なのだ。ニューヨーク、ロンドン、日本で舞台上演された「プルーフ/証明」を、『恋に落ちたシェイクスピア』のジョン・マッデン監督が映画化した。数学の証明が綴られたノートをめぐり、傷ついたひとりの女性の再生が、きめ細やかに描かれていく。数学者として高い知能を持ちながら、精神を病んだ父のために大学を去ったキャサリンには、グウィネス・パルトロウが扮している。本作の撮影時は、ちょうどパルトロウも、大プロデューサーの父、ブルースを亡くしたばかりであり、父への思いや自責の念は、演技を超えたリアルな痛みとして表現されている。人の愛や信頼の証明は、数式を辿って得られるものではないし、たとえ途中が間違っていても、いい答えを導き出すことが出来る。このドラマは、そんな余韻を心に残してくれる。

 【ストーリー】
 天才数学者の父が死に、彼を5年間看病し続けたキャサリンは、生きる気力を失っていた。葬儀のためにニューヨークから姉のクレアがやってくるが、折り合いの悪い関係に、キャサリンは苛立つばかり。そんなキャサリンを優しく包み込んだのは、父の教え子で、キャサリンに思いを寄せているハルだった。ふたりが恋に落ちた日の翌朝、キャサリンは、ハルにデスクの鍵を差し出す。そこから出てきたのは、世紀の発見となる数式の証明だった…。
 一人でシャンパンをボトルから直接飲みながら、キャサリン(グウィネス・パルトロウ)は26歳の誕生日を迎えた。若さと、美しさと、天才的な数学者としての才能と──そのすべてに恵まれているのに、彼女は生きる気力を失っていた。シカゴ大学で教鞭をとり、天才数学者と讃えられた父ロバート(アンソニー・ホプキンス)が、1週間前に亡くなったのだ。キャサリンは精神のバランスを崩した父を入院させず、たった一人で看病したが、研究を再開してほしいという願いは叶うことはなかった。
 思い出の中に引きこもるキャサリンの心を、ためらいがちにノックしたのは数学者のハル(ジェイク・ギレンホール)だった。ハルはロバートのかつての教え子で、輝かしい研究が埋もれているのではないかと、遺されたノートを調べているのだ。ハルはまた、研究室でキャサリンをひと目見たときから、ほのかな想いを寄せていた。
 父の葬儀に出席するために、キャサリンの姉クレア(ホープ・デイヴィス)がニューヨークからやって来た。通貨アナリストとして第一線で働くクレアは、父を妹に任せてシカゴに寄り付かなかったが、経済的援助だけは果たしていた。まるでビジネスをこなすように、キャサリンの朝食を準備し、喪服を買い与え、参列者の食事の手配までテキパキとこなすクレア。キャサリンにはそんなクレアが、言葉の通じない異星人のように見えるのだった。おまけにどうやらクレアは、父の病がキャサリンに遺伝していると疑っているらしい。
 シカゴ大学の荘厳なチャペルで、ロバートの追悼式が行われている。教授のスピーチが終わると、突然立ち上がったキャサリンが演壇へ向かう。彼女は予定外の出来事に息をのむ人々を見渡した。父が発病して5年、目の前にいる友人、教え子、誰一人助けてはくれなかった。天才と讃えられた父がどんどん壊れていくのを私だけが見ていた──こみあげる怒りと悲しみに身を任せ、キャサリンは父の最期の日々を語り始めた。
 葬儀の後、故人の家はパーティ会場と化した。誰もが死者を悼むよりも人生の儚さを賑やかに吹き飛ばしたがっていた。傷ついた心を抱えた自分を優しく見守ってくれるハルに、少しずつ心を開き始めたキャサリンは、その夜、ハルと恋におちた。
 ひどく久しぶりの、喜びに満ちた朝の空を見上げるキャサリン。少し恥ずかしそうなハルに、キャサリンは首から提げた1本の鍵を差し出す。それはロバートの書斎のデスクの鍵だった。ハルと入れ違いに起きてきたクレアが、キャサリンの幸せな気分を台無しにする。大学が家を買ってくれるから、今すぐニューヨークへ引っ越そうというのだ。言い争う二人の元へ、興奮のあまり声を震わせたハルが1冊のノートを手に現れる。そのノートには、名だたる数学者がずっと昔から挑戦しているにもかかわらず、誰も成し遂げられなかった定理の証明が記されていたのだ。ロバートは狂ってなどいなかった! 世紀の発見に目を輝かせるハルに、キャサリンは静かに宣言する。「その論証を書いたのは私よ」
その一言が、自分の人生を大きく揺り動かすとも知らずに……。
 
 人生には、数え切れない程の出会いや別れがある。数式に導かれた二人にも、出会い、そして別れが・・・。しかし、自分の人生のプルーフ(証明)は、数式では解決されない。原点に戻って、はじめから検証してみよう。きっと、何処かの過ちが発見される筈である。例え間違っていても、それは、全てを否定するものではなく、そこからの再出発なのである。こんな事を考えさせてくれる、ハートウォームな映画なのです。