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ウーン!恋愛

2007年09月30日 18時27分03秒 | Weblog
 いやあ、疲れましたね!!たった今、久々の家族旅行に行って、帰ってきました。子供たちが温泉が良いと言うので、温泉でのんびり出来るところという選択枝の中で、山ではしょうがないし、やはり、海の見えるところが良いとの結論で、「熱海」となりました。しかし、土・日曜日はずっと雨でしたので、青い海を見る事が出来ずじまいでしたね。ホテルは、保養所契約でかなり安く宿泊できる「熱海後楽園ホテル」でした。海側の見晴らしの良い部屋でしたが、雨の影響で、景観はがっかりの状況でした。車での窓の景色も、全くの悲しい状況でした。しかし、夜と朝のバイキング料理は、本当に堪能しました。よくバイキングは食べに行きますが、一品にかなりの思いをこめての料理は、どれも大変おいしかったですね。てんぷらは、その場での揚げたて、寿司はその場で握ってくれます。ローストビーフや新鮮な海鮮ものも、いいものですね。なんかとても幸せに感じさせてくれます。お目当ての温泉も、昔ながらの透明な温泉が体に心地よかったですね。家族で行く旅行は、何年か振りですね。子供が小さい頃は、よく宿泊での旅行をしましたが、大きくなると、いろんな双方の予定があって、中々重なっての目標設定が出来なくなりますね。家族の絆が深まった?かもしれません。
 熱海と言えば、尾崎紅葉の「金色夜叉」ですね。貫一・お宮が、お金と言う魔物の影響で、純真な愛を変貌させねばならなくなってしまう、悲しい物語。その名場面があったという場所に、「お宮の松」があります。ここで、あの悲しい思いがあったかと思うと、心が痛みますね。あくまでも小説の中でのことですが、実際に擬制されたものがあると、実際の事のように感じ入ってしまいます。悲しい恋の破局があれば、これから愛を最高のものにして行こうとの過程の物語もあります。古くて恐縮ですが、『小さな恋のメロディ』1971年イギリス制作)>>
http://www.kadokawa-pictures.co.jp/official/melody/が、今でも強烈な映像として私の脳裏に残っています。映像>>http://jp.youtube.com/watch?v=YIUSW5jOJ7Yマーク・レスターとトレーシー・ハイドのなんともいじらしく、可愛かった純真な二人の恋愛物語。小さな子供の恋愛なのですが、大人の心に激しく届くものがありました。この前TVを見ていると、あの「有名人は今?」的なものをやっていました。そこにこの二人の現況が取材されていたのです。マーク・レスター(1958年生まれ)は、当時、大変愛くるしい少年で、世界中の女性をとりこにしたのではないでしょうか?今は、イギリス在住で、結婚して子供もいます。整骨士の資格を取って、自分の医院を開業しているそうです。一方、トレーシー・ハイドは、フランスにて、やはり結婚して子供がいるのです。あんなに小さく(当時の設定は11歳)、可愛かった二人が、現状では、父や母になっているのです。なんか想像しにくいことですね。
 
【ストーリー】
 
ロンドンの厳格なパブリックスクールに通うダニエル・ラティマー(M・レスター)とトム・オーンショー(J・ワイルド)は同級生。裕福な家の子ダニエルは気の弱い優等生で、貧しい家のトムはガキ大将。何故か気の合う二人の間に隙間風が吹き初めたのは、ダニエルが他のクラスのメロディ(T・ハイド)を見初めてからだった。愛を育んだダニエルとメロディは教室で「ぼくたち結婚します」と宣言するが・・
名作は時代も世代も超えて色褪せることはない。が、見る側には旬がある。その旬が短いのが『小さな恋のメロディ』だ。人生の『若葉の頃』を過ぎてから観るには、ある種の痛みを伴う。11歳という年齢は人生で一番純粋な恋を経験する時期だ。「好きだから側にいたい」と願うだけで、想いが報われた先の事には思い至らない。『小さな恋のメロディ』は、その先へ少しだけ踏み出してみせた。この年頃の女の子は、男の子より一足先に大人になる。ダニエルがノートに稚拙な裸の女を描いている間に、女の子達はミックジャガーの写真を練習台にキス談義をしている。メロディがクズ屋から金魚を手に入れた時の“Ta”という英語は“Thank You”の幼児語で、彼女が幼い事を表しているが、宿題を忘れて呼び出されたダニエルを教室の外で待つメロディの表情は年上の姉さんのものだった。 ダニエルは自ら告白することなく、メロディから水を向けられる。ビージーズの『若葉の頃』が流れる墓地のシーンで、 墓碑に「妻を50年間愛した」と書いてあるのを読む二人。

メロディ:  50年に渡る幸せね。50年ってどんなかしら?
       (Fifty years happiness. How long is fifty years?)
ダニエル: ん~、休みをぬかして150学期だ。
       (Er, a hundred and fifty school terms, not including holidays.)
メロディ:  そんなに長く愛せるかしら?
       (Will you love me that long?)
ダニエル: (うなずく)
メロディ:  出来るの?
       (I don't think you will.)
ダニエル: 「もちろん。もう一週間も愛してる」
       (Of course. I've loved you a whole week already, haven't I?)

手玉に取られている。
ダニエルを家に連れて行き家族に紹介するのも彼女だ。ダニエルがしたことといえば、良いところを見せようとして駆けっこで一番になったり、せっぱつまってトムにむしゃぶりついた事くらいだ。ドラマは思春期を目前にした子供の世界をリアルに描いてみせるが、ラストは含みを持たせた、おとぎ話で終わる。 トロッコを漕いで旅立つ二人にトムはこう叫ぶ。
 「いいか、クラッパム駅で乗り換えるのを忘れるなよ!」。

かつて乗り換えるのを忘れた、否、トロッコに乗るにも至らなかった自分の『若葉の頃』が胸に甘く痛い。下敷きになったのは制作者デヴィッド・パットナムの体験で、ロケは彼が卒業した学校で行われた。現実のダニエルとメロディは学校をエスケープした後に結ばれ、子供が出来る。パットナムは生活を支える為にメッセンジャーボーイになる。やがて頭角を現した彼は映画の制作に乗り出した。彼が『メロディ』に続いて製作した『ダウンタウン物語』は、登場人物が全て少年少女という異色のミュージカルだ。 青春の入口から一足飛びに大人の世界へ足を踏み入れた彼は、『若葉の頃』に置き忘れて来たものを映画で埋め合わせようとしたのかも知れない。
《余談》
英国でパブリックスクールと呼ばれるのは私立学校。制服のブレザー、ギンガムチェックのワンピース、横長のランドセルがお洒落だった。
 50年で150学期というセリフがあるが、英国は9月に始まる3学期制で、秋学期(9月~12月下旬)、春学期(1月初旬~イースター休暇)、夏学期(イースター休暇~7月中旬)。物語は夏学期が始まったばかりの頃ということになる。


 純真に人を愛する事は可能なのか?まじりっけの無い、愛と言うものがあるのだろうか?大人になる事は、こんな純粋さを捨て去る歩みなのかもしれない。一歩一歩大人として歩んで行くことで、純真な本来人間として持っていなければいけないものを、自分の知らないうちに捨て去っているのかもしれない。自分の生き方を本当の意味で見直すべきなのだろう。今の自分と過去の自分、自分自身で大切にしていたもの、大切だと思っていたものを、見直すとき、今でも同じように大切にしていますか?大切だと思っていますか?
 この答えに、「ノー」という思いがあったのなら、考え直さねばならないでしょうね。今の、そして、これからの自分自身のことを・・・。