1本のわらしべ

骨肉腫と闘う子供とその家族とともに

髪が抜けたこと

2007-10-14 20:18:32 | Weblog
前回お話したように娘はカツラをつけずに帽子を深くかぶり通学していました。教室でも帽子を取らないので目立っていたと思います。
その頃、中学校では不良っぽい先輩が下級生のクラスをチェックしてまわり目立った子がいるとからんできていました。娘がからまれることを心配された先生方はいつも教室から私の車まで(車で送り迎えをしていました)送ってきてくださいました。
それでも一度教室の中まで入ってきて因縁をつけられたことがありました。
「なんで教室の中まで帽子をかぶっているのか?」と聞かれ「病気の治療をしているから髪が抜けてしまった。」と答えたそうです。その子は「嫌なこと聞いて悪かったね。」と言って教室を出て行ったそうです。やさしい心を残した子でした。
帽子を選ぶのも大変でした。こめかみから、襟足まですっぽりと隠せないといけません。そんな帽子はなかなか見つかりませんでした。
髪がないので帽子が地肌に直接当たるため、やわらかい素材でないとだめです。ウール100%ならいいかと言うとそうではないのです。チクチクして嫌だと言います。お店で試着するのは嫌がるので気に入ったものをとりあえず買って帰ります。実際にかぶってみて気に入らないこともあり半分くらいは未使用でした。
冬に頭が寒いだろうとウサギの毛の帽子を贈っていただいた事があります。これはデザインもかわいく肌触りがよかったみたいでお気に入りの一つでした。
娘は入院中も帽子をかぶっていました。寝ているときもずっとです。
看護婦さんが「バンダナにしたらかわいいし、寝ているときも楽だよ。」と言ってくれたこともありますが、どうしてもバンダナをつけませんでした。テレビドラマで見る白血病の子供たちがバンダナを巻いている姿を見ていたからかも知れません。あの子の心の中にバンダナ=病気という気持ちがあったのだろうと思います。小さな抵抗だったのでしょうね。
4月22日に1回目の手術を行うまでずっと帽子で過ごしました。
手術が終わり、帰って来たときには頭にバンダナが巻いてありました。「しばらくは寝たきりですし、細菌感染を少なくするためにも、バンダナのほうが良いのでバンダナを用意しておいてください。」と看護婦さんに言われていたのです。
バンダナが付け心地が良かったのか、みんなから「かわいいじゃん」と言われたのが嬉しかったのか、それからはずっとバンダナでとおしました。
バンダナの好みもうるさかったですね。色、大きさ、肌触りなど注文が多いです。
主人の妹が買ってくれたバンダナはお気に入りでいつもそれを付けていました。毎日洗うのでお気に入りを洗っている日は私が買ったものを嫌々付けてましたが、偶然、先生が同じブランドのものを持っているからと娘にくださったので交互に洗っては巻いていました。
抗がん剤の投与をやめて3ヶ月くらいたった頃から、うっすらと産毛が生えてきました。眉毛もまつげも抜けてしまっていたのですが頭髪より少し後から生えてきました。
娘のまつげはもともと短くてまばらだったのですが、生え変わってきたまつげは長くてふさふさでした。一重だった目も痩せたために二重になりました。
上の娘は目が大きくてまつげも長かったので、「どうしてお姉ちゃんだけ?」とよく怒っていました。目元にはコンプレックスを持っていたようです。
亡くなる少し前に、私の友人にこう言ったそうです。「病気になって良かった事が一つだけある。まつげが長くなったことだよ。」
最期のあんたは飛び切りの美人だったよ。

抗がん剤の治療のこと その2

2007-10-14 19:08:34 | Weblog
抗がん剤感受性試験でイホマイド・アドリアマイシンの効果が認められたので11月下旬から2薬を使う治療が始まりました。補助剤としてビスフォスフォネートを併用します。
この2薬は前回のメソトレキセートとシスプラチンほどの強い副作用はありませんでした。常に吐き気はあるのですが吐き続けることはなく食事も何とか摂る事ができました。下痢もしませんでした。
骨髄抑制のため白血球は減少します。正常な白血球の値は2000~8000/ulだそうですが治療後1週間くらいで1000近くに落ちてしまいます。1000を切ると細菌感染予防のため個室に移らなければなりません。翌日から白血球を増やす筋肉注射が始まります。
個室に移るのは寂しいことですが吐き気だるさなどの自覚症状はないのでテレビを観たり漫画を読んだりして過ごしていました。食欲もあるので、この時とばかりに好きなものを食べていました。
この治療で一番つらかったのは脱毛です。治療を始めて2ヶ月経った頃から、髪が抜け始めました。櫛でとかすと固まりになって抜けるのです。でも生え際などは抜けにくいらしく部分的に残ります。それが余計にあわれで「いっそのことツルツルになったほうがすっきりするね。」とカミソリで剃りました。
その頃は、治療の合間を見て学校にも通っていたので、外出用にカツラも買いました。しかし娘は一度もカツラをかぶりませんでした。どうしてなのか理由はいいません。カツラが不自然に見えたからか、ずれたり外れたりした時の事を考えたのか
わかりません。いつも帽子を深くかぶり通学していました。
この治療を1ヶ月あけて2回行いました。ちょうどお正月に向けて白血球が下がってしまい病院で年を越すことになるはずでした。
でも先生が自宅で待機して毎日白血球を増やす注射を打ってくださったので、家でお正月をすごすことができました。
肩の痛みは治療を始めてから治まっていたのですが、この頃から「少し痛い。」と言っていたのが気になっていました。