1本のわらしべ

骨肉腫と闘う子供とその家族とともに

カウントダウン

2008-12-21 00:10:31 | Weblog
今年も私の中でカウントダウンが始まった。
沖縄で楽しい思い出を作って、明るい気持ちで帰ってきた娘を待っていたのは悲しい現実だった。
あの厳しい状況で、沖縄旅行に出かけることは自殺行為であり「許可をすることはできない。」という病院側の判断であった。
そこで娘は一旦退院をして、親が病院には内緒で勝手に沖縄に連れて行ったことになっていた。
再度、入院手続きをして病室に上がってみると、娘がいたベッドには新しい患者さんが入っていた。その部屋を通り過ぎ、看護婦さんが案内してくれた部屋は8人部屋の狭い部屋だった。その部屋に懐かしい顔はなかった。
ベッドとベッドの間が狭いため、ガーゼの処置や車椅子に乗り換えるときは一々部屋の外に出なければならなかった。
沖縄で明るくなっていた娘の笑顔は消えた。
始終、娘は不機嫌な顔をしていた。看護婦さんが「沖縄は楽しかった?」と聞いてくれても何も答えなかった。

この頃から呼吸が浅くなってきた。
肺の腫瘍が大きくなり息を十分に吸えなくなっている。レントゲンでは肺の半分近くが白くかすんでいる。
痛みが激しく出るようになりモルヒネの投与が始まった。


星空

2008-12-10 13:32:56 | Weblog
はいむるぶしの部屋からは星空も見る事ができます。
テラスに出ると満天の星空です。

夜中に目が覚めて、テラスで夜空を見上げました。
きらきらと星がきらめいて「とてもキレイ」。
小さな星、星雲までが見えすぎて星座がよくわかりません。
「たしかあれはオリオン座のはず。」
でもM42星雲がぼやっとではなく、はっきりと見えるのでオリオン座らしくないのです。
流れ星もたくさん。それも大きな光を放って流れていきます。

しばらく見ていると主人が起きてきました。
「こんな星空を見ていると、あの子は星になったんだと思えるね。」
私は返事に困りました。私の頭に浮かんだのは、クレーターのある月の姿でした。
そんな自分が悲しいです。

その後、子供たちも起きてきて家族そろって星空を見上げました。

小浜の旅

2008-12-09 08:39:08 | Weblog
日本の南端、沖縄。
その沖縄から、さらに飛行機で1時間南へ飛ぶと石垣島に着く。
そこから船に乗って30分。やっと南西諸島の小さな島「小浜島」に着く。
沖縄の海は美しい。でも石垣の海はさらに美しい。
そして小浜の海は、もっともっと美しい。

今年も「まぼろしの島」へ行くことができた。
この時期、風が強く波が高くなる。毎年「まぼろしの島」にたどり着けるのは幸運なんだそうだ。
「まぼろしの島」が近づくと胸が高鳴る。呼吸が苦しくなる。
「死後の世界はない」とか言いながら、島に娘の姿を探す。
島から離れるとき、何度も何度も振り返り娘を探す。
家に戻って、写真にあの子の姿をさがす。心霊写真なんか信じていないはずなのにどうしても探してしまう。

ふと我に返る。
やはり娘に会うことは出来なかった。
でも時がさかのぼり、2年前にタイムスリップした。

はいむるぶし

2008-12-09 08:05:51 | Weblog
「ここに行きたい。」
娘のその一言から始まった。

沖縄の観光ガイド本の1ページにその写真はあった。
部屋の中に居ながら、美しい沖縄の海が見える。
その頃には、娘は寝たきりの生活になっていた。2、3日おきに襲ってくる急激な発熱。たとえ沖縄にたどり着くことができても、それだけで力つきて滞在中は部屋から出ることはできないだろう。
沖縄のホテルの部屋は大抵オーシャンビューになっていて窓から海を見る事ができる。しかしベッドに寝たままで大海原が望めるのはこの部屋だけだった。
部屋の中から見えるこの景色は、そんな娘にとってたった1つの希望だった。
去年の12月のブログにも書いた様に、この旅はいろんな人達の善意と奇跡がかなえてくれた。
なかでも「はいむるぶし」のスタッフの方々のおかげで、娘の旅は考えていた以上に素晴らしいものになった。
「まぼろしの島」「島めぐり」...。
不可能を可能に変えてくれた。

今年も変わらない温かい笑顔に会えた。