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AKB48をめぐる妄想

AKB48にハマった私「カギ」が、好き勝手なことを述べるブログです。

酔っ払いの戯言

2011-04-30 13:31:54 | Weblog
 このエントリを書くとしたら「酔っ払いの戯言(たわごと)」というタイトルをつけるしかないと思っていた。このブログはもともとがしょせん妄想なんだけれども、それでもさらに、このエントリに限っては「おっさんが酔っ払った勢いで書くことなので、言葉が過ぎたらごめんねー」という言い訳を重ねた方が良いのかな、と考えていたからだ。だけど、さすがにもう、そんなことを言っていられる場合でなくなっているような気がした。というわけで、逃げずにはっきり言う。

 チームBが心配だ。もうチームとしての体を成していないように見える。

 最大の問題は「劇場公演に滅多に出ないキャプテンとエース」だ。それに付随して、次に大きな問題は「統率に従わない派閥」だ。はっきり言えば旧チームKのメンバーたちである。さらに続く3つめの問題は「どうせ私たちなんて」と小さく自己完結している4・5・7期生たちだ。そして最後の問題は、無理やりにでもリーダーシップを取りに行かない唯一の1期生、なっちゃんである。と書いたところで分かると思うが、つまりチームBメンバー全員が、それぞれに問題なのである。

 以前の一時期に比べれば、個々人のパフォーマンスはだいぶ良くなったと思う。露骨に手を抜いていたり、モチベーションがまったく上がらない状態でだらっと公演を「流して」いたりする人は、あまり見なくなった。だけど、そこまでだ。チームとして一つの公演を成り立たせているという感じがしない。一人一人がバラバラに、自分のパートをやっているだけで、その時その時の公演に「チームとして一つのセットリストを演じている」という一体感に乏しい。

 もちろん、それはある程度仕方のないことだ。休演者が多く、出演メンバーが一定しない。ただそれは、チームA・Kでも程度の違いはあれ、状況は同じだ。チームBの場合はやはり、休演しがちなキャプテンとエースが旧チームBの3期生であるのに対して、人数構成としては、旧チームKの2期生が最大勢力だ、ということが大きい。チーム再編成の時、チームAもチームKも、各チーム立ち上げ時のメンバーでユニットのセンターを張るような人たちを4、5人ずつは新チームに残したのに、チームBに限っては柏木さんと渡辺さん、そして1期生でありつつ旧チームBの立ち上げに尽力した平嶋さんだけだ。つまり旧チームBは「3期生が中心のチーム」であったのに、それは完全に解体されていて、わずかに残った柏木さんと渡辺さんが、ほとんど劇場公演にいない。このことが、新チームBの拠って立つべき「軸」を作り出せない最大の要因だろう。

 個人的には、この際、副キャプテンを作れば良いのに、と思っている。キャプテンが機能していないなら、それに代わる軸を設定すれば良いのだ。各チームのキャプテンがそうであったように、副キャプテンも運営側が指名しても良いけれど、いっそのこと、メンバー同士の互選にしたらどうか。自分たちで決めた副キャプテンなら、きちんと盛り立てて行けるだろう。2期生で年齢も高めのNなっち、ともーみちゃん、ゆっパイ(^_^)あたりなら、誰がなっても良さそうだ。その1歳下には、AKB48の酸いも甘いも…というよりはむしろ辛酸を知り尽くした1期生、なっちゃんもいる。

 ちょっと飛躍した妄想としては、以前も少し書いたように、いつまでも1期だ2期だと言っているのでなく、7期のすーちゃんとかも良いんじゃないかと思う。もはや、誰が(AKB48では)先輩だとか、どちらが歳上だとかいったことを一つ一つ数え上げて、つまらない意地を張り合っている場合ではない。要は、その人がどういう出自であれ、きちんとリーダーとして全員が盛り立てて、そのリーダーの下にまとまろうとする、ということが大事なのだ。その意味ではすーちゃんは次世代リーダーとして適任だろう。強いて難点を挙げれば、そのすーちゃんもやや休演が多いということか。

 だったら、さらなる妄想として、いっそのこと研究生からしほりんを昇格させて、そのままチームBの副キャプテンまで任せてしまっても良いのではないかとすう気すらする。日々の劇場公演で高いクオリティを発揮し続けようとする人、という意味では、しほりんも適任であるはずだ。そして、思い切って11期生を担ぐという状況では、2期か3期か、などという差はあってないに等しい。むしろ、若い次世代リーダーをちゃんと立てて支えることが、先輩たちに共通の重要な役目になる。

 以下は個別のメンバーにむけて。本当は全員分書きたいくらいなのだけれど、時間にも限りがあるので、とりあえず数人にだけ。

 まりやんぬ。久しぶりにまりやんぬらしい良いパフォーマンスだなと思ったら、誕生日の当日だった。あのパフォーマンスの高さを日常的に継続できれば、あなたの良さを見つけ、理解し、推してくれる人がもっともっと増えるはずだ。あれだけのパフォーマンスができるのに、どうしていつもはその力を発揮できていないのか。まずはその点を自分自身に問い直してみて欲しい。

 ちかりな。いつも真剣に、非常に良いパフォーマンスをしているのは分かる。だが、それが「自分だけしっかりやっていれば、他の人のことにまで口を出さなくて良い、出したくもない」になっていないか。特に旧Kメンに対して、未だに「自分を受け入れてくれた先輩たち」として、一歩も二歩も退いた姿勢をとってしまっていないか。だが、チームが改組された後では、先輩後輩である以上に、切磋琢磨する仲間であるべきだ。誰に対しても、ちゃんと物申して欲しい。良くないものは良くないと言うべきだ。

 みゃお。一時期の投げやりな感じはなくなって、ちゃんと劇場公演を務めているのは伝わって来る。だが、分かりやすく客席をいじりたがるクセは、まだ残っているように見える。また、自分自身のやるべきことだけ、叱られない程度にきちんと「こなして」いるけれど、一方では自分自身の力を過小評価して、小さな殻に閉じこもろうとしているようにしか見えない。あなたの本当の力はそんなものじゃないはずだ。変な客いじりじゃなく、歌とダンスのパフォーマンスの高さによって、本当の意味で公演のクオリティを高めるという部分で、もっと他のメンバーを巻き込んでいく力があるはずだ。

 きたりえ。やさぐれているきたりえなんか見たくない。どうせ自分はこの程度ですから、みたいなわざとらしい謙遜をしてみせるくらいなら、アイドルなんて辞めてしまえ。一時期はAKB48の次世代エースと目されながら、決して思い上がらない実直で謙虚な言動は、きたりえの美点であり、きたりえが一推しでないファンからも好感度は高かった。だが一方では、その過剰なまでの謙虚さこそが、きたりえにとって「風が吹いている時間」を活かし切れない要因にもなった。かつて、AKB48の超選抜扱いで雑誌などのグラビアに呼ばれまくっていた頃、いつも「自分なんかがここに並んで良いのか」みたいな顔をして写っていたことは、チャンスに恵まれた身として相応しい態度だったのか。そして今、気まぐれな風が去ったとは言え、ユニットデビューもし、まだ悪くないポジションにいるのに、「どうせ私は引き立て役ですから」みたいな屈折した態度をとり続けることは、アイドルとして好ましいことなのか。あなたを一推しにしているファンは、そんなあなたを見て喜ぶのか。

 なっちゃん。もう今のチームBで、本当に全員をきちんと説得して、一体となって公演に向かわせることができるのは、なっちゃんしかいない。そういう役目は面倒で、気苦労ばかり多い割に、報われることはほとんどない。そのことは多分、なっちゃんは一番良く知っているだろう。私としても、新チームBになった時には「これからは他人の面倒を見るより、なっちゃん自身のことを考えるべきだし、そうして欲しい」と思っていた。しかし今、チームBという、あなたを含めた15人の乗り合わせた船が、ピンチに陥っている。この局面を打開するには、もう一度、あなたの力が必要になってしまった。相手が歳上だろうと、なっちゃんの言うことを聞こうとしない相手であろうと、言うべきことをきちんと言って欲しい。煙たがられるかも知れない、それどころか嫌われるかも知れない。それでもなお、人には「ちゃんと物を言うべき時」がある。たとえ一時的にチームの中で孤立し、寂しい思いをすることになったとしても、そういうあなたを見ている人は、ちゃんといる。言った相手にも、いつかきちんと伝わる。数年、あるいは10年以上経った後になるかも知れないが、「あの時言って良かった」と思える瞬間は、絶対に来る。

 とりあえずここまで。

《私事》韓国出張中の話など

2011-04-23 18:04:23 | Weblog
 韓国出張中の話をいくつか。AKB48とはほとんど関係ない話ばかりなので、悪しからず。

 前にも書いたように、ノートPCを持って行けなかったのだけれど、さすがにないとやっていられないもので、途中の日曜日、1時間ばかりかけてソウルの電気街に行って買って来た。普段「言葉が通じない街を歩くのは怖い」とか言ってホテルに籠っているような私が、いきなり一人でそんなところまで行って、ノートPCなどというわりと大きな買い物までして来たというので、同僚には驚かれたりしたんだけれども、いやあ、電気街という共通点があれば、秋葉原みたいなものなんで、言葉以上に安心感があるという(笑)。

 しかも私の場合、もともと「萌え」属性がほとんどなく、1980年代の、PCとかジャンクの街としての秋葉原の方に馴染みが深い人間なので、買い物をするのはもちろん、クレジットカードが使えるような上等な店じゃなく、現金商売のちょっと怪しい安売り店(笑)。さすがに価格交渉する度胸はなかったけれど、交渉しなくても良いくらい格安の出物を見つける。その辺の勘は鈍っていなかったらしい(^_^)。ちなみに今もそのマシンを使っている。

 ただ、当然のことながら、キーボードもOSも韓国語。私は韓国語がまっっったく分からない(^_^;)。しかもものすごい言語オンチだ。何しろ3週間の出張で唯一覚えた韓国語が「メクチュ ハナ チュセヨ(ビール1本ください)」だというありさまだ。まぁキーボードの方は、私はキートップに何も書いてなくてもJISカナ打ちが出来るし、それよりはちょっと遅くなるがローマ字タイプもできるので問題なし。ただ、OSはさすがに困った。会社のマシン(日本語OS)と見比べて、この位置にある項目は何、この位置は何…というのを覚えて、何とか必要な設定をした。帰国してから、OSは日本語版に入れ替えるつもり。まだやっていないけれど。

 ホテルではNHK海外向け放送が見られたので、つけっ放しにしておくと、AKB48が出ている番組も時々見かけた。歌番組もあって、桜にまつわる歌とかの特集だったような。SKE48も2曲くらい歌っていて、ああ、48ファミリーから複数グループが出て、さらに2曲ずつとか歌えるようになったんだなぁ、と感慨深かった。

 また別の週末には、思わぬ再会もあった。私が仕事をしていた会社の2階にちょっとしたホールがあって、いろんなイベントとかライブに貸し出しているんだけれども、週末に行われたライブの一つに出ていたのが、なんと私の知り合いだった。知り合いと言ってもほとんど四半世紀ぶりに会う人で、その人もその会場でのライブは初めてだと言っていた。何と言うかすごい偶然。そして、そんなに久しぶりなのに、挨拶一つで「やあ、久しぶり」って気さくに話してくれて、ライブ終わった後に一緒に飯食って酒飲んで、っていうのは、実に楽しかった。

 その人は10代の頃からずっとバンドをやっていて、ミュージシャンとして暮らしていくのだと言っていた。今は、インディーズながら韓国ではそこそこ知られたミュージシャンになっている。CDにサインをしてくれながら「実は俺のサインって高校の頃から変わってないんだよね」と笑っていた。10数年前に韓国を初めて訪れた時に、韓国のロックにすごい衝撃を受けて、以後、韓国を拠点にしてしまったらしい。社会的に「成功」しているという感じではないけれど、若い頃と何も変わらずに、やりたいことをやり続けている人生は、幸せそうだし、素敵だな、と思えた再会だった。

 ちなみに、少し話戻って、そのホールというのは、260席で段差もしっかりついた、なかなか良いハコ。楽屋までは見ていないけど。260という席数に「こ、これは…ちょうど良い大きさw」と思ってしまったことは言うまでもない(笑)。もしここをホームにした48のチームができたりしたら、ずっとこっち勤務でも良いなー、とかつい思ってしまったほど(^_^;)。そこまでは無理でも、48ファミリーのいずれかのチームが、ここで韓国公演とかやってくれたら楽しそうだなぁ、などと、結局どこにいてもAKB48をめぐる妄想を続けている私でありましたとさ。ちゃんちゃん(笑)。

《私事》遅くなりましたが帰国のご挨拶、ほか

2011-04-19 01:40:00 | Weblog
 実は1週間と少し前に帰国しておりました。報告が遅れてすみません。予定外に日本を空けていたため、公私にわたってやらなければならないことが山積しており(正直なところまだ片付いていません)、なかなかブログに取り組む時間がありませんでした。と言いつつ、既に劇場には何度か足を運びました。まぁブログを書くにも、まずは劇場公演を見ないことには始まらないので、ご容赦願いたく。

 「48」の日に行われた奥ちゃん卒業公演の時には、まだ国外でした。節目の公演を見ようのない場所にいるということが、大変もどかしくはあったのですが、私が私自身のやるべきことをやっている結果なので、仕方のないことだったと思っています。まだ確定ではないのですが、もしかすると今年は、今回のような長期出張が増えるかも知れません。とりあえず来月は、国内ではありますが、2週間ほどの出張が決まっています。残念ながら名古屋でも大阪でもないのですが、捨てる神あれば拾う神ありということになりそうな気配です。

 これまで私は、劇場公演にこだわり、彼女たちの日々の頑張りを見続けていること、そして光が当たらないポジションでもひたむきに努力を続けて輝きを放ち始めた人を見逃さないで言葉にしていくことが、AKB48に向けた「私にできること」であり、そして私がしなければならないことでもあると思って来ました。しかし、AKB48も今や国民的アイドルとして、もう私のようなファン一人がいようがいまいが、まったくどうでも良いほど大きな存在になっています。そして私自身も、前述のように、今後は劇場公演を見られない期間が増えていきそうな状況です。

 劇場から遠く離れた出張先のホテルで、ノートパソコンの小さな画面だけからAKB48の情報を見聞きしながら、もうそれで良いのかな、と思ったりもしました。今の彼女たちは、ガラガラの劇場で明日をも知れぬ必死な公演を重ねていた頃に比べれば、まったくもって夢のような状態にいるじゃないか。一ファンとして、ここまで見届けられたら、もう十分なんじゃないか、と。

 でもやっぱり、ここで降りちゃだめだ、と考えました。劇場公演があまりにも高い競争率になり、私の知り合いで、いろいろな努力を続けている人たちでさえ、推しの出ている劇場公演をもう3箇月見ていない、もう半年見ていない、という声を聞きます。一方、劇場公演を初めて観る人たちの中にも、もちろん見る目のある人はいるだろうとは思いますが、多くの場合は、憧れのアイドルを間近に見た高揚感が大きく、パフォーマンスの良し悪しに気づけない、または気づいても言及しないのではないかと思います。それは当たり前のことで、ほとんどの人は、その日その時を楽しむために劇場に行っているのですから、公演の出来にいくらか疑問が生じたとしても、少々のことなら目をつぶって、その場を楽しんでしまう方が良いに決まっています。

 だからこそ、劇場公演を継続的に観ている「うるさ型」のファンというのが、あえて今、そして今後も必要なのではないかと思うのです。ステージから見た夜の海のような客席に、一人ひとりの顔を全部見分けられるわけではないと思います。けれど、そのどこかに、あなたたちのひたむきな頑張りを絶対に見逃すまいとしている眼があるということ。時に生じる油断や慢心を見過ごしにしない視線が潜んでいるということ。劇場の客席こそは何よりも暖かく、しかし同時に、何よりも厳しいものでもあるということ。それをメンバーや研究生一人ひとりが、それぞれの心に刻んで欲しいのです。

 帰国して劇場公演を観て、私自身も「ああやっぱり劇場公演は良いなぁ」と幸せを感じました。そういう幸せを感じられずに、苦しい思いをしている人が、あまりにもたくさんいることは分かっています。それでもなお、私が得ている幸せを、AKB48という全体的な状況に対してどう返して行けるかを考えた時、私は引き続き、可能な範囲で、私にできることをするべきだ、と考えました。自己弁護に聞こえると思います。腹が立つ人もいることでしょう。それでもあえて、私の意思表明として書きました。ご海容くだされば幸いですが、許せない!と思う人がいても仕方ないとも思います。こんなブログですが、これからも読んでやろうという方は、引き続きよろしくお願いします。

【虚報】21stシングルの曲名は『タイトル未定』

2011-04-01 01:30:02 | Weblog
 年度が変わって、また私の妄想アンテナが電波を受信したので紹介しておく。

 21stシングルはタイトル未定と伝えられている。これはタイトルがまだ決まっていないという意味での「タイトル未定」と思わせておいて、実は本当に『タイトル未定』という名前の曲をリリースすることが分かった。

 グランドオープン時に20人だったAKB48にとって、21という数字は新たなスタートを意味する。そこで、かつて将来の姿が未定だったAKB48の初心を思い出す意味で、21stシングルに「未定」の言葉を入れたという。

2011.04.02 12:37 追記

このエントリはエイプリルフールの嘘であり、事実ではありません。
このコメントを追記し、記事タイトルを変更しました。元のタイトルは
21stシングルの曲名は『タイトル未定』
でした。