じゃんけん選抜について、もう一つ語っておくべきことがあった。代々木体育館での対戦表を決める抽選の時の、峯岸みなみさんの涙についてだ。新しいファンの中には、なんで抽選であんなに大泣きするのか、不思議に思った人もいるようだが、多少古い人間ならすぐ気付くように、あれは峯岸さんの1回戦での対戦相手が平嶋夏海さんだったから、というのが定説で、それについては私もその通りだろうと思う。
峯岸さんと平嶋さんはどちらも1期生で同い年であり、1stセットリストである「PARTYが始まるよ」の最初(シャッフル前)はユニットの出番がなく、A-2nd「会いたかった」公演のユニット(渚のCHERRY)ではバックダンサー兼コーラスみたいなポジションしかもらえず、悔し涙を共にして来た間柄だった。その2人がいきなり1回戦でぶつかってしまうということは、AKB48の20枚近いシングルの中で「BINGO!」でしか実現していない「一緒に選抜入り」の2回目にはなり得ないということが、あの時点で確定してしまったのだ。
しかし、あえて私の妄想を述べておくなら、みいちゃんがあれほど泣いたのは、単に相手がなっちゃんだったからだけではないと思うのだ。たぶん頭の良いみぃちゃんは、あの瞬間に、じゃんけん選抜の残酷さに気づいてしまったのではないか。あるいは、仲間であるはずの他のメンバーと、少数の「選抜」という枠を争わなければいけないAKB48の宿命に。さらには、そのようにして椅子取りゲームを繰り返さずには生き残って行けない芸能界の過酷さに。そういった構造のすべてが、おそらくみぃちゃんには一瞬のうちに見通せてしまったのだろう。その意味では、たとえ1回戦の相手が誰でも、やっぱりみぃちゃんは泣いたんじゃないかという気がする。
誰もが一番になりたいと夢見ているのであれば、自分が前に進むためには、誰かの道を閉ざさなければならないことがある。誰かの夢が実現することは、自分の夢がかなわないことを意味する場合がある。競争社会を生きていくというのはそういうことだ。では勝負を降りて、誰も傷付けないように夢を封印して小さく生きていくのか。それとも、競争社会の残酷さを心に刻み、自分も前に進むために誰かを押し退けているのだという自覚を持ちながら、それでも自分の夢を追いかけていこうとするのか。じゃんけん選抜がメンバー個々に問いかけるのは、まさにこの点だ。それを真っ先に理解したしるしが、あのみぃちゃんの涙だったと思うのだ。
他のメンバーもじゃんけん選抜が近付くにつれて、あるいは実際にじゃんけん大会を戦った後になって、同じ命題に直面することになるだろう。一人一人が深く考え、成長の糧にして欲しい。
峯岸さんと平嶋さんはどちらも1期生で同い年であり、1stセットリストである「PARTYが始まるよ」の最初(シャッフル前)はユニットの出番がなく、A-2nd「会いたかった」公演のユニット(渚のCHERRY)ではバックダンサー兼コーラスみたいなポジションしかもらえず、悔し涙を共にして来た間柄だった。その2人がいきなり1回戦でぶつかってしまうということは、AKB48の20枚近いシングルの中で「BINGO!」でしか実現していない「一緒に選抜入り」の2回目にはなり得ないということが、あの時点で確定してしまったのだ。
しかし、あえて私の妄想を述べておくなら、みいちゃんがあれほど泣いたのは、単に相手がなっちゃんだったからだけではないと思うのだ。たぶん頭の良いみぃちゃんは、あの瞬間に、じゃんけん選抜の残酷さに気づいてしまったのではないか。あるいは、仲間であるはずの他のメンバーと、少数の「選抜」という枠を争わなければいけないAKB48の宿命に。さらには、そのようにして椅子取りゲームを繰り返さずには生き残って行けない芸能界の過酷さに。そういった構造のすべてが、おそらくみぃちゃんには一瞬のうちに見通せてしまったのだろう。その意味では、たとえ1回戦の相手が誰でも、やっぱりみぃちゃんは泣いたんじゃないかという気がする。
誰もが一番になりたいと夢見ているのであれば、自分が前に進むためには、誰かの道を閉ざさなければならないことがある。誰かの夢が実現することは、自分の夢がかなわないことを意味する場合がある。競争社会を生きていくというのはそういうことだ。では勝負を降りて、誰も傷付けないように夢を封印して小さく生きていくのか。それとも、競争社会の残酷さを心に刻み、自分も前に進むために誰かを押し退けているのだという自覚を持ちながら、それでも自分の夢を追いかけていこうとするのか。じゃんけん選抜がメンバー個々に問いかけるのは、まさにこの点だ。それを真っ先に理解したしるしが、あのみぃちゃんの涙だったと思うのだ。
他のメンバーもじゃんけん選抜が近付くにつれて、あるいは実際にじゃんけん大会を戦った後になって、同じ命題に直面することになるだろう。一人一人が深く考え、成長の糧にして欲しい。