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AKB48をめぐる妄想

AKB48にハマった私「カギ」が、好き勝手なことを述べるブログです。

じゃんけん選抜がメンバーに問いかけるもの

2010-08-23 03:40:07 | Weblog
 じゃんけん選抜について、もう一つ語っておくべきことがあった。代々木体育館での対戦表を決める抽選の時の、峯岸みなみさんの涙についてだ。新しいファンの中には、なんで抽選であんなに大泣きするのか、不思議に思った人もいるようだが、多少古い人間ならすぐ気付くように、あれは峯岸さんの1回戦での対戦相手が平嶋夏海さんだったから、というのが定説で、それについては私もその通りだろうと思う。

 峯岸さんと平嶋さんはどちらも1期生で同い年であり、1stセットリストである「PARTYが始まるよ」の最初(シャッフル前)はユニットの出番がなく、A-2nd「会いたかった」公演のユニット(渚のCHERRY)ではバックダンサー兼コーラスみたいなポジションしかもらえず、悔し涙を共にして来た間柄だった。その2人がいきなり1回戦でぶつかってしまうということは、AKB48の20枚近いシングルの中で「BINGO!」でしか実現していない「一緒に選抜入り」の2回目にはなり得ないということが、あの時点で確定してしまったのだ。

 しかし、あえて私の妄想を述べておくなら、みいちゃんがあれほど泣いたのは、単に相手がなっちゃんだったからだけではないと思うのだ。たぶん頭の良いみぃちゃんは、あの瞬間に、じゃんけん選抜の残酷さに気づいてしまったのではないか。あるいは、仲間であるはずの他のメンバーと、少数の「選抜」という枠を争わなければいけないAKB48の宿命に。さらには、そのようにして椅子取りゲームを繰り返さずには生き残って行けない芸能界の過酷さに。そういった構造のすべてが、おそらくみぃちゃんには一瞬のうちに見通せてしまったのだろう。その意味では、たとえ1回戦の相手が誰でも、やっぱりみぃちゃんは泣いたんじゃないかという気がする。

 誰もが一番になりたいと夢見ているのであれば、自分が前に進むためには、誰かの道を閉ざさなければならないことがある。誰かの夢が実現することは、自分の夢がかなわないことを意味する場合がある。競争社会を生きていくというのはそういうことだ。では勝負を降りて、誰も傷付けないように夢を封印して小さく生きていくのか。それとも、競争社会の残酷さを心に刻み、自分も前に進むために誰かを押し退けているのだという自覚を持ちながら、それでも自分の夢を追いかけていこうとするのか。じゃんけん選抜がメンバー個々に問いかけるのは、まさにこの点だ。それを真っ先に理解したしるしが、あのみぃちゃんの涙だったと思うのだ。

 他のメンバーもじゃんけん選抜が近付くにつれて、あるいは実際にじゃんけん大会を戦った後になって、同じ命題に直面することになるだろう。一人一人が深く考え、成長の糧にして欲しい。

じゃんけん選抜を無責任に予想する

2010-08-23 02:48:10 | Weblog
 じゃんけん選抜について、最近私の頭を離れない妄想が一つある。それは「きくぢ最強」ということだ。最近はもう、きくぢって言い方はあまりしないみたいだが、私の脳内では「あやりん」と言われても「誰だっけそれ?」と1.7秒くらい考えないと菊地あやかさんだと思い至らないので、ここでは「きくぢ」と書かせていただく。

 きくぢはメンバーの中で見てもそれなりにかわいく、魅力もあるとは思うけれど、しかし万人が認めるような絶世の美女と言うほどではないし、歌やダンスの才能が突出しているわけでもない。そしてMCでももちろん(ぉぃ)天然ボケである。そういうきくぢが、一度は躓いてAKB48から脱退までしながら研究生で復活、そして(研究生として頑張り、ものすごく努力したというのはあるにせよ)メンバー昇格まで果たしたというのは、何か特別な運でも持っていなければ、やっぱり普通にはあり得ないことではないか。さらには渡り廊下走り隊にも加入。しかも、きくぢが加入した途端にオリコン1位である。きくぢ人気のおかげで1位というわけじゃないのは申し訳ないがたぶん間違いないところで、だからこそ、加入即1位というきくぢの運の強さはスゴイよね、ということなんである。

 最初にじゃんけん選抜の話を聞いた時は「じゃんけんになったら岩佐の独り勝ちだろ(以前のセットリスト中でのじゃんけんの強さから推測して)」とか「なにげに麻里子(大)がさらっとセンターさらって行ったりしそうだよなぁ(相手が気後れして後出しなのに負けの手を出してしまったり)」とか思っていたのだけれど、今となってはきくぢ最強説を主張しておきたい。とか言って1回戦でいきなり敗退、って可能性もあるのがじゃんけんの妙味か。

 しかし、こんな風にまったく無責任にテキトーな予測を言い散らかせるっていうのは、じゃんけん選抜の良いところかも知れない。総選挙を(特に一部メディアが)したり顔で予測するのはどうも嫌らしい感じがしたが、それに比べると「運」というのは、変な生臭さがない分だけ、見ている側も気楽である。もちろん勝って選抜入りする人と負けて入れない人の格差は必然的に生じるわけで、負けちゃったら残念ではあるだろうけど、運は努力して伸ばせるもんじゃないだけに、負けちゃった人が「どうして私じゃないんだろう、自分のどこがいけないんだろう」みたいな悔しさに悩むこともなさそうだし。

そしてまた

2010-08-22 13:48:43 | Weblog
 前のエントリを書こうと思い決めるまでぐだぐだしていて、昨日の握手会は8枚あったうち大家前田亜浦野大堀加藤の5枚をむだにしてしまった。あーあ。

 なんとか気持ちを切り替えて幕張まで行って、2人(計3回)だけ握手。それぞれAKB48とSDN48での私の暫定一推し…かなぁ、一応。でも暫定。私が推すとろくなことにならないし(まったくしゃれにならないところが自分で言っててすごく嫌なんだが)。たった3回の握手のためにはるばる幕張まで行くのも…と思っていたのだけれど、まぁちょっと幸せな気分になったのでよしとしよう。

 しかし前のエントリを書くのはなかなかつらかった。で、ぐだぐだしていたらこんな時間。あーしまった、おやつ公演間に合わないじゃないか。こんなんばっか。

どーでもいい個人的なぐだぐだについて

2010-08-22 13:30:08 | Weblog
 先に断っておきますが、このエントリはどーでもいい個人的なぐだぐだを書いているだけなので、スルー推奨です。また、読むと気分が悪くなる可能性があります。

 どうもここ1週間ほど調子が悪かった。まあ仕事もそこそこ忙しかったし、会社で送別会と歓迎会(せっかくだから一緒にしないで2回やろう、っていう文化の会社なんだよこれが)が続いていたりもしたけれど、そういうこととはまったく別に、気が重いことが着々と近付いていたからだ。そんなわけで8/21(土)の大握手会は、せっかく握手会券も買っておき、ちゃんと午前中の分にも間に合うように起きたのに(いつもは寝飛ばすのだが、昨日はそういうわけではない)、そこから家を出る元気がどうしても出なかった。心身の状態としては、ここ数年なかったほどの悪さ。じゃあその気が重い理由は?とは聞いてくれるな武士の情けだ。しかし散々煮詰まって、とりあえず私の態度を決めた。というわけで、その理由について自分で書いてしまうわけだが。

 私はもともと、いったんこれと見込んだ人については「本人が選んだ道なら、それがどういうものであれ尊重して、応援し続ける」というスタンスだった。ので、どんな道に踏み込んでしまったとしても、その人のことを応援していこうと思っていた。だが、どうしても腑に落ちなかった。それはあなたが選ぶべき道なのか。仮に先へと進む道が見えなくなったからといって、そこで踏み止まり時を待つ、あるいは引き返すという選択肢はなかったのか。そんな藪の中に踏み込み、茨生い茂る中を進まなくたって良いじゃないか。そして、そうなっても私は、ファンとして応援していくべきなんだろうか、と。

 しかし、いろいろ引っかかる要素があった。聞こえて来る数々の噂が、ちょっと妙なのだ。通常、そういうところに踏み込んでしまうのは、金や名誉欲(この場合、有名でいたい、注目されたいという欲)に目がくらむか、悪い男にたぶらかされてのことが多いが、どちらのケースでもない、というのだ。悪質な条項を隠蔽した契約を結ばされていたのだとか、彼女の身近で大事な人が罠に落とされて、それを身代わりで償わされているのだといった噂をいくつも聞いた。いずれも、どういう根拠があっての話か知らないし、中には、もしかしたらどこかのファンが「せめてこうであって欲しい」という希望を材料に捏ね上げた妄想も混じっているのかも知れない。しかし、さまざまな方面から聞こえて来る話のいずれにも、なぜか共通して含まれる一つの命題があった。もともとは本人の意思ではない、というのだ。すでに踏ん切りはつけて、気持ちを切り替えてはいるらしいけれど、という限定がつくのが、ファンとしてはまた心痛むところではあるのだが。

 そう思って改めて、元所属事務所(ってことはOffice48なのだろうか、あるいはAKS?)が写真集の出版差し止めを求める仮処分を申し立てたという話を振り返ってみると、そこに含まれるメッセージが見えて来る気がした。考えてみれば、あれもいささか妙な申し立てだった。AKB48卒業時に何らかの約束事があったとして、それを破ったとしたら、その約束を破った本人に対しての損害賠償といった形になるのが通常の考え方だ。それを、当事者でもない元所属事務所が、わざわざ出版の差し止めを求めるというのは、普通のやり方ではない。もちろん、実際に出版されてしまったらAKB48のイメージが傷つけられてしまうから、その前に差し止めを、という理由付けもできなくはないが、それにしても卒業から2年近くも経っているのだから、裁判所が差し止めを認めるほどの緊急性があるとは考えられない。素人考えでもそれくらいの見当がつくのだから、弁護士だったら申し立て手続きをする前に「これは無理ですよ」って言うだろう。

 しかし、それでも元所属事務所は申し立てをし、認められなかった後に弁護士が妙なコメントをしている。「AKBを辞めた女性たちに悪い大人たちが群がり、言葉巧みにヌードなどを持ちかける話もあると聞いている。本当にヌード写真集を出版したいのか、本人の意志を確認する意味もあった」というものだ。このコメントについて「ということはつまり、本人の意思だって確認しちゃったようなものじゃん」という意見も聞かれたが、私はちょっと違う印象を持った。この申し立てを行ったこと自体がAKB48側のアピールであり、このコメント部分が報道されることにこそ意味があるのではないか、ということだ。「悪い大人たちが群がり」という部分こそが、実は今回の事情を説明しているのであり、「本人の意志を確認する意味もあった」というのは、裏返せば「AKB48側はそのようには考えていない」、すなわち「本人の意思ではないと考えているから差し止めの申し立てをした」という意味だろう。つまり、AKB48側は現在「本人の意思すら確認できない状況にある」ことを示しているといえる。

 彼女が本当に本人の意思で、その道を選んだというのであれば、陰でこそこそしなくたって良いはずだ。堂々と誰の前にでも出て来て、こういう選択をしましたと言えば良い。ましてや「元なんちゃら」を当て込んで、今後も人に見られる仕事をして行く以上、過去のファンを引き付けることはビジネス上も必要なことであるはずだ、しかし、写真集やDVDを発売した時には定番と言える握手会とかサイン会といったイベントの情報は全く聞こえて来ない。仲の良かった元メンバーとの連絡も途絶していると聞く。そうやってメディアの陰に身を隠し、あるいは隠され続けたまま、彼女自身を切り売りするような商品だけが記号のように流通していく状態というのは、やはり何かがおかしい、良くないことが起きていると思われてならない。私は今も、その人のことを応援して行きたいと思い続けているけれども、いや、そうであるからこそなおさら、この一種異様な状況には加担したくない。

 ということで、私の結論としては「この状態が続く限り、その人のそちら方面での活動については応援しない」ということにした。まあ別に私一人が1冊(ソフトなら1本)買おうが買うまいが、大勢にまったく影響はないのだけれども、私個人の態度としてそのようにするということを決めた。だから、本人が出て来るイベントでもあれば、行ってみたいとは思っている。

ハイタッチの一瞬に伝える思いを

2010-08-09 01:03:08 | Weblog
 最近はAKB48全チーム、研究生公演、SDN48公演のいずれでもハイタッチがある。客をうまく小出しにできるので、終演後のロビーおよびエスカレーターの混乱を避けるうえでも効果的ということなんだろう。ただ、ハイタッチが終わった後、すぐに降りないでロビーに留まり、メンバーが劇場内に戻るのを見届けようとする人がかなり多いようで、うっかりそのタイミングに巻き込まれてしまうと、やっぱりエスカレーターが下の階で大混乱になっていたりするので、ハイタッチが終わった人については、ファンにニラミを効かせられるスタッフ(そういう人が最近また一人減ってしまったようだが…)が、ちゃんと8階から追い出しをかけるようにした方が良いと思う。

 土曜日(8/7)のSDN48公演が終わってハイタッチ待ちの間に、誰に何という言葉をかけるか、下書きしている人がいた。覗き見は趣味が悪いが、すぐ近くにいて、することもなくただぼーっと待っている時にちょうど見えてしまったので、ご容赦願いたい。「そうそう、ハイタッチの時って、絶対に後で『ああ、あれ言えば良かった、これ言えば良かった』って思うんだよな~」と共感しつつも、「でも、そんなにいろいろ考えたって、そうそう言えないんじゃないかなー」と思っていた。

 いや、その人の場合はどうか知らないけど、私の場合、そういう試みはたいてい失敗するので、特別な言葉をかけるのは1人か2人だけにして、後は普通に「おつかれさまー」みたいな感じにしている。せっかくいろいろ考えても、片端からしっかり言ってると前の人と間が空いて、途中からすごい勢いで流されて、推しのところでは一言をかける間もない…って、ありがちなので(笑)。

 それでもやっぱり、たとえば誰かの生誕祭だったら、やっぱりその人にだけは「おめでとう」と言いたいし、そしてまた、劇場オリエンテッドなファンとしては、今日の公演でのパフォーマンスがいつもより良かったなーと思う人には、推しとか推しじゃないとかに関係なく「今日は良かったよ!」と言ってあげたいと思っている。

 ちなみに、昔は劇場アンケートというものがあって、それに細かくメンバー向けのフィードバックを書いていたのだけれど、いつしか公演後から8階の閉鎖までに、それを書く時間がなくなり、やがてアンケートそれ自体もなくなってしまった。一時、アンケートが復活したかと思ったら、公演についてではなく、欲しいグッズの内容を問うものだった。昔のアンケートの末期には「もうメンバーたちはアンケートなんか読んでないみたいだな」と感じることは少なくなかったのだけれど、でも本当は、その日の公演の余韻が残っているうちに、ファンから「今日は良かった」と言ってあげることって、すごく重要じゃないかと思うのだ。

 まぁ、たいていの人は推しに向かってだけ「今日も良かったよ」って言い続けちゃう方が普通だろうし、そもそも劇場公演にそんなに何度も入れないのだから、その人にとっては「今日はみんな素晴らしかった!」になっちゃうのもありがちだとは思うけれど、でもたとえば、推しじゃないのに目を引かれてしまったとか、これまでよりパフォーマンスがぐっと良くなったなと思ったような時には、どうか「特別な一言」をかけてあげて欲しい。

 8/7のSDN48公演の後のハイタッチで、私は一人にだけ、特別な言葉をかけたいと思っていた。8/1の1周年記念公演では、メンバーから記念品を受け取って握手ができたのだが、それは「一人だけから」だった。もちろんそれはそれで楽しかったのだけれど、メジャーデビュー決定を喜び合いたい人が、ほかにもいたからだ。わりあい高速に流れるハイタッチの中、その人の前に来たところで私が短く「デビュー良かったね」と言った時に、小さく下唇を噛んでうなずいたまま、顔を上げられずにただハイタッチの手をぎゅっと握りしめて来たその人の思いの深さは、たぶん受け取れたんじゃないかと思う。

最近のカギ的妄想・その1

2010-08-06 03:14:03 | Weblog
 少し前に「ぬめっとしている」と酷評された完璧妄想をさらにこじらせて、ますます妄想の強度(凶度?)が高くなっている今日この頃。でも、最近妄想していることを書いてしまわないと、どうやらすっきりとした健全な妄想(っていうのも大概変な表現だが)も出て来ないから、と自分で自分に言い訳をしつつ、やっぱり書くんじゃねぇかと言われれば反論の言葉もない。

 で、最近のカギ的妄想は「48を名乗らない小規模なAKB48サテライト」構想である。専用劇場を用意して、当初からメンバーは最低16人で、1時間半のセットリストで…っていうのは、資本的な意味でも、またメンバーを集める上でも、さすがに最初に越えるべきハードルが高過ぎるんじゃないかと思うのだ。

 いや、今なら「48」と名がつけば、メンバーへの応募はわんさか集まるだろう。しかし、超メジャーになった「48」の看板目指してやって来るのは、既にあっちこっちのスクールで修行積みまくり、子役時代からステージ経験豊富、スクール生マニアとの交流も手慣れたもの、あとはタイミングを見て大手に売り込めれば…っていう人だけになっちゃうんじゃないか。もっとぶっちゃけて言えば、すでに手垢のつきまくった子ばっかり集まることになってしまうのではないか。特に地方都市だと、有力な子はたいてい特定のスクールの子ばっかり、という構図になるだろう。でも、そういうのって、AKB48が最初に目指したものとは、何か違う気がする。

 むしろ、今やるべきことは、AKB48系列の看板を外し、規模も8~10人程度と小さく、ほとんどの人には「なんだ、またAKBを小さく真似した束モノかよw」って小馬鹿にされるようなところから始めることじゃないかと思うのだ。「そんなのは48系列じゃなくても、いくらでもある」と思うだろうが、むしろそれが狙いだ。いくらでもある類似のアイドルの卵プロジェクトの中から「ここは何かが違う」ということを見抜いて、リピーターになってくれるアーリーアダプターをつかみ、エヴァンジェリストになってくれるファンを作り出すことが狙いなのだ。

 そのためには、一見地味な展開のようでいて、その実それなりにお金をかけて、ちゃんとしたプロが良い楽曲やオリジナルの衣装、充実したレッスンを提供して、きちんとしたステージを作り上げること。そして、そうした日々を「物語」として紡いでいくこと。そんな風に、AKB48プロジェクトの初心を、今一度やり直して、それを世に問うということが、あって良いのではないか。で、1年くらい公演をやり続けたある日、なぜか舞台にAKB48メンバーまたは秋元先生がやって来て「実は…」と明かす。そのためには、メンバーも客も、現場スタッフすら事情を知らないくらいでちょうど良い。楽しそうじゃないか。

 で、「その1」としてあることからお分かりの通り、この話はまだ続きがある。どこでやったら良いかとか、上記の例ほどには隠し切れない場合の折衷案とか、その他諸々。でも今日はもうこんな時間なので寝る。おやすみなさい。

SDN48も1周年

2010-08-01 16:08:52 | Weblog
 SDN48ももう1周年。1期生は安定して良いステージが出来ていると思うし、昨日、2期生公演を久しぶりに(2期生公演初日以来)見たら、初見の印象に比べて、ずいぶん良くなっていた。

 チームAの初日もどうにかこうにか(メンバーが満身創痍という感じなのは困ったものだけれど)幕を開けて、NMB48までには少し間があるだろう(というか、最初はやっぱり「PARTYが始まるよ」からやるかも知れないし)。ということで、やはりSDN48の1期生には、新セットリストを用意してもらいたいところ。今すぐでなくても、今日の1周年記念公演で発表くらいあるとうれしいんだが、さて、どうなるか。

 1期生メンバーの「おめでとう」は、やっぱり公演を見た後に直接言いたいので、今ここには書かないでおく。