ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

追悼 清水昶さんへ

2011-06-02 00:43:25 | Poem
詩人の清水昶さんが、5月30日午後、心筋梗塞により急死されました。

あるほどの菊投げ入れよ棺の中  夏目漱石

菊の花は入れない。勿忘草を入れよう。酔いどれ天使さんには。




わたくしの大好きな詩を2編、ここに書きます。
昶さんの詩はみんな好きですが、特に「少年」を書いた詩が好きです。


  青葉城址    清水昶

    ――仙台の小さな友人赤間立也君へ


  青葉城址には緑の風がながれていた
  ぼくは荒い木の幹にもたれて
  がらんとした心で罐ビールをのんでいた
  一本の木にさえ暖かい血がめぐっている……
  それは七年まえの暗い春の日
  紅葉の散った青葉城址の風の中で
  伊達正宗公の銅像が
  薄曇りの空に向かって悲しげに吠えていた
  馬上の荒武者に部下はなく
  ひとりぼっちの歴史の影だけが浮いている……
  ぼくはつめたい罐ビールを握りしめ
  しきりに唾を吐いていた
  頭の中では夥しい落葉のような
  挽歌が風に吹かれて鳴っている・・・・・・
  それはつい先頃の晩秋の午後
  あれからもう七年だ
  反抗的な目をかがやかせていたきみも
  傷だらけの喧嘩独楽を大切にする
  誇りを知る少年になったのだ
  ぼくはといえばそのあいだ
  詩人みたいにひどく酔ったり
  淫蕩な神の石に躓いて
  傷を舐めあってくらしたりした
  もう少したったらきみにもわかる
  きみのほそく華奢な手が
  生活の床にひやりと触れたり
  きみが投げ込む素晴らしい直球も
  いずれまばらな拍手とともに消えてゆくことが……
  だからこそぼくないしぼくら大人は
  きみのやさしい敵として
  いつまでも背中をみせて座っている
  きみだって
  便器の上で哲学者のようにうつむいたり
  頬杖をつきながら
  未来の宿題について
  考え込んでいることがあるだろう
  ぼくはきみが好きだから
  あるいは生きることを忘れそうだから
  きみがやわらかな眠りに落ちた後にも
  東京の暗闇のなかに坐って
  つきることのない遠い手紙を
  君に向かって
  書きつづけているのである


  ――詩集「夜の椅子・1976年・アディン書房刊」」より。


  *    *    *


  国名   清水昶 
          
  ――亡き林賢一君に


  お母さん ぼくは遠くから流されて
  異郷の砂浜にうちあげられた貝だった
  水が欲しいよ 水をふくんだことばも少し
  ただぼくはだまっていただけなんだ
  歴史的に半島の血を割って 古い戦争が移しかえた
  三つの国名が汚れている
  はんぶんだけの祖国はみどりが滴っていると聞いたけど
  関係ないよね 三代目の図画の時間には

  ぼくだって片想いに区切られた恋もした
  どこまでもひろがる海図の迷彩色にすっかり染まって
  勉強もがんばった 悪意を抜いて……
  まだほそい腕から切れ込んで意味の手前でするどくまがる
  凄いカーブもみせたかったな
  ひとりぼっちで喝采して網に突込む 
  素晴らしい右脚のシュートもさ
  ほんとうにみてもらいたかったんだ
  校庭はがらんとしていて 落葉だけが降りつもり
  だあれも受け手がいなかったから
  全部ボールは行方不明
  いつもそんなゆうぐれが肩から昏れて
  明日の学校は暗欝だった
  ぼくはだまっていただけなのに
  三つ目の国名が窓を閉めきり
  大人の手口とそっくりな手と口が
  けたたましくぼくの出口を覆うから
  夢を教える教室は 退屈しきった
  健康で小さな病者がいっぱいだ

  お母さん
  ゆうやけが水たまりに落ちていたりして
  帰り道がきれいだったよ だけどもう
  腕が抜けそうに鞄がおもい 学帽の中味も投げ棄てたいな
  国名のない海の音が聞きたくて
  屋上の夜までのぼってみた 眼下のあかりを吸って波だつ
  晩夏の夜空は海みたいだったな
  ぼくは誇りをしめたひとつの貝だ
  みしらぬ渚で寒さと嗚咽に堪えながら
  国名を解くために
  じっと舟を待っていた  

――『だれが荷物をうけとるか・1983年・造形社刊』より――

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
嗚呼 (清水哲男)
2011-06-02 09:56:10
ありがとうございます。

これから告別式に出かけてきます。
Unknown (Aki)
2011-06-02 10:29:36
今日の空は泣いているようですね。

「当人はまだ生きているつもりかもしれない。」という、今日の「増殖する俳句歳時記」の哲男さんのお言葉は、わたくしも同感です。

夕べは「本当はウソなんでしょ?」とつぶやいていました。

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