ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

海に住む少女(続) ジュール・シュペルヴィエル

2011-09-15 22:40:38 | Book


今回は、この短編集のなかから「飼葉桶を囲む牛とロバ」について書いてみます。
ジュール・シュペルヴィエルの詩にも「牛」は登場する。これはなにを象徴しているのか?

「灰色の支那の牛が…… 堀口大学訳」をここで紹介します。

灰色の支那の牛が
家畜小屋に寝ころんで
背のびをする
するとこの同じ瞬間に
ウルグヮイの牛が
誰かいたかと思って
ふりかえって後を見る。
この双方の牛の上を
昼となく夜となく
跳びつづけ
音も立てずに
地球のまわりを廻り
しかもいつになっても
とどまりもしなければ
とまりもしない鳥が飛ぶ。 


物語はこう始まる。

「ベツレヘムへの途上、ヨセフの引くロバの背には、マリアが乗っていました。マリアは重くありませんでした。
 未来のほかに、何ももっていないからです。牛はひとり、あとをついてゆきました。」

そうして誰も使っていない家畜小屋にはいり、ヨセフは飼葉桶に香り高い飼葉を入れて、生まれてくるイエスのベッドを創る。
太陽が3個輝き、天使が飛び交う。ここはよく聞くお話。

近隣の人々の祝福。3人の博士の祝福(牛はアフリカから来た黒人博士を「1番いい人」だと思います。)など。
祝福に来るのは人間だけではなかった。さまざまな獣たち、毒ある生き物、鳥たち。
そして水中に生きるものたちは、かもめに祝福を託します。
微細な生き物たちは歩みが遅くて間にあいませんが、それは許され「祝福」とみなされました。

牛はずっとイエスのそばを離れず、何も食べず、やがて痩せてしまいます。
そしてロバは、次第にエジプト逃避行のロバに変わってゆきます。
イエス、マリア、ヨセフ、ロバは旅立ち、その後、牛は天の牡牛座に。

聖書の「ルカによる福音書」などに、一応目を通してみましたが、この物語はジュール・シュペルヴィエル独自の世界であって、
「ノアの方舟」の要素もあるように思える。物語は大きくふくらみ、さまざまないのちの尊さを浮き彫りにしている。
星座の意味がわかる。そして夜空の定位置にいつでもいてくれることも。


  *     *     *


わたくしたちが立っているこの大地が揺れ、亀裂がおこり、水びたしになった。
見えない恐怖に囲まれて、わたくしたちは共に生きている。

それでもこの地を司り、人々の暮らしを守るべき政治を行うものは、稚拙な権力争いに終始するだけだ。
司るものは権力者になり下がる。彼等は民意よりも権力を選んだのだ。

それでも宗教は奇跡を起こしてはくれない。
長い人間の歴史のなかでは、宗教が権力と手をたずさえることは繰り返されてきたのだから。

……などと、牛の耳に囁きたくなった。

《別名、ベツレヘムの星と言われている、ハナニラ》