ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

オルフォイスへのソネット第一部・17

2009-11-29 23:40:11 | Poem
いちばん下には老いた男、
成り立ったすべてのものの
もつれた根、隠れていて、
見たもののない泉。

闘いの兜と猟の角笛、
古老たちの託宣、
骨肉の怒りの男たち、
ラウテのような女たち・・・・・

ひしめき合う枝と枝、
どこにも自由な枝はない・・・・・
いや ひとつが! おお 昇れ・・・・・昇れ・・・・・

しかしやはり折れる枝々。
この1枝がけれどもようやく、
梢で 竪琴の形にたわむ。

 (田口義弘訳)


 このソネットでは、リルケは自らの系図に貴族性を証明したかったという偏執性が見られます。紋章は「2頭の猟犬」だったらしいという説もあって、前記の「オルフォイスへのソネット第一部・16」の犬の詩が連想されますね。しかし、リルケの系図が貴族であったという確証はありません。「老いた男」「もつれた根」「見たもののない泉」・・・・・・これらはこのソネットにたびたび表れる「大地の内部にある死」のイメージですね。

 「系統樹」という言葉がありますが、これはキリストの系図を樹木の形で表わした絵画です。また言葉としては「イザヤ書第11章・1&2」のメシア預言が最も古いものとされているようです。さらに10世紀のモアサックのベネディクト修道院で、はじまった(マリアへの)賛美歌はこのように歌われています。


エッサイの実りゆたかな根より
1つの若芽が1本の茎を伸ばして
露を宿した花をつけ、
そのなかに聖霊が降(くだ)りたもうた。
茨のもつれるなかから
柔らかな薔薇が溢れ出るように、エヴァの不幸のうちより
花咲く若枝マリアが伸び立った


 リルケの自己系図は「系統樹」に模したもののように思えます。


 さて次は「ラウテ 」です。これは古代の弦楽器。ササン朝ペルシャの「バルバット」という楽器が母体です。東に伝わって「琵琶」となり、アラブ、北アフリカを経て西に伝わったものが「ラウテ(または、リュート)」です。リルケの「新詩集・別巻」には「ラウテ」という詩があります。


ラウテ

私はラウテです。もしも 私のからだを、その
きれいな丸みをおびた縞模様を 描きたいのなら
ふっくらと熟した無花果を あなたが歌うように、
お歌いなさい。私のなかに あなたがみている

暗さを誇張して お歌いなさい。それは
トゥリアの暗さであったのです。彼女の恥辱(はじらい)にも
これほどの暗さはありませんでした。彼女の明るんだ
金髪は 明るい広間のようでした。ときおり

彼女は 私の表面(うわべ)を爪弾いて なにかと楽音(ひびき)を
彼女の顔のなかにとりいれて、私にあわせて歌ったものでした。
そのとき 私は 彼女の弱さに抗って 身をひきしめて
ついには 私の内部も 彼女のなかにあるのでした。

「トゥリア」は、16世紀ヴェネチアの高級娼婦です。「顔」はリルケの場合「仮面」との対立語です。


 こうしてリルケを読み続けていますと、「マルテの手記」の1節を証明しているような気がしてきます。それはリルケが、時をかけて繰り返し同じテーマを書き直し続けたというようにわたくしには見えるのでした。


若くて詩なんか書いたって始まらぬ。
本当は待つべきものなのだ。
一生涯かかって、しかも出来たら
年老いるまでの長い一生をかけて、
意味と蜜を集めるべきものなのだ