塵埃落定の旅  四川省チベット族の街を訪ねて

小説『塵埃落定』の舞台、四川省アバを旅する

阿来『ケサル王』 69 物語 競馬で王となる-2

2014-10-08 02:07:56 | ケサル
物語:競馬で王となるー2 その1



 ジョルが宝座に座ったその時、この世のものとは思えない光景が繰り広げられた。

 五彩の瑞雲が現われて、瞬く間に空一面に広がった。暫くして雲は波打つように二つに分かれた。
 天の扉が開いたのである。

 吉祥長寿の天女が矢と聚宝盆(宝を出し続ける鉢)を手に虹に乗って現れた。
 同じ虹の更なる高みには、天母ランマダムが矢壺を手に、菩薩たちを引き連れて姿を見せた。

 天馬ジアンガペイフが天を見あげて三度高くいなないた。
 ジョルが山神が献上した鍵を古熱山の岩に向かって投げると、連なる山々はすべてゴウゴウと鳴り響き、岩がなだれのように崩れ落ち、山の奥深くに七種の珍宝を隠していた水晶の扉が大きな音と共に開いた。
 山神の従者達がこれらの宝をすべて玉座の前に運んだ。

 男神たちが現れた。
 神々がそれぞれ捧げ持っているのは、雪の峰のように白い兜、黒い鉄の鎧、赤い蔓の盾、そして戦神の魂が宿った虎の弓袋…神々は勇士として持つべきものを一つずつ捧げ持ち、次々と現れては、ジョルの体に正しく添えていった。

 背に負う弓、腰に履く剣、手に持つ投げ縄、神の力の宿った縄、山を切り裂く斧…敵を制するすぐれた武器で戦いの姿を整えた。

 華やかな衣装、瞬時に変化した姿かたち。
 王となった人物は、醜くおどけた少年から、瞬く間に、威風堂々とした気迫を漲らせ、周囲を圧倒していた。

 その間、辺りは厳かな楽で満たされ、のびやかに舞う天女たちが空から色とりどりの花を雨のように降らせていた。

 リンの地に生まれてから、ジョルは黒い雲に覆われた太陽のように、その輝きを放ち続けることが出来なかった。
 深い泥沼に沈んだ蓮の花のように、想いのままに魅惑的な香りを発することが出来なかった。

 人々のために幾つも良い行いをしながら、の人々によって荒野へ追放された。
 夥しい妖魔や妖怪を降伏しながら、残忍な本性を現していると受け取られた。

 思えば、これは神の思し召しだった。
 人々の苦しみを身をもって知るようにと、彼に人の苦しみを味わい尽くさせたのである。

 今、彼はついに王位に座った。

 宝を捧げ、加護を与えるために姿を現した男神は去って行った。
 祝福のために現れた女神も姿を消した。
 緩やかに閉じられた天の門から天上へと戻って行ったのである。
 
 天は、最後に厳かな声が響かせた。

 「これより、天下にリン国あり。
  リン国にケサル王あり」

 リン国の人々はやっと夢から醒めたように、喜び叫びながら、競馬を観戦していた神山から一斉に降りて来て、金の王座に座っている神の子の前で、歓呼の声を挙げた。

 姿かたちを一新し、堂々たる威風を備えた人物、即ち彼らの王はリンを一つの国に変えた。

 ケサルは金の王座からゆっくりと立ち上がった。
 彼が人々をぐるりと見渡すと、喜びの声は収まり、皆息を殺して、その言葉を待った。

 ケサルは王座から臣民を見降ろしながら、ゆっくりと口を開いた。

 「競馬に参加した英雄たち、リンの民たちよ、
  下界に降り、妖魔を倒し人々の命を守ろうと自ら発願してから12年が経った。
  この12年の季節の移り変わりの中で、私がした全ての行いを誰もが目にしてきたはずだ。
  今リン国の黄金の玉座へと昇りついた。これは天の意を受けてのことではあるが、皆の者は心から承服してくれるだろうか」

 老総督は大声で叫んだ。

 「神はリンに福を賜った。彼こそは我々リン国の英雄、王である」

 王。
 これは新しい言葉だった。リンの民はこれまで口にしたことがなかった。だが、心の中で待ち望んでいた。
 それは早くから来るはずだったが、なかなか現れなかった。

 そして今日、色鮮やかな功徳の花を降らせながら目の前に現れたのである。
 そこで彼らは、千万の心、千万の口を揃えて、何よりも尊いものを讃えるかのように叫んだ

 「王、王、王!」

 「ケサル!王!ケサル王!」

 彼らの叫びはこの至高の称号を、どのように珍しい宝よりもさらに煌びやかに輝かせた。

 その日、黄河の上流下流に広がる草原からは、身を潜めていた妖魔たちが、人々の声が地を揺るがす中で、遥か遠くの荒れ果てた地に逃げ去ったという。

 老総督ロンツァ・タゲンは、各の首領を率いてそれぞれの系図と旗を献上し、忠誠を示した。
 ケサルは意気高らかに人々の心からの喜びの声を受けとめ、手を挙げてそれを制すると、大臣、大将の指名を始めた。

 まず、老総督を首席大臣に任じた。以下には、補佐の大臣、各を繋ぐ万戸長、千戸長を置いた。
 更に、リンの三十英雄の中のギャツァ、タンマ、ニペン・ダヤ、ネンツァ・アダンを四大将軍に任じ、大軍を率いて辺境の守備に当たらせた。
 その下には、各正副将軍、千夫長、百夫長を置いた。

 国師、軍医に至るまで漏れるところなく、人々は誰からともなく口を揃えて褒め称えた。

 失望の極みのトトンでさえ、自分のよこしまな感情を抑えるしかなく、前に進み出て、新しい国王に額ずき、祝いの言葉を述べた。
 彼は心にある謀り事を抱いて言った。

 「大王様、リンはすでに国となりました。では、高貴な金の玉座はどこに置かれるおつもりですか。
  まず、大王様はダロンの長官の砦に移って頂き、暫く王宮としてくだされ。
  上中下のリンで我々ダロンほど華やかで気勢に富む砦はありましょうか」

 首席大臣ロンツァ・タゲンが進言した。
 「国王は国土の中心におわすべきです。ダロンは一方に偏っている。
  国王の宝座をそこに置けば、地方に甘んじることになりましょう」

 二人は自分の考えに固執し、争うばかりで答えが出なかった。
 聞く者たちも、それぞれに道理があるように思え、どちらに着くべきか決められなかった。

 ケサルは微笑んで言った。

 「二人ともいつまでも言い争わずともよいでしょう。
  まずは、テントに入って私の勝利の酒を飲み、その後でまた論を戦わせましょう」

 そこで英雄たち馬に跨って山を駆け降り、共に大きなテントに入った。

 酒とつまみが並べられ、ジュクモが美しく着飾ったリンの女性たちを率いて軽やかな舞を献上した。
 ジュクモはしなやかに舞いながらケサルの前まで来ると、国王の男らしさに心が震え慕わしさが溢れた。

 彼女は跪き、特上の酒を高く捧げ、艶やかな声で言った。

 「私の王様、あなたの太陽のような輝きが永遠に私を包んでくださいますように。
  私の幸せが花と開きますように。
  四方を征服する時には、常に王様の元に寄り添い、どこまでもお供し、お助け出来ますように」

 ケサルは立ち上がり、ジュクモを助け起こすと、自分の席の傍らに導いた。人々は祝福のハタを捧げた。







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