物語:アク・トンバ その3
領地に帰る途中、トトンはリンへ交易に向かうタジクの商人に出会った。
彼らは優れた馬、夜光真珠、安息香、山の中の宝の蔵を空ける鍵と秘密の呪文を携えていた。
長い時間歩いて来た彼らは、二つの夜光真珠を灯りとして夜の食事を作り酒を飲み、来た方向に向かって夜の祈りを捧げた。
それが終わると、疲れた体で深い眠りに入って行った。夜光真珠をしまうことさえしなかった。
その宝物の輝きの元で、トトンは兵と共に彼らを一気に叩き殺した。
二人の首領をぐるぐる巻きに縛り上げた時も、この二人はまだ夢の中だった。
揺れる馬の背で、二人のタジク人はまた眠りに落ち、空が明るくなってやっと目を覚ました。
この時彼らは初めて自分が宝と地位と自由を失ったのを知り、遥かに遠いリンの国へ来るのではなかったと恨んだ。
「リン国への道は長すぎる」
あごひげを半月の形に整えている人物はこう言って、道のりがあまりにも長く、単調で疲れ果て警戒心をなくしてしまったことを嘆いた。
トトンはあの手この手でタジクの商人から宝の蔵の呪文を聞き出そうとしながら、密かに精鋭の兵を西に送りタジクの宝の蔵を掘り当てようとしていた。
ケサルはすでに、西の辺境に多くの軍隊が現われて、交易の商人を守るためだと公言している、という知らせを受けていた。
四大魔王を倒した後、平和がリンに訪れて長い年月が経っていた。
長い間何もすることがなかったのでなければ、アク・トンバという物語の中に逃げ去った人物に思いをはせることもなかったかもしれない。
大軍襲来の知らせを聞くや、ケサルはたちどころに気力が漲り、自らいくつもの命令を発し、各の兵を集めて戦いに備えた。
王子ザラが進言した。
この度の戦いはトトンの強欲さが起こしたことです。タジクの大軍の前でトトンを縛り上げ、ダロン部の財宝の中から十倍にしてタジクの商人へ償わせましょう、と。
「そのようなことをして何か利益があるのか」
大王はわざと問いかけた。
首席大臣が前に進み出て意見を述べた。
「王子のお考えは最上の策でしょう。一つには、あのよこしまな大臣を追い払い、一つには、戦いを避けることが出来ます。民も安らかでいられましょう」
ケサルは言った。
「我がリンの国を考えてみるがよい。東は伽の地(中国)と接しているが、山と河によってすでに境界が出来ている。北と南の境は、四大魔国に勝利した後明らかになった。ただ西側の地は、私にも明確ではない。大軍が押し寄せて来たこの時に境をはっきりさせようではないか。それでリン国の領土は完成するのだ。話はこれまでだ。号令を待って出発せよ」
戦いが始まると、幾度かの交戦はもとより、大軍が往復するだけで1年かかった。
ケサルは連勝しながら、一路西に向かって進軍して行くと、そこには、これまでになく高い雪山が横たわっていた。
生き残ったタジクの軍は峠を越え、深い谷の中に消えた。
ケサルは将軍たちに囲まれながら峠に馬を繋ぎ、夥しい山々が波のように西の方向に靡いているのを見た。
ある者が言った。
多くの山神たちもリンの大軍の勢いに恐れをなして西へ逃げて行くのでしょう、と。
ケサルは背から一本の神の矢を抜き取り、足元の岩の中に深く差し込んだ。
すると、走り去ろうとしていた山々は立ち止まり、西へ傾いた姿勢からゆっくりと体を起こし始めた。
タジクの兵の黒い影が峰々の間を走っていた。
トトンは追撃の命を下すよう願った。
秘密の呪文を手に入れた宝の蔵がこの峰のどこかにあるはずだから、と。
ケサルは言った。
「戦いはこれまでだ。東西南北どの方向も、リン国は高く聳える雪山をもって、周囲との境とする」
伴の者が、作られたばかりの文字で詩を書いた。詩の中で、リンの周囲の雪山を柵に喩えた。
ケサルは暫く吟じてから言った。
「柵。まさに柵のようである。だが、これからはリン国の民は柵の中に閉じ込められてはならない」
王子ザラには分からなかった。
トトンはまた追撃しようとしていた。
国王はそれを制止しながら、リンの民は柵を超えられるのだろうかと案じているようでもあった。
国王は言った。
「なぜ、雄の獅子のように壮大な雪山を柵になぞらえるのだろう。そうすることで、我々自らがその中に閉じ込められてしまうのだ」
王子ザラは言った。
「私たちは閉じ込められることはありません。もし願えば、私たちの駿馬はいつでも疾風のようにこの峠を通り抜けて行くでしょう」
「今ならばそれは間違いない。だが、後の世ではどうだろうか」
王子ザラは笑った。
「リンの大軍は無敵です。王様が未来を心配される必要はありません」
「お前が国王になれば、私と同じように考えるだろう」
王子ザラは言った。
「滅相もない。王様は永遠に我々の国王です」
「永遠の国王などいない」
「王様は永遠です」
「何故だ」
「王様は神です。神は天地と共にいます」
ケサルは言った。
「神は永遠に人の世には住まない」
「では、王様はいつか…」
領地に帰る途中、トトンはリンへ交易に向かうタジクの商人に出会った。
彼らは優れた馬、夜光真珠、安息香、山の中の宝の蔵を空ける鍵と秘密の呪文を携えていた。
長い時間歩いて来た彼らは、二つの夜光真珠を灯りとして夜の食事を作り酒を飲み、来た方向に向かって夜の祈りを捧げた。
それが終わると、疲れた体で深い眠りに入って行った。夜光真珠をしまうことさえしなかった。
その宝物の輝きの元で、トトンは兵と共に彼らを一気に叩き殺した。
二人の首領をぐるぐる巻きに縛り上げた時も、この二人はまだ夢の中だった。
揺れる馬の背で、二人のタジク人はまた眠りに落ち、空が明るくなってやっと目を覚ました。
この時彼らは初めて自分が宝と地位と自由を失ったのを知り、遥かに遠いリンの国へ来るのではなかったと恨んだ。
「リン国への道は長すぎる」
あごひげを半月の形に整えている人物はこう言って、道のりがあまりにも長く、単調で疲れ果て警戒心をなくしてしまったことを嘆いた。
トトンはあの手この手でタジクの商人から宝の蔵の呪文を聞き出そうとしながら、密かに精鋭の兵を西に送りタジクの宝の蔵を掘り当てようとしていた。
ケサルはすでに、西の辺境に多くの軍隊が現われて、交易の商人を守るためだと公言している、という知らせを受けていた。
四大魔王を倒した後、平和がリンに訪れて長い年月が経っていた。
長い間何もすることがなかったのでなければ、アク・トンバという物語の中に逃げ去った人物に思いをはせることもなかったかもしれない。
大軍襲来の知らせを聞くや、ケサルはたちどころに気力が漲り、自らいくつもの命令を発し、各の兵を集めて戦いに備えた。
王子ザラが進言した。
この度の戦いはトトンの強欲さが起こしたことです。タジクの大軍の前でトトンを縛り上げ、ダロン部の財宝の中から十倍にしてタジクの商人へ償わせましょう、と。
「そのようなことをして何か利益があるのか」
大王はわざと問いかけた。
首席大臣が前に進み出て意見を述べた。
「王子のお考えは最上の策でしょう。一つには、あのよこしまな大臣を追い払い、一つには、戦いを避けることが出来ます。民も安らかでいられましょう」
ケサルは言った。
「我がリンの国を考えてみるがよい。東は伽の地(中国)と接しているが、山と河によってすでに境界が出来ている。北と南の境は、四大魔国に勝利した後明らかになった。ただ西側の地は、私にも明確ではない。大軍が押し寄せて来たこの時に境をはっきりさせようではないか。それでリン国の領土は完成するのだ。話はこれまでだ。号令を待って出発せよ」
戦いが始まると、幾度かの交戦はもとより、大軍が往復するだけで1年かかった。
ケサルは連勝しながら、一路西に向かって進軍して行くと、そこには、これまでになく高い雪山が横たわっていた。
生き残ったタジクの軍は峠を越え、深い谷の中に消えた。
ケサルは将軍たちに囲まれながら峠に馬を繋ぎ、夥しい山々が波のように西の方向に靡いているのを見た。
ある者が言った。
多くの山神たちもリンの大軍の勢いに恐れをなして西へ逃げて行くのでしょう、と。
ケサルは背から一本の神の矢を抜き取り、足元の岩の中に深く差し込んだ。
すると、走り去ろうとしていた山々は立ち止まり、西へ傾いた姿勢からゆっくりと体を起こし始めた。
タジクの兵の黒い影が峰々の間を走っていた。
トトンは追撃の命を下すよう願った。
秘密の呪文を手に入れた宝の蔵がこの峰のどこかにあるはずだから、と。
ケサルは言った。
「戦いはこれまでだ。東西南北どの方向も、リン国は高く聳える雪山をもって、周囲との境とする」
伴の者が、作られたばかりの文字で詩を書いた。詩の中で、リンの周囲の雪山を柵に喩えた。
ケサルは暫く吟じてから言った。
「柵。まさに柵のようである。だが、これからはリン国の民は柵の中に閉じ込められてはならない」
王子ザラには分からなかった。
トトンはまた追撃しようとしていた。
国王はそれを制止しながら、リンの民は柵を超えられるのだろうかと案じているようでもあった。
国王は言った。
「なぜ、雄の獅子のように壮大な雪山を柵になぞらえるのだろう。そうすることで、我々自らがその中に閉じ込められてしまうのだ」
王子ザラは言った。
「私たちは閉じ込められることはありません。もし願えば、私たちの駿馬はいつでも疾風のようにこの峠を通り抜けて行くでしょう」
「今ならばそれは間違いない。だが、後の世ではどうだろうか」
王子ザラは笑った。
「リンの大軍は無敵です。王様が未来を心配される必要はありません」
「お前が国王になれば、私と同じように考えるだろう」
王子ザラは言った。
「滅相もない。王様は永遠に我々の国王です」
「永遠の国王などいない」
「王様は永遠です」
「何故だ」
「王様は神です。神は天地と共にいます」
ケサルは言った。
「神は永遠に人の世には住まない」
「では、王様はいつか…」
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