物語:愛する妃 その4
ケサルは返す言葉もなかった。
そこで山を下り、メイサを救いに行くことにした。
ケサルの兄ギャツァは知らせを聞くと、兵を招集して駆けつけ、ケサルと共に北へ征伐に向かおうとしていた。
ケサルは言った。
「ロザンは自らやって来て私の妃をさらって行ったのです。しかも一人の兵も連れてこなかった。私もメイサを救うに当たって、兵を連れて行くわけにはいきません。
兄さん兵を兵営に戻して下さい。私がリンを留守にしている間、首席大臣を助けて国をしっかりと治めてください」
ケサルは山に放ってあるジャンガペイフを探しに行かせた。
その間に、ジュクモは送別の酒を用意し、国王に勧めた。
ケサルは壮行の酒のつもりでたて続けに九杯飲んだ。
あろうことか、ジュクモは王と別れがたく、酒の中に忘れ薬を入れていたのである。
ジャンガペイフは山から戻り、宮殿の前で出征のための鞍を載せられながら、何時までも主人の姿が見えなかったので、その場でいなないた。
その声にケサルは目覚め、何かやるべきことがあったように思えてならなかった。
彼は言った。
「遠出すべきことがあるはずなのだが…」
ジュクモは言った。
「王様、何も考えず安らかにお休みください。ご自分の見た夢に迷ってしまわれたのでしょう」
ケサルは眠さに堪えきれず、また横になって眠った。
この時、天の母ランマダムが再び夢に現れ、厳しい表情で言った。
「妖魔を退治するという大願は嘘だったのですか。人の世に来て酒色におぼれているのが本当の姿なのですか」
ケサルは驚いて目覚めたが、依然として何も思い出せず、重い気持ちで王宮を出た。
ジュクモはまた追いかけて来て、出発に臨んでもう一度壮行の酒を飲ませようとした。
ケサルがその酒を地にこぼすと、草や花はその酒を浴びて太陽の動きを追って向きを変えるのを忘れた。
ジュクモはひどく後悔し、もはや大王がメイサを救いに行くのを止めようとはしなかった。
ケサルは、これは自分が天の母の言葉を聞かなかったためにメイサが北の魔王ロザンにさらわれたのだと考え、すぐさま馬に鞭を当てて出発した。
あっという間にリンの辺境を抜け、魔王ロザンの領地に入った。
間もなく日も暮れようとする頃、心臓の形をした山の前に着いた。
四角い城が山の頂に建てられ、城の四方は死体で作られた旗や幟で埋め尽くされている。
ケサルは、魔の地とはどこも似たようなものだろうと考え、この城で一夜を明かすことにした。
城の前で馬を降りると、小さな妖怪の群れが襲って来た。
ケサルはニヤリと笑って、銅で出来た大門を叩いた。
その音があまりに響き渡ったため、妖怪たちの射った矢は次々と地に落ち、吹きかけた毒はひどい臭いに変わり、妖怪たちはギャーギャー叫びながら一目散に姿を消した。
大門が開くと、魅惑的な娘が落ち着いた様子で現われた。
リンの宮中の十二王妃とは違った豪放で野性的な美しさがあった。
娘は言った。
「お見かけしたところ、武将のようですね。それなのに一人の兵士もいないとは。あなたの男らしい姿に、心が引き寄せられました」
そういうと手を伸ばしてケサルの厚い肩を撫でた。
ケサルは一瞬考えた。誰もがロザンは無限の力を持っているというが、このような変化の術を使うとは思えない。
そこで、そのまま娘を地に投げつけ、上に跨ると、水晶の宝刀を彼女の胸口に押し当てた。
「お前は人か、妖怪か」
娘は恐れることなく言った。
「美しい方、名前をお聞かせ下さい。この世を去った後もお姿を忘れないために」
ケサルは名前を告げた。
「私はアダナム、魔王ロザンの妹です。ここで辺境を守ってきました」
言い終ると声が和らいだ。
「リンと魔国の境にいて、大王のお名前はとうの昔から聞いていました。美しいクジャクが真の龍を愛するように、私は大王を宝物のように愛しています。大王よ、あなたの刀がこの胸を貫く前に、私の心は大王に奪われたのです」
「命は取らない。ただし、私が魔王ロザンを倒すのを助けるのだ」
「大王のお言いつけに従います」
「私が倒そうとしているのはお前の兄だぞ」
ケサルは返す言葉もなかった。
そこで山を下り、メイサを救いに行くことにした。
ケサルの兄ギャツァは知らせを聞くと、兵を招集して駆けつけ、ケサルと共に北へ征伐に向かおうとしていた。
ケサルは言った。
「ロザンは自らやって来て私の妃をさらって行ったのです。しかも一人の兵も連れてこなかった。私もメイサを救うに当たって、兵を連れて行くわけにはいきません。
兄さん兵を兵営に戻して下さい。私がリンを留守にしている間、首席大臣を助けて国をしっかりと治めてください」
ケサルは山に放ってあるジャンガペイフを探しに行かせた。
その間に、ジュクモは送別の酒を用意し、国王に勧めた。
ケサルは壮行の酒のつもりでたて続けに九杯飲んだ。
あろうことか、ジュクモは王と別れがたく、酒の中に忘れ薬を入れていたのである。
ジャンガペイフは山から戻り、宮殿の前で出征のための鞍を載せられながら、何時までも主人の姿が見えなかったので、その場でいなないた。
その声にケサルは目覚め、何かやるべきことがあったように思えてならなかった。
彼は言った。
「遠出すべきことがあるはずなのだが…」
ジュクモは言った。
「王様、何も考えず安らかにお休みください。ご自分の見た夢に迷ってしまわれたのでしょう」
ケサルは眠さに堪えきれず、また横になって眠った。
この時、天の母ランマダムが再び夢に現れ、厳しい表情で言った。
「妖魔を退治するという大願は嘘だったのですか。人の世に来て酒色におぼれているのが本当の姿なのですか」
ケサルは驚いて目覚めたが、依然として何も思い出せず、重い気持ちで王宮を出た。
ジュクモはまた追いかけて来て、出発に臨んでもう一度壮行の酒を飲ませようとした。
ケサルがその酒を地にこぼすと、草や花はその酒を浴びて太陽の動きを追って向きを変えるのを忘れた。
ジュクモはひどく後悔し、もはや大王がメイサを救いに行くのを止めようとはしなかった。
ケサルは、これは自分が天の母の言葉を聞かなかったためにメイサが北の魔王ロザンにさらわれたのだと考え、すぐさま馬に鞭を当てて出発した。
あっという間にリンの辺境を抜け、魔王ロザンの領地に入った。
間もなく日も暮れようとする頃、心臓の形をした山の前に着いた。
四角い城が山の頂に建てられ、城の四方は死体で作られた旗や幟で埋め尽くされている。
ケサルは、魔の地とはどこも似たようなものだろうと考え、この城で一夜を明かすことにした。
城の前で馬を降りると、小さな妖怪の群れが襲って来た。
ケサルはニヤリと笑って、銅で出来た大門を叩いた。
その音があまりに響き渡ったため、妖怪たちの射った矢は次々と地に落ち、吹きかけた毒はひどい臭いに変わり、妖怪たちはギャーギャー叫びながら一目散に姿を消した。
大門が開くと、魅惑的な娘が落ち着いた様子で現われた。
リンの宮中の十二王妃とは違った豪放で野性的な美しさがあった。
娘は言った。
「お見かけしたところ、武将のようですね。それなのに一人の兵士もいないとは。あなたの男らしい姿に、心が引き寄せられました」
そういうと手を伸ばしてケサルの厚い肩を撫でた。
ケサルは一瞬考えた。誰もがロザンは無限の力を持っているというが、このような変化の術を使うとは思えない。
そこで、そのまま娘を地に投げつけ、上に跨ると、水晶の宝刀を彼女の胸口に押し当てた。
「お前は人か、妖怪か」
娘は恐れることなく言った。
「美しい方、名前をお聞かせ下さい。この世を去った後もお姿を忘れないために」
ケサルは名前を告げた。
「私はアダナム、魔王ロザンの妹です。ここで辺境を守ってきました」
言い終ると声が和らいだ。
「リンと魔国の境にいて、大王のお名前はとうの昔から聞いていました。美しいクジャクが真の龍を愛するように、私は大王を宝物のように愛しています。大王よ、あなたの刀がこの胸を貫く前に、私の心は大王に奪われたのです」
「命は取らない。ただし、私が魔王ロザンを倒すのを助けるのだ」
「大王のお言いつけに従います」
「私が倒そうとしているのはお前の兄だぞ」
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